車に恵まれない西崎さん。今年の春には営業から外れる予定だったのに、結局続けている。
ガリガリ。
最近、営業車での走行中によく聞く音。
停めてみて、フロントガラスを確認。青ざめる西崎さん。
爪で引っ掛かれたようなあとがいくつもいくつも。
「あー……また怒られる」
薄明かりの中、目を覚ますと、胸騒ぎがする。
玄関の鍵、かけたっけ?
確認。やはりかかっていない。
急いで鍵をかけた。
瞬間。
ドアのノブが、ゆっくりと回り、誰かが立ち去る音がした。
ハイヒールが、道端に揃えておいてあった。
帰宅途中だった桜井くんは、異様な光景に足を止めた。
“ご自由に”
メモまで添えてある。
なにを自由に、というのか? さっぱりわからないが、何日かはそこに置いてあった。
数日後、家の近所で、いきなりトラックに飛び込む自殺があったと聞いた。
自殺の前って揃えて靴を置くイメージだよな、とぼんやり考えた。
“ご自由に”
自殺があったのが、あのハイヒールの近くだったのかまではわからない。わかりたくもなかった。
ただ、次の日に帰宅すると、ハイヒールはもうなくなっていた。