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いかりや長介のレビュー

「なあんだ。お前は、こんな近い東京をよく知らないのか。とにかく、銀座へ出よう。さあ、このへんなら、人通りがないから、お前の目かくしを取るには、いい場所だ」
そう言うと、丸木ははじめて足をとめた。そうして袋の中にはいっていた千二は、丸木の肩から下された。
「今、中から出してやるし、目かくしもとってやるが、その前に一つ、きびしく言っておくことがある」
丸木は言葉のおしりに、力を入れて言った。
千二は、丸木が何を言出すかと、だまって、待っていた。
「いいか。忘れないように、よく聞いているんだぞ。ここでお前のからだを自由にしてやる。しかし買物が終らないうちに逃出したりすると、お前の命があぶないぞ。命が惜しければ、よく言うことを聞くんだ。わかったか」
千二は、丸木からおどかされて、ほんとうのところは、腹が立った。
(なにを、この野郎!)
と思った。千二少年も日本人である。むやみにおどかされて、それでおめおめ引込んでいるような、弱虫ではない。

美しいひとの評判

それはこの喫茶店に、露子という梅雨空の庭の一隅に咲く紫陽花のように楚々たる少女が二人の間に入ってきたからであった。
「鼠谷さんは、そりゃ親切で、温和しいからあたし好きだわ」
と朋輩にいう露子だったが、また或るときは
「甲野の八十助さんは、明るいお坊ちゃんネ。あたしと違って何の苦労もしてないのよ、いいわねエ」
とも云った。
昨日の親友は今日の仇敵となり、二人は互に露子の愛をかちえようと急ったが、結局恋の凱歌は八十助の方に揚がった。八十助と露子とが恋の美酒に酔って薔薇色の新家庭を営む頃、失意のドン底に昼といわず夜といわず喘ぎつづけていた鼠谷仙四郎は何処へともなく姿を晦ましてしまった。そのことは八十助と露子との耳にも入らずにいなかった。流石に気になったので、探偵社に頼んで出来るだけの探索を試みたりしたが、鼠谷の消息は皆目知れなかった。これは屹度、人に知れない場所で失恋の自殺をしているのかも知れないと、二人は別々に同じことを思ったのだった。
ところがそれから三年経って、八十助は妙な噂を耳にした。それは鼠谷仙四郎が生きているというニュースだった。しかも彼は、同じ東京の屋根の下に、同じ空気を吸って生きていたのである。彼の勤め先というのは、花山火葬場の罐係であった。
当分は、彼は勤めに出ても、鼠谷のことが気になって仕事が手につかなかったが鼠谷は、別に彼等夫妻に危害を加えようとする気配もないばかりか、次の年にはチャンと人並な年賀状を寄越したりした。そんなことから八十助夫妻は、始めに持った驚愕と警戒の心をいつともなく解いていった。一年二年三年と経ち、それから五年過ぎた今日では、八十助にとって鼠谷仙四郎はもう路傍の人に過ぎなかった。それには外にもう一つの理由があった。というのは、八十助の恋女房の露子が、この春かりそめの患いからポツンと死んでしまったため、彼は亡妻を争った敵手のことなんかいよいよ忘れてしまったのである。
その鼠谷仙四郎が、こうして久し振りで目の前に現われたりしなければ、八十助は一生涯彼のことを思い出すことなどはなかったであろうのに……。

福井青春物語のクチコミ

「丸木、丸木か? おい、新田。その丸木なる者は、どのくらいの大きさだったかね」
「大きさ? ああ、背丈のことですか」
「そうだ、丸木の背丈のことだ」
と博士は、新田先生に言われて、質問を言直した。
「丸木の背丈――と言って、別に変ったことはないようです。中背というところじゃ、ありませんかね」
「ありませんかねとは、はっきりしない言葉だね」
「だって博士、私は、丸木を見たことがないのです。千二少年から聞いた話なんですからね」
「おお、そうか。なるほど、なるほど。そうして、その千二という少年は、今どこにいるのか。すぐ、ここへ呼んでもらえまいか」
博士は、丸木の話を聞くと、急に熱心になった。
「千二少年は、いま警視庁に留置されているのです。博士から、大江山捜査課長に、お話しになれば、会えないことはありますまい」
「そうか。では、わしは、これから大江山に会って来よう」
「たいへんお急ぎですね」
「うむ。いや、なに、ちょうど読書にあきたところだからのう」
博士は、なぜか、ぽっと顔をあからめて、そう言うと、帽子もかぶらず、そのまま玄関から出て行った。
新田先生は、博士について行って、また千二少年に会ってみたい気がしたが、しかし少し別に考えることがあったので、
「じゃあ、行ってらっしゃいまし」
と、玄関で博士を送り出したまま、自分は急いで研究室の方へ引返した。
新田先生は、室内にはいると、すぐさま、博士がさっきまで書見をしていた大きな机へ突進した。そうしてその大引出を、開いてみたのであった。
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