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タイトルなし



@


――ルール――
×それぞれの携帯にメールでそれぞれ指令を出す
×指令には絶対従うこと
×ただし、どうしても無理と判断した場合、一回のみ拒否を許す
×お互いの指令内容を教え合いすることを禁ずる
―――

「……何これ?」
「いやぁ、ただデートするだけじゃ……ね?」
「デートじゃないわよ」

「ん、まぁ盛り上げってことで。こっちのが罰ゲームっぽいじゃない」

「…………」




 事は三日前行われた王様ゲーム大会。
 ベースケのつまらない提案で、黒子率いるギター達がぞろぞろと我が家に集まったのだ。
 アタシは思わず目を剥いた。

 まさか“アイツ”が、黒子の兄だったなんて――。

「……ベースケ」

 だからアタシは、らしくもなくベースケにお願いした。
 ホント、らしくない……。




 いつ頃の話だったかしら。
 夕飯に使うお醤油が、切れてしまっていて。近くのスーパーまで走ったけど、愛用のメーカーが売り切れていた。仕方ないとため息を吐きながら、アタシは少し遠くまで買いに出たんだ。

 お目当てを手に入れた頃には、日がどっぷり沈んでいて。


 慌てて足を速めたときだった。



「うわっ」



 角から出てきた黒木に、ぶつかったのは。




「……ふぅん、なるほど。そのときに黒木が落としたライターを、返したいんだ?」

「そうよ」

「だから、王様ゲームの罰ゲームで、デートをセッティングしろと?」

「……デートじゃなくったって良いわ。黒木と、二人きりにしてくれればいいの」

「ふーん……」


 今返せば良いじゃん、と言われてもおかしくなかったが、何かを悟ってくれたらしいベースケは二つ返事で承諾してくれた。

 あのとき拾ったライターが、黒木のだなんて保証はない。むしろライターを返したいからなんて、自分に対する言い訳のような気がする。
 何なのかしら、この気持ちは……。



 今日家に初めて来た黒木は、あのときと同じ苛立った目をしていた。
 そんな黒木と対面したとき、リアクションを起こしたのはアタシだけだった。

 黒木は、あの日のことを覚えていなかった。




「「「王様だーれだ」」」

「あ、オレだ! じゃぁあ――」




 待ち合わせは、町中にある『悩まない像』の前。
 今日は人が多いな……前髪を摘みながらそう思う。すると、後方から聞き覚えのある声がした。




「……ケーコ」
 名前を呼ばれなくたって、声を聞けば、わかるんだ。

「馬鹿。遅いわよ」
「…………はぁ。何でこんなことに……」

「罰ゲームだから仕方ないでしょ?」

 アタシは白々しくそう言いながら、上から下まで黒木を眺める。
 ……うん、悪くない。相変わらず目つき悪いけど。というか、滅茶苦茶睨まれている。


「で? これは何なんだ」

 黒木が携帯の画面を向けてくる。
 そこには“ルール”が書いてあった。アタシも昨日ベースケに見せられ、「しょうもない」と一喝したかったが、頼んでいる手前文句は言えなかった。


「……何かしらね。別に守らなくても、」


 ♪♪♪
 黒木とアタシの携帯が、同時に鳴る。

 アタシは携帯を開いた。ベースケからだった。


『指令! 黒木と手を繋げ!』

 ……ええええ〜……。


「……げ」
 アタシ同様携帯を睨みつけている黒木が、何回目かのため息を吐いた。



「ベースケから? もしかして、アンタも“指令”?」
「…………」
「無視していいわよ。馬鹿らしいったら……」
「いや。アイツら、俺達んこと監視してるらしい」
「は!?」

 アタシはツインテールを跳ねさせながら辺りを見渡した。
 それらしいのはいない。

 もうっ…二人きりにしろって言ったのに!

「……アイツ……」

 帰ったら、寝てる間にわさび顔に塗りたくってやる……!


