パンケーキ


マエノスベテ4
2022.8.22 22:24
話題:創作小説

31
 フリンダ、ってなんだか不倫と似ていた。もしかしたら不倫だと言ったのだろうか。
「ふりん……ですか?」
彼女は首を傾げる。
「お菓子ではなく」
「ぷりんですね……えっと」
携帯から電子辞書を起動する。不倫、にわかりやすい表現は――っと。
『道徳に反すること。男女の関係についていう』
『人道に反すること』
余計わからねぇ!!
なんだこれ、不倫がつまり何かさっぱりだ。

「盗みや人殺しも、不倫ですか」
ぼくが呟いてるのを見て、彼女は真剣に聞いてきた。

「盗みや人殺しは不倫では……いや」

恋愛が絡んでいたらある意味不倫では?
的確な表現が見当たらないのに、他人にどうこう言うわけにはいかない。
あれ、不倫って何だ?浮気とは違うのか?
「好きな人がいるのに別に好きな人と関係を持つというか」
「それは『別れよう』じゃないですか?」
確かに、ドラマや漫画でそんなシーンがあると『別れよう』だった。うん。
一応、浮気を検索すると最初に出てくるのは心が浮わついている、とか陽気で派手だった。
2019/04/27 14:34










32
 辞書を見ていてもあまりしっくり来るものがない。
これではもし『そういう意味』が含まれていたとしても彼女が理解出来なくてもなんら不思議ではなかった。
「ご両親からは、なにか」
「ずいぶん前からほとんど関わりがありません」
それは困った。ぼくも的確な説明ができないぞ。
「少女漫画は」
「あまり好きではありません」

……そうですか。
いろんな意味で、ぼくが少女漫画を力説するわけにもいかないため、唸ってしまった。

「それが何か関係があるのですか」

 陽気で楽しく居たところに、ウワキダとかフリンダとかわけのわからないことを叫ぶ男が急に住み着いて、ひたすら怒鳴っていて、さらに理解を求めようにも計算だとか馬鹿だとか余計に怒りに火をつけてたらそりゃ無防備なところをボコボコにしているのと変わらない。

「失礼ですが、マエノスベテとご結婚は?」
「いえ……全く」
「失礼しました」

結婚しているかどうかで浮気との違いをまとめることはできなかった。
2019/04/27 14:55












42
      □

やがて――――

「じゃーん!」

と出てきたナエさんはいつの間にか、やけにハデなメイクになっていた。
ギャル……?
来たときの清楚感と別人みたいだ。
「ど?」
「うん。一度その格好で外で、弁当買ってきてくれないか?」
彼は真顔だ。ぼくは、ただ感動していた。
彼女は、ぱちぱちと手を叩く。
「嫌だ、私はおかずを買いたいんだ。お弁当なんか買いたくないんだ!」
そこかよ! と、思わず突っ込みたくなったがやめておいた。
「おかずは知らんが、ナエごん、行ってらっしゃい」
「いってきます」
ナエさんはハデメイクのままで階段を上がっていく。
二階にはウシさんが居る部屋がある。
彼女が何かしにいった間、彼が説明してくれた。
「派手、というならきみの蒼い『けもみみ』だと思ったんだが……さすがにね」
「なるほど、ウシさんを試すのか」
確かに、身体についてさんざん言われ続けてきたぼくには、改めての批難はキツかったかもしれない。
『けもみみ』と暗号的に言われると少しなんだかモヤッとしてしまうけれど、甘んじて受けるしかないのだろう。
「今日次第では、改めて集まるかもしれない」
彼は言う。今日でウシさんが何に怒るかが判明するのなら早いのだが……
「そのときはお茶会に参加していた他の人を呼びたい。見つけやすいようにその写真を送ってもらってその格好で外まで来てほしいんだ」

 彼が、彼女に言うと、わかりましたと頷いていた。
二階からは「びっくりした!」という声がした。けれど、そのくらいで、
ギャアア! とか期待するようなリアクションも聞こえなかった。
「だめっぽいね……」

