2014.3.6 Thu :両想い
冷たくしないで:前編
その日の月森 蓮は、いつにも増して機嫌が悪かった。
ここ最近、彼に"特別な存在の彼女"が出来てからというもののそこはかとなく穏やかな雰囲気も醸し出していたというのに。
報道部として学院内のバレンタイン事情を調査をしていた天羽菜美は、エントランスで偶然発見した音楽科のエース様に、
これは取材しない手はないと、千載一遇のチャ〜ンス!とばかりに駆け寄りかけ、その足に急ブレーキをかけた。
そのただならぬ空気…
彼の半径およそ3m以内は、2月の外気よりも凍えそうな冷気が漂っている。
(どうりで、誰も月森くんにある一定以上の距離近づかないわけ、ね)
近づけない、というほうが正確かな?と、遠巻きにざわめく女子生徒たちに目を遣りながら天羽は考えた。
そうして取材対象を目の前に、珍しく何の接触もせず抜き足差し足と、静かにその場を離れようと踵を返した瞬間、これまた珍し過ぎる事態が起きたのだった。
「天羽さん」
背後から呼び止める声。
嫌な予感と辺りを包む冷気に首をすくめながら、天羽は声の主にゆっくりと振り返った。
「えっと… 月森くん、な、何かなあ?」
日頃はどちらかというと、自分のことを煙たがる取材対象が、進んで声を掛けてきたのだ。
本当は歓迎すべきところなのかもしれないけれど、今はそれどころじゃない。
嫌な予感は確信に変わろうとしていた。
まずは、彼よりも、彼の彼女のほうに話を…
そう瞬時に判断した天羽の勘が間違いではなかったのかどうか、この月森の返答しだいで明らかになる。
天羽は笑顔を張りつかせつつ答えを待つと、月森は固い表情のまま、おもむろに口を開いた。
「その、香穂子のことなのだが…」
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