途端、あの馬鹿と言えば顔をほにゃん、と緩ませちゃって。
「麻衣子ー!」
うお、駆けて来る駆けて来る。私はこの瞬間が好きでもあり、また嫌いでもあった。さっきまであんなにもかっこよくサッカーをやってた筈の奴は、今はもう…ただの犬。ただのちっさいゴールデンレトリバーだ。
「麻衣子、麻衣子、おはよう麻衣子」
まるで離れまいとでもするように、ぎゅう、と腰にしがみついて離れない。そんなに抱き着かなくとも、あたしは離れないっての。
「あーはいはい、おはよう次郎」
「!ま、麻衣子が次郎って呼んだ…鬼道!麻衣子が次郎って呼んd」
「毎日呼んでんだろ馬鹿。そんな事でいちいち鬼道さんに報告しないで!つか鬼道さんもニヤニヤしない!」
たかが名前を呼んだだけだってのに、このわんこは嬉しくてたまらないのか、そんな事を大声で叫び始めた。どうも佐久間は嬉しくなるとつい誰かに報告したくなる癖があるらしい。遠くでニヤニヤ見つめる鬼道さんの視線が痛い…そりゃ報・連・相は大事だけどね。逐一されたら恥ずかしいだけだっての。
頭を撫でて小さくハグをしてやった。あらま、なんて嬉しそうな顔だこと。
「今日は俺、シュート二本決めたんだぜ!見てた?見てたか?」
「え、あ、ごめん…マネ会議やってた」
「そう…か」
シュンとしぼむ顔、判り易さはレトリバー以上な気がするよな…。なんだか可哀相になって、慌てて頭を撫でると、ふにゃん、また緩む頬。なんだこの可愛い生き物。
「佐久間ー!」
「おう、今行く!」
遠く、円堂くんの声がした。途端、さっきまであれだけべったりしてたレトリバーはパッと離れて、またグラウンドの方へと走っていってしまった。
…その姿にちょっと悔しくなる。あんな嬉しそうに私を呼ぶ癖に、あんなに簡単に去っていくなんて、狡い。私だけがいっぱいいっぱいみたいじゃないか。
ハア、とため息を吐くと、後ろでクスクス笑う…いや、嘲笑う声が聞こえた。
「相変わらず懐かれてんなァ」
「不動…」
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途中の佐久間ゆめ。
これからどうしようね。
ふわ、彼女は微笑う。
何も知らない、俺の好きな笑みで。
途端、俺の心はタガが外れた様に軋みだした。あの笑みは俺達の為のものだったんじゃないか?彼女は俺達のもの―――いや違う、おれたち、じゃない。彼女は俺、俺だけのものなんだ。どんな時だって彼女の側に俺は居た。彼女が嬉しい時、喜んだ時、泣いた時、悩んでいる時、辛い時、苦しい時、いつだって俺は居た。彼女の側に居たんだ。泣いていたら慰めて、笑わせて、喜ばせて、彼女の為に、勝って勝って勝って勝って。
なのに今、どうして?どうして彼女の隣に俺が居ない。本来俺が居る筈のあの場所に、どうして俺じゃないやつがいる?ウラギリモノガ、イル?
どうして彼女は、笑っているんだ。
彼女の笑顔と来たら。世の中の汚いものなんて知らないような、不安も苦しみも悲しみも知らないような優しく真っ白で暖かいもので。おれは初めてひとをうつくしいと思ったんだ。人間は皆きたなくて嘘つきなのはずなのに彼女はうつくしかった。そんなうつくしいうつくしい彼女の横には、きたないウラギリモノ。
こんなの、おかしいだろう?
ひらひら、目が動く。彼女の一挙一動に、目が動く。ふわふわ、り。彼女はまた笑う。うれしそう、たのしそう、イトオシ、ソウ。
こんなの、正しくない。
ぎしり、心が、軋む事を止めた。
そうだ、正しくないんだ、これは。
彼女がイトオシソウに笑うのもたのしそうなのも嬉しそうなのも正しくない。何故ならば彼女は本来居るべき場所に居ないのだから。――――そうか、彼女は連れ去られたんだ!あの裏切り者、俺達を捨てたあの人に。あの人は頭がいいから、彼女を連れ去って、言う事を聞かせてるんだ。彼女は本当は楽しくないし嬉しくないのに笑うしかないのか。全てはあの人に強制された事。ああ、なんて可哀相な彼女!どうにかしなければ助けてあげなきゃ救い出さなきゃ。彼女が彼女が彼女が。うつくしい彼女、が、あの人に染められてしまう。その前に彼女を助けなきゃ、俺たちの、いや俺の、おれだけの、そば、に。
靄が晴れる。ああ、早くしないと!
