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Darkness Eyes 01

建物の地下にある、薄暗い部屋。
台車付担架が置かれているが、病院ではない。ここは、生きている人間の為の場所ではないからだ。
合意かどうかはさておき、寿命を終えた者達が訪れる所──死体置場。それ故、本来、この場を支配するのは息苦しいくらいの静けさだと、勤めている幼なじみの女性は語る。
……だが今夜は少し、様子が違った。

青白い腕が、ゆったりとした動きで目の前の相手を誘う。
喰い千切られ、パックリと開いていた喉の傷は致命傷だったはずだ。けれどアルフォンス達の目の前で、それは見る間に塞がっていく。
横たえられていた解剖台から身を起こした女は、まず間近にいた小柄な青年を獲物に定めた。と、それに気付いた青年・エドワードが慌てて椅子を掴み、殴り倒そうと振り上げたのを寸前で止める。
「物を壊しちゃ駄目だよ。ウィンリィに怒られるからね」
我ながら冷たい物言いだった。案の定、エドワードから怒鳴り声が返される。
「おい、アル! あいつとオレと、どっちが大切なんだよっ」
「ウィンリィ」
即答したのに、傷付いたような眼差しが返された。もっとも、アルフォンスからするとそれは悩む必要すらない問題だ。幼なじみの女性と昨日、出会ったばかりの青年。どちらを選ぶかなんて、解りきっているではないか。
(……まあ、普段のボクなら即答まではしないけど)
どうも、この青年に対しては容赦や遠慮が出来ないのだ。内心、首を傾げながらもアルフォンスは目の前の状況に対して言葉を発した。
「その女(ひと)を倒せないなら、家に帰ってよ。なりたてだから、見境なさそうだけどね」
自分ではなく、エドワードを選んだ事が何よりの証拠だ。確かに二十歳という年齢よりも上に見られるアルフォンスより、いくら趣味の悪いTシャツ(髑髏なんて冗談じゃない)に身を包んでいるとはいえ、小柄で少女めいた容姿の彼の方が『美味しそう』に見えるだろう。しかし経験を重ねている者なら、すぐにある種の嫌悪感を覚えている筈だ。それなのに、女にはまるでそんな様子がない。現に今も、そのほっそりとした腕を青年の首に絡めようとしている。一見、艶っぽい状況を連想させるが、女の唇から覗く犬歯がそれを台無しにしていた。
「……みたいだな」
そう呟くと、エドワードは無造作に女の両手首を左手で掴んだ。何気ない仕種だというのに、次の瞬間、彼女の動きは完全に封じられる。
戸惑い、身じろぎをする女から、青年は金色のテールを揺らし、彼へと視線を向けてきた。そして、尋ねてくる。
「これが、オレのテストなんだな?」
「そうだよ」
「武器もないのに?」
「無理なら助けるよ」
そっけなく返すと、青年のアルフォンスと同じ金色の瞳が悲しそうに揺らいだ。何だか小さな子(身長ではなく)を苛めている気持ちになるが、勝手に志願してきたのは相手の方なのだ。ここで甘やかしてはいけない。
女の艶やかな朱唇から、低い唸り声がこぼれる。
そろそろ潮時か、と思いながらアルフォンスは青年を促した。
「……それとも、仲間を殺すのは気が引ける?」
その問いかけに一瞬、けれど確かに、エドワードは息を呑んだ。我ながら意地が悪いと思うが、こちらから頼んだ訳ではないのだ。それくらいの覚悟もないのに、この仕事に就こうなんて冗談ではない。
(まあ、八つ当たりなんだけどね)
決めたのは自分だが、そもそも選択の余地などなかったのだから――心の中だけで、アルフォンスは呟いた。
……と、そんな彼と女の視線の先で、エドワードが動いた。

