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厄介者の個体番号(斑←夏)

幼い頃から名前を呼ばれることが少なかった。
『夏目貴志』という個体番号を持った厄介者。
それが俺だった。
そんな俺の名前を呼んでくれたのはにゃんこ先生だった。
藤原夫妻がいくら呼んでくれても響かなかったのに、にゃんこ先生の声はしんみり染みて広がった。
レイコさんの名を含んだ『夏目』は何故だか嫌じゃなかった。



「夏目、お前また妖に関わったな?」
部屋に入るなり降りかかった問いに暫しの間を開けて俺は、
「好きで関わる訳じゃない」
ため息を吐きながら答えた。
「お前が関わりたくなくとも妖にとって夏目、お前は餌なんだよ」
にゃんこ先生も俺と同じように盛大にため息を吐いてみせた。
「そんなこと解ってるよ。解ってる。でも、見ないふり、見えないふりなんて俺には出来ないよ」
祖母であるレイコさんがそうであったように。
俺にとっても妖と過ごす時間が必要だったんだ。


『夏目』
そう、何度も呼ばれてそれは俺を表すものとなった。
先生があの日俺を見つけてくれたこと、偶然じゃなくて、淋しかった俺を心配したレイコさんが会わせてくれたんだって信じてる

我が儘で臆病な彼(斑→夏)

甘えることを禁じた、我が儘な人の子に寄り添うなんてただの暇潰しのつもりだった。
「おい、夏目。聞いとるのか?妖にあまり情をかけるな」
あまりにも夏目が無防備に妖たちを受け入れるから、目が離せなくなった。



「先生?居ないのか?」
学校から帰った夏目は必ず私をさがす。
「なんだ?夏目。今日は早いではないか」
私はそれを心待にしている。
それだけのことも認めてしまえばなんてことない。
「今日は短縮授業だったんだよ。だから西村たちと話ながら帰って来たんだ」
夏目は至極満足そうに笑った。
私は夏目の右肩に飛び乗る。
「夏目、おやつだ、おやつを探しに行くぞ」
我が儘でいとおしい、私の者。

包まれ、眠る、安らかな時(斑→夏)

夏目が時々見る夢は痛く辛い悲しい記憶の断片なんだと流れ込む映像に眉を寄せた。
幼い夏目が逃げ惑う姿にイラ立ちすら覚えた。
「おい、夏目。起きんか、馬鹿者」
揺り動かしたところで夏目は目を開けようとはしなかった。
仕方ないと本来の姿に戻り、尻尾で叩けば夏目はそれにすがり付くように腕を絡ませた。
「おい、夏目。起きろと言うに」
ぎゅうぎゅうと絡み付いた夏目に一つため息を吐くが、さっきまで流れ込んでいた痛く辛い映像は成りを潜めた。
「仕方のない奴だ」
安心したかのような安らかな顔で眠る夏目に私は笑うしかない。
夏目の身体が冷えぬよう私は夏目を腹もとまで引き寄せ、包み眠った。
もう夏目が悪夢など見ないことを祈りながら。

始まりは君を見届けるが為に(斑→夏)

長く長い間眠っていた。
叩き起こされるかのようにして解かれた封印はなんともちんけなものだった。


夏目。


呼び慣れた名だった。
聞き慣れた名だった。

だが、目の前の奴にレイコのような強さは感じられなかった
いや、別のものだったのかもしれない。
長い間眠っていた憂さ晴らしが出来ればいい。
だから奴が思い立った友人帳の返却を見届けようと思った。



そんな甘い考えはあっという間に吹き飛んだ。
夏目は目を離せば簡単に妖に捕まり、利用される。
それをまるで甘受するかのように受け入れる夏目に言い様のない怒りが沸いた。
『それは私のだ』と。
喰い殺してしまいたいのに、それすらも出来ない。
たかが人の子一匹に振り回される事を受け入れてしまったのだと、楽しんで悦んでいるのだと。
自覚はすれど認められない。
今はただ夏目の傍で。
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