「知らなかったとはいえ、バディが酷いことをした…」
「す、すまん…」
「アスモダイ、荒神先輩はその、俺の事を…。」
「いや、言わなくてもいいぞ、テツヤ。俺は怒ってない。ただな、いつも言ってるだろ相談しろって。」
「だってェ…、」
処理を済ませ、風呂に入れてもらったテツヤは、バディであるアスモダイの上で言い訳をなんとか考えていた。しかし、やってはいけないことをしたわけで、うまい言葉なんて思い浮かぶことなく、唸るばかりだ。反対側に座っているロウガとケルベロスは加害者側なわけなので、前に出ることはできない。奇妙な空気が四人を包んだ。
「ま、荒神ロウガを批判することはできないがな。」
「え、なんでだYO。アスモダイ。」
「テツヤ、楽になったろ。最近緊張してピリピリしてたからなぁ。」
「ぁ、うん。」
本当だ。と、テツヤはアスモダイの膝の上で伸びをした。身体的には先の行為の怠さや痛みが残っているけれど、精神的にはだいぶ緩くなった気がする。しばらくダンスを踊ろうという気にはなれないし、言ってしまえばバディポリスの活動なんて考えもしないほどだ。
本当に荒神先輩は俺を自由に連れてきてくれた。なんてテツヤがはしゃぐせいで、ケルベロスがロウガを呆れた目で見る。ロウガはバツの悪そうに目をそらし、アスモダイはそんなコンビをくすくすと笑った。
「黒岳テツヤを誘い出す文句としては、なかなか熱いなロウガ。」
「煩い、浮かばなかったんだ!」
ロウガとケルベロスが、言い合いを始めると、アスモダイはテツヤを抱き上げて目線を合わせる。テツヤが首をかしげると、アスモダイが真剣な顔をした。
「テツヤ、荒神ロウガはすきか。」
その質問に、それまで口喧嘩していたロウガとケルベロスが黙り込む。テツヤは顔を赤らめて、でも微笑んだ。
「…すきだYO。」
「ッ、」
テツヤの言葉に、ロウガはクールぶった顔を赤に染め上げる。どこを見ればいいかわからないようで、机をじぃと睨んでいた。自分のことを好きでいるテツヤの存在がここまで嬉しいとは、ロウガも誤算のようだ。
「どうやら俺たちは邪魔者みたいだな。ロウガ、程々にな。」
ケルベロスがにやけながらそう言い残すと、カードの姿に自らを変え、ロウガのデッキケースへとその身を戻した。アスモダイもまた、テツヤの頭を撫でてから、テツヤになにやら耳打ちしたのち、ケルベロスと同じようにテツヤのデッキケースに戻る。ロウガに連れられ、路地裏を後にした時に落とした何枚かのカードもアスモダイが回収済みのようだ。
何を耳打ちされたか、テツヤはロウガの目を見られそうにない。
「…テツヤ。」
「っ、ぁ、う!俺、俺ちゃんと荒神先輩とさっきみたいなこととか、キスとかそういう意味で好きなんだYO!!」
なにをテンパったのか、テツヤは今までひた隠していたであろう思いの丈を、ロウガの目の前でぶち撒けた。ロウガはその言葉が突拍子もなくて、思わず口を開いたままぽかんとしてしまった。その間が恥ずかしくて、顔を朱に染め上げる。
「…っうぅ…」
「…あ、…」
「普通何とかいうと思うYO…」
「ッ、俺から言わせろ…黒岳テツヤ。」
やっと口が機能したのか、自分に縋ってきたテツヤの頭を撫でる。
「俺も、お前を好きでいたい。」
「荒神、せんぱい。」
「ふっ…、」
効果音は、パァァッ。心底嬉しそうに笑うと、テツヤはロウガに倒れこんだ。
「えへへ、せんぱい、」
服を掴み、楽しげに笑いをこぼす。全てが弾むようだ。それもそのはず、今のテツヤは天にも登る勢いで幸せなのだから。自由の先にいた、一番大好きな人を見つけた。ずっと見れなかったものが、一気に見える。これ以上ない幸福だろう。
ロウガは、テツヤのそんな行動に照れながらも、自分に芽生えた奇妙な満足感に満たされていた。それは、幼稚な独占欲でもなければ、八つ当たりなんかじゃなく、テツヤを、受け入れられた喜び。何にも変えることができない、ロウガ自身の大いなる成長だ。
倒れこむテツヤを上からぎゅうとロウガが抱きしめる。
「ぅ、あらがみせんぱいっ、いたいってぇ」
「そうか?」
ジタバタするテツヤを抑え込むように抱きしめ続け、それから、ロウガは床に倒れこんだ。テツヤは不可抗力でロウガの上に、同じように倒れこむ。いたたと、上体を起こすと、先の行為の痛みも上乗せされてか涙目で。でも、先ほどのようにロウガは慌てなかった。
自分の上で痛みをこらえるテツヤの、なんだかこう、色々足りてなさそうな様がどことなく唆る。こういう趣味があったかと青ざめるほどだ。加虐的というか、嗜虐的というか。まぁとにかく、ロウガはテツヤが愛おしくて仕方ない。
テツヤを自分の上に乗せながら、ロウガはしばらくテツヤを抱きしめ続けた。そして、不意にさっきまでどうして赤い顔をして、いきなりあんなことを言い始めたか気になり、テツヤの耳元に顔を寄せる。