Darkness Eyes 02

空いた右手で首から下げていた十字架を外し、エドワードは口付けた。祈るようなその仕種を見た女が、馬鹿にしたように笑う。
(無駄なのに)
十字架で自分達――吸血鬼を倒せるというのは、本や映画の中だけの話なのだ。誰に教えられたという訳でもない。しかし本能で、彼女はそれを理解していた。
全く怯まない自分に驚いたのか、青年が金色の目を見張る。
それをチャンスと見て取ると女は再び、その首に腕を伸ばした。そして、今度は逆らわない相手に満足げに目を細め、その尖った牙で噛みつこうとした。
「……あっ?」
と、不意に女の動きが止まり、開いていた口から呆然としたような声がこぼれる。
力が抜けたように、彼女はその場にへたり込んだ。左胸のどす黒い染み。次第に広がってきているそれと同じ汚れが、エドワードの十字架を持った手をも濡らしている。
青年はその十字架で、ナイフのように彼女を刺したのだ。けれど刃とは違うので、かなりの力がないと突き立てる事など出来ない筈である。馬鹿力なのは、自分を押さえ付けていた事で判るが――そう思い、相手に目をやった女は驚きに目を見張った。
「あーあ、勿体ないな……止まらないだろ?」
呟き、自分の血の滴りを見下ろしている双眸は、いつの間にかその色を変えていた。眩い金から、冴えた銀へ――吸血鬼にとっては天敵である色だが、そもそも瞳の色が変わる人間などいない。
「オ、マエ……?」
心臓への一突きは、確実な死への手段だ。しかし普通なら、どんな場所でもすぐに塞がる筈である。
なのに、何故――そこまで考えて、ようやく女は気付いた。青年の持っていた十字架が、聖別された銀だという事に。
(でも)
遠くなる意識の中、新たな疑問が浮かぶ──青年が女の首筋に顔を、そして牙を埋めて血を吸っているからだ。
何故、青年は同族である自分の血を吸うのか。銀は近くにあるだけで吸血鬼を蝕むのに、どうして口付けまでして平気なのか。そして何故、血を吸われた自分は再び、死のうとしているのか……。
何故、どうして、と思いながら女は完全に意識を手放した。

元の死体へと戻った女からエドワードは離れた。
「ったく、大事な形見だってのに」
ブツブツ言いながらTシャツで十字架の、それから口元の血を拭った。そして綺麗になったのを確認すると、エドワードは十字架をジーンズのポケットにしまい、笑いながら口を開いた。
「これで、合格か?」
尋ねてきながら、今度はどす黒い血に濡れた手をジーンズでこする。何、と思っているとその手がアルフォンスへと差し出された。
二人の間に、しばし落ちる沈黙。
それからアルフォンスはようやく、相手が握手を求めている事に気付いた。もっとも応える義理はない。自分には全く、認めるつもりはないのだから。
「握手なんていらないよ。あなたはただ仕事をして、ウィンリィに家賃を払えばいい」
言い捨てて、エドワードの横を通り過ぎる。
そして背中に視線を感じながらも、アルフォンスは振り返らず、この状況を処理する為にと幼なじみへ電話をかけた。

死した後に再び、甦る。
仮初めの生を少しでも引き延ばそうと足掻き、命の証である血を啜る存在――吸血鬼。
それはここニューヨークに、夜の闇と人混みの中にすっかり溶け込んでしまっている。そう、まるで忌ま忌ましいゴキブリのようにだ。
アルフォンスにとって、葬り去るべき敵でしかない存在。
半分とは言え、その血を引く青年が吸血鬼ハンターであるアルフォンスの元へ押しかけてきたのは、一体、何の冗談なのか。
……笑えない冗談の始まりは、昨日の夕方に遡る。

