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練習:Though it is a crime




雨音は好きだ。

雨に濡れるのは気持ち悪くて嫌だけど、こうして窓越しに眺めながら聞く雨のコンサートはいい。


心が落ち着く。



たくさんのモノの上に落ちて、ぶつかって、弾けて、流れて、また昇って…

循環しながら奏でる自然の交響曲。




僕は読みかけの本を閉じ、本棚に戻すと、少しだけ窓を開けた。


ビュオオ、と雨水と共に演奏する風の音色。

予想外に風が強くて、驚いたけど、風を伴った雨も悪くない。



「雨脚が激しいのぉ」




僕のために拵えられた特別な“独房”に入り浸る、これまた特別な“天乙女”。

ミチルは紅茶でその喉を潤しながら、怪しげな本に目を向けている。



窓を閉め、僕もミチルの向かいの椅子に腰掛けて、もう既に冷めきっているであろう珈琲のカップに手をかける。



1、2、3、………



あれ、何個入れたっけ。






「飽きもせず毎日毎日12個も砂糖なんぞ入れおってからに…糖尿病になるぞ」




ああ、12個ね。流石月詠様、なんでもお見通しだな。

一度も本から目を離してないのに僕の思考が読めるし、砂糖どんだけいれたか覚えてるなんて。





「美味しいよ?甘くて」

「それがか?」

「うん、うまい」

「…うわぁ…飲みよった…」





ドロドロに甘い珈琲は僕の好物。
ミチルにはあり得ないとか、ゲロアマとか、文句言われるけど。


僕的には、美味なんだよこれ。





「何故そんなものが好きなのじゃ?」

「…んー、そだなぁ」




ミチルが僕の方をやっとみた。
うん、今日もミチルは可愛い。眼鏡姿もなかなか似合ってる。普段かけないから、なおのこと良いよね。





「アバンチュールな恋の反動かも」





君に好きだと言えないまま、ずっとそばにいる。



『そうか』って溜め息をつきながら、優しい眼差しで僕を見つめ返す君。




そんな君が愛しくて、愛しくて。





「なかなか止まぬな…」

「うん、まだけっこうな勢いで降ってるし」

「仕方ない、今宵は紫音の屋敷に一室構えてもらおうかの」

「それがいいね。空きはたくさんあるから好きなとこ使いなよ」

「うむ、そうさせてもらう」






ミチルは下女を呼ぶと、『おやすみ』と笑みを浮かべて去ってゆく。





…頼むから、さっきのは、やめてくれよ。




心臓に悪いくらい妖艶で、美しくて、優しくて、どこか儚げな…僕にだけ魅せる、笑み。




脈を打つのを忘れた心臓が、あり得ないくらい鼓動を響かせてる。


外から聞こえる雨音が霞むくらい、強く、激しく、高鳴って…







「おやすみ…ミチル」







そう、言い返せたのは…あれから10分ぐらい後だった。







間違ってしまいたかった



父に呼ばれた。

ここ2年ほど顔を会わせるどころか、言葉すら交わしていない父に。

2年ぶりに幽閉されていた屋敷を出る。




久々に浴びた陽光は、眩しくて優しくて、輝いて…



僕の身体を蝕んでいく。




『常盤に選定された』




その一言を言うためだけに、こんな面倒な場所に僕を呼ばないで欲しい。


これでも僕は忙しいんだ。

貴方に会う暇があるくらいなら、蟻の行列を石で邪魔してる方がまだ有意義だ。





『五領でのお務めに励むように』





その意味を知らない馬鹿な義母親は、嬉しそうに僕の頭を撫でた。



『常盤』ってさ。



僕にとって、なんの意味もない称号だよね。





僕にとっては、幽閉先が五領に移るだけ。


常盤はそれを排出した一族に、僕(常盤)が存命している間だけ与えられる絶対約束のことであって、僕にはなんの約束もないわけだ。





適当に返事をして僕はすぐに、あの息苦しい場所から席をたった。


あの人逹が、僕を閉じ込めた時から解っていたことだったけど…

いざ突きつけられると悲しいもんだね。





要らない子、だって…


改めて思い知らされるんだからね。






自分の名前すらまともに呼ばれないこの場所で、僕は何のために生かされていたのか。


全てはこのためだったんだよ。




そうじゃなけりゃ、僕は生まれて直ぐに死んでいた。




『僕は常盤になりません。』
『五領には行きません。』



って言ったら皆慌てただろうなぁ。
それはそれで面白そうだけど、蝉が羽化した瞬間に強風で煽られて地面に落とされる様には負けるよね。





屋敷に戻ると、がんじがらめの扉に鍵をかけられて、また独り。



バラバラとランダムに積み上げて床が見えないくらいに敷き詰められた本の山。

適当に拾い上げ、本を読む。

本は僕を裏切らない。
僕が体験できないことを疑似体験させてくれるし、知らないことを沢山知ることができる。



腹の底で何を考えているか解らない生身の人間より、ずっといい。





「あ、そうだ」






ベッドに寝転びながら天井を見上げる。


僕が存命している間だけ、他のやつらが幸福になるのなら…





その甘い夢は『僕が亡くなれば無効になる』ってことだろ?

