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シノを狙ったアンナをリーサが拘束し連れ出した後、保護して部屋に連れ戻したシノの前に座った私はじっと机の上を見て難しい顔をしているシノに小さく苦笑する。この顔は、恐怖や不安を抱いているものではないのはわかる。

彼女は多分、心配しているのだ。リーサの事を。


「…ルカ、リーサは…」

「先に言っておきますね。アンナさんは、…暗殺者です」

「…、…暗殺?」

「はい。…いや、まあ元という方が正しいのかもしれませんが。今回ここに忍び込んだ目的は恐らく、リーサを狙ってのことです」

「…どうして、リーサを?」

「彼女が、同じ、元暗殺者だから、ですよ」


調べは全てついていた。リーサが元々この国に来る前、所属していたのは、タルバデアの貴族が組織したと言われている、嘗て世界的にも有名だった暗殺組織。彼女はそこで物心ついた時から働き、そしていくつもの命を奪う、仕事をしていた。


「…暗殺者…?リーサが?」

「彼女は、恐らくもと孤児なんです。そこを、暗殺組織に拾われて、暗殺者として育てられた。ここに来た当時、彼女はとても一般的な人と言われる道徳観念を持っていなかった」

「…、」

「何故人を殺す事が悪い事なのかもわかっていなかった。それが、…息をするよりも当たり前に植え付けられた、生まれながらの暗殺者という人間なんです」


悲しい事に、そう言う人間はまだこの世界に多く居る。善悪や道徳を学ぶ前に、それが当たり前であると教え込まれて育てられた人間は、人を殺すことになんの躊躇もない。感情も、感慨も無い。ただの事務的な行為として、彼らは人を殺し、命を奪う。言わば道具なのだ。


「…ただリーサは、暗殺者というには、他より少し自分の探求欲を強く持っていたんです」

「…、」

「その欲が、暗殺者としての性質を邪魔していた。彼女は人を殺すのと同じくらい、人が何故生きるのか、何故魔法を使うのか、何故死ぬのか、そういう疑問を自身の手で解き明かす事を望んでいた。そうしてその好奇心が勝り、自ら組織を裏切って逃げている間に、ラビと出会い拾われたんですが…そのラビを裏切る行為をしたので、一度私に殺されかけた過去があります」

「…殺…え?」

「元々はラビの暗殺計画もあったんでしょうけど…リーサが自ら組織から逃げ出した事で、任務としては実現しなかった。当時アルメティナは発展途上で、…まあいまもですけど。その中でラビの存在を危ういと判断した他国の人間が、暗殺する計画をしていた。けれど彼女はその前に組織から逃げ出し、その先で偶然ラビと出会い、ラビの慈悲でこの国に迎えてもらったんですけど。ラビは魔力がもとより多いので、それに興味を引かれたのか、結果的に私とラビに手出ししようと襲いかかって、私に返り討ちに合いました」

「……、え、」

「そしてそのときに失ったのが、あの左腕です」


淡々と話す私の言葉にぽかん、と口を開いたシノは暫くして、今までのリーサの発言や行動に思うところがあったのか「そっか…それで…」と小さく呟いた。

リーサは度々私が怒ると逃げ出すし、そもそも私はシノが攫われた事件の際に相手の腕を容赦なく切り捨てるという前科もちだ。納得するところもあるだろう。


「そのときに、ラビがリーサの魔力やその性質の可能性を見いだして私を止めに入ったので、結局彼女を保護する運びになりました。それからリーサはこの国で再教育を受けて、現在に至ります」

「…いろいろ…端折ったね?」

「…まあ、あいつが話すかどうかはともかく、詳しいことは私がいうことではないとおもうので…」

「…うん、」

「ともかく、今回の事件は、そのリーサの過去が関係しているということです。私怨によってリーサを苦しめたい人間が、今リーサが一番苦しむ方法をとって、結果シノを狙ったという事です」

「…そっか。わかった。…それじゃあ、後はリーサと話す」

「…大丈夫ですか?」


大まかにリーサの過去を話した私の言葉にシノは自分の握りしめた手を見つめて、小さく頷くと「大丈夫」とはっきりと私を見て言い返した。


「リーサが、元暗殺者でも…でも私は今のリーサしかしらないし。今のリーサは、とてもいい人だと思う。元々そうじゃなくても、そうなれたんだったら、きっとリーサの本質は、今のリーサだし、現にリーサは、私をちゃんと守ってくれたよ」

「はい」

「だから……、リーサは、そのことを、後悔しているのかな?」

「どうでしょう。あの性格ですから。ただ、」

「…、」

「シノに知られるのは、怖かったかもしれないですね」

「…怖い?」

「アレも人の子だということですよ。あいつにしては珍しく、事情を知らない人間にあそこまで懐いたなと思ったてくらいです」

「それは私が、…リーサを嫌いになるかもしれないってこと?」

「嫌いに、なりますか?」

「ううん」

「そう」

「うん」


それならそれ以上何も言うことはない、と笑った私にシノも小さく笑って頷く。彼女の本質は、許容であり、包容であり、そして受け入れることだ。私も同じように、シノにそれを許された身であるからこそわかる。

この世界に来た時に、全てを拒んでいたものを受け入れた時から、彼女は全てを受け入れる。見極めて、受け入れる。それを出来るだけの余裕がある。それは多分、彼女がここにたった一人で来て、ここで生きる事を選んだからだ。


「…この国は多分もう、シノなしじゃやっていけないですね」

「それは…大げさだよ」

「いいえ」


リーサを、よろしくお願いします。と目を伏せた私にシノは困ったように笑った。







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