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創作


僕の彼女が泣いていたので、僕は彼女に問いかけた、

「どうして泣いているの?」

そうすると彼女は静かに僕を振り返って、

「海を創ろうと思ったの、」

と言った。

僕の彼女は22歳、世界を夢見て今を生きている、

「海?」

愛しい時間を過ぎた後には、もう何も残されていなかった、
最期の時を君と過ごすと決めた僕に、もうこれ以上の報いなどない、

「海なんて創ってどうするつもりだい?」

覗き込むように彼女に語りかけてみる、
長い髪は床に散らばり、滴った涙がそれをびっちりと貼り付けていた、
黒檀の髪、美しいその髪に、僕は何度触れたのだろうか、

「わたしもね、こんなことしたって、もうどうにもならないことくらい、ちゃんとわかっているのよ、」

彼女がうっすらと笑みを浮かべる、
切ない笑み、痛々しささえ感じるその笑みの理由など、わかりきったことだった、

「でもね、わたしは、あなたの愛したわたしでいたいの、」

そう言って彼女は泣き続けた、
ただひたすらに沈黙を貫き通し、叶うことのない海を求めて、彼女は泣き続けた、
そう、と一言零した僕はその肩に静かに手を添える、
もう彼女の温度さえ感じられないこの腕が、今まさに彼女の姿を通り過ぎ床に倒れこもうとしていた、

「次に生れてくるときは、最初から一緒だからね、」

彼女の海に融けながら、僕はそんな声を聞いた、



2012.03.08


白シュウ


シャカシャカと地面を蹴りながら歩いていた、
もうすぐこの島は消える、僕という存在を巻き込んで、全てを飲みこんできたこの島は消える、

「なんだか嘘みたい、」

ふふっ、と小さく笑いながら、歩いてきた道を振り返ってみる、
青々と茂った草木は僕の足元から無限の彼方に繋がっていて、ああ、もうずいぶん歩いてきたのだと、そんなことを思ってはまた少し笑った、

「今度はね、もっともっと遠くに行ってみようかな、」

シャカシャカ、足元では相変わらず僕の足に踏まれた草木が小さくうめき声をあげながらその体を倒していた、ごめんね、痛いかな、そんな言葉を草木に掛けながら、一歩一歩足を進めてゆく、どこまで行けるだろうか、どこまで行くのだろうか、それは決して答えの返ってこない問いかけであった、これが最期、そう思うと自然に足は前へと伸びて、まだだ、まだだ、と言わんばかりに細長い一本道を刻んでいく、本当は少し寂しいのかもしれない、この島には僕の犯した過ちが消えることなく根付いている、それはいつだって僕のことを追ってきて、押しつぶそうとその手を伸ばすけれど、でも実は、そうやって追ってくる影が、僕の存在を今という世界に打ちつけてくれていたんだ、いつだって不安で、脆く揺れている存在である僕を、逃がさないぞって、生きる理由をくれていた、

「だからね、結構、この島は好きなんだよ、」

ふふっ、と声を漏らす、気がづけばさっきから、僕は笑ってばかりいる気がする、見慣れた景色を目に焼きつけながら、大きく息を吸い込んだ、全身が浄化されていくような、そんな気持ちになった、

――――――

「君はもう自分の価値に気づいてるんじゃない?」
「……」
「僕ならもう、」

――――――

「大丈夫だよ、」

シャカシャカ、シャカシャカ、足元で草木が泣いている、わかってるよ、ごめんね、痛いね、そんなことを言いながら、本当に痛いのは紛れもない僕自身なのだと、頬を伝う涙で気がついた、闇、拭えない過去と共に闇という存在を生きる僕は、ついに出会ってしまったのだ、こんな日が来るなんて思ってもいなかった、

「眩しかったよ、」

「君が、」

ふふっ、と笑う、その声は震えていてなんだか不格好だ、最期は笑顔でさよならなんて、きれいな絵を想像していたけれど、湖に映った僕は最高に不細工だったから、もう、この際泣くしかない、
光と闇は混ざり合うことなんでできない、初めからそういう運命だったんだ、すべてを悟り、受け入れた今、彼の踏み出す未来に、僕もこの足を重ねようとしている、

踏み出したそこが、彼の生きる未来、

「ありがとう、」

いつか世界が壊れるときに、光と闇が溶けあえるといいな。




2012.02.06
世界の終焉の時に、

創作


「本当の空の色って何色なんだろうか?」

わたしたちの見ている世界は実は本当の世界じゃないの、
世界なんて所詮は跳ね返った色を拾うだけの世界で、
網膜がひたすらに二次元を三次元に構築しているだけ、
わたしが見ているこの色のついた世界は、
近所のわんちゃんにとっては白黒の世界だし、(所説はあるけど、)
だからひょっとしたらわたしとあなたが見ている世界なんていうのも、
本当は全く違う世界なのかもしれないわよ、

振り返った彼女が笑う、いつも静かな彼女がいやに饒舌な今日は晴天、天を仰いだ僕の瞳に飛び込んでくるのは雲1つない真っ青な世界だった、

ねえ、それじゃあ君と僕の見ている世界は違うってこと?