じゃあ、そうしようよ。




どうせ短い命なんだから。
五領で悪いこと沢山して、死ぬことだけを考えて、試そう。
みんなの幸せを死をもって奪おう。


奪われ続けた人生だから。
僕が奪ったっていいじゃないか。




本当は、間違ってしまいたかった。


でも従うことで、それが奴等の足枷になることもあるんだ。
甘い蜜を吸い始めた蝶を、静かに狙いを定めて狩る蟷螂になろう。



そう、僕は一族を狩る蟷螂になるよ。









命を全て捧げて。










(これは一族に捨てられ、生きることを憎み続けた、馬鹿な男の話し)
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ポケットに詰め込んだ空



深い深い、海の底。


光も届かない暗闇に生きる妾達を、地上の人々は海神と呼んだ。




「ミチル、もうそれはお止めなさい」



気弱ではあったが、とても心の優しい温厚な女性。



「…ミチル、言うことを聞きなさい」



この龍宮の上流貴族に属し、規律を遵守する厳格な男。



テーブルに並べたタロットカード。
吸い寄せられるように、一枚一枚めくる。


周囲の制止など関係無い。
1日何回も占わねばならぬ、使命なのだから。



妾に課せられた、生きるための使命。





いつも同じ場所に、同じように並ぶ一枚のカード。


もう解っている。

このカードが告げる警告。
見飽きるほど占い続けてきた、真実。





「灯りが完全に消えてしもうた。…兄様、兄様が召されてしもうた」

「お止めなさいっ、そんなことをして!」

「母様、もうすぐじゃ。兄様が帰ってくる…」




静かに眈々と事実を告げる。

数分後、家の電話が鳴り響き、遠い地上に出ていた兄の訃報を知らされた。


母は泣き、父は妾を軟禁した。



それ以来妾は世間様から、『死神』と恐れ敬われ…

幽閉先には、己の死期を知りたいと願う者、他人の死期を知りたいと願う者逹でにぎわった。



じゃが、それも露の如く。



2ヶ月後に亡くなると告げたら、その男はきっかり2ヶ月後に事故に遭い亡くなった。

そんな話が噂になり、噂が肥大化し罪になり…




静かに待つ、死刑宣告。





「妾は対象とする者の、結末を予期し、告げる。」





死神のように。




死刑執行される死神は、アクリル板の空を見上げる。






「どうせ死ぬのなら、海神の禁忌を犯してしまおう」




ぐしゃぐしゃ、と握り潰した一枚のタロットカード。
妾の運命を決める、皮肉なカード。




妾は、ヒレを切り落とし、肺で呼吸をし、二本足で立ち上がる。





「妾は月詠ぞ」





透明な壁はみるも無惨に破れ、妾を誘う。
空へ続く道、死神がいや人魚が人へと至る道か。



妾は月詠を喰らい、月詠へと覚醒を遂げた罪人。




もう二度と海には戻れない。



「月詠を喰らうべからず、ヒレを切り落とすべからず、シェルを越えるべからず」



海神三大禁忌を犯し、かつて死神と呼ばれた人魚は今…






「天照、はよう支度をせぬか」
「ミチルってば急かないでくださいよ」




月詠として保護され、人間として生きている。

そう、人の定めを詠み、告げる月詠として…。
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練習:名無しの手紙