さっき、お前のバディはなんて言っていたんだ。え、それ聞くのかYO。…気にはなる。えー、と、その…
『テツヤ、荒神ロウガが本当に好きなら、態度で示したほうがいいぞ。』
アスモダイのその言葉を聞いて、テンパって、本音をぶちまけたテツヤは、思い出してもそれを答えるのがどうも恥ずかしかった。腕に力を入れ、上体を少し浮かせると、じっとロウガの青い瞳を見る。ロウガがなにやら訝しげな顔をすると、テツヤは迷うことなくロウガに口付けた。
「…こ、こういうことだYO。」
恥ずかしさが限界値を超えたからか、それだけ告げると、ぽすんとロウガの上にまた、倒れ込んだ。くつくつと、思わず笑いを漏らしたのは、案外にもテツヤの方だ。恥の末に、何の反応のないロウガの様に、なんだか面白くなってしまったのだ。
このままでもいいのだが、なんだか物足りなくて、体を起こしてぽかんと固まっていたロウガの顔を覗き込む。そしてまた、今度は幸せそうにして、すぐさま悪っぽく笑い、口を開いた。
「荒神せんぱーい?」
「お前な。」
「う、わ、えっ。」
ロウガはテツヤを抱きしめ、くるりと体制を変える。押し倒されているのは、テツヤだ。立場が逆転し、こんどはテツヤがぽかんと口を開けた。慌てて、口を閉ざそうとしたが、薄く開いた唇に、すかさずロウガが唇を乗せる。頭の位置を変えて、深く舌が入れこみ、テツヤの全てを貪るように味わう。
ロウガには、もうこれ以上行為に及ぶつもりが無かった。しかし、テツヤがあまりにも自分を振り回すので、抑えがきかなくなったのだ。口を離して、溜まった唾を飲み込む。まるで獣の瞳でテツヤを睨むように、見てから、ロウガはもう一度顔を寄せた。
「黒岳テツヤ、」
「ぁ、…ぁ、せんぱ…はっ、…ん…」
望んでいた。
この、自分を振り回すテツヤが、手の内に来るのを。捕らえたくて捕らえたくて、仕方なかったのだ、当然だろう。
テツヤもまた、これが自由と見込んでロウガに全てを任せている。行為でやっと自由と、快楽とを与えられた。だから、振り払うことはない。ただ、こういう風にロウガが求めるのは、単なる気まぐれだと思っているのだ。
「ん、んぅ、。ぅ、せんっ、ぱい…」
「テツヤ、テツヤ口開けろ。」
「ぁ…んんっ、はぁっ、は、ぁ…んぅ、」
深いキスをした後、何度か啄むように口付けをして、また深いキスを落とす。快感が与えられるたびに、びくり、とテツヤの体が反応するのが、面白かったのか、なんどもなんども、位置を変えて、キスを続ける。
「も、ぉ…ゃ、」
限界を超えたか、テツヤが息も絶え絶えにロウガに懇願した。そのドロドロの様に、嗜虐心が満たされたのか、口を離し、クスと口角をあげる。
「嫌か?」
「ぅ、ちが…」
「こんな俺は、自由じゃないか?」
今度はロウガがいたずらっぽく笑う。テツヤの目が、見開かれ、眦から雫がこぼれるのにもにやけが止まらない。
荒い呼吸の最中に、苦しげにもとめるテツヤの手をわざと見えないふりをして、ぶるぶると震えたテツヤの唇が一体何を紡ぐのか、わくわくした顔で見つめた。
「違う、YO…せんぱいっ、おれ、すき…すきだもん、ちゃんと…先輩のことが。でも、でもっ、もぉ、ちゅー…どきどきして、それだけでしんじゃうYO…」
あぁ、だからこんなにも愛おしいのか。
ロウガはたまらずテツヤを抱きしめた。鼓動が2人、シンクロしたように熱く打っているのが、たしかな繋がりのようだ。
「悪い、試した。」
「ぇ、えぇ…?」
ふわふわした頭で、理解するのはテツヤには難しいだろう。現に、理解しきれてない。酩酊しながら、ロウガの言葉を耳に入れようと、必死にうんうん頷くのだ。
ふ、と微笑みテツヤの手のひらに、自分の手のひらを乗せ、指を絡める。そして、押し倒すのをやめ、隣へ横たわった。テツヤが体ごとロウガの方に向く。
目の前に、相手の顔があって。それは押し倒したり、押し倒されたりして見た顔とはどこか違う。昔からの友達か何かみたいに、当たり前で、でもイレギュラーな不思議な感じだ。テツヤはそんな風に考えながら、ロウガの青い瞳を見つめる。その眼に映るのが、自分だということに、鼓動が高鳴る。
息なんてできない。詰まってるんじゃなくて、まるで呼吸が禁止されてるみたいだ。ロウガの鋭い目で貫かれてると、そんな錯覚をも起こす。やはり、力のあるものはそういうものなのだろうと、緊張の最中に思った。
「お前といると、掻き乱されるな。」
「えー、それどういう意味だYO?」
「深く考えなくてもわかる。」
「あっ、ひどいYO!でも、先輩はこういう俺が好きなんだろ、」
「…そうだな。安心する。いつまでも、そういう風で居ろよ。」
「なんだYO、それ。俺もう迷わないYO、俺は俺で、自分で選べるから。でも、バディポリスは続けるYO!広報担当って、なんかダッセー感じするけど、世界デビューの足がかりなんだYO!」
って、アスモダイが言ってた!