「みたいだな」

ぼくと彼は口々に言った。
派手なだけではウシさんは機嫌を損ねていないみたいだ。
2019/05/11 00:27














43
 しばらくして戻ってきたナエさんは言う。
「今ウシさん、ベッドで寝てて、なんかすごく機嫌は悪かったんだけど、
私が何かしたかって聞いたら『気にしなくていい』って……怒っていたって私たちに関係ないといえば関係ないけれど、確かに気になるよ。理由がわからないもの」
「見合いをすすめたがるおせっかいおばさんには、突っかかっていたが……」
「私も、勧められました」
彼女が、小さく挙手する。
「えぇ、私も。まあ挨拶がわりの軽い話題として流されたけれどね」

 そういえば、と腕を見ると、ナエさんのくまちゃんは黙ったまま彼女の腕に収まっていた。何か、思っているのかはわからない。

「途中、キノコマイスター・舞の話になりましたね」
「あぁ、あったあった!」
彼女ら二人は何やら意気投合する。
「キノコマイスターの服、candyにコラボ追加されたじゃない?」
「え、そうなんですか、あの駅前のお店……」

『キノコマイスター・舞』は、危ないキノコと日夜戦う少女戦士のアニメだった。
ちなみに牡牛座。好きな食べ物はキノコではないらしい。どうやら作品をウシさんも知ってるらしくて盛り上がったとか。
『キノコマイスター舞』がどこからか俊足牛に乗って現れて、危ないキノコをぶったぎるというシンプルな構成が年齢を選ばなかったのかもしれない。

「結構打ち解けた雰囲気なんですね」
ぼくが言うと、彼女らは頷いた。
「えぇ、案外アニメとかにも興味を示されるみたい。わりと気さくなの、普段は」
人は見かけによらないらしい。
2019/05/11 01:19





44
「まだ騒いでるの!」

上階から声がした。どうやらウシさんが降りてきたらしい。
「私ならなんでもないから早く帰りなさい」
 案外に落ち着いた声でウシさんは諭した。
ナエさんと盛り上がっていた彼女はここぞとでもいう勢いで質問する。
「フラワーアレンジ教室はどうするんですか? 地域のデザインフェスティバルに出すのとか、みんな楽しみにしてます」
「あれはやらないよ。もう断念するしかないんだよ、わかっておくれ! さああんたらも帰って」
地域であるデザインフェスティバルは、皆がそれぞれ作ったりデザインした品を販売、購入できるイベントだ。
都会より規模は小さいが、それなりに続いており、『彼』も人形、作品に使える素材などを見て回ったりするらしい。

「急に中止になったり、急に、ウシさんがお茶会を閉めたり、みんな心配してます!
『お節介おばさん』だって、
見た目は少し派手かもしれない。でも誘いを断る数は多いと言っていましたよ、見た目だけで判断されたくないからだと」

「フン、だったら、あんたこそどうだ、清純派ぶる輩なんかむしろ身持ちが固いわけがない」

「なぜ、そんなことを」

彼女は、いきなり振られた話題に困惑していた。

「実はいろいろ経験していたりしてね」

ウシさんはまるで場の空気に気がついていないようで楽しそうに語っていた。

「若いし? 美人同士は余計なこと言われないからつるんでいて楽だとか、思っているんでしょうね!」

彼女は不本意なようで、硬直してしまいそうな雰囲気を纏いながらも、どうにか言葉を紡いでいた。

「そっ、そんな風に私たちを、見てたんですか? ウシさんは確かに年配ですが、だからって浮いたりしないようにみんな気を遣ってくださって……」

「ああやだやだ、意図の裏側が見えるというのかね? ここでこんな風に話したら、こんな風に振る舞えば、印象がよくなるとかそういう計算する女しかいない」


2019/05/12 17:5745
 皮肉にしても、ちょっと突っかかりすぎじゃないか。
ウシさんの人生に一体なにがあったんだろう。
ぼくはそんなことを考えながらも彼女への攻撃を止められずに狼狽えていた。


彼は彼で、ぼくを廊下に呼んだ。
「怒りの矛先が変わったが、ウシさんが前々から持っていた価値観が原因のひとつでもあるという点もあるのかもしれないな。ナエさんのときもそうだ。
恐らく、服装や振る舞いが派手かどうかではない」

と、早口で話す。
文面ではお見せできないが、彼女(ナエごん)、見事に派手なギャルに扮していた。
着ていた服も今回に備えて派手な柄スカートを『彼』から持ってくるよう事前に言われていたようで中に着てきたものをトイレで着替えたらしい。
言われることはなんとなくわかったが、一応確認で聞いておく。

