3ヶ月。短いような長いような、よくわからない期間。ルナとリオンは付き合って3ヶ月が経過した。
始めこそ、初で男慣れしてないルナに少しでも触れたりしようものなら、顔を赤らめてあたふたしていたものが時が経つに連れて徐々に慣れてき、彼女自身から近付いたり甘えてくるようになってきた。
だが未だ二人はキスより先には進展しておらず、至って清らかな関係のまま。
引きずってしまえばしまう程、成し遂げるのは困難になってくる。
どれだけ触れようとも、どれだけ抱き締めようとも、どれだけ口付けを交わそうとも満たされないそれ。
秘めている内を暴き出してもっと知りたい、もっと知って欲しい。
時の流れに任せればいいと悠長に思ってはいたが、性欲的にも溜まるっていうのは否定出来ない。
チャンスはあった筈だ。
何度言っても風呂上がり直後には部屋にやってくるし、目の前で寝られる事もあるし、はたまた逆に夜這いしに行った事だってある。
夜這いに関しては行く時に決心した筈なのに、無防備だが安らかに寝息立てて眠る彼女を見た途端、邪な気持ちが祓われてそのままとんぼ返り(その後、シャルティエにヘタレ呼ばわりされた)。
今目の前、ベッドに腰掛けプリンを頬張っているルナ。魔物を狩ってきたからその金で買ったんだそうだ。
リオンは自身の椅子に腰掛け、食べながらルナを凝視する。
笑顔で美味しそうに食べる彼女の姿は普通の少女で愛らしいもの。普段ガサツな性格している為か結構なギャップだ。
一体どんな反応するんだろう。一体どんな声で啼くのだろう。一体どんな表情するんだろう。一体どういう風に乱れるのだろう。
頭の中で犯して、勝手に想像しても所詮頭で考えてる事なので何かが違っており、虚しくなる。
我ながら不謹慎な考えをしている、そうリオンは心の内で嘲笑う。
「あのさ…、さっきからそんな見ないでよ」
もごもごとスプーンを口に入れたまま恥ずかしそうに訴えるルナ。
それにハッとしたリオンは一言謝罪の言葉を述べ、手に持っているプリンに視線を落とす。
まさかリオンが不埒な考えをしているなんて事を知らないルナは少し首を傾げた。
「明日任務だし、これ食べたら寝ようか」
「あぁ」
そう言ってからすぐに食べ終え、皿を持って行くと申し出たルナの言葉に甘え、皿を渡す。
おやすみ、と挨拶した彼女の名を呼び、振り向いた拍子に前髪を払い退け、晒した額に唇を押し付ける。
ほんの一瞬触れ、音も無く離れた後、彼もおやすみと挨拶すれば、ルナは目を合わせようともせず赤い顔で曖昧な返事をしてから部屋を出た。
ふと、前にちょっとした悪戯心で耳に息を吹き掛けた時の事を思い出した。息を吹き掛けた瞬間、普段の声色とは違い甲高い声上げて、それに驚いたのか逃げられた時があったのだ。あの時のリオンもまさかあそこまで反応するとは思わず暫く動けずにいた。
慣れたとはいえ、まだまだ初々しいルナにリオンは静かに微笑んだ。
任務が妙に長引いてしまい、すっかり日が暮れてしまった。今から帰っても真夜中、もしくは明け方になってしまう為、任務先の町に宿泊する事となったリオンとルナ。
別に珍しい事ではなかった。最悪、野宿の時もあるぐらいだ。
だが、今までに無かった上にリオンにとってなんでよりによってこんなタイミングで、な時に問題が発生した。
宿の部屋が空いてるには空いてるが、一室しか空いてないと宿の女将が申し訳なさそうに言ったのだ。更にベッドはダブルだから二人で泊まれる事は出来ると付け加えられた時は頭を金槌で殴られた気分になった。
宿はここしかない。この部屋に泊まらなければ野宿だ。
正直なところ、ちゃんとした飯も食いたいし、汚れた体も清めたいし、快適な環境で床に就きたい。
そうは思っても野宿が仕方ないと言うならリオン自身はそれでも構わなかったが、ルナは女だ。飯はともかく、汚れた体だと思うところがあるだろうし、何より安全な場所で寝て欲しい。
いっその事、自分だけ野宿するかと考えた矢先にマントを遠慮がちに掴まれ、やけにか細い声がリオンの耳に届く。
「私…いいよ。別に、気にしない…から」
伏せていて表情は見えないが短い髪から覗く耳は真っ赤に染まっており、掴んでいる手も僅かに震えている。
男女が同じ部屋、しかもベッドが一つしか無いって事に察してしまったのだろう。ルナもそこまで疎い訳でも知識が無い訳でも無い。
