「びっくりした〜、カラ松兄さんに興奮する人なんているんだね。」
じんわりと温かい湯は、赤褐色で効能はありふれたもの。塩分も含んでいるのか、何処と無くべたついた。冷たい空気と相反して熱いくらいの湯だが、いつのまにか大人になっていた彼らにとってその熱さは身体の癒しとなって彼らを包み込む。
自分が兄に好意を持ってることを棚に上げた発言は、普段の嫌味に近いもので、先のことを忘れたいという思いから漏れた言葉なのだが、カラ松は、まるでわかっていたような顔をした。
「運命は俺たちを掴んで離さなかったか、」
「何言ってるの、カラ松兄さん。」
「…いや、な、…ここの銭湯、いわゆるそっち系に人気らしいんだ。」
「…え?」
隣のカラ松が何を言ってるのか、にわかに信じがたいトド松は思わずなにそれ、と漏らしてしまった。
「お前が楽しそうにしていたから、言えなかった。でも、トド松に被害がなくて本当に、」
「…バカだよね…」
トド松は俯き肩を震わせた。バカ、それは自分に対して強く言えない恋人にか、それよりなにも知らないで浮かれた自分自身かもしれない。
「ボク、そういう兄さん望んでないから。」
「え、」
「それでカラ松が被害にあってもボク全然嬉しくないんだよ!ほんっとイタイよね!…なんで言ってくれないの、」
トド松がいきなり立ち上がったので湯が波立った。
兄に守られるのは昔からで、それを当たり前のように受け入れていたのは恋仲になってからも、同じだ。けれど、本当はトド松だって、カラ松に傷ついてほしいわけじゃない。兄は無償の愛を持って自分を守るが、自分は甘えしかない。釣り合わない。悔しかった。
力が抜けたらしいトド松は、縋り付くようにカラ松に抱き付く。しゃくり上げたトド松の背に手を回したカラ松は、そうしてようやく、自分が独りよがりにしてしまった行動が、愛する弟をどれだけ傷つけたのか、痛感した。互いのすれ違いが生むのは悲しみだけだ。カラ松は、ごめんな、と優しげな声で呟く。イヤイヤ、とまるで、子どものようにしきりに口にするトド松に、カラ松もお手上げのようだ。こうなったトド松を動かすとっておきの秘訣がある。
「、トド松、」
「……っ、」
耳元でとびきり甘い声。ぞわぞわする感覚。耳まで真っ赤に染まったトド松に、彼が好きな気取らない笑み。
「悪かった、」
ありのままの兄さんが好きなんだ。というかつてより口癖のように繰り返していたトド松の、告白の時の顔を思い出す。トド松は案外男前で、やると決めたらやる男で、なのに可愛らしい、カラ松の自慢だ。
「別にもう怒ってないよ、カラ松兄さん。」
そして、とても甘いのだ。
カラ松の口付けを甘んじて受ける。仄かに塩のしょっぱいのが伝わった。次はトド松から、女慣れしてるのにどこか不慣れで拙いキスをした。何度かそうやって啄むように楽しみあっていると、じわじわと身体の中の熱が一点に集中する。正直、風呂では勃たないと思っていたカラ松は、思わずトド松に深く口付けてしまった。突然与えられた快楽にトド松もびっくりしたのか、息をするのを忘れてしまったように、苦しそうにどうにかそれを受け入れていた。ものの、やはり限界なのかすぐさまとんとんとカラ松の胸板を叩く。
「…っふ、っぷはぁ、ど、…どうしたの、カラ松に、っ、!」
ごり、膝に当たった硬い感覚に、おもわずことばもつまる。え、えぇ、と困って顔を上げれば、当の本人が一番困惑しているようで、いつもは人一倍こういう行為に対して慎重で、周りの目を気にするカラ松がそうやってまっすぐ自分を求める様に、トド松は喉を鳴らした。
しかしここは公共の場、それに不特定多数の人間が入る風呂だ。流石に、ここで致すのはいけない。でも、口で抜く位なら。上目遣いのトド松は、兄さん、縁に腰掛けて。と小悪魔っぽく笑って言った。カラ松もどうにかしなくてはと思ったのか、それとも理性がすでに無くなりつつあるのか、うんうんと言われるがままに岩になっているその縁に腰掛けた。
トド松の兄弟の中でも小さめの口に、自身が咥え込まれるのは、何度見てもぞわぞわする。気持ちよさよりそっちが勝る。童貞よろしく、男のなんて舐めようとも思わないのが普通なので、トド松は対して上手くない。だがその、拙くて、必死で、甘えたの彼の奉仕という行為が、男として兄として、その両方のカラ松を高まらせるのだ。舌を使うのが少し上手くなって、要領よく裏筋を舐められると、単調で余裕がない今までの口淫とのギャップに、思わず肩に力が入ってしまう。
