今にも涙ぐみそうな表情で俯き下唇をきゅっと噛み締める様子がリオの目には映った。その瞳には悲しさと、そして、深い罪悪感を秘めていることに気付く。いや、そうだと確信が持てるぐらいに彼には分かっていた。

「僕が…、僕の不注意であの時は…彼女にナイフが刺さってしまった…」

過去を振り返り紡ぐ言葉は少し震え、あまりにも弱々しく、とても小さく見えた。そんなアルマの今の姿と心情はあまりにも見るに堪えず、リオは慌ててテーブルから身を乗りだし、泣き出しそうな彼の面持ちに若干の焦りを感じて口を開いた。

「あれは!あれは…違う、アルマのせいじゃない。あれは不幸な事故だったんだ。何も意図的にした訳じゃないだろ?」

「そうだけど…でも!あれは…」

「あれはアルマが高い棚からナイフを取り出そうとしてバランスを崩し、不幸にも下にいたアイリスにたまたま…そう、運悪く手に持っていたそのナイフに胸を貫かれた。ただそれだけ。本当にただの起こり得る不幸な出来事さ」

「だけどあの時のせい、で、リオは……」

記憶を遡り脳裏に何か過り思い出したのか咄嗟に口をつぐんだ。そして何かを考えているリオを見つめ、改めて何かを思い出したように相手に気付かないほど小さな身震いをする。
そんなことは気付くこともなく、リオはパッと顔を上げ、恐怖しているとも取れるようなアルマの強ばった表情とは正反対に微笑みながら何処か嬉しそうにアルマを見つめた。

「それにさ、そもそもアイリスは生きているだろ。生きてればそれだけで充分じゃないか」

第三者がこの会話を聞いたらナイフが刺さったが奇跡的にも死には至らずこの世にいると思うであろう言葉。しかしそれを聞いたアルマの表情は先程の恐怖を携えたものから一転し、何処か悲しげなものとなっていた。

「リオ……」

アルマは虚しそうに、悲しそうにテーブルの向こうの優しそうな笑みを浮かべた彼を見つめ、そして視線を自分の膝に置いてある両手に向けた。
無意識に握り締めていた両手を開くとコートに付着した血液を拭き取ることに専念していた為、手を洗うことの忘れた手のひらは完全には落ち切ってなかったのかうっすらと所々赤みを残していた。それは、紛れもなく先程アルマ自身が人を殺して来た証拠であった。
どんな理由があれど人を殺すなどしてはいけない行い。 非道徳的な行いであると口にするまでもなく分かる事柄。しかしアルマはそれを充分に理解し自覚しているかのように辛そうに目を細め、また両手を固く握り締めた。

(僕は分かってる…何もかも。でもリオの言う通り、殺人なんて行為は終わらせないといけないんだ。だけど……)

「もう殺しは止めよう」。
先程言われた言葉が再び甦った。正に正論であり、反論の余地も何もない当たり前の事だった。しかしアルマの気持ちは揺らいでいた。
このまま止めても良いのか、それで解決になるのか、目の前の友人であるリオが"理解し満足"するのか、と。