振り絞って出された声も震えており、無理をしているのは明白だった。
「僕は野宿するから、ルナはここに泊まれ」
「だっ、ダメだよ!折角泊まれる場所があるのに…!それにリオンが外で寝るの知ってて寝れる訳無いし、それだったら私も一緒に野宿するっ」
「馬鹿言うな」
「馬鹿はリオンの方でしょ!?兎に角!私がここに泊まって欲しいならリオンも一緒だからね!という訳で鍵ください!」
「おい、ルナ!」
二人の口論に女将は少々戸惑いながらも言われた通り鍵を渡し、簡単に部屋の場所を説明する。それを聞いているのかいないのか、ルナは渡された鍵をひったくるように受け取り、リオンの手を引いて早足に歩く。
我ながらなんて事を…、とルナは部屋に着いた途端頭を抱えたい気持ちであった。
ドクンドクンと煩く鳴る心臓が苦しい。まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのように吐く息はとても短く、上手く空気も吸えない。
「(冷静に冷静に冷静に冷静に)」
「…大丈夫か?」
「何がっ?」
明らか動揺しているのがわかるが、これ以上意識させても仕方ないので別の話題に切り換える。
「風呂でも入ったらどうだ」
「へ、私先に入っていいの?」
「あぁ」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
そそくさとルナは風呂場へ向かう。
実は長距離の移動やら戦闘やらで汗を沢山かいており、身体中がベトベトだったのでさっさと風呂に入りたかったのだ。
好きな人の前では常に綺麗でいたいもの。ルナも例外ではなく、汗をかいたり汚れたりしたら無意識にリオンとの距離を空けてしまう傾向がある。
脱衣場でタオルとバスローブの存在を確認したところで服を脱ぎ浴室に入る。
さほど広くは無いが、人一人の身体を洗うのには充分な広さ。
浴槽に湯を溜めている間に頭や顔を洗う。
「(…するの、かな)」
頭と顔を洗い終わり、これから身体を洗おうとしたが、鏡に移る自分の姿を見やる。
ふと考えてしまった思想に湯を浴びて多少赤くなっていた顔が更に赤みを増す。
「(ていうか、こんな体で欲情なんてするんだろうか)」
小振りな胸に手を当て、溜め息を吐く。
遂に、と言うべきだろうか。
恋人になって早3ヶ月。そういった行為を全くしなかった事にルナも気にしてはいた。
だからといってやりたいと思っている訳ではなく、いつそういう時がやってくるのか不安になっていた。
何せ初めてだ。身内以外の異性に裸体を見せた事など無い(といっても10歳辺りからは見せてないが)。
知識として知ってはいても、実際どんな感じかなんてわからない。
ただ、最初…ハジメテは痛い思いをするって、何かの本に書いてあったとルナは思い出す。
「(痛いって、どう痛いのかな…)」
考えが段々、生々しい物になってしまったので頭を勢いよく振り、身体を洗う為に石鹸をタオルに馴染ませる。
いつもより念入りに洗っている事等、ルナは自分自身の事なのに気付かないでいてた。
「リオン、ありがとう。次どうぞ」
「っ…、あぁ」
「?」
バスローブに身を包み、上がりたてほやほやでリオンに声を掛ければ、少し上擦った声で返事が返ってきた。
それに一瞬疑問に思ったが、然程気にしなかったので特に言及せずにソファに座る。
リオンが脱衣場へと姿を消し、暫くしてシャワーの音が聞こえるや否や、ルナは立て掛けられてあったシャルティエを自分の傍に置く。
「…別に二人っきりなんて今更なのにさ、なんでこうも緊張するのかな?」
[やっぱりルナも緊張してるんだね。坊っちゃんもですよ]
「どど、ど、どうしたらい、いいのかな?」
[ルナが感じるままでいいんですよ。無理なんてしないで。ヘタレ呼ばわりしちゃいましたけど、坊っちゃんだって戸惑ってるんだから]
「もし、そんな事になってしまったら…。てか、シャルいるのにどうしよう…」
[無粋な真似はしないよ。後で閉じるから]
ルナにシャルティエの声は聞こえないが、シャルティエが諭してくれているのだとなんとなく思った。
ガチャと浴室の扉が開く音が小さく聞こえ、ルナはシャルティエを元あった場所に戻す。
暫くして脱衣場からリオンが出てき、扉の音に反応して振り向いたが、すぐ視線を反らしたルナ。
それに対して疑問の言葉を投げ掛けたが、なんでもないと言われ、それ以上聞かなかったリオン。
