昼休憩、家庭科室の前を通ってみれば中から甘いお菓子の香りがした。こんがり焦げたようなそれだったので焼き菓子でも作ったのだろうか。

また沢山貰いそうだな、と俺は何の気なしにそう思う。それは自慢でも自意識過剰でも何でもなくただの事実であって。
毎回毎回調理実習があるごとに俺の机は女の子たちが精魂込めたお菓子で埋もれてしまう経験から思ったまでだ。

さあさあ、こんなところで見つかっては両手で抱えきれないくらいのお菓子を託され男どもの妬みの視線を受けながら教室へ持ち帰らねばならない。

それは避けたいと思う俺はそのまま通り過ぎようとした、が。


「うおー!うめー!」

聞き慣れた、騒がしくも愛しい後輩の声が中で聞こえてしまってはぴたりと止まらざるを得ない。教室の中をのぞき込んでみると沢村がお菓子を食べて幸せそうな顔をしていた。


「…やべ、バカ面だ」

そう言いつつもにやけた顔を隠す為に口元に手を当てる俺は相当惚れてるんだな、と不覚にも自覚する。

女の子が好きな相手にお菓子を食べて貰いたいように男だってどうせなら好きな奴のを食べたいってもんだ。

結局俺は沢村が家庭科室から出てくるのを待つことにした。


「あーうまかったー」

数分して、案の定沢村は一番乗りで出てきたから俺は即座に声をかけた。


「よう」

「あ、御幸一也」

俺が手招きすればとてとてとこちらに寄ってくる。

手には後で自分で食べるのかはたまた誰かにあげるつもりなのか(後者は俺以外許さないけど)作ったであろうお菓子の入った袋が握られているが俺は知らない振りをした。


「お前のクラス家庭科だったんだ?」

「ああ、はい調理実習でした」

「へぇ…なあ、もしかしてお菓子作った?」

「おう!マフィン作った!!」

敬語を忘れるほどに嬉しかったのだろうか目の前のこいつは満面の笑みを顔に浮かべる。

沢村の表情の中で一番好きなのは時々見せる子供っぽい笑顔であって、そんな無邪気かつ殺人級のものを見せられてはたまったもんじゃない。

ぎゅ、と胸を鷲掴みにされるような感覚に耐えながら俺は話を続ける。


「ははっ、じゃあ俺にもくれよ」

そりゃお菓子より沢村が欲しいって言ったらそうなんだけど流石にベタすぎるし、体目当ての変態男とは一線を介したいわけでマフィンを選択した。

だけど沢村のことだ、どうやら俺には甘くないらしく「は!?アンタに!?やらねーよっ!!」とでも言ってべ、と舌を出すだろう。

それも可愛いと思う俺は末期であることは自覚済みだ。


「いーですよ」

「え」

だが予想外な返事に俺はぽかんと口を開けた。驚いたんだ、まさか沢村がそんなことを言うだなんて。うっかり聞き返してしまう、自分の耳を疑ったのだ。


「まじ?」

そんな俺を見て思いを寄せる後輩は、んだよ、アンタが欲しいって言ったんだろと軽く頬を膨らませた。な、なんだよ可愛いなその仕草、近頃の三次元の女は絶対やらねえけど。


「だって、これ、み…にあげるためにとっといたんだし」

「は?み…なんだよ?ちゃんと聞こえるように言わないと分かんねーだろ?」

ごめん本当はかなり嬉しい。

どんな言葉が続くか分かっているのにわざとにやにやと笑いながら意地悪に聞き返す。俺がサディストなのにも原因があるがこいつがからかいがいがあるのが悪い。


「…〜っ、ああもうっ!御幸先輩にあげるために取っといたんだよ!いちいち言わせんな!!」

「…沢村、お前狡いなー…」

いつも俺の期待を越えた爆弾を投下していってさ、気がついたら俺お前に夢中だし。

負けました、そう呟いて頭を下げを額を真っ正面にいる沢村の肩にくっつける。離れろって言われても離れてやんない。


「でも、どうせアンタは俺のなんかより上手な女の子に沢山もらうんだよな」

あげるのを躊躇うかのように沢村は唇を尖らせる。なんだこれやきもちなのか、ツンデレのデレってやつなのか。俺は笑いをこらえきれず、下を向きながらくつくつと声を漏らす。


「…笑うなよっ!」

「いーだろ、俺はお前のが食いたいんだから。それにお前が貰うなって言うなら他の奴のは受け取らなくても良いんだぜ」

倉持には悪いけど今回のお菓子のおすそ分けはあきらめてもらった方が良いだろう、ごめんと悪友に謝りつつ今大事なのはこっちだと思い直す。


「…分かったよ」

ようやく沢村が折れたので俺は頭を肩から離し向き直る。

顔が真っ赤だが俺だってこう見えてどきどきしてる。いつからこんな青春ごっこにときめく少年になったんだか。


そうして沢村はもっていた袋を俺に渡す、かと思いきや高々と上にあげた。

「はい、上にあーげたっ」

「……」

「あははははひっかかってやんのー!一回やってみたかったんだよなーこ、れ…」

「……」

「…あーっと、先輩?」

「……」

「ご、ごめんなさい?」

「沢村、」

「は、はい!」

「どうやらお仕置きが必要なようだな」

なにも説明や補足はいらないはず、未来は見えてる。そうして俺は沢村に向かってにっこりと笑った。


「ひ、ひいいいいいいー!」


愛は砂糖より甘い、
(とりあえず強引に唇から、)


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夢サイトの前の日記に載せてました。ちょうど家庭科の授業で調理実習してた故の産物らしいです(…)