僕の世界では、時計は11時59分を指しているよ、あ、もしかしたら、多少、ずれているかもしれないけれど、
お昼には何を食べようかなあ、おいしいサンドウィッチのお店があるんだ、そこのサンドウィッチでも持って、一緒に丘に登ろうか、いや、お母さんの作ったお弁当でも、

緑は揺れている、きっと、何一つとして変わりなく、秋になったら、緑は赤に代わるだろう、そうして僕の世界は廻ってゆく、きっと、誰も、疑問さえも抱かずに、

違うかもしれないわね、

誰もが信じて疑わない真実と言う名の常識は人間が作った幻に過ぎないのよ、
都合良く夢を見た人間の驕り、
言語を生みだし、定義を起こして、
そうやって毎日、自分が生き残っていける世界だけを愛して、
ねえいつまでそうやって、目隠ししたままでいるつもりなの、
本当は気付いていることに、気づいていないって蓋をして、
みんなと同じって、

「僕には理解できないよ、」

君の見ている世界が赤なら、僕の見ている世界も赤だ、
その世界に異論なんてないだろう、
だってそれは遥か昔から、変わることなく受け継がれてきたんだもの、
常識常識、常識は常識だから、変わることなんてないんだよ、

「わたしが見ている世界と、あなたが見ている世界は違うかもしれないのよ、」

あの緑が緑だって、そんなこと誰が決めたの、あの赤が赤だって、そんなこと誰が決めたの、あの黄色が黄色だって、そんなこと、誰が決めたの、
世の中に溢れる言語は、誰が何のために作ったの、
どんな思いを伝えるために、どんな祈りを込めて作ったの、
それはご立派な権力者のありがたいお言葉だったのか、それとも、飢えに苦しむ住民が無意識に呟いた言葉だったのか、
あなたが発するその言葉の意味と、わたしが発するこの言葉の意味が同じだってどうして言えるの?
あなたが見ているこの赤が、わたしの見ているこの赤と同じだってどうして言えるの?
あなたはわたしの口になって、この言葉を吐き出していないじゃない、
あなたはわたしの目になって、この赤を見ていないじゃない、
この世界は何一つとしてわからないのよ、いくら素晴らしい研究を繰り返したって、何一つとしてわからないの、
常識なんて、言うから、

「君は、」

「同じ世界で違う世界を生きているわたしたちが、交わることなんてあるのかしら、」



2011.12.11

米英


最後は実に簡単だった。
するするとほどかれたその腕が物語のすべてを物語っているようで、なんだかひどく恐ろしい。
さよなら、だなんて、もうずっと長い間、お前はこの手を握ってきたのに、
空気が乾いてく、色褪せた現実が「目を背けないで」と肩に手をかけて、意固地になっている俺の体を震わせた、どうやら俺は、逃げることさえ許されないらしい。

栄華を極めた大英帝国。
欲しいものは全て手に入れてきたし、きっとこれからもそうなのだと。
俺は実に愚かであった。
今になって考えてみれば、永遠なんてあるはずもないというのに。驕り高ぶった俺の脳内には、そんな思考はこれっぽっちも浮かばなかった。(実はそれが強いということなのかもしれない。)

ここはきっと樹海。
助けを叫ぶ声だって、きっと誰にも届きはしない。(それでいい、)
結局、全ては俺のエゴだったのかもしれない、お前だけは俺のもとを離れないだろう、とか、そんな安易な言葉で、いつか狂い始めた運命を繋ぎとめようとした、
本当はもっとずっと、一緒だと思っていた。
年に何度か、お前の家に遊びに行った時、お前は俺が帰る日になると、いつも駄々をこねて泣いたりした、「帰らないで、まだ一緒にいて、」その言葉に俺はお前の指をほどいては「また来るから、」と呟いたものだったな、
「俺は君から独立する。」そんなお前が、巡り来る今日という日に、俺の指をほどいてさよならを告げるんだ、誰のものでもない自分の意思で、この手を離して、さよならって。

