階段を駆け上がって俺は教室に滑り込んだ。
「よっしゃぁ!俺が一番だぁ!!綾菜俺にメロンパン奢れや!」
「夏樹の馬鹿ァ!女子高校生が男子に勝てるわけないでしょうが!」
綾菜が俺の後ろから息を切らして入ってくる。ちょっと前まで俺の隣について…つーかそれ以上はやく走って来てたくせに。
綾菜が帰って来て三ヶ月くらい経つけど、まだ空白の年月は埋まることがなかった。それは、もちろん綾菜を女の子、として見なきゃいけないってことだし、俺だって重々承知、のはずだけど。また、昔みたいな関係に戻れるってどこかで思ってる。ほんとは、それを隣にいることでけしてかなきゃならないけど、俺と綾菜にはそれがなかったから、余計に難しい。
「なーつき?」
「え、あ…なに?」
下から綾菜の声がするの、まだなれない。あれほど見下してきた綾菜が俺の下になってるの、なんかちょっと変なんだよな。
「夏樹一番乗りじゃないよ、うしおいる」
にやと昔よくいたずらした後にしてたような笑みを浮かべて綾菜は教室の隅を指差した。カーテンがなびき、涼しそうな風を一身に受ける最高の場所、そこに座ってたのは、俺の親友でありこいびとの遠藤うしおだった。
「メロンパンは無しね」
「ちぇ、うしおーりょーながいじめるよぅ」
「おはよ。なっちゃん。今日も最高にべっぴんやな。
おい、深川なっちゃんいじめんなや。くそびっちが」
身長の高いうしおに抱きしめられながらほっと一息ついた。やっぱうしおとくっついてんの、楽。好きなのもあるし、昔から変わらないやさしい奴。
「うしお、びっちは言い過ぎやって」
「そうでも言わないとわかんないんやこういうタイプは。」
「なんだと、おいうしお!もう一回言ってみろこら!」
「びっちなうえにごりら」
「うーしーおー…」
だんっと綾奈が潮の足をふむ。完全に怒りに飲み込まれたらしい綾奈は俺の方を指差して叫んだ。
なんと言ってるかは不明だったけど、多分潮に対する怒りの言葉百選。語彙力が無駄にある。俺は半分近くわからなかった。
「はーっはーっ、とーにーかーくっ夏樹は!私が!いつか!取り返す!」
「へぇ、ごりらびっちになにができるん?僕となっちゃんの深い愛は君のいない間に培ってきたものだからね。君に埋められるわけないんや。」
「2人ともおとなしくなれって。」
そういうと2人はタイミングぴったしにこちらを振り向いた。いつも喧嘩ばかりの癖に。ちょっとムカついてそっぽ向いた。
「もう2人で付き合えばいいやない〜俺のことなんてほっておけばァ?」
「な、なに言っとんなっちゃん!」
俺のつぶやきに真っ先に反応してくれたのは潮だった。潮はすげーなきそうな顔で、俺の方を見てくる。なんだか、捨てられた子犬みたいだ。
ちょっときゅんとして、それから潮の手をとった。
「うそ、だって潮俺いなきゃ生きていけないやん?」
「…っ、なっちゃん…君ね〜!」
潮に羽交い締めされる。暫くじゃれあって、それから不意に綾奈を思い出して目線を泳がす。涙目の綾奈。
悔しそうに口のへの字にしてこちらを睨みつけていた。そんなになるほどの事かよ?と疑問を浮かべつつ潮の顔を見るとなんだか楽しそうな顔。
「潮ぉ?」
至近距離まで顔を持っていくとリップ音。綾奈の前でキスとか、どやされるっての。でもなんか濡れた唇に目を奪われて俺も手を出してしまった。
そうして、2人でキスを満足するまで交わし合う。
綾奈のすすり泣く声がして驚いた、いちゃついてたら十分以上経ってて…びっくり。そんで、綾奈が号泣してるのに俺も潮も顔を見合わせる。あんなに強かった綾奈が弱々しく泣いてるんだもん。驚かない方がおかしいよ。
「うわあああん!ばーかばーか!!!くたばれゴミどもおお!!!」
さっきの訂正。本当に国語できるの綾奈?ってくらい語彙力のない、ばからしい文章で俺たちを罵ってきた。どんだけ切羽詰まってんのさ。飽きれた俺たちはお互い顔を見合わしため息をついた。
教室を目にも止まらないスピードで出て行った綾奈を追おうとはしなかった。そもそも飽きれてるし俺にとって綾奈はただの友達?いや幼馴染で、潮との仲を引き裂こうとか考えてるらしい綾奈なんてどうでもいいのかも。
潮に体重を乗っけながらぼーっと空を見た。
青すぎる空、雲一つなくてもうすぐ夏休みだって訴えかけるみたいな。風が俺たちをなぞる。
「ちぃは今年受験らしいわー」
「あー、従姉妹の?」
「うん」
「僕らも、次の夏は受験やな」
「せやな…なぁ潮。」
潮の服を握りながらぼそりとつぶやいた。
「俺たち、ずっと一緒やろか」
「ここまでずーっと隣同士の僕らやで?変な心配せんでええねん」
潮に額を小突かれて窓の外に半分出てしまった。潮はそんな俺を支える。俺たちの日常。壊れる事のない、これが日常なんだ。
「潮、好きやで」
「僕もだよ。なっちゃん」
そのまま今度は深いキスをした。暑く甘い夏に溶けるようにすぎる、俺たちの夏休み前のとある一日。