「ん、ふっ…んっ…」
「と、とどまつ…ッ…、」
トド松の頭をなでれば、口を離して、大きく息を吸った彼が、満足そうに微笑み、もうおっきくしないでね、顎疲れちゃうから。なんて軽口を叩く。こんな風によく回るこの口を懐柔してるのが、自分のモノなのに、カラ松の興奮は抑えられない。快感も相まって、途端に息が荒くなる。
「ふぁっ、ん…ちゅ、…」
ひゅうと、まるで空気が通るような音が、カラ松の口からした。情けなくも、甘い声のトド松はカラ松には効果覿面で、漏れるその声に、堪えることはできないようだ。
トド松の頭をもう一度撫でて、ごめんな、と笑いかける。トド松は、そんなカラ松の顔を愛おしそうに眺め、それから、強く亀頭を吸った。情けない声を出しながら、せり上がる精液を可愛らしい弟に吐き出した瞬間の、罪悪感と、背徳感と、高揚感は、近親相姦ならではの最高の絶頂だ。トド松の喉を通るであろう数億もの命の素。トド松がその全てを飲み込んでしまえば、そこに証拠はなくなる。
そのはずだった。
「…カラ松兄さん、ごめん。」
「あぁ、」
今度はトド松のが主張し始めてしまった。それに、口淫もさることながら風呂に入りながらの行為に紅潮した白い肌と荒い息と上ずった声に、カラ松も一度出しただけで収まる気がしない。
風呂でのぼせた体を冷やすためだろう、露天風呂には屋根付きの休憩スペースがある。今秋一の寒さだが、高揚した体を鎮めるにはやはりシてしまうしかない。きっと、そっち系の客が多いならば、スタッフもそれなりに対処できるだろう。そんなことを勝手に決めつけて、二人はピンクと青の揃いのデザインのタオルを、すのこ状になっている上に敷いた。
寝そべるとやはり背中に痛みが走る。布団やベッドの柔らかさはない。…こんなところでスるなんて、セックスを覚えたての高校生みたい。トド松はそんな痛みに顔を顰めることなく、そんな悪態をついた。口は外にある水飲み場ですでにすすいでいるので、よく回るのかもしれない。トド松が感じてるだろう痛みを和らげてやろうと、カラ松は軽くキスをした。
風呂場というのは都合がいい。湯気と温度差によって大きな窓には結露が発生していたため、なかからはこちらの様子は見えない。そして多少の喘ぎ声もシャットアウトしてくれる。後孔に入り込む指の快楽に揺れるトド松の声は、カラ松の耳にしか入らないのだ。
もう辛抱たまらない、いますぐ挿れてとでも言わんばかりに、トド松はカラ松を強く強く抱きしめる。けれど、冷たい空気によってすこし冷静さを取り戻していたカラ松は、普段通り丁寧に慣らすのをやめなかった。
「ぅ、ぁ、…ぃ…ッ、から、っ、カラ松、にい、さんっ、おねがぃだから…は、はやく、ぅ…」
「トド松が辛い思いをしないためだから、な、我慢だ。」
「ゃ、…ゃだ…ぁ…」
慎重派で弟思いのカラ松が、しかもある程度理性のある状態の彼が、弟の甘い甘い誘いに乗るわけもなく。トド松は今か今かともっと大きな快楽を求めてやまないのに、当のカラ松はその気がないのは、一番焦ったくて一番酷い仕打ちだった。絶頂まで達しないゆるゆるの快楽が、とてもくすぐったい。一本、二本、…三本、と指を増やしたところで、カラ松は漸く指を抜いた。
「ひっ、…ぁ。」
「トド松、力抜け、」
「、ん、うんっ…兄さん、…カラ松…来て、」
一度背中に回していた手を引き戻し、改めて手を広げたトド松に、さすがのカラ松も理性が飛んだらしい。挿入ったと思った瞬間にとてつもない圧迫感がトド松を襲う。ひ、と怯えた声を出したトド松は、その凄まじい重さに、生理的な涙を流した。
「ぁっあ…ぁ、ま、って、…いぅ、」
「…っ、すまない、我慢が。」
「いい、っ、いいけど、…重たい、ッ…」
「重っ、…」
「すっごい…圧迫感、ン…ひっ、……あ、ぅ…」
腹のなかいっぱいにカラ松がいるような感覚に、一突きだけで目がチカチカする。この勢いのまま動かれたらひとたまりもない、と恐怖する自分と、動いてもっと感じたいと善がる自分に、トド松はどちらが本心なのかわからなかったが、ただただこれから与えられるだろうとてつもない快楽を心待ちにしていた。