「つまり」

「『怒り』と、『派手』自体には因果関係はないかもしれない。みんなが理由がわからないのは、そこについて、なにかワケがあると思い込んでいるからだ」

 お茶会の話を聞く限りも、途中まで和やかな時間だった感じがする。会の開催自体には問題はなかったのだと思うから、個人自体に前々から恨みがあったわけでもないかもしれない。
だとしたら呼ばないからだ」

「または、ウシさんが休めばいい」

 だとしたらお節介おばさんを此処に呼び出したところで、それだけで彼女の怒りは解決しないだろう。

2019/05/12 18:23







46
 部屋に戻るとウシさんが「あら、まだ居たの」というふうにあきれていた。
「あの……」
 ウシさんに、少し言いすぎじゃないかと口に出しかけたが、どうにか留まった。
「心配しないでください、あれはちょっと辛口なだけの批判ですから」

彼女が申し訳なさそうにそう言ったからだ。
「本当です、ここへきてわざわざ嫌がらせする貴方がたと同列にしないでください」

ウシさんも頷く。
「ほんと、あの方は常識がない。何年も前から利用してきたうちの山のことまで持ち出して!」
ウシさんはやがてぶつぶつ、呟き始めてしまった。フラワーアレンジのための素材となる植物を取りに行く場所があちこちにあるというようにウシさんは語っていたが、もしや、それが鍵のひとつなのだろうか。
「山について言われたんですか」
彼が、ウシさんに確認する。何か思い出したらしくウシさんは強い口調で叫んだ。
「許可なら取っている! あの女から言われるようなことはない! あの山も、この山、どれも同じ自然なのだと以前から言っています。茶会にも居た口でよく言える」

 五年近く続いているのに、少し前、三年目程に入ったお節介おばさんから勝手に山に入るのはどうかと『今更』言われたらしい。
「なるほど、怒りの原因はこれか」
彼は一人納得する。

「しかし、許可を取っているかどうかでそれほど激昂しなくても。……失礼ながら、心当たりがあるのでは?」
「あんたたちこそいきなり来て嫌味だよ! どの口が言ってるんだ!」
今度はぼくらに飛び火した。
「それは、ウシさんが心配で!」
彼女が慌てて付け加える。
2019/05/13 22:39





47
「貴方、いつもそう一番失礼だと思わない? あなたが言う『前野』さんの名前も覚えず、逆らって、決めつけて」
 ウシさんの攻撃が再び始まる。彼女はピタリと身体を硬直させた。
「あの人は偉い人なの!
あなたが愛想しておけば山のことくらいもっとどうにかなるはず、みんな思ってるわ。ね、簡単でしょう!」
「私には、向いていません」
彼女は、血の気が引くような、少し白い顔になっていた。
想い、を受け止めるというのは本当に理解し難く恐ろしいことなのだろう。
(向いてないのに、しなくちゃならないんです)

「あなたがちゃんとしてくださらないから、他の女がスッと持っていくわ。私、少し前に買い物の途中見たのよ、角のとこにあるラーメン屋に彼と女が居たの! あなたがふらふらしてるからじゃない? 山の危機もあるのに、あなたが近くに居て、どうしてこんなことが起きたんでしょうね」
 少し待っててくれといったウシさんは、一度部屋に戻り、すぐに写真を持ってきた。
ウシさんが来るまでの間皆、何を言えばいいかわからず、黙ったまま固まったままだった。

「あなたが、だらしないから起きたのよ、わかる? 挨拶されたら挨拶を返す、誤解されるようなことはしない、会ったときねあなたがかまってくれないからだとおっしゃっていたわ、あなたはつまらないと」
「ぁ……あ」
 彼女はこのとき、何か言おうとするも言えないという風に、ただ無表情で口を開閉させただけだったが、軟禁と暴力でしかないような日々を思い出すと同時にそれすらやりこなせない自分を批難されることに思考が固まっていたと後に語った。

頭が真っ白になるくらいのパニックと、それを受け入れるしかないことが出来上がった残酷な空間は、すでに近所の人を見てもわかる有り様だ。

(背中を押して居た……)

 やはり彼が恋愛の熟練者であるならそういった同じような相手と居るのが最もふさわしいのだが、出来ないことを強引にさせるという優越感だったのかもしれない。
いい趣味とは言えないが、他人がわからないことを知っていること自体は誰しもあるものである。
わからないのが悪い、わからなくてもかまわないから先に行くそれは残念ながらシビアな現実としては正しい。