「撃てるわけねーだろ ばか…」
ツメが甘いのはどちらか。走馬灯のように駆けだした記憶は止まらなくて、出会ってから今日まで、今日という日まで、俺は多分、ひどくお前を愛していたのだ、雨の日も風の日も、1年365日、1分1秒まで、多分俺は、ひどくお前を愛していたのだ。
きっとお前が忘れているような小さな事実だって、俺の体には全部刻まれている、栄誉ある孤立の道を進んだ俺が、ただ一つ、心を尽くして、その手を握っていた。

雨はしばらくやみそうもない、ここが樹海なら、どうかこのまま出られませんように、彼が選びとった道を進ませてやりたい、残されたほんの少しの親心が、俺をどうにか箱庭に留め置いていた、
後悔だらけの、憎しみだらけの涙が、ぼたぼたと音をたてて零れ落ちていく、さよなら、さよなら、きっと、「きっと幸せになってくれ。」

右手で左手をぎゅっと握った。


2011.10.16

米英


例えるなら深い海に放り出された気分だ。

ページを塗り替えては何度も同じ色を重ねていた、淡々と過ぎ去っていく毎日を同じ場所から見送って、また次の朝日を迎え入れている、消えていくろうそくの中、消えない灯りを宿していた、
終わりのない永遠を前にして、立ち尽くすだけしか能のない俺はひどく滑稽、世界のすべてを手に入れたって、結局世界の何も知ることはできなかった、からっぽ、この表現は今の俺にとてもよく似合う。

茜の空間の隅っこで、またお前に会いたくなった、

悲しくなる日には、あたたかい紅茶を飲むようにしていた、綺麗に澄んだ茜色に真っ白を注ぎ込んで、濁ってゆく、それはものの一瞬の出来事だ、この世界は紅茶に似ている、
雨の夏、濡らした指先を冷やしたのは他の誰でもないお前だった、いつのまにか俺を追い越したその身長で、俺から何もかもを奪い去っていった、ばかやろう、本当はそんな言葉一つも言ってやりたかったのに、実際は言葉も出なくて、自分から銃を置いたんじゃ話にもならないだろうけど、ただ、雨が冷たかった、それくらい、それくらいに深刻で残酷な、ある夏の出来事だった、世界はストレートティーのようには飲み干せない。

澄んだ海、濁った海、きっと世界にはそのどちらもが存在している、しかし海は全て繋がっていて、大きな一つの命なのだ、澄んだ海、濁った海、同じ海だというのに、どうしてそんなことが起こりうるのだろうか、俺は首をかしげながら、アールグレイに延々とミルクを注ぎ続けた、どうなる、どうなる?やがてカップの上限を超えたミルクは溢れだし、レースのテーブルクロスを薄く濁ったベージュが醜く汚していった、そういうこともあるのだろう、互いに色を持った俺たちが混ざり合うことなんて、きっとできない、結末はわかっていたはずだった、ぼたたっ、テーブルクロスが拭いきれなかったベージュが俺の太股にゆっくりと染みをつくり、現実の重さを物語っているようだった、はあ、と小さくため息をつく。

「俺はミルクティーの方が飲みやすくて好きだけどね」

「ま、君の紅茶なんかよりコーヒーの方がうんとおいしいけど」

ドアの前では、やたらとがたいのいい男が一人、やあ、と呑気な挨拶をかましていた、またそんなことして、とミルクを注ぎ込む俺の右手をとりながら、それではミルクの味だけしかしなくなっちゃうじゃないか、とぶつぶつ小言を吐いていた、つっこむところを間違えている、とつっこみを入れてやりたくなったが、なんとなく、やめた。

別に海を汚したかったわけでも、溶けあえると思っていたわけでもない、ただなんとなく、彼の放つその白さに当てられて、一緒にいたいと、思っただけだった。
指先が冷たくなっていく、離したのはきっとどちらでもない、不可抗力、お前を殺せなかった俺と、俺を殺せなかったお前が、最高にして最悪な形を選択して、その手を離したんだ、何も変わらない世界の隅っこで、すべてが変わる瞬間を受け止めきれずに、たった一つ、その選択肢を、同時に選んだ、多分、それだけのことだった、

「ミルクティー、なら」

涙だか何だか、ぐちゃぐちゃになった掌を震わせながら、俺は彼に紅茶を差し出した。




アールグレイとミルクの話
2011.09.11



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