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「っか、…かわいい!!」
「…………」
「あら、ありがとうございます」
うわあああと一人で感動の声を上げているシノは両手を顔の前で握りしめて、その目の前に立つ二人の子供を見下ろして最早涙目になる始末だった。ここまであからさまに喜んでいるのを見るのは初めてかもしれない。
「…かわ……なにこれ…かわいすぎる…魔法すごい…」
「ふふふ、そんなに喜んでもらえるとは思いませんでした」
本日は件の王宮内の事故問題が片付いたので、五省の全員がちょっと長めの昼休憩をとってピクニックしようという計画が発足していた。言わずもがな言い出しっぺはラビである。
そこにシノが兼ねてから希望していたメルの小さくなった姿を要求したところ、面白そうだとなぜかイノリが賛成し、そして現在に至る。シノの目の前にちょこんと鎮座する二人組は変身魔法によって子供化したメルとイノリだった。
「あーー、メルありがとう!本当にありがとう!かわいい!」
「…かわいいはあんま嬉しくないっす」
「でもかわいい!小さいメル…尊い…」
「面白いですね」
「……喜んでんならいいっすけどもう…なんでも…」
何やらシノが壊れかけた発言をしているが、さっきからイノリとメルを目の前に二人の頭をなで回して終始緩みまくった表情をしているシノに、最初こそかなり渋っていたメルももう諦めたのか溜め息まじりにされるがままになっていた。
「イノリさん…イノリさんっていうかもうイノリちゃん…」
「そうだ、シノさん、私もシノさんを呼び捨てにしてもいいでしょうか?」
「え?」
「いつも皆のやり取りを見てて実はちょっと羨ましくて…」
ダメですか?とシノを見上げて首をかしげたイノリにシノは一瞬固まったあと、なぜかぶわっとその顔面を真っ赤に染め上げて両手で口を覆ったかと思うとわなわなと震えだす。その様子をさっきから隣で見つめている私はその珍しい反応に方眉をあげた。
「…うわ…ガチで照れてんじゃんシノちゃん…何それかわいい…何それ!?」
「お前も落ち着け」
「はははは、シノは子供に弱いんだな!」
「かっ…かわ…」
「え!?シノちゃんかわいい!?何それ!?」
「リーサはうるせえよ!」
支離滅裂だ。イノリの発言に思い切り赤面しているシノを見て片方でリーサがバシバシとリーシャルの腕を叩きながら興奮している。シノを見上げているイノリは相変わらず少しだけ恥ずかしそうに首をかしげて返答待ちしているし、その横でメルが呆れた表情で二人を交互に見ていた。
そんな三人を見ている私とラビと、ラムリアはもう生暖かい目でその光景を眺めるしかない。それにしてもシノがここまであからさまに照れているのは珍しい。
「あ、あ〜〜…」
「?」
「…シノが壊れたな」
ついに両手で顔を覆ってその場にうずくまったシノにメルが目の前で首をかしげている。ただじっと返事を待っているイノリが心配そうにシノの片手に手を伸ばしたところで、がしっとシノの両手がその手を掴み返した。
「…ぜひ!わ、わたしも、」
「はい?」
「私も、イノリって…呼びたい…」
「はい、是非。私のは癖ですが、敬語もやめてもらえたらうれしいです」
「…いい、の?」
「はい」
顔の赤みがひかないままイノリの言葉に一瞬だけ固まったシノはすぐに嬉しそうに満面の笑みを浮かべると「うれしい」と小さな声で呟いた。それを見ながらメルが「よかったっすね」と声をかけた瞬間、イノリの手を離したシノは勢いのまま小さいメルをぎゅうぎゅうに抱きしめるという奇行に走った。
「ええー…」
「メル〜〜!!」
「ちょっとシノ…離…」
「むり〜〜うれしい〜〜…」
やったああ、となぜかイノリではなくメルを抱きしめてそういうシノに抱きしめられているメルは死んだ魚のような目をして「マジやめてください」とシノではなくシノの肩越しに私を見上げている。その視線を受けてにっこり笑い返せばびくりとその肩が震えた。
「二人は小さくなってくれるし、イノリはかわいいし…幸せ…」
「はあ…俺は今から不幸になりそうです」
「はあ…かわいい…」
「いや、ちょっと」