まあこれも理解力の差だった場合と、認識や体質による差だった場合では意味合いが違うのだが。

「あの、私……」

彼女は狼狽えたままぼくらを見た。別にふしだらという風な誤解はしていないので、大丈夫だという意味で真面目な顔を見せるにつとめた。
2019/05/14 09:15



48
 頭が真っ白になった彼女にはそれすら意味を為さなかった。床に座り込んで叫ぶ。

「許して……許してください! どうか、どうか許して。私、愛されなくていいんです、そんなもの要らない、小さいかもしれないけど代わりに土地を買えるように頑張るから、だから、恋だとか、フリンダとか、もう見たくない、聞きたくないです、ごめんなさい」
「あなたに出来るのは、愛想よく笑うことです。身を粉にするより早いじゃない。どうしてそんな不必要な苦労をさせる必要があるの、挨拶ができれば済む話でしょうに――あーぁ、あきれた」
ウシさんはウシさんで、大袈裟にため息をついて呆れて見せた。
「滅多にないことよ? わかる? 滅多にないのこんな縁談は!そう、もとはといえば、あなたが愛想よくし続ければ何もかもが平和に営まれる、あなたは考えようによってはそれだけの、恵まれた、とても、妬ましい、そういう立場よ、周りからしたらぶん殴ってやりたい」

ぶん殴りたそうに、本当に拳に力をいれて握りしめた。

「私がもーぅちょっと若かったらねえ! 本当、愛想笑いも挨拶も出来ない、お人形さんなんかに引っ掛かってあー、可哀想な旦那様よ」

彼、が動いた。
目の前に出てぐっと腕を掴んだ。
――彼女ではなく、ぼくの。

「え?」

「だめだよ」

何が、と聞こうとしたけれど、彼は何も答えず、代わりに「ここは任せて一旦顔を洗って来るといい、かな」
と、耳打ちしたのみだったので理由はわからないながらに、ぼくもそうすることにした。
今この場に居るのもいたたまれないとは思っていたところだったからだ。
2019/05/14 10:49

49
 洗面所を借りることを伝え、探して廊下を歩いていると、やはり途中に居るヴィーナスを気にしてしまう。
綺麗なドレスを着ていた。

「……っ」

(ときめいてなんか)
ときめく。
それは生きている人間のときには感じもしない特別な気持ち。 ドキドキと脈打つ心に強引に気がつかないフリをする。
こんなところを見られ怪しまれたら病院行ったら? と言われてしまいそうだ。
ガラス越しにそっと相手を眺めた。
 とはいえ恋という病気は、病院では治らないらしいけれど。
 と、考えた途端、今度は先ほどまでの光景がすぐに脳裏に甦ってきてカッと頭に血が上るような衝動が沸き上がる。
心は反対に急速に冷え出した。
「あぁ、もう、さっさと洗って済ませよう」

そのときを誰も見ていないということを改めて確認すると、トイレのそばの洗面所に向かう。ふと、目の前の壁にある鏡を見た。

「…………………………」

怒っているようでもあり、死んだような目をしてる。なるほどな、と思った。
こんな表情で、あの場に居るわけにもいかない。
 ぼくは《動かない身体》が好きでそういう本もよく読んでいる。『温かくない、そこが暖かい』という名句は知られていると思うけど、つまりそうだった。
「十二人形団じゃないんだから。こんな話、誰に得するんだろう」
冷たいことが、冷たいとは限らないし、あたたかいことが暖かいとも限らない。
ぼくにとってきっと生きていることが、生きていない。
彼女もそうなのかもしれない。
「お人形さん、か」

生きていることは、何だろう。そんなことを思わず考えずに居られなかった。

2019/05/15 02:29



50
     ◇◆

 彼が居なくなった後、どう止めたものかと悩んでいたがしかしそれは長く続かなかった。









結局客?の前だと今さらながら把握したらしいウシさんは改めて二階に戻って行ったのだ。
その後、彼女は言った。

「見苦しいところをお見せしました。本当はウシさんに、引き続き会を任せる考え、私は反対なの、あの調子でしょう?最近ますます怒りっぽくて。会ではないところ、ウシさんが買い物に行った日なんかに、参加された方に聞いたの。でも立候補に反対がなかったわ。そもそも、周りがどうこういうことではありません」
「きみには常に逃げ場が無いのだね、よく保っていると思うよ」
僕が素直に述べると彼女はぺこりと一礼した。
「ありがとうございます、これでも大分、限界が近いのだけど、奇跡です。お茶会自体が、あれじゃあストレスだから。一人会もいいけど……」
「いいかげんにしなさい!」