「動くぞ、」
カラ松の声がある種のスイッチになっていたトド松は、歓喜に似た声で、うん、だとか、はい、だとかどっちともつかない、つまり言葉にならない返事をした。自分がそこまで乱させていることが、気持ちいいのか、カラ松はトド松の耳朶を甘噛みして、腰を動かす。
二つの感覚が一気に与えられて、頭の先から足の先まで、快楽、に支配されたように、トド松の体が強張った。耳は対して弱くないのだが、くすぐったさもこの空間では快楽に変わる。
「ぁ、ん…んんっ…ひ、ふ、ぁ…ふっ、ふぅ…!」
もう脳は言葉を形成するのを放棄したらしい。トド松はどうも言葉にできない思いを、必死に喘ぐことで昇華してた。甘いものの、女のそれとは違う。AVのようで、そうでない。艶やかで、雄々しさを含む、艶のある声。カラ松の耳も、確かにそれを受け取っていて、それがまた、カラ松のスイッチでもあった。
息つく間もない腰使いに、トド松は飛びそうな意識をどうにか持ちこたえる。何度か肌を合わせたけれど、ここまで性急かつ獣じみた、ある意味イタさと青さを持ち合わせた、…そういうならば、高校生のような若さに満ちた行為は、初めてだ。言葉こそ口にならないが、不思議と快感に慣れるうちに、頭がすっきりとしてきてそんなことがポンポン浮かぶ。暫くして、トド松はそうさせた原因が、先ほどの痴漢まがいだと気付いたのだ。
…カラ松兄さん、取り繕う余裕もなくて、必死だな、この顔が大好きで、ずっと見ていたい。だから、カラ松を選んで、カラ松とするこの行為が好きで、カラ松のそばにいたいんだ。甘い追想に浸ったトド松を、突然緩められた快楽が、現実に引き戻した。
「…ぇ…、」
ふぅふぅ荒く息を吐きながら、カラ松はまるで掻き回すような緩やかな腰使いへとシフトチェンジした。激しく息も詰まるようなピストンを楽しんでいたトド松はその甘い快楽に、頭がついていかない。言葉を発するまでに脳は回復したのだが、逆に思考をするための脳が働かなくなってしまった。
「トド松、…」
「か、らまつぅ…おねがい、…っ、ん…ぁ、こそばゆい、よ…ぉ…、」
「…フッ、」
快楽に揺れるトド松が、カラ松の瞳にどれだけ淫て映ったのだろうか。カラ松は、トド松の鎖骨や、腹にキスマークを付けたり、胸の飾りを弄ってみたりで、まるで自分だけを楽しむ様な行為をし始めた。トド松はその甘過ぎる快楽に、高い声を上げるのだが、しかしやはり絶頂には至らない。トド松は腕で顔を隠した。して欲しいのに、してくれない。この焦ったさに涙が止まらない。
トド松が声を潜めて泣き始めてしばらく、カラ松は、トド松の腕を摩る。そして、そのまま指を絡ませて、タオルの上に倒した。口の端からだらしなくよだれを垂らし、完全に快楽に酔っていたトド松を見て、舌なめずりをする。
「…トド松、かわいい、…可愛いぜ、」
「…ぅ、あ…」
「愛してる、」
「っ、…カラ松、すき、兄さん…ッ、大好き、ぃ…」
好きがいっぱいだな、とカラ松は兄っぽく笑うと、最奥を狙うように思い切り突いた。
「ッ、はっ、ひ……ぃ…」
目の前を星が飛んでるんじゃないの、とでも思ってしまいそうな途方もない衝撃だ。いきなりこんなの、ズルいよ、とでも言いたかったが、いかんせん息が詰まってしまった。呼吸の仕方がわからない。ひ、とか、ぅ、とか、そんな喘ぎ声にもならない悶え声だけが漏れる。息ができない。
トド松の気持ちがわかったのか、カラ松はキスを持って呼吸のタイミングを与えながら、先ほどの様にガンガン腰を振る。トド松がもうまっしろになってしまったのをいいことに、手加減なしだ。
「ぁ、あ…い、ぁ…ン、…ゃ、」
慣れてきたらしいトド松が漸く声を出し始めても、やはりそのピストンは止めてくれないらしい。
「トド松、トド松…イイッ、…お前は本当…俺の一番だ、」
あぁずるい、そういう言葉が一番大好きなんだよ。息を吸い、やっと余裕が出てきたトド松は、繋がれた指を見つめた。これ以上の繋がりを、今、兄としているんだ。びく、とトド松自身が反応する。イってしまいそうになるのをなんとか堪え、改めて、必死なカラ松を見つめた。兄弟の誰もが、こんなにカラ松がかっこいい顔をして、愛してくれるなんて知らないんだ。トド松は、ぎゅうと指の力を強める。それに呼応する様に、カラ松はよりトド松の気持ちがイイところを擦るように腰を動かした。