未だ肌寒い夜。
肩にかけたブランケットにくるまり、空を見上げる。


宮殿のテラスに凭れ、温くなった珈琲に口をつけた。



苦味と酸味、そしてどろどろに甘い砂糖の味。





「今宵は星が静かじゃな…」





ざわざわと噂話をする星たちは、不思議なくらい静かに瞬く。
時折消え行く輝きに、チクリと心を痛めながらも、ミチルは空を見上げ続ける。





「月詠様、まーだ起きてらしたんですかぁ」

「なんじゃ、千里か。見回りか、ご苦労」





エントランスホールに続く階段から、こちらに向かって来る青年に目線をやる。

小柄なその男、千里はミチルの隣で同じ様に空を見た。




なんの編鉄もないただの夜空だ。





「なんかあったんですか?」




ミチルは一瞥した後、また直ぐに視線を戻し首を横に振った。



「いや。何もない。」

「ふーん」

「のぉ、千里よ。貴様は真っ直ぐ整えられた安全な道と、幾重にも枝分かれした不安定な道、どちらがよい?」

「…えー、なんですかそれ唐突に」

「よいから、答えよ」





千里はぐーっと背伸びをすると、さも当然のように答えを出す。







「普通に枝分かれした道っしょ。真っ直ぐなんてつまんないでしょ」

「何故じゃ?」

「月詠様も、一緒なんじゃないですか?だったら聞く必要ないでしょ…」

「ふむ、それもそうじゃな」





聞く相手を間違えた、と呟くとミチルはまた珈琲を飲む。
もうすっかり冷めた珈琲は、美味しくない。





「千里、貴様にこれをやろう」
「なんです?」

「遺書という名のラブレターじゃ」




少しシワになり、上部に切れ目の入った手紙が千里の目の前に出される。

淡い色の封筒。

ミチルは千里に捨てるように頼んだ。





「宛名も宛先もない…」

「妾はそれを捨てれん。貴様が燃やしてくれ」

「いいんですか?」

「…よい。所詮ただの紙切れじゃ、妾には必要ない」





何度も読み返した。
何度も捨てようとした。
何度も破ろうとした。

でも、どうしてもダメだった。


彼女には宛先などなくても、誰が書いたのか直ぐに理解できる手紙。

小さい文字で、薄く消えてしまいそうな筆使いをする者をミチルは一人しかしらない。





本当は大切な手紙だ。

しかし絶ちきらなくてはならない。







「月詠には不要なものだからな。焼却せよ」

「はーい」

「妾ももうすぐ眠る、貴様もはよう休むがよい」

「お仕事言いつけた人がそれ言うかなぁ」





千里は文句を言いながら、見回りに戻る。

再び訪れた静寂のなか。


ミチルは斑の空を見る。





「常磐は枳に座す、か」





手紙の主の好物は、全く自分には美味しく感じられない飲み物だ。

今更だが、何故こんな甘くした珈琲が好きだったのやら。





ミチルは傍らに置いてあった分厚い本に、詠んだ内容を記すと、パタリと閉じて部屋に戻った。





 

練習:一言





人を信じることは、同時に裏切られることだ。

だから、誰にも心を許してはならない。
でも…ミチルにならいい。
裏切られても、いい。


僕を変えてくれたから…ミチルは特別。




「愛してる」




その重い言葉を、最期の言葉にして彼は散った。

特別なんて、いらない。
愛してるなんて言わなくていい。


ミチルには全て解っていた。

彼が自分を慕い、思いを寄せはじめていたことも。
誰も信じていないことも。
自分の命を最も軽んじていることも。





「…なぜであろうな。そなたの言葉になんの感銘も受けん。妾が欲しかったのは、そんな悲しい愛の囁きではない……ただ一言……」







“生きたい”







その言葉が欲しかった。


愛していたから、一緒に生きていたかった。



彼を惜しむ者のいないこの世界で、たった一人彼を愛し愛された女。




彼女は一人、丁寧に弔う。

皮肉ばかり言う嫌味な男だったが、人一倍寂しがりで、愛を欲していた。





「なぜ妾を置いて逝くのだ紫音…妾にもそなたが必要であったのだぞ」




美しい菊の花を手向ける。

棺桶から覗く真っ白な男の顔は、優しく笑んでいるように見えた。





「そなたの理解者が妾であったように、妾の理解者もそなただけであったのに」







もう二度と輝くことのない、彼の定め(星)を詠む。
既に黒く塗り潰された夜空は…いつかの空を思い出させる。
初めて地上に足をつけ、立った日の空を。





「紫音、今そなたは幸せであろう」




物言わぬ者に、語りかける。





「良かったの、ようやっと己が命を絶つことが叶ったのだから…」




透き通るような紫音肌に、温かな滴が落ちた。





「じゃがな、妾にとっては良くないのじゃ…紫音…妾は…」




ミチルは涙を流した。

涙など既に枯れ果てていると思っていたのに、瞳からは静かに溢れる。





「紫音…愛してる」








もう二度と、ミチルは誰かを愛さない。
この男以外、愛さないだろう。


生きることを望みつつも、それが禍となるのなら…僕は死を選ぶ。





そんな彼に、一筋の希望を与えた彼女だから。
この世を去った彼にも、愛を注ぐのだ。





「さらばだ、紫音」







ミチルは自ら彼の棺桶に火をつけた。




 
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