ロウガは、そういえば何にムカついて、あんな行為に至ったのかを思い出した。超渋谷のモニターに映し出されたテツヤの笑みを見て、果たしてそれが心の底からの笑みなのか、あの姿は、いつか自分を追っていたあの元下級生なのか、と不安に駆られたのだ。しかし、テツヤの口からは、あれは嫌ではないと言われた。ロウガも甚だ馬鹿らしく思った。テツヤはいつだって、誰の意見に流されることはないのだ。最近の忙しさや、バディポリスの緊張。そして、憧れていたロウガからの、自由という少しの快楽への誘いに、不安定だったテツヤが断れるはずがない。テツヤは、初めからバディポリスとしての自分を諦めるつもりはなかったのだ。
ロウガは、そんな思い通りにならないテツヤに、思わず笑い、手を引いて抱き寄せる。
「くそ、俺の気持ちくらい汲み取れ。」
「にゃははっ、くすぐったいYO。だって、俺。」
「わかったわかった。」
もうロウガにはわかっていた。テツヤの性格だけじゃなく、どんな信念を持って、生きているかを。そして、それは、ロウガが最も好きなテツヤの長所だったりする。たとえまっすぐでなくても、いつか目標にたどり着きたいというある種の熱い思いが、好きなのだ。
初めて会った時は、目標はなくて、ロウガ自身のためにファイトをして、次に会った時は、名を呼ばれたいと小さな目標が生まれ、しかしテツヤは敗れた。そして、三回目の再会では、ロウガは名を呼んだ。これで、テツヤのロウガに対する執着や因縁、目標が消え去ったと、勝手にロウガが思っていた。しかし、それは違くて、テツヤは三度会ったことで、ロウガのカリスマ的なバディファイトのセンスと、なにか自分を突き動かす力に、ひどく感銘を受け、憧れを持った。執着も因縁も消え去ってはいたけれど、いつかまた会いたい。会って話をしたいと、そういう、目標が生まれたのだ。
結局のところ、テツヤを掌の上で転がすなんて到底不可能だ。それをするなら、きっとその時掌の上で踊っているのは、黒岳テツヤではないのだろう。彼は彼自身の中で、大きく成長し、また、その成長は際限なく続けている。ロウガには、そこまで汲み取ることはできなかった。
だが、ロウガも多かれ少なかれ成長したようだ。昔なら、そんなもの決して許しはしなかったろうし、そもそも伸びしろのないと見なしたテツヤを見ようともしなかっただろう。だが今は、互いに成長の最中にいて、テツヤを認め名を呼び、隣に置きたいとまで思ったのだ。果たして、それ以上の成長があるだろうか。
ロウガの腕の中に収まっていたテツヤだったが、少しして、小さな声でありがとうと感謝の言葉をこぼした。ロウガには、聞こえてないと思ったのだろう。だから、ロウガは聞こえないふりをして、テツヤの額に優しくキスをした。
人肌の温もりと行為の疲労感と、色々なことがあって処理しきれなかった脳を休めるために、テツヤはゆっくりと夢の中にまどろんでいった。それは、沈み込むように、なのでテツヤもロウガの背に腕を伸ばし、胸板にほおを擦り寄せ、静かに呼吸をし始めた。
「寝た、のか。」
自分を安心しきって、眠りこけるテツヤの様は、まるで慣れた小動物だ。思い通りにいかないのに、まっすぐ自分を信頼して、好きだと伝えてくるテツヤは、ロウガにとって正しくそれだ。勿論、そうだとしても好きなものは好きだろう。
暫くして、ロウガも瞼を閉ざし、夢の中に沈んでいった。
2人分の寝息、そして抱き合いながら眠る、そんなバディの様を、二体のモンスターは呆れながら、でも至極満足そうに見つめた。布団をかけてやり、またカードに戻る。うまくいってよかったなと、互いの相棒に声をかけながら。