さすがに長い、とシノの腕を掴んでメルから引き離せばシノは不思議そうに私を見上げるが、いやそんな顔をしてもダメですから。メルはメルだし、今は小さいけど二人とも立派な大人だ。見た目が可愛いからって騙されてはいけない。
「ルカ?」
「いや、あのね…」
「シノが二人にばかり構うから寂しかったんだって〜」
「えっ」
「ラビ?」
さっきから小さい二人しか見えていないが、今日の名目はピクニックである。つまり昼ご飯を食べるのが目的なので、私たちの周りにはシノがメルと共に厨房から調達してきた食べ物が処狭しと置かれているのだ。
それを咀嚼しながらしれっと爆弾を投下したラビを睨みつければ、わざとらしく視線をそらして「このサンドイッチ美味いなー」と適当な感想を述べている。ぶん殴るぞ。
「そっか、じゃあルカも」
「は?」
何を思ったのか、シノは納得したような声を上げてそのまま私の身体を抱きしめるように脇の下に腕を入れてぎゅうっと力を込める。その行動に一瞬頭が真っ白になって固まると「うわっ」と後ろで聞こえたリーサとリーシャルの驚愕の声にハッと我を取り戻した。
瞬間的に先ほどまで真っ赤になっていたシノを映したように自分の顔に熱が集まるのがわかる。当の本人は私に抱きついたままなぜか背中をぽんぽん叩いていて、漸くそこで子供相手にしていた延長で同じ事をしているだけだと気付く。
「やべえ、ルカさんが真っ赤!」
「シノちゃん…ホント…」
「…天然とは恐ろしいな」
「ははははは!ルカが真っ赤!」
これはすごい!となぜかラビが喜ぶ声が聞こえて、思わずシノの肩をつかみ返してしまう。それを受けてシノが顔を上げると「あっ」と小さく声を上げて申し訳なさそうに私を見上げた。
「…ごめん、嫌だった?」
「い…、…嫌ではないです…」
「素直!」
「ルカさんが素直!」
「お前等は黙れ、後で覚えてろよ」
引き離そうと思ったがそれはそれでもったいないのでひとまずシノを抱き込んでから後ろを振り返って怒鳴れば全員がわざとらしく視線をそらして顔を引きつらせた。その様を見つめて一人平和に笑っているイノリは「楽しいですね」と隣に立つメルに話しかけていた。
その発言を受けて半目でこちらを見たメルは「いや…」と小さな声で否定の声を漏らしている。暫くシノを抱きしめてから解放すれば、にっこり笑って満足したらしいシノが私の手と、もう片手でイノリの手をとって「さあご飯!」と座り直したので、漸く私もそこに腰を下ろした。
「ねえ、今度お買い物に行きたいの」
「私とですか?」
「うん。イノリが暇な日にね、こうやってお昼も食べたい。いつもメルと食べてるの!イノリとメルの話もたくさん聞きたいの!」
「ええ、私もシノのお話をたくさん聞きたいです」
お買い物も行きましょうね、とニコニコ笑うイノリの返事にシノは嬉しそうに頬を染めて頷いている。それを横目に溜め息をついた私は手元のサンドイッチを口に含みながらこの国段々シノの信者が増えてないかと錯覚に陥っていた。いや、錯覚ではないだろうけど。
「シノ大人気」
「あったりまえじゃーん陛下、シノちゃんを嫌いになる人なんていないよ〜」
「それにしてもシノマジで子供好きなんだな」
「まあ見るからに好きそうだがな」
「わかる〜」
「シノの子供が楽しみだな!ルカの顔でシノの性格だったらもう革命が起きるぞ!」
「何の革命だ。後そう言う話は…」
「ご予定は?」
「黙って食えお前等!!」
その話題を即刻やめろ!!と手元のお皿をラビに投げつけながら答えれば「照れ隠しが恐ろしすぎる」とラビが皿を避けながら顔を引きつらせる。ていうかまだ結婚してないのに子供の話をするな!この間からなんなんだこいつらは!
「子供……ルカ似の女の子…きっとすごいかわいいね!」
「……はあ、」
自分の話題だとわかっているのか居ないのか不明だが能天気にそういうシノの発言に思わず顔を覆って溜め息をついた。ダメだ。私だけが無駄に体力を消費していく。私に似た女の子についてはノーコメントだが、しかし。
シノ似の女の子が産まれた暁にはこの国で戦争が起こる予感がするな、なんて。
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