螺旋状に突っ走って死にたいプロフィール
2013/7/11 Thu 03:52
急がなきゃ急がなきゃ 明日の御仁になる前に だけど僕 だけど僕 何を成せばいいのかしら


話題:ひとりごと

焦る!

やりたいことがありすぎるのだ

バンド活動をしているけど、他にやりたいことはあるのだ


絵本も作りたくて構想はあるけど、絵を描いてくれる人が多忙でなかなかできないのだ


俺は言葉というものが自分なりに好きでして

言葉の力を信じていながらも疑っているという矛盾の中で生きています

言葉は強いけど弱いのです
弱いけど強いのです


そんで中学生の頃から詩だかなんだかよくわからんもの書き留めておりました

そのときはいわゆる恋愛やら社会やらの普遍的なテーマでした
しかし、それは上京するときに燃やしました


二十歳を越えたあたりで

「言葉には意味があるが、」その言葉を繋いで意味のない文章や詩を作ったらどうなるのだろう。言葉はどうしても意味を持ってしまい、意識的に意味をなくすということは困難だ。だからこそ、やってみないと。」そうわけのわからんことを考えて、「意味のない詩」を作ってはみたもののこれが中々難しいのです
どうしても意味ができてしまう

無意識に言葉を繋いでみても意味が構築されてしまうのです
なんてこったい

それでも諦めず、最初はあえて意味を持たせて途中から支離滅裂にしてみたりと頑張ったりしました

そうやってできた詩が500ほど

前のblogではたまに晒したりはしてました

実はそれらは携帯やらパソコンやらに全てではないですがとってあるのです

自分の努力したものを消せない弱さを笑ってください

ここ最近ほとんど書いてません

最近晒した詩みたいなのは前に書いたものです

なぜ晒したのか

また書いてみようと思ったからです

元々シュール、シュルリアリスムというものが好きでして(ダリとかね)
たまに美術館に行ったりするくらいでした

なぜか最近、ちゃんと調べる気になりまして調べたところ

絵や映像、写真だけでなく、文章もシュルリアリスムの作品があるのです

まあ当たり前っちゃ当たり前なのですが想像力が皆無でした無念


そこでアンドレ・ブルトンや瀧口修造というシュル・リアリスムの立役者の本を読みました

うん、意味わかんねえ

気が狂ってんのか、と圧倒されました

俺には早過ぎたと絶望し、自分がやりたいことは100年くらい前にやられていた
しかも高次元で


それに傲慢ながらすごく愕然としてしまったのです

しかし同時に俺も作りたいこんな文章を!
と猛ってしまったのです

というわけで、これから今まで書き留めた詩を垂れ流す機会が増えますが、興味がない人は黙殺してください

生暖かい目で見ててください

当然気持ち悪いなら気持ち悪いと、痛々しいと思うならそうコメントしてください
意外に救われます

あわよくばどんなものにしろ

読んでくれた人の意識に少しでも傷をつけられたらうれしい


色んなものには俺は影響を受けてますので、半分オマージュみたいなのもあります

いつ書いたかは覚えてなくても、何に影響されたかは文章見たらすぐわかっちゃうんですよね


それほど自分の何かを削って作ったわけなんです

傲慢なのは承知で

脳みそ引っ掻き回せたら幸せ




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