「いま、たすけてあげるから」
小さく呟いた一言。かたり、心か、完全に壊れた音がした。
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佐久間やんでれ夢の端くれ。
鬼道さん→←ヒロイン←←←←←←←←佐久間の図。
佐久間はただのstk。
「ばかみたい」
「………麻衣子…?」
「やっぱりディノ兄もその程度、だったんだ」
「…どういう意味だ」
更に険しくなる雰囲気にまた笑いが止まらない。皆、皆、ばかみたいだ。
ふと、視界に入ったのは遠く平行線上、小さな少年の姿。怯えた瞳で、こちらを見つめている。そんな少年を守るように周りを囲む守護者候補。そしてDr.シャマルやアルコバレーノ達。
正にファミリーの理想的な図だ。ボスを守る為に牙を向く忠実な部下達と信頼出来る仲間達。きっとそれは、少年が持つボスとしての魅力が作り出したものなんだろう。端から見てたって、よく判る。その信頼、その絆。
でもそれは、結局は皆、あの人から与えられるべくして与えられたものじゃないか。
その全て、あの子は、欲しくても欲しくても手に入れられなかったのに。
「……ククッ」
渇いた笑いは止まらない。
そんな私に苛立ちが募ったのか、一人の守護者候補が攻撃をしかけた。ザン、と鈍い音が刀越しに響く。柔らかくかわして、私はまたボスの横へ戻った。
楽しそうに、寂しそうに嘲笑うボスの横顔。
サミシイ、クルシイ。
ココニコンナニモ寂シイ人ガ一人、苦シンデルノニ。
雲が月を隠して、ボスの表情も見えなくなる。ただ、繋がれた手だけは、固く結ばれたままだった。
いつだって、本当に泣きたい人の涙は誰にも見えないんだ。
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指輪争奪戦より。
皆がツナを守る姿、ボスはには辛かったに決まってる。
与えられべくして与えられたツナと囮に使われるだけ使われて何も与えられなかったボス。
この違いは小さいようで大きい
どうか いつまでも微笑っていて。
ブルー
ブルー
ヘ
ヴ
ン
━━━━━━━
例えばその明るい性格や、年相応に幼い仕草。
数え出したらキリがないくらい。
あいつが息をする度に、一瞬一瞬を生きる度に
俺は何度もあいつに恋をする。
だけど、その中でも一番可愛いのはその笑顔なんだ。
あまりに無邪気なその笑みに、時には苛つく事もあるけれど。
「まーもちゃんっ!」
「判った、よく判ったから麻衣子、いい加減ちょっと離して欲しいんだけど…」
「ちょ、マーモンばっかズルくね?麻衣子、そんなんほっといて王子も遊ぼうぜー?」
麻衣子の柔らかい声が部屋に響く。それに伴う様に紡ぎ出されたのは幼く、迷惑そうな声。そして生意気そうな台詞。
見慣れた風景だ。なんてことは無い。只のじゃれあい。
暗殺部隊の紅一点と言う事もあって、前々から奴らの麻衣子に対する溺愛っぷりはなかなかのものではあった。
どちらも普段談話室になんて来もしないくせに、彼女が居るときだけはこうやって二人きりになる邪魔をするかのようにやって来ては、見せ付けるかのようにベタベタベタベタするのだから。
最初の頃こそ、幼い嫉妬心や苛々に刀を振り回しても居たが、それも麻衣子に泣かれて以来は出来ず仕舞い。最近はただただ無視して耐えるばかりだ。
何一つ変わらない 日常。
なのに今日は、何故か苛々が収まらない。
「―――煙草吸ってくる」
これ以上このままだと、なんだか周りに当たり散らしてしまいそうで、俺は一人この場から退散させて頂く事にした。
「――…すく?」
ドア付近で聞こえた声には 聴こえなかったフリをして。
━━━━━━
―――――ムシャクシャする。
どうしてクソガキ共ばっかりなんだ。アイツの恋人は俺な筈だろ?
つぅかなんで俺、あんな悪戯ごときにキレてんだ?
つか誰にムカついてんだ?俺。
「くっそ…」
頭を冷やそうとすればする程、苛々は増して。
そんな自分がなんか 馬鹿らしく思える。
今まで付き合った女が何してようが 別にこんな苛々する事も無かったし、独占欲だって湧かなかった。なのになんだ この感情。たった一瞬の出来事なのに。アイツの笑顔が他に向けられるのがこんなに嫌だなんて。
「――すく」
そんな事をグルグル考えてたら背後から聞き覚えのある優しい音。アイツの証だ。振り向いた先には少ししょんぼりした様な表情で恋人が立ってた。
「どうしたぁ。麻衣子、」
ぶっきらぼうに言ったその一言が気にかかったのか、余計にしょげかえりながら可愛い馬鹿は口を開いた。
「――さっき。なんか、怒ってたみたいだから…」
「さっきって、いつ。」
「私がまもちゃんやべる君とと遊んでた時」
馬鹿。判ってんなら気付いて止めろよ。
「すく、ゴメンなさい」
「――何が」
「すくの事、ほっといてべる君たちと遊んで。」
でも、と其処で一旦話を止めると
心底嬉しそうな笑みが目の前に広がった。
「すくが嫉妬してくれて、嬉しかった」
……結局はこの笑顔に俺は弱いのだ。
…その後と言えば
判ったんならもうすんなよ、なんて
煙草揉み消しながら呟いて
うん、と犬みたいに嬉しそうに頷く馬鹿を
おいで、と照れ隠しに手を強引に取って談話室迄の道を帰って
それからは馬鹿はずっと俺の隣。
可愛いあの笑顔が見れるのは俺だけの特権だ。
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違うネタを使いまわし。
鮫が別人過ぎる。