「(色っぽい…な)」
近くにあった丸椅子に腰掛け、一息吐くリオンを見てルナは思った。
濡れている事でいつにも増して艶やかな黒髪、上気した僅かに赤い頬。いつもはタートルネックのシャツに隠されている鎖骨と胸板が少しだけ見えている。
「(お風呂上がりなリオンなんて初めてだよ。うぅ…、まともに見れない…)」
実はお互い直視出来ないという事に二人は気付かなかった。
軽く食事を済ましたものの、全くと言っていいほど二人の間に会話は無く、気まずい時間が過ぎる。
今下手に口を開けばボロが出ると思い固く閉ざすルナ、そして元々口下手なリオン。
環境が変わるとこうも緊張してしまうものなのかと、二人は思った。
夜も更け、そろそろ就寝の時刻。
昼間の任務の影響で眠気が訪れたのか、欠伸が出てしまったルナ。
慌てて隠したものの、リオンはバッチリと見ていた。
「そろそろ寝るか?」
「あー…、うん…」
このベッドに二人並んで寝るのか。多分、これは本当に寝るだけって感じだ。
それはそれで緊張するが、それ以上何も起こらないかもしれないと思うと何故か安心してしまい、ルナは密かに息を吐く。…のも束の間。
「僕はそこで寝るから、ルナはそっちで寝てろ」
そこ、とはルナが腰掛けているソファ。
そっち、とは一人で寝るには大き過ぎるダブルベッド。
つまりリオンはソファで寝るから、ルナはベッドで寝てろと言うのだ。
「そこって…このソファ?」
「そうだが?」
「……」
いくらリオンの体が小柄と言っても、二人掛け用のソファじゃ満足に足を伸ばして寝れないし、こんな狭いところでは寝返りだって打てない。
自分の方が体が小さいんだから逆の方がいいのではないかと思ったが、これはリオンなりの気遣いなのだとルナはわかっていた。
先程の自分だけ野宿すると言った事もそうだ。彼はいつだってルナの身を案じ、自分自身を犠牲にする。
嬉しい気持ちよりも申し訳ない気持ちの方が大きく、リオンが犠牲になるような事にはいつだって賛成しなかった。
だから今回も―――、
「こんなとこで寝たら節々が痛くなっちゃうよ?」
「どうって事ない」
「いやあの…ね、寝るだけなら、一緒でも…」
「……」
「やっ…!な、何…!?」
リオンは無言でルナの体を担ぎ上げ、ベッドへ向かう。
そして到着するや否や荒々しくベッドの上に放り投げた。
「ちょっと!なにする―――!?」
柔らかな弾力で大した痛みは無かったものの、いつになく雑な扱いに抗議を申し出ようと顔を上げる。
しかし、すぐ傍と言うよりもほぼ目の前にリオンの整った顔があった事に驚き、言葉を飲み込んでしまって出てこなかった。
そして気付いた。自分は今、押し倒されているような体勢になっている事に。
「…何もしないと思ってるのか?」
「え…なに…」
「何もせずに隣で寝ているだけだと…、本気で思っているのか?生憎だが、僕はそこまで紳士的でも優しくも、ましてや臆病でも無い」
「リオ、」
目の前の男は本当にリオンなのだろうか。
そう錯覚してしまう程、リオンの瞳はギラついており、今にも襲い掛かってくるような感じだ。
いつもなら目が合っても恥ずかしさから反らしてしまうルナだが、この瞳からは目が離せないでいた。
「……」
だが、見つめたままで何も話さないルナ。
その瞳は恐怖からなのか、揺れている。
まだ、間に合う。まだ、引き返せる。
だから早く…、早く暴れるなり殴るなり叫ぶなり泣くなりして拒絶してくれ。
そうしないと僕はこのままお前を―――。
リオンの表情が苦痛に歪み、体を支えている腕が僅かに震える。
それを知ってか知らずか、ルナの口が恐る恐る開く。
「私…、リオンになら何されても…いいよ」
「…っ、わかって言ってるのか?」
「わ、わかってるよっ」
ルナの顔に段々熱が溜まっていき、赤く染め上げる。
一応理解はしているのか、とリオンは心の隅で思った。
「…お、遅かれ早かれこうなるんだからさ…」
「いいのか?今ならまだやめられる」
「いい、よ。だ、大丈夫…」
「…後で嫌だとか言ってもやめられないからな」
「言わない。…多分」
「ルナ」
今までで一番愛しそうに名を呼び、口付けを交わす。
ルナは戸惑いながらも腕をリオンの首に回す。
それが合図だとでも言わんばかりに口付けは深いものになっていった。
久々に裏を書けるのか、それともすっ飛ばして情事後の話を書くのか…。