*2024年3月12日 11:31σ(・∀・)ノ


 基本的に自炊はしない。部屋が料理くさくなるし、跡片付けも面倒くさい。
 講義が終わって部活も終えた時、予定がなければ一緒に夕飯を食べに行く。どちらかが同級生と食べに行くとなれば別行動になる。杉本はそのまま寮の自室に帰って、少尉の家に泊まらない日もある。
 今日は一緒に外食する予定だった。予定だったけれど、入った定食屋にいる学生集団があまりにもうるさくて、少尉は気分を損ねてしまった。途中まで食べていた分を包んでもらって、ほどよく近かった杉本の寮で食べることになった。
 杉本の部屋は雑然としている。講義で使ったはずのプリントとか、ポストに投函されるチラシなどが至る所に散らばっている。比較的綺麗にまとめられているのは「就職説明会」と書かれたパンフレットの入っている透明の袋だったが、これもそのうちに散らばるだろう。パンフレットを取り出して空になった透明の袋が、トラップとなって杉本を転ばせるのが目に浮かぶようだった。
 人の住んでいる気配がある、というよりは、物置としてたまに使われている、という表現がぴったりだった。そして事実である。杉本は少尉の部屋に入り浸っている。
 少尉が持ち帰りの入ったビニール袋をどこに置こうか迷っていると、杉本はミニテーブルの前にしゃがみこんだ。そしてその上に置いてあった荷物を腕をワイパーのようにしてザーと全部床に落とした。
 少尉の目は飛び出た。まさかこんなブルドーザーのような荒業で机の上を片付けるとは思わなかったからだ。
「……だから部屋が汚くなるのだ」
「え? ナニ?」
「今の、私の部屋ではやるなよ」
「俺なんか悪いことした?」
 すっかり綺麗になったミニテーブルの上に、杉本は持ち帰りのビニール袋を置いた。そして少尉の言葉はさして引っかかった様子もなくビニール袋を開いていく。開くと、むわっと食べ物の匂いがした。
 杉本がコンビニでもらって使わなかったというスプーンを持ってきた。オムライスをそれぞれつつく。やっぱり店で食べるのが一番おいしい。今日は行くタイミングを間違えてしまった。
「……ンでさあ、就職の話なんだけど」
「またその話か」
 と、杉本が切り出したので少尉は露骨に嫌な顔をしてしまった。その表情の変化に気付いた杉本もジトッとした目を少尉に向ける。
「だって俺にとって大切な話なんですけど」
「そりゃあ、私にとっても大事な話だ。でもありがちなアドバイスをしてやることはできても、私の意見は言わんぞ」
「俺はお前の意見が聞きたいのに」
「何度言わせる。私の意見に左右されて欲しくない」
「左右されませんし、上下もしません。前も言ったけど、俺の人生にもうお前は組み込まれてるからね。悪いけど。……お前のそのいつか別れる気でいそうな感じ、なんかメッチャ腹立つわ。最期まで一緒にいる方法考えろよ。そのための就職だろ」
「就職はそのためではないと思うが」
「ねえマジでなんなの? お前、俺のことめちゃくちゃ好きなくせに」
 その言葉に思わず笑ってしまった。
 【お前】【俺のこと】【めちゃくちゃ】【好きなくせに】。
 すごい傲慢な言葉だ。傲慢で独りよがりだ。
 それでも当たっていた。正解のど真ん中だった。図星だったから笑えたのだ。
 杉本は「何笑ってんの」と言って、つられたように笑った。
「いや、どうかしたのかと思って。でも正解だ、合ってる」
「そうだろ。俺はお前のことなんでも知ってるからな」
「どうかなぁ」
 少尉はまだ小さな笑いが収まらないまま、途中になっていたオムライスを食べた。だいぶ冷えてしまった。でもおいしい。自分でも作れそうな気がするほどシンプルだが、絶対に作れない。
「俺のことまだ杉本って呼ぶのも、俺はどうかと思ってるけどね」
「私のことは少尉と呼ぶくせにか」
「まあ。それはしょうがないじゃん。三つ子の魂百までってことで」
「あの時そんなに小さくなかったぞ」
「でも昔は俺のこと名前で呼んでたじゃん」
「また名前で呼べばいいと言うことか?」