「従わないと更なる罰ゲーム追加だとよ」

「…………」

 少し申し訳ない気持ちになってアタシがうつ向くと、黒木がまた一つため息を吐き、首に手を当てながらぼそりと呟いた。


「……服、似合ってる。可愛い」


 アタシは驚いて黒木を見上げる。


「……律儀ね」

 『外見を褒めろ』とでも書かれていたのだろうか。

 外方を向く黒木に、アタシは笑みを浮かべながら手を重ねた。







―――――

楽しい(^p^)www

タイトルなし

初恋×ロワイヤル二話 バ/ト/ロ/ワパロ
* * * *


 ……こんな事に、なるのなら。
 貴方に好きと伝えたのにね。

 こんな時まで、アタシは貴方のことを考えてるわよ。
 守ってあげられなくてごめんなさい。
 そばにいてあげられなくて、ごめんなさい。

「動くな?」

 ・・・
 ソイツは、アタシに銃口を突き付けて嫌らしく笑った。そして、レコーダーのような、通信機のような固体に唇を近付けてこう言う。

「これは、殺し合いのゲームです」


 遅れて、ノイズ交じりのその言葉が、アタシの首元から溢れた。
 アタシは、悟る。
 ここで死ぬと――。


 ソイツがこんなことをする理由は、アタシには何となく理解できた。
 たまたま一番目のターゲットがアタシだっただけで、コイツはアタシを殺すのが目的じゃない。

 みんなを、殺す気だ。


 ソイツは一通りのセリフを早々と告げてゆく。
 全てのセリフをスラスラと言い上げるのを見て、アタシは全部覚えたのかしら何て呑気に思った。

 こちらを一瞥くれるソイツ。

「撃ちたきゃ撃ちなさいよ?」

 その冷たい瞳に、全ての覚悟を知った。
 ソイツは思い直さない。きっと確実にアタシを殺す。そして他の連中も殺す。


「――以上。五秒後の銃声を、ゲームスタートの合図とする」


 そうして、アタシは五秒後に死んだ。



 ソイツが少しだけ悲しそうにしたのが最期の記憶――。





Side.ケースケ



 まさかまさかまさか……ッ!?!?
 無言で近づいてくるベースケ。まさか、俺を、殺しに――!?

 俺は生唾を飲み下す。汗で、鉈を持つ手が滑った。

 しかし、俺は思い返す。
 もしもの場合、俺がベースケを殺せるか? 否――殺せる、訳がない!
 ベースケだけじゃない。誰にだって、殺意を向けられない。向ける理由がない。


 俺はゆっくりと鉈を下ろした。

 腹を決める。


「……ベースケ!」

 ベースケが顔を上げた。


「あれっ、ケースケ……!?」
「は?」
「よかっ……無事で!」


 *


「どうやら、オレ達はバラバラに配置されたみたいだね」
 ベースケは腰を下ろしながら言った。

「誰の陰謀かわからないけど……殺し合いなんて……」


 先ほどの様子の理由を尋ねると、考え事をしていて俺に気が付かなかったらしい。ベースケが俺を殺すなんて、甚だ勘違いだったようだ。そして今、まとまったらしいその考えを、俺に打ち明けてくれている。


「オレは、誰かの手の込んだ冗談だと思う」
「俺もそう思った」
「こんな物まで用意してさ」


 ベースケは肩を竦めて、ナイフをかざした。


「ケースケのは……それ何? ノコギリ?」
「鉈だ」
「へぇ。格好良いね、ケースケ似合うよそれ」
「もしかして、一人にひとつ武器が与えられているのか?」
「そうかもね。上手く考えてあるね、ハンデをなくすための制度かな」

