ロスで出会ってたらいいのに
ほんとはホテルネタ書きたかったんだけど電車になりました
ばったり出会って欲しい
規則正しい音を鳴らして走る。日本に居る時はあまり電車なんて乗らなくて、それはもちろんオレの世界が超渋谷周辺だったから、空をバディスキルで移動するのがほとんどなだけなんだけど。学校の校外学習だってバス移動だから、本当に電車に乗るのは稀。
唯一、乗る機会はあった。
ぼんやりとした頭を覚醒させる。そう、超穂高へ行くときはいつも電車だった。親には話を通してあったから、金曜の終わりに終電間際の電車に乗り込む。長く座る必要のある列車の座席はボックスシート。外はもちろん真っ暗で、冬には雪もちらついた。
どうして超穂高に行くのか、なんて聞く方が野暮だよね。オレは、遠く離れた大好きなあの人に会いに、ただ一人向かう。あぁ、たまには超東驚にも来てくれるよ。バディポリスも多いから、なかなか難しいんだけど。そういえば、オレもバディポリス…ユースだったんだなぁ。たった数ヶ月前のことなのにもう何年も前のような気がした。胸に輝くピンバッチを手放したのは、ヤミゲドウ事件の後だ。
所変わってここはアメリカ、ロサンゼルス。オレは、用事があってひとり電車に揺られていた。さっき言った通り、日本の電車とは都合の違うそれ。飛び交う言葉は英語で、ほとんどを聞き流す。帰るのはロスの高級ホテル。治安がいいからってアスモダイが決めた所だ。
とはいえ、ターミナルからは歩かなきゃいけないんだけど。
それに、いくら住むところが治安よくったって電車の中はそうではない。途中でメトロ電車に乗り換える、その前にはモーテルが並ぶ町があって、そこでたまに変な人が乗り込んでくる。もちろん相手は英語だ、何を言ってるかはわからない。そういう時はいつもアスモダイが対処してくれてるんだけど、今日は少し予定が違っていて、オレだけの仕事とアスモダイだけの仕事が入ってる。つまり、今日そういう人に会ったら、どうしていいか。もちろんオレはNO!と言える日本人。だからきっと、そう、こんな星が綺麗な夜は、そんなことには巻き込まれない。
世の中それでいけたらいいけど。浴びるような英語にむせ返りそう。空いた席がポツポツある車両で、立って外を見てたのが気に入らなかったらしくて声をかけられた。さすがにオレの顔を見たら、誰かわかるかな、と期待したけど無駄。わかるわけない。日本のようにはいかないか。
後ろ手に車窓を気にしながら、なんとか聞き取ろうとしても、とにかく発音が雑でわからない。英語が母国語じゃないのかなぁ。
どうしよう、駅まで数分だし、少しは耐えられるかな。ごうん、と音を立てて突然集団の方に引っ張られる。違う、確か理科でやった。慣性。
「うそ、」
目の前は真っ暗だ。これもこの国、というか、日本以外だとよくあることで、ストライキとかで公共交通機関が止まる。夜に起こっているからただの停電かもしれない。何はともあれ、平謝りで集団から逃れようとした。手首を掴まれて、もちろん逃げられないけどね。
降りかかる罵声、怒声に思わず体が震えた。もちろん、オレを殴ってきたらタダじゃ済まないのはあっち。アルコール臭がいやに鼻をくすぐる。常識や理性なんて残っていないかも。
頭を押さえつけられて膝をついた。耳元でカチャカチャと音を立ててチャックが下ろされる。噎せ返る男の匂いに顔を歪めた、ねぇおじさん、児童ポルノとか知らないの。犯罪だよ。
神様は助けてくれないし電車も動かなかった。観念して口を開ける。近づいてくる肉塊に、眉を顰めながら、舌を出した。こんなことなら、嘘を言っても一緒に帰ればよかった。アメリカになんて来なきゃよかった。ぎゅう、と目を瞑ると、「その目がいい」とだけ、聞こえてますます悲しくなった。
鈍い音がして、そのあと重いものが倒れる音と衝撃が伝わる。舌の上にあるはずのにがしょっぱい味はなく、瞑っていた目を開いた。
「…あっ、」
開けた視界の先には、焦がれていた人。彼は優しく手を差し伸べてこういうんだ。「なにをしている」オレの耳にはその期待していた言葉は入ってこなかった。ただ、痛いくらいの視線が浴びせられる。
「センパイ、なんで」
「俺だって電車は使う」
そうじゃなくて。
先輩はもう一人、オレの手首を掴んで居た男を蹴り倒すとフリーになったオレの手を掴んで強引に引き寄せた。それで他にいたやつらを一瞥すると、ズカズカとその場を後にする。オレはもちろん手を掴まれてるわけだからついていくしかない。
「荒神、ッ、せんぱい!」
名前を呼べば、ようやく足を止めた。動かない列車には独特の緊張感が走る。焦りや不安で苛立つ気持ちをどうにか抑えている人が大半で、突然耳に飛び込んできた外国語……加えてオレの声は特徴的…に、彼だけでなく周囲もまたオレを見つめる。いや、睨んだ。