「……だから、そうじゃないんだって」
「何が言いたい。お前の言っていることは難しくて敵わん! 理解を必要としないならそう言え」
「……まあ。お前が、俺を、それ以外で呼んでくれたらなって思う。それだけだよ」
 やはり理解を必要としていない。根っこの部分を言わないせいで、話の葉が絡み、余計こじれるのだ。それをわかっているかわかっていないのかはわからないが、杉本の言葉は少尉を翻弄する。決して気持ちの良い感情ではない。むかむかする。
 言えばいいのに。根っこを全部さらけ出して「こういう意図で言った」と全部開け放してしまえばいいのに。そこからの感情は少尉のものである。さらけ出されたものを見てどう思ったとしてもその感情は少尉のもので、杉本のものではないのだ。
 何を怯えているのかわからない。さらけ出した先にある少尉の感情を恐れるのは、杉本が、少尉のことを信用していないからではないのか。先にある少尉の感情に怯えているのか。それはひどく悲しいことだった。少尉は杉本のことが好きなのに。それなのに、根っこをさらけ出してもらえず、曖昧な表現で逃げて、透明な糸の先にある本心にたどり着かせないなんて。……こんなひどい試し行為を、どうして杉本はしようとするのだろう。
 ……とはいえ、これが別れの予兆になることはなく、その種にすらならなかった。
 腹を満たしたら眠くなったので、寮の浴場に行った。いくつかのシャワーと、それぞれがシャワーカーテンで区切られている簡易的なものと、小さな浴槽のある個室。浴槽は誰も使っていないようだったが、二人ともそれぞれのシャワーを浴びた。雑に髪と身体を乾かしてから狭いシングルベッドで寝た。今日は金曜日。する日じゃない。それに寮は壁があまりにも薄い。杉本の隣人は、24時間ずっと狂ったようにK-POPを流している。今日も薄い壁の奥から、女性アイドルの歌声が聞こえてきていた。



 杉本は就活に精を出している。とはいえ実業団チームに所属するのはほぼ決まりなので、それぞれのチーム練習に参加して既存メンバーとの融和を見られたり、面接の練習をしたり、筆記試験の練習をしたりしている。就職試験の中で最も比率が大きいのは既存メンバーとの融和を見るものだそうだ。やはり実業団チームに所属するとなると、一般の就職活動とは違う。少尉が当たり障りのないアドバイスしかできないのも無理はなかった。
 平日は夜遅くまで、大学にあるトレーニングルームで身体を鍛えている。一度見に行ったことがあったが、もう夜なのに大学チームの監督がマンツーマンで指導をしていて、声をかける隙もなかった。今日覗いてみても同じだったので仕方なく、杉本のロッカーの前にバナナを一房置いてきてやった。杉本はしなやかな筋肉を作るための食事制限もしているらしく、最近は外食に行ってもメニューの成分表とにらめっこしている。バナナは良いらしい。少尉はバナナがもったり喉を通るのが嫌だったが、杉本はその感覚が好きらしい。
 少尉は一人きりの部屋で、ベッドに腰かけた。
 今日は水曜日。する日だ。でも今日はくたくたに疲れてしまったので真っすぐ寮に帰ると、杉本から連絡があった。しない日に変わった。
 杉本がいないと、何もすることがない。
 前はそうではなかった。付き合うようになってすっかり変わってしまった。
 一人で観るサブスクのドラマも、映画も、前は一人でちゃんと楽しめていた。今は、隣の男にリアルタイムで感想をぶつけられないということが、どうしても物足りなく感じてしまう。退化である。人間、一人でなんでも楽しんでしまった方が人生のコスパが良い。少尉の人生はどんどんコスパが悪くなる。
 ふと、部屋の隅にギターが見えた。杉本が中華料理屋からもらってきたギターである。
 チューニングでもしてやるか、と思い立った。少尉は昔ピアノを習っていたので、少なくとも杉本よりはしっかりした音感が身についていた。
 どの音に合わせればいいかはわからなかったのでyoutubeで検索した。【はじめてのギター】の動画を流す。