 俺はベースケを目線だけで見上げる。

「この状況が、冗談じゃなければの話だよ」

 ベースケは小石を手に取った。


「もし本当に殺し合いをさせられるとしたら、ケースケはどうする?」
「え? あ……」

 そして地面に文字が綴られた。

『盗聴器が仕掛けられてる』

『怪しまれるから話は続けて』


「!?」

「ね、どうする?」

 ベースケはちょいちょいと首に繋がったチョーカーを小突く。



『この島から逃げる方法を考えよう』

 ベースケの紡ぐ文字から目を放さず俺は答える。



「さぁ、少なくともお前を殺す勇気はないが……」

「オレも。だからオレなら自殺しちゃうかもなぁ」

『このゲームは本物だ』
『逃げようとしてることを、悟られちゃいけない』

「このゲームが本物なんて思ってないよ。だから早くみんなを迎えに行こう?」

『ケースケ オレは』


 ベースケが、腕に力を込めるのが、わかった。


『見た』


『誰かが ケーコを』



 俺は疑うしかなかった。自分自身の目を。
 ベースケが唇を噛んでうつむいたが、すぐに顔を上げ立ち上がる。そして足元の字を、なぜるように足でかき消した。


「ケースケ、行こう」

「あ、あぁ……」


 俺はリュックを肩に掛けた。右手にはしっかりと鉈を握って。
 ベースケもナイフを一時すら手放してはいなかった。


 あのヘリウムガスを吸い込んだような声を思い出す。



『この島から逃げようとするとDEAD。三日後一人以上が生き残っているとDEAD。チョーカーを外した瞬間DEAD』


 俺は首に掛かったチョーカーに恐怖を覚える。
 あの発言が本当なら――。


「このチョーカー……本当に爆発するのかな」

 ちょうどベースケも同じ事を考えていたらしい。


「さ、あ……」

「あは、試してみる?」
 ベースケが自分のチョーカーを摘んだ。
「やめろ!!」


 反射的に叫んでいた自分に驚く。ベースケも驚愕の色を見せていた。


「ごめん、冗談。本当に爆発したら困るしね」

「ベースケ」



 俺は、気付く。


「このゲームがもし本当で、殺し合いをすることになったなら」


 俺は。

「全てを捨てて俺はお前を守る」




 お前を失いたくないと。





【残り/71時間35分】
【生き残り/?人】







わーい! ケースケさんちょっとイケメンじゃね? ←


1128

つじがみ



『貴方が、辻神様?』
 初めてベースケに出会った日はいつだっただろう。
『何だか初めて会った気がしないや。ずっと昔から、知ってる人みたい……』

 くすくすと、笑って。
 ベースケは、あぁ――そうだ。黒髪の、ベースケと同い年くらいの少年に、殺されたんだ。
 魂が入ったままでは、生け贄の意味がないと、人間はそう思っているようだった。


 何だか、哀れで。
 オレはベースケだったものを、ベースケの脱け殻を拾ったんだ。



* * * *

 ――時間跳躍。
 ケースケにああ言ったものの、正直自信はなかった。けど、やるしかない。
 オレが変えてやるよ。
 なぁ、ベースケ。
 こんなのってないよな。
 全うに得られなかった幸せを、オレが与えてやる。
 お前に色素を与えて、オレが死ぬ。
 そうすりゃ、お前が迫害されることも、生け贄に選ばれることも、ないだろう。
 そしたらさ、黒子の隣に、ずっといれば良い……。

 オレが人から奪った幸せを。お前から奪った人生を。

 今から返しに行くから。


「辻神、待て、まだ話が――」
 オレはケースケを振りほどき、時の狭間に亀裂を入れてやる。
「ケースケ、いろいろありがとね。オレ、ケースケを、ずっと昔から知ってた気がする。そんな錯覚を起こすくらい、ケースケのこと好きだったよ」
「それは!」

 次の言葉も待たず、飛び込んだ。

 ケースケの、焦ったような表情だけが見える。

 もう、会うことは、ないんだね。
 時間に紛れながら、そんなことを思った。


* * * 


「くろこ! かくれんぼしよう!」
「いいわよ? まけない」


 ――これは、依代の記憶か。
 もう、見るのも最後かもしれない。


「くろこ、みぃつけた」
「ベースケ、みつけるのはやい」
「あは、だってくろこは、いつもこの木のかげにかくれるでしょ」

 木の背丈が、今までで一番高い。これほど幼い記憶は初めてだ。最後に、見せてくれるのか、ベースケ。お前が一番幸せだった時を。
 黒子が数を数えはじめ、ベースケが走りだした。かくれんぼが再開したらしい。黒子が鬼のようだ。


「もーいーかーい」

 ベースケが、まだだよ、と言おうと息を吸ったとき。
 ぼちゃぼちゃ、と水音が後ろからして、振り向いた。少し走ったとこに川があるはずだとベースケが思考する。川まで走ると、何かが川の中で蹲っていた。