「ひゃぁっ、…ぁ、…兄さん、だめ、だめ。ボク、ぁ…ぅっ、」
「…だめじゃないだろ、」
「…だって、も…もぉ…イっちゃいそうなんだもん、…」
「あぁ、」
気付いたようにカラ松はそう言って、昔のような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「トド松は、昔から俺と一緒が、大好きだもんな、」
「うん、うん!…そお、す、きぃ…カラ松といっしょ、がいいっ…!」
「大丈夫、一緒にいてやるから、ずっと、。」
「ひぁ、っ、…、ぁ…イく、…ぃっ…ああっ…!」
「っぐ、とどまつ、…」
小さな口を精一杯開いて、どうにか声を使って快楽の最高潮を外に逃がそうとするトド松を許さないとでも言うように、カラ松は深く口付けた。カラマツは咄嗟に逸物を抜いていて、二人の白濁液が紅潮し、汗まみれのトド松の腹を汚した。兄弟の中でもひときわ華奢なトド松の腹は、白いそれのせいで余計に弱々しく見える。カラ松は、口を離して、その腹に舌を滑らせた。疲れて、ただただ勝手に反応する身体をどうする気もないトド松は、ビクビク身体を震わせながらも、もう勃ちそうにない自身に安堵し、フッ、と意識を飛ばした。
温かなシャワーの感覚にトド松は心地よさそうに口角を上げる。そして目を開くと、いつの間にかシャワー台の前に座っていた。処理はされているのか、腹にこびりつく精液の感覚はない。トド松がくるりと振り向けば、カラ松がいた。
「カラ松兄さん、ありがと、」
「これくらい、なんでもないさ。」
「…ん、ふふ、知ってる。」
カラ松はトド松のなめらかな肌に手を伸ばした。トド松は猫のようにそれに擦りついて、ふふ、と弾けたように甘い声を上げた。いつの間にかあの中年二人はいなくなっていた。腹が空いているところから、どうやら今は昼時で、この広い浴場を貸し切り状態のようだ。
「トド松、もう平気か?」
「うん、大丈夫だよ。」
カラ松の優しさは普段と変わらないが、接し方はやはり違う。トド松に一番厳しくて一番優しいのはカラ松で間違いなかった。
「ね、カラ松兄さん、青いお風呂入ろうよ。」
青い湯はメタケイ酸を含み、とても珍しい湯らしい。…それに、青はカラ松兄さんによく似ている。そのもう一つの理由はあえて隠していた。
長い時間寒空に裸だったからだろう、温かいそれが身に染みる。身体の芯まで温められる感覚は、先程の行為に似て非なる。はぁ、と気の抜けた声を出して、力を抜けば、体の隅から隅まで湯を感じられた。
「でも、なんだかんだ。いいところかも、ココ。」
「まぁ、そうだな。こうやって誰もいない時間なら、心配もないもんな。」
「でももうボク達、あの人たちよりもっとすごいことしちゃったよね。」
「……そうだな、」
からからとトド松が笑えば、カラ松は気まずそうに目を逸らした。しんとした奇妙な静寂に包まれる。
「お昼食べて帰ろっか、」
トド松が湯から上がれば、カラ松も立ち上がり、その浴場を後にする。かけ湯をすればここは用済みだ。二人で扉を開けて、ひんやりとした更衣室に戻った。ぐちゃぐちゃで目を当てられないタオルを急いでビニール袋に入れてから、トド松はふわふわのバスタオルをカラ松の頭にかける。真っ白なそれは、二人を包んだ。
狭いタオルの中で向かい合う二人は、客がいようがいまいが御構い無しとばかりに、口付けをする。仄かな太陽の香りに包まれ、最高に幸せなキスだった。
一杯のビールを飲んで、煮込みうどんで腹を満たした二人は、帰りにまた寄り合いバスに乗る。今度は違う運転手で、行きと同じ反応に、またおかしくって笑いあった。そして、行きと同じ一番後ろに座る。
違う道順をたどってバスは最寄駅に向かう。乗員は、二人と運転手。静かで、たまに揺れるその心地よさは今の二人の睡魔を呼び起こすのにはちょうど良いらしい。カラ松の手の上にトド松の手が乗せられ、カラ松はそれを強く握る。そして肩を寄せ合って、すぅ、と寝息をたてた。
運転手もその様子が愛らしく、起こすのに手間取ることだろう。