スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

アンバランス のレビュー

その人にきけば、きっと機関大尉の消息が知れるであろう。
すると張は、一つの扉の前に立ち停った。
「ここだ。いま呼んでみるから待て」
と、でもいいたげな身ぶりをした。
荒けずりの荷物箱の板を釘でうちつけたようなお粗末な扉だ。その小屋には、どういうものか、窓があいていない。入口には数字でもって、室の番号が書いてあるだけだ。うすきみがわるい。
張が扉をことことと叩くと、扉に小さな窓があいた。その小さな窓から、人間の眼が一つのぞいた。張がその眼に向かって、なにか早口でしゃべると、窓はまた元のようにぱたりとしまった。
しばらく待つうちに、扉がぎいと内側へ開いた。
張は杉田二等水兵に、さあ入れと手まねで扉のうちを指さした。室のうちは真暗だ。入口に近い板の間に、胴中から壊れたウイスキーの壜が転がっている。そしてぷーんと強い酒の匂いが、杉田の鼻をついた。

ホテルあずさに対する思い

私は彼の身体の冷くなるのを待って縄を解いた。そして素裸にすると全身を改めた。そのときあの左|肋骨下の潰瘍を発見したのだった。
「そうら見ろ。貴様がラジウムの在所を喋らずとも、貴様の身体がハッキリ喋っているではないか。ざまァ見やがれ」
私は早速彼の左のポケットの底を探って、とうとう目的のラジウムを引張り出したのだった。無論彼が白状せずともこのラジウムの力で、彼の身体の上に遠からずして潰瘍が現われるだろうことを私は初手から勘定に入れていたのだった。
だが私も詰らんことから人殺しをしてしまった。今は後悔している。あのラジウムは、未だにそのまま持っている。それを金に換えるためと、そして私の新しい世界を求めるため、今夜私は日本を去ろうとしている。多分永遠に日本には帰って来ないだろう。私はあれを金に換えた上で、赤い太陽の下に、花畑でも作って、あとの半生をノンビリと暮らすつもりである。
山岳重畳という文字どおりに、山また山の甲斐の国を、甲州街道にとって東へ東へと出てゆくと、やがて上野原、与瀬あたりから海抜の高度が落ちてきて、遂に東京府に入って浅川あたりで山が切れ、代り合って武蔵野平野が開ける。八王子市は、その平野の入口にある繁華な町である。
――待って下さい、その八王子を、まだ少し東京の方へゆくのである。そう、六キロメートルも行けばいいが、それに大して賑かではないけれど、近頃|頓に戸口が殖えてきた比野町という土地がある。

ホテルビーエムに対する思い

(これア一体、どこへ来たのだろう?)
どうも日本とは思われない。と云って、それほど遠くへ来たようにも思わない。
「どうじゃ、気がついたかの?」
と白い美髯の肥満漢が声をかけた。
「はッ――」
と八十助は、彼の顔を見た。そのソーセージのようないい色艶の顔を眺めていたとき、八十助は始めて、さっきから解きかねていた謎を解きあてて、愕きの叫び声をあげた。
「あッ――」
「甲野君、一つ御紹介をしよう」
と鼠谷仙四郎がすかさずチョロチョロと前に進み出でた。
「こちらは一宮大将でいらっしゃる」
「やっぱり一宮大将!」
一宮大将といえば、あの新宿の夜店街で、飾窓の中に黒枠づきでもって、その永眠を惜しまれていた将軍のことではないか。そういえば、大将の美髯は有名だった。その美髯がたしかに眼の前に見る老紳士の顔の上にあった。
「一宮大将は亡くなられた筈ですが……」
「はッはッはッ」と将軍は天井を向いて腹をゆすぶった。「亡くなって此処へ来たのじゃ。この鼠谷君もそうであるし、君も亦いま、ここへ来られたのじゃ」
「私は死にませんよ。死んだ覚えはありません」
「死なない覚えはあっても、死んだ覚えはあるまい。――それはとにかく、君は死んだればこそ、ほらあれを見い、棺桶の中に入っていたではないか」
将軍の指す方を見ると、八十助のいままで収容されていた棺桶が、いかにも狼藉に室の隅に抛り出されていた。
前の記事へ 次の記事へ