Darkness Eyes 03

ニューヨークの郊外とはとても思えないような、のどかな田園地帯。そこにポツンと建つ家の中で、アルフォンスは黙々と床を掃いていた。
ちなみに使っている箒は、持参した物である。掃除屋かと聞かれると、しばしの沈黙の後、自分はYESと答えるだろう。実際、そんなものと割り切れるくらいには長く、この仕事をやっている。
集めたのは少しの綿埃と、黒い灰。それを神経質なくらいに丁寧に纏め、使っていた箒を置いて外に出た。
窓は開けていたが、やはり室内と外とでは違う。陽射しの熱さと強さに、アルフォンスは思わず瞬きをした。とは言え、のんびりしている訳にもいかない。
疼く目を擦って、用意しておいたガソリンを思いきり家へとかけた。跳ね返りがシャツやズボンを汚す。濡れた感触と匂いに眉を顰めながらも、アルフォンスはライターを取り出した。
家の持ち主が見たらきっと嘆くだろう。しかしあいにく、そうする前にこの家に住んでいた夫婦は殺され、仲良く死体置場に運ばれてきたのだ。若夫婦を殺し、家を乗っ取っていた犯人も今『滅ぼした』。だから彼を止められる者は、誰もいないという訳である。
カチリ、とライターに火を点けるとアルフォンスはそれをガソリンを被った家へと放り投げた。
……刹那、起こったのは派手に爆ぜる炎の音。
次いで黒い煙が立ち昇り、箒や集めたゴミを焼き尽くしてくれる。それをしばらく見つめてから、アルフォンスは長身を翻した。その動きに合わせて、短い金髪がサラ、と揺れる。
一瞬、けれど確かに、聞こえるはずのない女の絶叫が聞こえた気がしたが、足は止めなかった。ただ一言、低く呟いただけである。
「……また、殺されたいの?」
吹き抜ける風に、かき消される程の小さな声──だがそれを恐れるように、悲鳴が消えた。それに一つ息を吐くと、アルフォンスは銃の引き金にかけていた指を外した。

短銃に込められているのは、銀の弾丸。聖別されたそれは狼男だけでなく、不死のセイレーンを殺す事の出来る数少ない武器だ。あるいは吸血鬼と言った方が、話の通りは良いのかもしれない。
そう、吸血鬼──これだけでも映画やコミックの話かと思われるだろうが、一方の自分、アルフォンス・カーティスはというと、そんな人間を家畜としか思っていない輩を倒す狩人(ハンター)なのだ。しかもこれが家業だという辺りで、彼の冗談のような人生は決定されている。
(それもこれも……っ)
ジープを走らせながら、アルフォンスは舌打ちをした。元凶の一端が、他ならぬ自分の祖先にある事を思い出してしまったからである。
普段の爽やかな笑顔が嘘のような、不機嫌この上ない顔を傾きかけた太陽のオレンジ色に染めながら、アルフォンスはアクセルを踏み込んだ。

目的地に辿り着いた頃には、すっかり日は暮れていた。車を停めて、アパートの階段を上がっていく。
洒落た建物は、とても吸血鬼ハンターの住処とは思われないだろう。だが、それも道理。ここは元々、アルフォンスの家ではなく幼なじみの家なのだ。別に色っぽい理由ではなく(そんな事を言ったら物が飛んでくる)ウィンリィは情報屋でもあるので、一緒にいた方がお互いに便利なのだ。
(今日は夜勤とか言ってたっけ)
美人な反面、気の強い幼なじみの顔を思い出しながら鍵を開け、中に入ろうとする。けれど次の瞬間、アルフォンスはドアノブにかけようとしていた手を止めた。
……別に、ドアに張り付けていた髪の毛が無くなっているとか、そういう訳ではない。
しかし普通、誰もいない筈の家の中から皿の割れる音がしたら、誰だって警戒する。
(泥棒にしちゃ迂闊だな)
銃の安全装置を外し、そっとノブを回す。
それから一気にドアを開き、中に踏み込んで──アルフォンスは目の前にいた人物を見て硬直した。

