話題:創作小説

貞次は窓際で頬杖をついていぼうっとしていた。
その視線は窓のそとではなく自分の頬杖をついていないほうの手のひらに向けられている。白くて平べったい手のひらは貝殻みたいだった。

「寝るの?」と聞くと、貞次は手のひらから僕の顔に視線を移した。
そしてたったいま僕に気がついたようにすこしだけ目を開いて、「はあ?」と言った。寝ぼけたような声だった。

「もうお昼だけど」
「そうだけど」
「お昼って起きてるものじゃないの」
「そうだけど」
「じゃあなんでそんなこと聞くの」

だってこれから寝るような顔してたから、と答えると貞次はまた目を見開いた。
わけわかんねえって思われたかな。ほんとうにそう感じただけなんだけど。
困る僕を尻目に、貞次はまた自分の手のひらを見つめだした。楽しいのだろうか。

「よし、じゃあ行くわ」

手のひらを見つめる貞次をしばらく見つめていたらと突然貞次がそう言って顔をあげた。

「どこ行くの」

驚いた僕がそう言うまでに、貞次はさっさと服を着替えていた。この間買った、青い服。きれいな色だったけど、僕は落ち着かない。

「どこって、君が言ったんじゃないか」

貞次はあきれた顔で僕を見る。
手櫛で整えただけなのに、腰に届く長い髪はまとまっていた。癖っ毛の僕はそれを羨ましく思いながら、「なんのこと」と聞いた。

「さっき言っただろ」
「なんて?」
「寝るのかって」

「ほら行くぞ」と行って貞次は僕の手を引いて寝室の扉を開ける。
止める暇もなく貞次は僕の眼鏡を外してベットサイドの机においてしまった。そしてすかさず布団のなかに潜り込む。手を繋いだままの僕も引き連れて、貞次は丸まった。

「あったかいね」
「何で寝るの?」
「昼寝にいい時間だから」

そりゃあそうなんだけど。僕は困惑しながらまだ繋いでいる手を外そうとしたけど、しっかり絡められた貞次の指は外れない。

「二毛は寝ないの?」
「だって、だめでしょ。男と女が同じベットで昼寝って。あらぬ誤解を招くって」
「ああ、そういうことね」

貞次は長いまつげを伏せてにやりと笑った。貞次の眠いときの癖だ。まずい、もう寝かけている。

「なら問題ないよ、寝よう二毛」
「なにが問題ないの、僕男だよ。それで貞次は女の子だよ」
「そうだけど」
「そうじゃん」
「ほら、人間同士じゃないからいいかなって」

にまっと笑う貞次の背中で、畳んでいた羽がぱさりと揺れた。真っ白なシーツと布団に挟まれた貞次の服だけが青い。

「でもだめだって。天使と人間でもだめ」
「なんで」
「女の子と男だから!」
「よくわかんない」

問答をしていると、どんどん貞次の瞼は下がっていって、もうほとんど目を閉じている。

「うるさい」

ひどい。そう思ったけど、口に出すより先に僕は布団から追い出された。
いいんだけど、そうしてほしかったんだけど、なんだかひどいような気がする。

「二毛は起きてたらいいよ。私は夢の世界に行ってくるから」

じゃあ、いってきます。さようなら。
そう言って貞次が眠ってしまったから、僕は貞次がもう二度と目を覚まさないんじゃないかとはらはらして泣きながら貞次の手を握ってベットサイドに膝をついていたのだけど、貞次はそれからきっかり一時間半後に目を覚ました。

頼むから普通に、お休みなさいとかそういう挨拶をして寝てくれと頼むと、貞次は目を擦りながら生返事をした。天使の目覚めは悪い。


お題:エナメル様からお借りしました。