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王宮内の事件の話をリーサに通してからリーサがこの件について調べるのにそう時間はかからなかった。メルセデスにはこの件に関連して少し調べて欲しい事を頼み外へと使いに出していたため、リーサからまた別件で追加の調べものがあったらしいが、予定通り帰国したのが、つい先ほどの話。


「――つまり、今回の大元はタルバデアにいると」

「詳細は以前に調べた通りですよ。潰えたと思ってたものがまだ存在していた。以前よりずっと勢力は衰えたみたいですけど、まだかろうじて生きている」

「なるほど…それで、今回の話は?」

「リーサからの追加の情報を合わせて調べてきましたけど、今回うちに入り込んだ奴とは直接関係はないっすね。アレはアレで別行動っていうか…まあ私怨ですよ、完全に」

「けれどそれも大元はやはりあの組織である、と」

「それは間違いないっす」

「……まあ、この話を聞いてリーサがどうするかは任せるつもりですが。こちらとしては、まだ息があるなら今のうちに完全に潰しておきたいところですねえ…」

「まあ、その方がいいですよね。組織してる貴族に手出し出来るかっていうとちょっと難しいですけど、ともかくそれを指揮している首謀者と、組織だけなら今後続ける気が起きないレベルには警告しとかないと」

「また今回のように私怨だろうがなんだろうが、うちに入り込まれたらめんどくさいですからね」

「リーサには報告してあります」

「それなら本人もわかってるでしょう。今は国にイノリが居る事ですし、やるなら自身の手でおとしまえをつけてもらいますよ」


ふう、と一つ息を吐いてメルセデスからの報告を頭の中でまとめる。今回の王宮内で起こっている事故についてのことは、一言で言ってしまえば、私怨であると判断した。

誰から誰に。『暗殺組織』から、『リーサ』に。

その可能性を知るのは、この王宮では王と五省の人間だけだ。そして恐らくこの件があってから私たち以外にはリーシャルが恐らく勘付いてはいるだろう。


「…ところで、なんでこの人だって?」

「リーサに話を聞きに行ったときに思い出したんですよ。匂いがしないって」

「…匂い?」

「リーサも未だにその癖が抜けてないでしょう。あいつ、肉類は一切口にしない。それって『暗殺者』の間では鉄則らしいですから」

「…ああ、なるほど」


事件を把握してから王宮の人物を洗い直し、そしてはじき出した中から選びとったのはたった一人。最近王様付きの侍女へとあがって来た、アンナという女性の侍女だ。彼女の出身はタルバデア。遠縁にその国の貴族の名前があることもわかった。

そしてリーサと話をして思い出した彼女を見た時の違和感は、私が初めてこの場所でリーサと対峙したときのものととても良く似ていた。

暗殺者という生き物は、ありとあらゆる面からその気配を消して目標に接近する。それが音であろうと、匂いであろうと、存在感であろうと、全てにおいてゼロに近い状態でターゲットを黙してこそ、一流であると言われるのだ。

事実リーサは未だに自身の体臭を外に出さないようにと、それがキツくなる原因と言われる食物に関してだけは、一切の妥協をしない。本来彼女はもうその心配は必要ないのだけれど、こればかりは恐らく幼少からの癖なのだろう。無意識というやつだ。

――そうだ、つまり、彼女は『元暗殺者』なのだ。


「1度ならず2度までも侵入を許すとは……さすがあのバカを生み出した組織なだけはありますね。手が込んでいる」

「…リーサのときはさして手が込んでたような記憶がないんですけど」

「にしても暗殺者として現れた人間にしちゃ、とんでもないインパクトだったのは確かですよ」

「あーそれは確かに」

「ま、実際“元”であれ、うちに入り込んだんですから、姿の表し方がどうあれ結果あの組織のものはそれなりということです」


暗殺者とは、普通は気付かれず、速やかに、ターゲットを始末する人間だ。しかし現在この王宮で魔導士として五省に鎮座する、リーサ・ポポロフという元暗殺者はあろうことかこの王宮に来た当時、王に拾われたという恩を綺麗さっぱり無かった事にして、王であるラビを差し置いて私にターゲットを絞って裏切り、そして自身の探究心の為に捕らえようとし、失敗して、半殺しに合うという過去を持っている。


「最初から変態だったし」

「その変態容赦なくぶっ殺しにかかったルカさんもルカさんですよね」

「は?普通の対応でしょ?」

「…まあ?」


確かに、とただの暗殺者であったのなら、とメルは歯切れ悪く答える。それに苦笑した私はあのときラビが私を止めなければ今頃アルメティナに魔導士は居なかったなと遠い目をする。

もう思い出すのも懐かしいと思うような前の話だ。本人は未だにトラウマを抱えているらしいが。そんなもんは知ったこっちない。


「…さて、そろそろですかね」

「いんですか」

「傷一つでもつけたら次は右を貰う約束しましたから」


そろそろ私もいきますよ立ち上がった私にメルは頷くだけで返事をして、私は扉の方へと歩き出す。そろそろ、敵が動き出す頃だ。問題は、なにもない。

ただ一つ気にかかるのは、それを目の当たりにした『彼女』が、リーサをどう思うか、それだけだ。けれど、


「…多分シノなら、心配いらないですよ」

「私もそう思います」


悪魔の女も絆されるような少女だ。きっと彼女も、ようやく日の目を見ることができるかもしれない。









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