Darkness Eyes 04

「ああ、アルフォンス。遅かったな」
銃口を向けられているというのに、その男は悠然と来客用のソファで寛いでいた。一見、壮年だが外見以上に高齢だという事をアルフォンスはよく知っている。
「……ヴァン・ホーエンハイム。何をしに来たんですか」
狙いを定めたまま、アルフォンスは低く尋ねた。もっとも相手はまるで動じない。後ろに撫でつけ、一つに結った金の髪。同色の目には眼鏡を掛けており、恰幅の良い体躯は上質のスーツに包まれている。
「ちょっと近くを通り掛かった、っていうのはどうだ?」
(どうだ、ってのは何だよ)
浮かんだ言葉を、けれど彼は口には出さなかった。それ以前に、いくら通り掛かったとは言え無断で家に上がり込んだ段階で、目の前の男・ホーエンハイムは立派な不法侵入者だからである。
睨み付けるアルフォンスに、相手がつ、と淡い色の双眸を細めた。
「俺はただ、形式通りの来訪をしただけだぞ」
その返事は予想出来たので、彼はただ眉を顰める事で応えた。と、さっきの皿の割れる音を思い出し、ため息と共に口を開く。
「家を荒らしておいて、何が来訪ですか。断っておきますけど、ここはボクの家じゃない。ウィンリィが帰って来たら、言い逃れは出来ませんからね」
「……ああ、あの魅力的なお嬢さんか」
少し考えた後、幼なじみの事を思い出したようだ。けれど魅力的、という言葉に、アルフォンスは更に顔を顰めた。相手の判断基準は、外見の美醜だけではないからだ。
「どんな相手でも許さないですけど……ウィンリィには、絶対に手を出さないで下さいね?」
「……ふぅん?」
途端にホーエンハイムが思わせぶりな笑みを浮かべるのに、アルフォンスは目尻を吊り上げた。怒りのままに、引き金にかけた指に力を込める。と、それに気づいた男が慌てたように両手を上げた。
「解った。我が妻に誓って、絶対に手は出さんよ」
『妻』という言葉を引き出した事で、アルフォンスはようやく相手から銃口を外した。それくらい、ホーエンハイムにとって妻である女性は特別な存在なのだ──そう、周囲の者、全ての運命をかき回せるくらいには。

「ああ、アル。帰ってきたのか」

しばし黙り込んでいた彼の耳に、聞き慣れない声が届く。
自分の名前を呼ぶそれに何だ、と目をやって──アルフォンスは呆然と声の主を見た。一方、話し掛けてきた相手はというと、屈託のない笑顔で話し掛けてくる。
「ちょうど今、肉が焼けたんだ。飯はあったかいうちがいーからな」
「……肉?」
「安心しろよ。ちゃんとオレが獲ってきたのだから」
そういう問題ではない。いや、確かに冷蔵庫の中の食材を無断で使用されたら、ウィンリィの機嫌を損ねるだろう。だがそれ以前にまず、アルフォンスは相手に聞かなければならない事があった。
「……君、誰?」
年の頃は自分と同じか、少し下くらいだろうか?
もっとも、印象はアルフォンスとはまるで違う。まず背が低い。そして顔も小さくて、彼やホーエンハイムと同じ金色の目が、こぼれ落ちそうに見える。
人形みたいに整った顔をしているが、ファッションセンスは感心しなかった。デカデカと髑髏が描かれたTシャツにくたびれたジーンズ。はっきり言って好みではない、もっと言うと嫌いなスタイルだ。
(……って、初対面の相手に何、考えてるんだ?)
関係ない。そう思考を締め括ると、アルフォンスは視線を目の前の相手から男へと向けて問い掛けた。
「誰ですか?」
そう言って、突き刺すような勢いで少年(一瞬、判断に迷ったが声や体型は男だった)を指差す。そんなアルフォンスと、寄り目になりながら彼の指を見つめている少年とを交互に見比べ、ホーエンハイムは何故だか楽しそうに喉を鳴らした。そんな態度が癪に障り、睨み付けた彼を宥めるようにホーエンハイムが口を開く。
……だが続けられた言葉は、更にアルフォンスを怒らせただけだった。

「ああ、悪いな。紹介しよう……俺の息子のエドワードだ」
「…………はっ?」
我ながら、情けなくなるくらい間の抜けた声が上がった。
それから、言われてみれば確かに似ている二人を見て──アルフォンスは、怒りのままに中指を突き立てた。