 二階から怒鳴り声がした。
ウシさんが下の様子を見に来たらしく、どたばた降りてきたのだ。
「みんなから言われてるのに、そんなこと言って!
遅れてきたあなたが席を動かないから混乱が起きてみんな困っている」
「席? 席って、そもそも、なんですか? いつから私の部屋全部あなたがいつでも客を呼ぶ部屋になったんですか? ウシさんは、来ているだけでしょう。あの日も、いつも通りに部屋の掃除や片付けをしていたら、いきなりチャイムが鳴るわ、お茶の準備だわって!」
 もともと彼女の借りた家に、病院通いが近いからと臨時でこの部屋に来始めたウシさんがすむようになったらしい。

「ときどき9時間くらいフラワーアレンジの教室に部屋を占拠される! 部屋で行うはずの予定もその度にいつもずれ込んだの、我慢してきたんですよ」

ウシさんははきはき答えた。

「私は、展覧会が大事。だからみんなもを私を選ぶ!
最も年この家にいることを理由に臨時で長に就いて、
一方的に、独自の選出方法で、自分1人、勝手な立候補を表明?自らを選ばせる方針を宣言したって、笑っちゃう、あは、あははははは!
みんな「いいかげんにしなさい」と言ったわ。
いつもなら15〜20分の挨拶や支度だって、あの日はいつも通りに始まるのに9時間以上かかった。急がないと間に合わないといってたときに!
私が入院したりした空いた席に、長い間ここを守っている人を臨時的に置くのはいい。
でも、あの日は違う。あなたのせいでみんなと協議して「事故が起きた」ってなったから混乱を招いた」


 最終的には、彼女以外の全員の総意で2番目に年長者を置きましょうという話もしたらしい。彼女の意思は存在しないようなものだった。
ちらりと見た彼女は、もはや開いた口が塞がらないという感じで、どうにも出来ず固まっていた。
2019/05/15 03:40




51
「だからね、あなたいい加減にしなさいね?
この写真の女以下なのよ? 挨拶も出来ないわ、恵まれても感謝も出来ないわ、すぐ誰彼話しかけにいく! 年長者の言うことも聞けない!」

「そ――そこまで、私が、悪いことをしましたか? どんな悪いことですか? それはどういう罪なんでしょうか、私は、ただ自分の部屋くらい好きに使いたいだけです、どんどん狭くなっていきます。
マエノスベテだって、なぜ、他にあちこちで付き合いながら私のもとへ来るのですか、私は彼が羨ましい、あなたが羨ましい、なぜ私は他人とも話せず、どこへも行けず、しゃべることも笑うことも、批難されるのでしょう、なんのために生きるんですか?」

彼女はすぐに、はっ、と気がつき、戸惑った表情になる。

「ご、ごめんなさい、私、年配者と口を聞いてしまった!! あぁ! 独り言です、これは、聞かなかったことにしてください」

 余程思わずだったようで慌てて口を押さえて、二階へと上がって行く。なんだか現実のこととは思えなくてぼんやりと聞いていた僕も我に返る。

「ウシさんは、《彼》のお知り合いですか?」

「あなたには関係がない、早く、帰りなさい」

 
 今、彼女は平気だろうか?



それが気がかりだったがウシさんがかなりイライラしているので長居は出来なさそうだった。押されるようにして、廊下に放り出される。
後ろ、さっき出てきたドアの向こう……の上の階だろう、頭上からバタン、バタン、と暴れるような鈍い音が何度か聞こえてくる。二階だ。

「人生を終えてくれ!
人生を終えてくれ!
人生を終えてくれ!頼むから!
人生を終えてくれ! 人生を終えてくれ! 一生を終えてくれ!」

叫び声がしている。なんだか懐かしい気がした。
感傷に浸る場合ではなくて、慌ててドアに手をかける。
恐らくそれはウシさんの声だった。
2019/05/16 23:25
















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