神域第三大戦 カオス・ジェネシス37

「チッ…!」
かつては身体の損傷など気にせず突っ込めたが今はそうもいかない。凪子は舌打ちをひとつすると、その場で足を止め、手当たり次第に車輪を弾き返した。
「なんだ、男の癖に逃げるのか?」
「!」
―どうやらヘクトールはちゃんと凪子の言うことを聞いてくれていたらしい。タラニスの言葉に、それがバレてしまったことも察する。
凪子はガガッ、と、踵でルーンを地面に刻み込んだ。
「アンザス!!」
「!」
自分の背後に火焔を発生させ、ヘクトールを追従しようとした車輪を焼き付くす。幸いにもタラニスの車輪は木製だ、火力を増せば燃やすこともできる。
タラニスはちらと凪子に視線を向けたのち、にや、と笑った。
「健気だねェ」
その言葉に焦りなど一つもない。タラニスは、凪子がヘクトールを逃がすために自分に迫ってきたことを悟ったようだ。
こんなに察しのいい野郎だったろうか、と思いながらも、凪子は車輪が減った隙にと勢いよく踏み込んだ。素早く突きだした槍は、あえなくタラニスに掴まれ、止められた。
「あれま、」
凪子はそう言いながらも動きは止めず、思い切り自分の槍を踏みつけてその上に飛び乗った。
「!」
そのまま槍を駆け上がり、回し蹴りをタラニスの顔めがけて叩き込む。タラニスは上体を軽くそらすことでそれをかわし、槍を思い切り振り上げて凪子を放りあげた。
「どわっ!」
「!ちっ、」
凪子が空中で姿勢を立て直し、同じように空中に放り投げられた槍をつかもうとしたところで、ヘクトールの鈍い声が耳に入った。すばやくそちらに視線をやれば、半分に割れた車輪にヘクトールが両腕を拘束され、地面に押し倒されているのが目に入った。
やられたか、と思う間もなく、いつのまにか上方に飛んでいたタラニスの回し蹴りをもろに首筋に落とされ、凪子はそのまま地面へと叩きつけられた。
「、っふ、」
ドゴォン、と派手な音をたて、地面が割れるほどの勢いで叩きつけられた凪子だったが、ダメージなどまるでないと言わんばかりに軽々と起き上がり、ヘクトールに指先を向けていたタラニスを目の端で捉えると、勢いよく地面を蹴った。
ヘクトールとの距離を一飛びで詰め、ヘクトールめがけて空から降り落ちてきた車輪を弾き飛ばした。ヘクトールを押さえつける車輪を蹴り飛ばし、槍を構え直してタラニスを見上げた。
タラニスは空に浮いたまま足を組み、片手を顎に当てて小首をかしげた。
「タフだな。使い魔というから人間程度の強度かと思ったんだがな」
「すまねぇ、助かった」
「はいよ、さっさと行った」
「まぁそう邪険にするなよ、始めたばかりじゃねぇか」
クック、とタラニスは楽しそうに笑う。そのままゆったりと降りてきて、二人の正面にすとん、と立った。
凪子は、んべ、と舌を出す。
「悪いが目的がある。あんたと殺しあいしてる余裕はないんだ」
「最初にここに許しなく踏み込んだのは貴様らだろうに。ならば生き血のひとつでも置いていくのが道理だろう。女…いや、性があるのかすら怪しいが、貴様はともかく、そっちの男は元人間だろう?」
「!」
「それに同族殺しだ。ならば罪人だ、罪人の血であるなら不敬の贖いには妥当だぜ?」
「…」
ふっ、と、ヘクトールの顔から表情が消えた。どういう理屈かは分からないが、タラニスは凪子達の本質を見抜いてきているようだ。
タラニスは楽しそうに笑いながら、チロリ、と舌を覗かせる。異様に紅いそれは、人の鮮血に染まっているかのように錯覚させた。す、と差し出した手から、ずろりとこぼれるように槍が姿を現す。凪子の持つ平形の槍ではない、円錐型の丸槍はさながら避雷針のようにも見えた。
「アレが人間を使役するってのもしっくりは来ねぇが…まァいい、しっくりこねぇことだらけだ、そういうこともあるだろうな」
「…お前のいう、アレってのは、なんだ」
「さぁて、なんだろうなァ?」
タラニスは凪子の問いに答えることなく、す、と槍を上に向けた。
途端、ゴロゴロ、と鈍い音が空から響く。
「…やべぇ。木から離れろ!」
「ぃっ!!」
嫌な予感に凪子は直ぐ様広場の方へと飛び出し、ワンテンポ遅れてヘクトールも飛び出す。直後、二人がいた側の木にけたたましい音を立てて雷が落ちた。
「…ッ、ただの雷じゃねぇなこれは…!」
衝撃波に吹き飛ばされたのをごろごろと転がって勢いを殺しながら、ヘクトールはげんなりとしたように呟く。タラニスは楽しそうに笑うばかりだ。
「…まぁ、確かにそうだけど、あいつの機嫌がいいからこれはかなり手加減されてるぞ」
「マジかよ」
タラニスと再び刃を交えたことで過去の戦闘のことを大分鮮明に思い出してきていた凪子は、同じく吹き飛ばされたのを起き上がりながらそうぼやく。如何せん、自分は死ななかったから、これ以上の猛攻でもどうにかなってしまっていたのだ。
「(…思ったよりも雑に戦ってたんだな過去の私は)」
そんなことを自省的に考えながら、ぐるり、と凪子は槍を構え直した。