「吸血鬼のくせに……避妊しろよ!? 人間を孕ませてんじゃないっ!」

Darkness Eyes 05

……昔、一人の男が死んだ。その名はヴァン・ホーエンハイム。西欧で領主を務めていた伯爵だった。
誰にでも平等に訪れる死。けれど彼を慕う者達は、最愛の主君のそれを絶対に認めようとはしなかった。麗しい主従関係。ここまでならよくある話だろう。
しかし彼の臣下達は、禁忌とされる黒魔術を駆使してまでホーエンハイムの蘇生を強行した。魔術は意外と生活に浸透していたが、これは恋のおまじないとか明日の天気を当てるとか、そういうレベルの問題ではない。
だが、甦った伯爵は血に飢えた魔物と化していた。禁忌とされるのにはやはり、それだけの理由があるのである。
臣下を襲おうとしたホーエンハイムを止めたのは、彼の最愛の妻だった。
生き返ったというのとは少し違うが、夫である事に変わりはない。だからこそ微笑みながら、せめて夫の手は汚させぬようにと彼女は自ら首を斬り、吹き出す血を差し出したのである。
女は強い。そして、男は傷つきやすい。
「何故だ、お前……何故っ!?」
更なる不幸は、甦ったホーエンハイムが妻の血を浴びた時に正気に戻った事だ。足元に転がる、妻の亡骸。刹那、彼は絶叫してその場から姿を消して――絶望と欲求のままに、血を啜るようになっていた。

伝承は、必ずしも全て真実ではない。例えば男に、十字架やニンニクが効かないように。
そして中には、真実も存在する。日光や聖別した銀が男の身体を確実に蝕むように。
それからもう一つ。どんな存在も、種の繁栄に無関心ではいられない。それは吸血鬼も例外ではなく、ホーエンハイムも自分の血を与える事で、相手を吸血鬼へと転向させた。妖艶な魅力と強固な肉体を得た彼ら。だが一方で、血に対する飢えと仲間を増やす事への欲求を引き継ぎ、結果として流行り病のように吸血鬼は増えていったのである。
元々が死人だからなのか、ホーエンハイムの時の流れは、ゆっくりとしたものに変わっていた。闇に潜み、いつしか転向した吸血鬼達から、伝説の祖と崇められるようになったホーエンハイム。そんな彼の前に現れたのは妻によく似た、けれど今では見る事の出来なくなった青空の色の瞳を持つ若者だった。
「僕は、アルフォンス・ハイデリヒ……あなたの息子です」
生真面目に名乗った若者は母親が死に、父であるホーエンハイムが姿を消した後に母方の実家に引き取られた事を伝えた。そしてその家系が、贖罪の為に吸血鬼ハンターとなった事を――少しでも事態を収拾しようという誠実さがこの時、仇となったのである。
真面目な人間が一番、損をする。身も蓋もないが、それは息子であるアルフォンスにも当てはまった。そして苦しい葛藤の末、彼はある提案を持ちかけてきたのである。
曰く、ホーエンハイムら吸血鬼は欧州から新大陸に移住し、これ以上の乱獲を行わないで欲しい。今までのようにおおっぴらに血を吸っていては、いずれ自分達以外の人間も吸血鬼を狩るようになる。生まれてすぐに死に別れ、こうして再会しても困惑するばかりだが――それでも、ホーエンハイムに不幸になって欲しい訳ではないのだと。
息子からの提案に、ホーエンハイムもまた考えた。
確かに、このままではいずれ血を吸える人間はいなくなってしまう。それに、実を言うと自分達も困っていたのだ。無闇に騒ぎを起こし、勢いのままに仲間を増やしていく若い者達には。
苦悩や葛藤が、全くなかった訳ではない。
だがお互いの幸福の為に、密約は成立した。これが二百年程、前の話だ。
吸血鬼達と共にアルフォンス達も新大陸に渡り、狩るのはもっぱら暴走しがちな若い転向者となった。それは子供の頃、義母に密約を聞かされたアルフォンスも同様である。

(吸血鬼なんて……全て、滅ぼしてしまえば良いのに)

しかし幼い頃、吸血鬼に母を殺されたアルフォンスとしてはそう思わずにはいられない。
……小さかったせいか、あるいは相当のショックだったのか母親の顔は覚えていない。従姉だったという義母・イズミに写真を見せられて知っているくらいである。
それでも、アルフォンスは吸血鬼を憎んでいて――今の生温い状態には、苛立つばかりだった。
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