 チューニングは簡単にできた。適当に弦をはじいてもそれっぽい音が鳴るようになった。
 せっかくチューニングしたので何か弾けるようになりたい。同じチャンネルを見続ける。【中級者課題曲:禁じられた遊び】というタイトルの動画が目に入る。再生。曲も好みだったので、この曲を練習することにした。
 練習を続けていたら、気付けば日付を跨いでいた。いくら防音を謳った部屋とはいえ、深夜だし、響いていたかもしれない。ギターは再び部屋の隅にたてかけられた。
 ベッドの上で目を閉じると【禁じられた遊び】のメロディーが流れる。なんだかせつなくなるメロディーだ。
 朝起きたら目じりがぱりぱりした。泣いていたらしい。



 杉本は就活に励み、平日は毎日遅くまでトレーニングルームに籠る日々が続いている。くたくたになるまでトレーニングをするので、二人きりで会える時間は減っていた。平日の夜は会えないが、それでも講義では会えた。ゼミが違うのでずっと一緒にいるのは難しかったが、たまに校内ですれ違った。すれ違うと、杉本はまるで吸い込まれたかのようにこちらを見てくる。居たたまれなくなる。
 こういう時、杉本からの好意を強く自覚する。
 ……けれど、この好意の自覚は杉本限定だった。少尉は杉本からの好意しか自覚することができなかった。
 たとえば、同じゼミに所属する同い年の女子生徒。
 金曜日、遅くまで大学に残ってゼミの発表の準備をしていた。そこに女子生徒もいた。夜も更けてきていたので、少尉はここの戸締りをしたらトレーニングルームに行って杉本の様子を覗き見ようと企んでいた。
「時間大丈夫なのか。もう暗くなってきているぞ」
 だから特に他意はなくそう尋ねた。送ってあげるとか、そういった殊勝な考えはなかった。ただ疑問に思って尋ねただけだった。
 女性はギュッと唇を引き結んだあと、言い難そうに何度かまばたきをして「ずっと言いたかったことがあって」とか細い声で言った。
 ……あ。
 しまった、と思った。そこでやっと自覚した。この女性は自分のことが好きであると。
 こういったことは久しくなかったので忘れていた。杉本と一緒に過ごしすぎていたから、自分が一人きりになることなんてほとんどなかったのだ。これは少尉に思いを寄せる女性にとっては千載一遇のチャンスだったに違いない。
 彼女の「ずっと言いたかったこと」は、やはり愛の告白だった。
「……すまないが、応えられない。恋人がいる」
 女性は「わかった」と言った。
 表面上は何も変わらなかったが、部屋の温度が一気に下がったように感じた。へんな空気が流れて、居心地が悪い。この場所にいづらくなる。まだ準備には続きがあったがキリのいいところで切り上げた。
 杉本のトレーニング姿を覗き見しようと思っていたのに、そんな気分ではなくなってしまった。「戸締りを頼めるか」と問えば、彼女はやっておくと言ってくれたので、先に教室を出た。
 暗くなった校内を歩く。そういえば、杉本と付き合う前はよく告白されていた。杉本のことが好きだったので全部断っていたけれど。
 恋人がいる時に他の人から告白されたら、それは恋人に伝えた方がいいのだろうか? わからない。そういう話を杉本としたことはなかった。
 今日は金曜日。明日は杉本と会う約束をしている。その時に聞けばいい。


「……と、いう訳だ。安心しろ」
「それ今言う?」
 今日は土曜日。する日だった。準備万端、中はしっかり洗ったしローションも仕込んだ。同じベッドで寝転んで、杉本転倒防止用の間接照明も点けてある。
 そうして杉本が馬乗りになった時、ハッと思い出したのだ。思い出したらすぐ言わないと気持ち悪い。「いつ言おう」とか「忘れないようにしなければ」と気が散ってしまう。
 だから、正直「今ではないよな」と思いながらも伝えたのだ。
「今言わないと忘れそうだったから。伝えない方が良かったか?」
「今言うかとは思ったけど、言ってくれたのは嬉しい。断ってくれたのも」
「うん」
「モテんだねやっぱ」