「……?」


 それは。それは。何ということだろう。嘘だ。認めたくない。


 川に映るベースケは、髪の毛が黒かった。

 そして、川にいたのは――ベースケ。

 白髪の――ベースケの姿をした、オレだった。



* * * *

 目覚めと同時に、水と衝突したのがわかった。川に落下したのだ。オレのいた場所は、この時代には川だったらしい。
 鼻や口内に水が入ってきて、ごほごほとむせた。
 ――がさ。
 その音に、心臓が波打った。

 さっきの記憶は、――まさか……。
 オレは顔を上げた。
 そこにいたのは、無垢な、目を真ん丸くさせた黒髪の少年で。
「何で……」
 さっきまでオレが見ていた依代の記憶で。

「ベースケ?」
「えっ……? だ、だれ……?」

「お前、どうして!」

 川から上がり、ベースケのか細い肩をやみくもに掴む。水滴がベースケに降った。同時に、「ベースケ?」という黒子の声が遠くに聞こえ、ベースケが振り替える。
 どうして、髪が、黒いの?


「――辻神ッ!」

 突如、オレの目の前に現れたのは、ケースケだった。突然のことに理解がおっつかず、呆然としていると、視界の端が白く染まった気がした。

「ケース……」

 ベースケから遠ざけるように、ケースケはオレを押し倒すと、すぐに振り向く。


「間に合わなかったか……」
「……えっ?」


 尻餅をついて震えているベースケの髪が――白くなっている。

 闇のように美しかった黒髪が、脱色しきって。
 オレは手を見た。
 ベースケに触れた手を、見た。


 オレは。


「オレ……?」
 慟哭が止まない。
「オレが……?」
 ベースケは、怯えた表情でこちらを見ていた。
「オレの……?」
「辻神、跳ぶぞ! 戻れなくなる!」

 オレはケースケを退けようとしたけど、力が入らなくて――何も理解ができなくて、ベースケを見つめることしか、叶わなかった。

 どうして一瞬でも忘れてしまったのか。オレが、辻神であることを。

つじがみ



「嘘だよ……」
 時間の軸から抜け出したオレ達は――どうやら元の時間に戻ってきたらしかった。
 ケースケは息を荒くして、こちらを見た。
「辻神、……あれは、仕方のないことだ」
「……オレが、何もしなければ、ベースケはそれで幸せだったの?」
 ケースケの、哀しげな表情。オレは、ケースケにそんな顔ばかりさせてる。
 やはり、オレは。
 何で、ベースケを幸せにできるなんて。勘違いして。自惚れて。

「ケースケは、知ってたんだね……」
 ごめんなさい。
「あの時間の俺は、時間に歪みを感じて……たまたま遠くから見ていた」
 ごめんなさいごめんなさい。
「オレ……」
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


「何で……存在してるの……?」


 何の為に、生まれたの?
 人を不幸にするために生まれたの?
 これからもそれが続いてくの?


「もう、嫌だ……嫌だよ……何で? 何でオレじゃないの? 何でオレの周りばかりなの!? いっそオレが不幸になれればよかったのに、その方が百倍よかったのに……!」
「辻神……」

 いっぱい奪ってきたよ。いっぱい不幸にしてしまったよ。
 たった一人の 無垢で 些細で ほんの小さな幸せさえ。


 
 

「それでも……それでも俺はお前と出会えて良かったよ」


 ケースケの言葉に 思わず仰ぐ。


「お前と過ごす時間が楽しい。お前と話すことが唯一の楽しみだった。お前が起きるのが心待ちだった。お前に――ずっと償いたかった」

 初めて言われた言葉だった。だから一瞬、まるで別の国の語で喋っているのかと、意味がわからなくて呆気となってしまった。それほど聞き慣れない単語の羅列だった。でも最後の言葉だけは――やけにはっきりと耳に残っていた。

「償……?」

「お前は優しい。どうしようもないくらいに。だからお前は幸せになるべきだ、“ベースケ”」

 ケースケは、どこからともなく杓を取り出す。リン、と凛々しい鈴の音がした。

「お前がベースケの色素を奪ってしまったこと。あれは免れない運命だ」
 呆然とするオレをはた目に、ケースケは、告げる。
「だから、これから俺がすることも、それと同じ」


