クリスマスまでまだ二週間ほどあるけれど、早くも街はクリスマス用のイルミネーションで輝き始めていた。
三橋がよく立ち寄る店にも隅に小さめのツリーが置かれ、店内でかけられている曲はポピュラーソングからクリスマスソングに変わっていた。
いつもと同じ席に座り、注文をとってくれる店員にココアだけを頼む。
今日も店内には三橋を除いて数名の客しかいない。
元々は桐青の野球部に所属する河合に連れてきてもらい知った店だった。
初戦で勝ったあと、対戦相手校であった桐青のキャプテンの河合から挨拶をされ、そこからメールをやり取りする仲になった。
自分より二つ年上の河合と話していると気持ちが落ち着き、ほっとするような安心感がある。向こうも弟のように甘やかしてくれるので、たまに会うことが出来る日はすごく浮かれていた。
二人で会うときはいつもこの店を利用していた。それぞれの学校から少し距離があり、少なくとも野球部員は訪れないような雰囲気の店。
河合同様に落ち着いた雰囲気を醸し出す店を一度で気に入り、元々常連であった河合に続いて三橋も利用するようになった。
初めてここを利用したときから、河合はいつもコーヒーを注文していた。ミルクも砂糖も入れずに飲む河合を見ながら、三橋はずっと憧れていたのだ。自分とは違って大人のような河合に。
だが、一度だけ真似をしてコーヒーを頼んだときに一口しか飲めず、結局そのコーヒーは河合が二杯目として飲み、三橋はココアを注文し直したという経験がある。それ以来三橋は無理してコーヒーを注文せず、ココアを頼むようになった。
お待たせしました、と店員が持ってきてくれたココアのカップを両手で持って、ゆっくりと一口目を味わう。
いつもならば話し相手になってくれる河合がいるが、最近は三橋一人だ。
高校三年生である河合は12月に入った今、受験勉強の詰めに入らなければならなかった。三橋のためを思ってか前と変わらずメールを送ってくれるが、三橋からメールを送ることはなくなった。自分が送るメールで受験勉強の邪魔をしてしまうことだけは耐えられなかった。
そんなわけで、今日も三橋は一人でココアを飲む。
クリスマスも会えないんだろうなあ、とぼんやり考え、はっとした。
自分たちは付き合っているわけではないのだ。三橋も河合も男だから、付き合うとかそんな関係になることはありえない。
ただの先輩後輩…そういったレベルなのだ。
(だからクリスマスも、会ったりしない)
三橋が聞いたことはないが、河合には彼女だっているかもしれない。
(和さん、は 彼女と過ごすの、かな)
自分で考え始めたことなのにひどく気分が落ち込んだ。
三橋はそんな鬱々とした気持ちを晴らすように、ゴクゴクとココアを飲む。
だけど先ほど運ばれてきたココアなのだからまだ熱いのは当然である。
喉に焼けそうな痛みが走ったあと、じわじわと舌先も痛くなる。
生理的な涙が浮かび視界がボヤケると、先ほどまでの鬱々とした気持ちが再び沸き上がり、自分の目尻に滲む涙の理由が分からなくなる。
堪えきれない涙が頬の緩やかなカーブを下り、ぱたりと小さな音を立ててテーブルの上に落ちた。
三橋は慌てて手の甲で、頬に残る涙のあとを拭うが、一度崩壊してしまった涙腺はなかなか回復しない。
後から後から流れる涙を周りの客に悟られまいと俯く。
すると、俯いた三橋の視界の端に薄いブルーのハンカチが映った。
なにごとかと小さく顔を上げると、そこには自分の思考を今まで埋めていた人物がいた。
「和、さ…」
河合は、いつもの優しい微笑みじゃなく、少し眉を下げて心配そうな表情で三橋を見つめていた。
「どうした?」
三橋がハンカチを受け取らないので、河合自らが三橋の目元に手を伸ばしてハンカチで涙を拭く。
「う、え…なん、 で」
動揺からか、三橋は普段よりもつっかえながら言葉を口にする。
「塾帰りでな。ちょっと息抜きにと思って寄ったんだ」
「そ、だったんです か」
崩壊していた三橋の涙腺は河合の登場によってすでに回復していた。
ここ座わっても良いかな、と三橋の向かいのイスを指さして訪ねる河合に、同意を示すようにコクコクと頷く。
河合はイスを引きながら、注文をとりにきた店員にホットコーヒーを注文する。
変わらずコーヒーを注文する河合を見ると、なぜかほっとした気持ちになって頬が緩んだ。
そしていつもの、言葉数は少ないがゆったりとした時間が流れ始めた。