「まあな」
「でもお前は俺の男だもんな」
「そうだ! 自信を持てッ」
「俺別に自信なくしてはないからね」
「でもお前、私と付き合ってから告白されてないじゃないか。そういう話を聞いていない」
「あー……」
 杉本は少しだけ言い淀んだ。ベッドの中、お互いの肌に触れてはいるが、まだ性感を高める段階ではなかった。
「俺言ってるし。付き合ってる人がいるって」
「よく聞かれるのか?」
「いや聞かれてないけど、言う。聞かれる前に先回りして言うこともある」
「こういうのは聞かれていないのに言うものなのか?」
「や? 別に……人によるんじゃない」
 そう言ってから、肌に触れる杉本の手の動きは意味を持つようになった。
 少尉は、人と付き合うのは杉本が初めてだった。だから恋愛の作法がわからない。だからこの杉本の行動がありふれたものなのかどうかすらわからない。ただ今まで、こちらが尋ねる前に「俺彼女いるんだよね」と唐う友人はあまりいなかったように思う。でもそれすら世間一般なのかはわからない。少尉はそもそも友人が少ない。だからこれを【真】とするにはまだ分母が足りなかった。
 杉本の手が身体を這っていく。唇が肌に落とされる。肌につけられた唾液は空気ですぐに冷えていく。
 同じ人間と頻繁に繰り返すセックスはパターン化していく。同じ行為をなぞる儀式のようになる。二人のそれも例に漏れなかったが、今日は違った。手順は同じなのに、いやにしつこかった。与えられる快感から逃げることすら億劫になるほど、杉本はじっくりと少尉を嬲った。
 後ろの孔に指を入れて、陰茎を握って、杉本は少尉を追い立てる。喉からは声帯を絞ったような声しか出なくなる。汗は冷えて、炙られていると思うほど身体の内側が熱かった。
 こんなに長い前戯じゃ杉本の方は萎えてしまっているんじゃないだろうか。そう考えたが、後ろにひたりと当てられた剛直にその懸念は吹き飛ばされた。
「……挿れるね」
 神経を直接舐めるような声で杉本は言った。吐いた息と声が耳元で混ざってぞわっと鳥肌が立つ。陰茎が内壁を擦りながら奥に入り込もうとする。少し進むごとにみちみちと広げられる内壁が、ちゃんと受け入れようと蠢いているのがわかる。少尉の孔はすっかり杉本の形になっていた。根元まで収まると、足りないものを埋められたかのようにしっくりくる。
 杉本はローションと孔と、そして陰茎が馴染むまで動かないでいてくれる。この時間を利用して、少尉は荒く息を吐いた。呼吸を整える。
「……昔から思ってたよ」
「? ……なにを」
「みんなの憧れ全部集めたみたいなツラして、背中なんか曲がったことないってくらい真っすぐ立って……。……お前は、お前が信じたものしか見えないんだろうって思ってたよ。だから、お前の視界の外にいた俺は、全く眼中になかったと思う」
「なにを言っている……私はお前を視界から外したことなんかない」
「今はね。でも、昔はそうだった」
 だとしたら、杉本は本当に、大昔のことを言っている。少尉が杉本を恋愛対象として意識し始めたのはせいぜい高校生の時だった。その前のことを言っているのだろう。
 高校生の時、確か、杉本が女子生徒に告白されているのを見て、血液が水に変わったみたいに身体がシンと冷たくなったのだ。関節が固まって動けなかったのを、どうにかして無理やり動かして、その場から逃げたくらいだった。
 その告白のシーンは、少尉の意図に添わず脳内で何度もリプレイされた。その度にひどく苦しかった。嫉妬とかそんなものではなかった。杉本の心の中の、一番大事な人というポジションに自分が存在できないことに絶望したのだ。それが杉本への思慕の芽生えだった。
 だから「付き合うことにした」と聞いた時は心臓がぺしゃんこになったし、「彼女と初夜を迎えた」という話を聞いた時は眼球の奥がずっと震えていた。照れくさそうに笑う杉本の前で、自分の心臓を吐き出して踏みつぶしてしまいたかった。