ただ、そんなことは恥ずかしくなくて、オレは先輩にこっちを向いて欲しいだけだ。
「いい加減にしてYO、それに説明も、オレ、何が何だか」
「どうして、あんなに素直に受け入れる」
驚いて顔を上げる。
振り向いた先輩の顔は、確かに怒っていて、思わず胸が締め付けられた。怖い。
「え、」
「お前だって、それなりに力があるだろう。あんなやつら、蹴飛ばして逃げるくらいの芸当できないはずはない。だのに、なぜ」
あまりにも珍しくって口も塞がらない。だって、だって荒神先輩が、俺のことを心配して叱ってる。
「おい」
「っぷ、ふふっ、」
次第に笑いがこみ上げてきて思わず漏れてしまった。だって、だって、なにもオレのために電車に乗り込んで助けに来ることないだろ。ちょっと電話して来るとか、それこそ、そんなことしなくたって、オレのそばにいてくれるだけでいいのに、わざわざ離れてオレを野放しにしながら、こういう時に限って逃さないんだ。
ひとしきり笑っている間でも、先輩はその手を離さない。ほんと、全く、下手くそだよなぁ。素直じゃないんじゃなくて、下手なんだ。人の扱いも、付き合い方も。
列車内にもかかわらず、ひどい風の音がする。驚いて顔を上げると、無理やり壊されたドアと宙に浮かぶダークコア。って、ことは。デンジャーワールドの魔法によって引き起こった人的災害ってやつ、周りの乗客も驚いてるし、反対に先輩は涼しい顔をしていた。
「ずらかるか」
「はぁっ?!」
状況が掴めていないオレに対して、先輩はもうすでに色々見越しているみたいだ。握っていた腕を強く自分の方に引いてオレを腕の中に収めると、そのまま列車を飛び出す。すぐそこが次の駅なのに、どうしてこんなムチャするんだよ。
夜のロサンゼルスは寒くて、世界がまるでオレ達を否定しているようだ。空なんてのはもっとで、空を飛ぶことがもっともな移動手段なバディスキルが、アメリカであまり使われていないのがわかる。寒い空気にやられたのと、もうわけわかんない気持ちで、勝手に涙が溢れる。
しまいにはわんわん泣き出しちゃって、先輩もギョッとして抱きしめていた手を緩めた。
「ぅ、あっ、!」
降下していく。手を伸ばして、荒神先輩を望もうとして、もう無駄かな、なんて馬鹿な考えで目を細めた。優しい人で、正義感があって、真面目で、自分の信念を貫く人だから、このままオレが夜の街に落ちるはずはない。わかってる、けど、でも。
「待て!」
強い言葉と、伸ばされた手に、安心してしまう。
オレの手を掴む大きな手が、ひどく優しくて、汗ばんでた。本当に心配してくれてたんだ。心配してたなら、なんで放っておいたんだろ。
「おい、テツヤ!」
体を揺り起こされようやく目が覚めた。先輩は青い顔をしてこちらを覗いてくる。どこかのビルの屋上だ。
「悪い、……泣くとは思わなかったんだ……」
「泣く、だろ……泣くYO!久しぶりに会えてっ、嬉しかった、でも、なんで会いに来たのかもッ、わかんないっし……」
「テツヤ、……」
なにもかも、わからないことだらけだ。なのに、先輩は優しい。それがより一層辛かった。
言いたいことを吐き出して、少しの後悔が頭をよぎる。すっきりはしたけど、今度はこちらが青い顔だ。荒神先輩は困ったようにこちらを見下ろして、オレはもう一言も話せなかった。
夜風は寒く、身も凍る。目のやり場がなくて顔を上げると、曇り空で何も見えない。
「俺は、思っているよりずっとお前のことを、想っているんだ」
強い風が吹いて、空に浮かぶ雲を飛ばした。
街の光に負けないほどの星空が顔を見せるとともに、どうしてだろう。オレの心の雲も消えていくようだ。先輩は素直に、それで照れ臭そうにオレを見つめながらそう告白してくれた。
「言葉は、確かに足りていなかった。行動だって伴ってないな、あそこで突然電車を襲撃するつもりなんてなかった、しかし……車窓に映るお前を見て邪な思いが過った。会いたいと思ってしまった」
「うん、」
「許されることではないのはわかってる。ただ、」
「ただ?」
先輩が言葉を紡ぐたびに漏れる白い息が胸を高鳴らせる。指はもうとうに冷たくて、体も強張るのに、なぜか体のうちの方からぽかぽかと温まる。
「会えてよかった、黒岳テツヤ」
「オレもだYO、荒神先輩」
考えるよりも先に言葉が出る。心からの言葉だ。先輩は驚いて目を開いて、それから優しく微笑んだ。やばい、すっごい好き。もう寒さなんてどうだっていい、先輩に向かって腕を広げると、応えたようにオレを抱きしめる。お互い冷え切った体で、互いの熱を貪り合うように強く強く抱き合った。