時計の針が12時を指した。左之助は大きく伸びをして、軽く首の骨を鳴らす。
「休憩休憩〜腹減ったぁ」
それを聞いた長身の男が振り返り、苦笑混じりに注意を促した。
「首の骨を鳴らすのは良くないから止めなさいと、あれ程言っているのに………まったく左之助君は聞き分けの無い子ですね」
柔らかいマスクの笑顔と穏やかな声。眼鏡の奥にある琥珀色が細められ、左之助のエプロンを解きながら笑う。
「だって癖なんだよ、仕方無いじゃん」
「なら直して下さい」
「えー」
「努力するなら、今日のお昼は左之助君が好きなお店に連れて行ってあげますよ」
「マジ!?」
エプロンを掛けて、ええ、と頷く男に左之助は目を輝かせる。某高級洋菓子店のオーナーであり、最高の腕を持つパティシエでもある彼の名は藤田五郎。おっとりとした物腰に優しい笑みは女性客を今まで何人も卒倒させてきた。そんな彼の元で見習いとして働く左之助は、既にこの店でも特別な存在として認識されている。オーナー達のお気に入り。本人は気付いていないのだが、もう従業員の間では黄色い噂だった。
「それで、左之助君は何を食べたいですか?」
「寿司! こないだ駅前に出来たデカいとこ。ずっと行きたいって思ってたんだ!」
「判りました。では混んでしまう前に行きましょうか」
「おう!」
無邪気な笑顔の左之助を連れて藤田は裏口へ向かおうとする。しかし、当然の様にそれを妨げる影が背後から左之助を抱き止め引き寄せた。
「うわ……!」
「俺の居ない間に勝手に話を進めるな、藤田」
「…………………」
現れたのは藤田と瓜二つの男。だが表情や声、立ち居振舞いに絶対的な違和感を持つ。獣の様な眼光と威圧的な顔は、初めて見た者なら何処のマフィアのボスだと突っ込んでしまうだろう。けれど彼はれっきとした堅気の人間である。この店の副オーナー、名は斎藤一。
「おや、一さん。今日はお休みでは無かったんですか?」
「ふん。昼時だからな。こいつを迎えに来た」
「さ、斎藤……!?」
「残念ですが彼はもう予約済みですよ。他を当たって下さい」
「貴様が当たれ。寧ろ失せろ。さもなくばその偽善面、刻むぞ」
バチッと互いの間に火花が散る。長身の二人の間に挟まれた左之助はどうにか斎藤の腕から逃れようとするが、どんなに足掻いてもビクともしない。と言うか苦しい。
「斎藤っ、首…首絞まってるって! ぐぇっ」
「お前もお前だ阿呆。昼になったら俺を呼びに来いと言っただろうが。そのトリ頭には人間様の言葉を理解する脳味噌も入っていないのか」
「っ、だって」
「左之助君を侮辱するのは止めて下さい。と言うよりいい加減離したらどうなんですか」
「煩い、俺に指図するな。それより貴様は仕事でもしていろ」
強く左之助を引いて歩き出そうとする斎藤の肩を掴み、藤田が稀に見せる険悪な表情を浮かべた。無理矢理左之助を引き剥がすと腕に抱き、獣から守る様に隠す。対する斎藤の眼は殺気すら滲ませ、薄い唇が歪な笑みを形作った。
「いい度胸だな、貴様。余程俺を怒らせたいらしい」
「一さんこそ、剰り私を怒らせない方が身の為ですよ」
「ほう……何がどう身の為なんだ、藤田」
窒息しそうな場の空気の中、今にも取っ組み合いそうな二人を見上げる左之助はしかし、既に慣れたもので。
(何でこいつ等こんなに仲が悪いんだよ)
それが自分の所為である等と毛程も思っていない少年は心底罪作りである。
どうやら今日の昼食はお預けになりそうだと、左之助は言い合う二人の下で小さな溜め息を溢した。
Fin.
やっちまったパート2(笑)
初のダブル出演ですな!