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罪悪感に潜む影 3

今にも涙ぐみそうな表情で俯き下唇をきゅっと噛み締める様子がリオの目には映った。その瞳には悲しさと、そして、深い罪悪感を秘めていることに気付く。いや、そうだと確信が持てるぐらいに彼には分かっていた。

「僕が…、僕の不注意であの時は…彼女にナイフが刺さってしまった…」

過去を振り返り紡ぐ言葉は少し震え、あまりにも弱々しく、とても小さく見えた。そんなアルマの今の姿と心情はあまりにも見るに堪えず、リオは慌ててテーブルから身を乗りだし、泣き出しそうな彼の面持ちに若干の焦りを感じて口を開いた。

「あれは!あれは…違う、アルマのせいじゃない。あれは不幸な事故だったんだ。何も意図的にした訳じゃないだろ?」

「そうだけど…でも!あれは…」

「あれはアルマが高い棚からナイフを取り出そうとしてバランスを崩し、不幸にも下にいたアイリスにたまたま…そう、運悪く手に持っていたそのナイフに胸を貫かれた。ただそれだけ。本当にただの起こり得る不幸な出来事さ」

「だけどあの時のせい、で、リオは……」

記憶を遡り脳裏に何か過り思い出したのか咄嗟に口をつぐんだ。そして何かを考えているリオを見つめ、改めて何かを思い出したように相手に気付かないほど小さな身震いをする。
そんなことは気付くこともなく、リオはパッと顔を上げ、恐怖しているとも取れるようなアルマの強ばった表情とは正反対に微笑みながら何処か嬉しそうにアルマを見つめた。

「それにさ、そもそもアイリスは生きているだろ。生きてればそれだけで充分じゃないか」

第三者がこの会話を聞いたらナイフが刺さったが奇跡的にも死には至らずこの世にいると思うであろう言葉。しかしそれを聞いたアルマの表情は先程の恐怖を携えたものから一転し、何処か悲しげなものとなっていた。

「リオ……」

アルマは虚しそうに、悲しそうにテーブルの向こうの優しそうな笑みを浮かべた彼を見つめ、そして視線を自分の膝に置いてある両手に向けた。
無意識に握り締めていた両手を開くとコートに付着した血液を拭き取ることに専念していた為、手を洗うことの忘れた手のひらは完全には落ち切ってなかったのかうっすらと所々赤みを残していた。それは、紛れもなく先程アルマ自身が人を殺して来た証拠であった。
どんな理由があれど人を殺すなどしてはいけない行い。 非道徳的な行いであると口にするまでもなく分かる事柄。しかしアルマはそれを充分に理解し自覚しているかのように辛そうに目を細め、また両手を固く握り締めた。

(僕は分かってる…何もかも。でもリオの言う通り、殺人なんて行為は終わらせないといけないんだ。だけど……)

「もう殺しは止めよう」。
先程言われた言葉が再び甦った。正に正論であり、反論の余地も何もない当たり前の事だった。しかしアルマの気持ちは揺らいでいた。
このまま止めても良いのか、それで解決になるのか、目の前の友人であるリオが"理解し満足"するのか、と。
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二人の花 2

リオの小屋にやってきた血濡れの知人は水に濡らしたタオルで顔や服、コートといった返り血を浴びた箇所を手慣れたように念入りに拭いていた。余程血を浴びたのかタオルは血で滲み、床にはポタポタと血が混じった水滴が滴る。
こびりついた血を拭き取る淡々とした作業にも飽きてきつつあったその時、ふと青年の鼻をバターの匂いが掠めた。

「これはバターの匂い…分かった!リオの得意な卵料理かにゃ?」

「…正解」

血濡れたタオルを横目にキッチンからリオが出来上がった料理を持って来て青年の目の前のテーブルに並べる。
目の前にあるオムレツは焦げ目もなく形も綺麗で、見ているだけでも食欲をそそられるようだ。

青年はコートを拭いていたタオルをキッチンのシンク目掛けてポイっと投げ、せかせかと椅子に腰を降ろした。シンクから外れたタオルを横目に溜め息を漏らしつつ、リオはスプーンを渡す。それを嬉しそうに受け取り、「いただきます」と幸せそうに熱々の料理を頬張る姿はまるで子どものようで、とても殺しを働くような人には見えなかった。
そんな様子を見つめながらリオも青年と対面する形で椅子に座り、頬杖を付きながら食べる手を止めない青年を見据え、食器のぶつかる音と咀嚼の音が響く空間で暫くしてからゆっくりと口を開いた。

「ねえアルマ、もう殺しは止めよう。いつバレるか分からないし」

怪訝な顔でアルマと呼ばれた青年に話しかける。その言葉を聞き、表情を変えずに一瞥をするもアルマはまたオムレツを食べ始めた。
聞いてくれたら良いというような気持ちでリオは構わずまた話しかける。

「それに…何故"空っぽ"にするんだ。お前は何に拘っているんだよ。やっぱりアイリスのことが…」

"アイリス"という言葉を聞いた瞬間、アルマは手に持っていたスプーンを乱暴にテーブルに置き椅子から腰を上げ、少し前の幸せそうに料理を頬張る無邪気な子どものような表情とは全く異なる形相でリオを睨み付けた。

「アイリス…そうさ、彼女は全ての事の発端。でも僕は憎んでなんてない。だって僕は彼女のことを愛してた、心から!そしてリオ、君もだよね?」

「……あぁ」

「二人から愛されていた愛しい彼女。幼い頃からずっと三人一緒だったよね。今でも覚えてるよ。だけど…」

先程の気迫はすっと消え、昂った感情が落ち着いたのかゆっくりと椅子に腰を降ろし、俯いたまま小さく息を漏らす。突然のことにリオもさすがに驚いたのか言葉が出ず、暫くの静寂が続いた。
そんな中、小さく、けれど落ち着いたような声色でアルマが言葉を発した。

「だけど…僕の、せいで、僕が…彼女を、大好きなアイリスを……」
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狂気の秘め所 1

辺りは静寂に包まれ、夜鳥の鳴き声だけが響く夜。暗闇に紛れて一人の青年は柔らかな暖色の灯りが漏れる小さな小屋に向かっていた。がさがさと枯れ葉を踏みながら歩き小屋の扉の前まで辿り着くと小さく二、三回ノックをした。そして数秒待つと、小屋の中から「はい」と若い男性の声がし、木製の扉がゆっくりと開く。
出て来たのは小屋を訪ねた青年と同い年ぐらいの男性だった。彼は訪ねてきた客を見るなり目を少し見開き、ため息を漏らした。

「血だらけ…また誰かを殺したの?」

明かりに照らされ暗闇では見えなかった来客の姿は返り血であろう血で塗れ、誰がどう見ても人一人殺めて来たと捉えることが出来るぐらいだった。
血に濡れた青年はふっと微笑み、小屋に足を踏み入れる。

「うん。今日はとても美人な女性だったんだけど…思ったより抵抗したから綺麗に"空っぽ"に出来なかったんだ」

室内にある木製の椅子の背もたれに自分の羽織っていた血塗れの黒革のコートを気にせずかけ、ふう、と一息付いた。

「リオ。お腹減った」

人を殺めて来た人のセリフとは思えないほど日常的な言葉にリオと呼ばれた小屋の青年はしょうがなさそうに「はいはい」と返事をし、小さなキッチンへ向かった。
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