 ――瞬間、まばゆい光に辺りが包まれた。それはケースケが発している

優しい矛先



「黒子!」
 ざあざあと雨が降る中で、ひっそりと彼女は立ちすくんでいた。
 全てを拒絶するような瞳に、オレは一瞬だけ怖じ気付いたが、構わず近寄る。
「やっと見つけた」
 黒子がいなくなったと、そう黒木から電話が来たときから、ここにいる気がしたんだ。
 オレ達の始まりの場所。
 外は警報が鳴るくらいの大雨だったから、知らせを受けてオレはすぐに駆けた。


 ほとんど賭けみたいなものだったけれど、予想通り彼女はそこにいて、まるで誰かを待つかのように存在した。


 オレは傘を黒子に傾け(すでにべしょ濡れであまり意味がない)、行こうと促した。
 しかし彼女は動かずに、むしろその場に力なくへたりこむ。
 風で傘が飛んで、追い掛けようとしてすぐに止めたのは、視界の端に紅を捕えたから。

「黒子……」

 彼女の手首からは、とめどなく血があふれ出ていた。
 真横に一線引かれたそれは刃物で傷つけられたもののようだ。
 雨が交じって、薄くなった血液は、彼女と衣服をひたすらに汚していた。
 右手に握られたカッターナイフが、全てを物語っている気がした。

「黒子、何か嫌な事があったの?」

 無表情の仮面を外さない黒子。
 手に触れると、体温が感じられなかった。
 いったい何時間ここにいたのか。何度手首を痛め付けたのか。どうして何も喋ってくれないのか。


「黒子、痛い?」

 時が止まったかのように、彼女は停止していた。まるで壊れてしまったかのように。
 オレは唇を噛んだ。


「止めよう、黒子」

 彼女の自傷癖について、オレは今まで見てみぬふりをしてきたに他ならない。
 それを否定することは、彼女を否定することとイコールで繋がる気がしたからだ。
 だから言わなかった。
 だから止めなかった。

「黒子がそこ切ってると……オレの心臓痛くなるの」

 オレは黒子の手首を、ハンカチで覆った。さすがに拭くと痛むかもしれない。
 黒子がようやく顔を上げた。
 十五センチ下の、彼女の瞳はやけに潤って見えた。

 泣いてはいなかったと思う。
 彼女の感情は、手首から血液として全て零れてしまったのかもしれない。

「オレが辛いの」

 オレの心臓は紛れもなく慟哭していた。
 破れそうなほどに。

「わかる……?」

 彼女にはきっとわかるまい。この高鳴りの意味が。オレは彼女を抱き締めて、すぐに離れた。そして――。
 黒子の目がおもしろいくらい張った。

 彼女のカッターナイフを奪い、自分の手首にあてがう。

「わかるかな……」

 あとは、少し手に力をこめるだけだった。


 泣いていたかもしれない。
 オレも、彼女も。



「たいせつなひとを、失う怖さが……」


 ただ雨だったかもしれないし、涙だったかもしれない。
 オレは怖かった。
 彼女を否定して、オレを否定されるのが。怖かった。怖かった。とても怖かった。
 でも見つけてしまったよ。
 それ以上に怖いもの。
 失うこと。

 きみを、うしなうこと。



 気が付いたら、カッターは地に横たわって、黒子がオレに抱きついていた。

「オレに向けて良いよ。黒子の優しい矛先を。黒子がそれ以上、自分を傷つけずに済むなら」

 黒子はぶんぶんと頭を振って、その振動が素直に心臓へ届いた。


「失うくらいなら、死んだ方がましだ……」

 やっぱり、オレは泣いていたのだと思う。
 彼女への鬱陶しいくらいの執着があふれ出たのだろう。押さえきれない衝動だった。


「良かった。見つかって。良かった、生きていて……」




 苦しいほどに抱き合って、存在を確認しあうかのように一つになった。ゼロセンチの距離で初めて――オレ達は互いの体温を知ったんだ。



* * *
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