神域第三大戦 カオス・ジェネシス38

ゴロロロロ、と鈍い音が響く。はっ、と周りを見渡せば、タラニスの車輪が炎を纏いながら三者を囲むように展開していた。恐らく飛び越えようものなら即座に襲いかかってくるのだろう。逃がしてくれるつもりは、さらさらないということのようだ。
ヘクトールがタラニスの様子を伺いながらもそっと凪子の側による。
「…春風、宝具を」
「来られたら困るっつってんだろ」
「だがなんか策はあるのか」
「ない!」
「お前な…」
ヘクトールは呆れたようにぼやいたが、すぐに宝具を発動するようなことはしなかった。提案してはいるものの、藤丸たちに来られたくない、という気持ちは一致しているようだ。
タラニスはそんな二人を見下ろしながらすとん、と岩場に腰を下ろした。
「……成る程、マナー……いや、エーテルで編み上げた身体なのか。道理で肉がない割に丈夫なわけだ」
「…………お前さん、そんな観察眼の強いやつだったっけ?そういう印象ないんだけど」
「使い魔なぞに礼節は期待していないが、不遜な奴だ。しかし、そうなるとアレの使い魔というのは考えにくいな。それにしては出来が悪すぎる」
「…………!」
タラニスは勝手に一人話を進めている。凪子達を何らかの使い魔―口振りからして敵対者のようではあるが―だと認識していたタラニスだったが、その認識を疑いだしている、ということは凪子たちにもわかった。その理由が出来が悪いから、というのはなんとも耳が痛い言葉ではあるが、それに関してはお互い関与できる話でもないので、黙ってタラニスの次手を窺う。
タラニスは、うーん、と考え込むような様子を見せる。
「……そうだ、そもそも貴様ら、ここに何をしに来た?」
タラニスがふと、そんなことを訪ねてきた。耳を貸す気になったのかは分からないが、ヘクトールは黙って凪子に視線を向けた。ここでのやりとりは任せてくれる、ということらしい。
凪子はこほん、と咳払いをひとつして、構えていた槍を僅かに下に向けた。今さら礼儀もなにもないが、念には念を、だ。
「………ここで起きているはずのことを観測しに」
「ここで起きているはずのこと?」
「この時期ここでは、私と同じ顔をした者が、おま……貴殿と戦っているはずなんだ。30日くらいかけてな」
「…それは、未来視か何かか?」
「……、私にとっては一つの過去だ。起きていないということは、違う時間軸のようだけれど」
「違う時間軸、ねェ。あぁ、平行世界というやつか」
「……その概念がもうあるのか」
タラニスは凪子にとっては意外なことに、静かに凪子の話を聞いてきた。自ら話せと言い出しただけのことはあるということなのか、事実を端的に述べる凪子の言葉を素直に聞いている。
平行世界の概念がいつから獲得されたのか、凪子が知った話ではないが、タラニスの口からそれが語られると凪子は意外そうにタラニスを見上げた。
ふん、と、タラニスは鼻をならす。
「しかし、過去、などと語るとはな。時間を遡行でもしてきたか」
「似たようなことは」
「ははァ。大した与太話だなぁ?」
凪子は嘲笑するようなタラニスの言葉に肩を竦める。嘘をついてそれらしいことを言う手はあった。だが、自分の記憶以上に洞察力の高いこの神に嘘をついたところで、すぐに看破される手を打たれるような気がしてならなかった。
「変に嘘でごまかしても仕方がない。それでゲッシュをかけられでもしたら、面倒なんてレベルじゃなくなる」
「へぇ、そうかい。それで?使い魔というのなら、主がいるだろう。それは何だ」
「…………、人間だ、とだけ」
「人間。人間が同族の死者を使役するのか?ハッ……ヒトの自惚れは先でも変わらぬということか」
意地悪くタラニスは笑う。タラニスはすんっ、とすぐにその笑顔を消すと、座っていた岩場から軽やかに飛び降りた。
「――そうか。ではまず、その人間を問いただすとしよう」
「…使い魔の言葉は信用ならないと?」
「オレに対して敬意のないものに、教えてやることなどないという話だ。まぁ、このタラニスに対し騙し討ちをしようと考える胆力は認めてやってもいいが」
「は?」
タラニスの言葉の意味をはかりかねた凪子が間抜けな声をあげた直後、タラニスの足元の地面が勢いよくはぜた。
「!?」
メキメキと音をさせながら生えてきたのは、木だ。伸びながら編まれていったそれは手の形になり、胴を作りあげていく。
「凪子さん!」
「なっ、はぁ!?」
車輪の炎の先から、信じ難いことにマシュの声がする。凪子は思わずタラニスから目をそらしてそちらの方を見てしまった。
「あ?これは…」
タラニスもタラニスで、自分を囲い込むように広がる木々に、危険などは感じていないようだったが何かを察して眉を潜めていた。
「ちょ、マスター嘘だろ…!」
「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社―」
「うわわわっ」
相当でかいものらしい、木々が生え伸びるのに合わせてそれを生やす地面の範囲も広がり、隆起する地面に凪子とヘクトールは慌てて下がる。タラニスが展開していた車輪も、それに押し出されて包囲を崩されているようだ。
「倒壊するは、ウィッカーマン!!」
一際鋭く、クー・フーリンの声が響き渡る。その言葉と合わせて、編まれていた木が巨人を構築する。巻き込まれたタラニスは、その胴にある檻の中にいるようだ。
「焼き尽くせ木々の巨人…!“灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”!」
「あっ…!何やってんだバカ!!!」
「あ!?」
どうやら凪子達のもとへ駆けつけたクー・フーリンが、宝具を発動したらしい。巨大なウィッカーマンを前に思わずポカンとしていた凪子だったが、クー・フーリンの詠唱の終了に合わせて我に返り、思わずそう怒鳴った。
馬鹿、と怒鳴られるとは思っていなかったのか、不愉快げにクー・フーリンが凪子の方をみた。その後ろにはマシュと藤丸がいる。
「馬鹿っておま…………あ?」
憤りを見せるクー・フーリンであったが、すぐに異変に気がつき、そちらへ視線を移した。

ウィッカーマンが、炎を纏いもしなければ、微動だにもしないのだ。

「っははははは!!!」
タラニスの、甲高い笑い声が響き渡った。