 そういった嵐のような激情を、少尉が杉本の前で出さなかっただけだ。すべての感情を、どうにか自分の中で鎮火させようと努めていただけなのだ。杉本が少尉の気持ちの動きを知らないだけだ。
 まるでその努力をまるっとなかったことにしてくれる。
 まるで自分だけがずっと好きだったように言ってくれる。
 だから、あの居酒屋で杉本からの告白を受けた時、本当は、心臓が爆発して粉々に散ってしまいそうなくらい嬉しかった。ただ表に出さなかっただけで。静かに焼酎を飲んでいたけれど、飲んでいるのが酒なのか水なのか全くわからなかったくらいなのに。
 お前の言う昔≠チていつのことだ。せいぜい、中学生くらいのことだろう。お前はいつから私のことが好きなんだ。それこそ、高校卒業間際くらいじゃないか。それまで女と付き合えていたくせに。……今になって昔は≠ネんて、そんなことよく言える。
 考えると怒れてきたが、それは悲しかったからだ。気付かれなかったのは、まあいい。少尉だってそういう風に振る舞ったのだ。しかし少尉はしっかり杉本のことが好きで、その事実を杉本が気付かなかっただけなのに、まるきりなかったことにされたのが悲しかった。少尉はちゃんと、杉本のことが好きだったのに。
「前世があったら、俺とお前は出会ってないって、お前そう言ったよな」
 言ったか? ……いや、言ったかもしれない。ぼんやりとしていて、上手く思い出せない。言ったかな? 言ったかも。それでも前世なんて荒唐無稽なこと。そんなこと言い出して何になる。それについて私が何と言っていようが、ただの戯言じゃないか。……
「たぶん出会ってたと思うよ。……俺が、お前の眼中になかっただけで」
 ずり、と陰茎は引き出された。がりがりと内壁を削られる。目の奥がちかちかした。何より驚いたのは、こんな話をしていても杉本の陰茎が全く萎えていないことだった。
 引き抜かれると全身を持っていかれたような気分になるし、押し込まれるといっぱいで苦しくなる。その繰り返しだった。その繰り返しで高められていって、ごちごちと奥に当たる先端と、それがごりごりとえぐるように前立腺を掠めていくのが気持ち良くて、だんだん頭が真っ白になっていく。杉本の吐息が耳の近くに聞こえる。
 杉本が自分に興奮し、陰茎を勃たせている。少尉はそう考えるだけでたまらない気持ちになる。
「っひ゛、い……っく、あ」
 ごり、と強く前立腺を押し込まれる。喉の奥から声をあげて、少尉は触れられないまま射精した。はたはたと精液が飛ぶ。お互いの腹をぬるい精液が汚す。内腿がびくびくと痙攣する。
「……っう、うう゛、……ああ、っぁ」
「イっちゃったね。……少尉さ、まだちんぽ使ったことないんだよね? 俺が触るだけでも十分気持ちいいなら、どこにも挿れなくていいし……これからもこういうのは俺だけとしよーね」
「ッん、ん、……杉本、だけ……っ! ひあ゛、や、そこ……っ」
「俺だけ?」
「、杉本だけ……っ ッ っあ゛、も、だめっ、またいく……」
 ごちゅ、と奥に陰茎がぶつかる。ぶつかるたびに視界が白くなる。揺さぶられると喉から押し出されるように声が出る。色気がない。なのに杉本の陰茎は硬くなる。肩を抑えられて身体を抱え込まれる。突かれる衝撃の逃げ場がなくなって、力任せな律動を、衝撃ごとすべて受け止めなくてはならなくなった。
 痛くて気持ちいい。こじ開けるように奥にぶつけられるのはほとんど暴力を受けているようだったが、その暴力すら快感だった。意識の糸がほつれていくのがわかる。愛しい男が欲を放つ先を求めて腰を振っている。
 この瞬間が好きだった。普段から人に気を使って過ごす杉本が、唯一自分の欲を優先する瞬間。自分の射精のことしか考えられなくなっているこの時が好きだった。そして、射精する杉本の身体が小刻みに揺れるのも、射精した後、機嫌を伺うかのように甘えるその仕草まで全部大好きだ。なんだか情けなくて、どうしようもなくかわいいと思う。
 腰を押し付けるように打ち付けて、杉本は射精した。結局この日はこの一回だけで終わった。それでもひどく疲れてぐっすり眠った。




-エムブロ-