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第1話最後の嘘





HIROMI…






それは僕の短い一生の中で
ただ一人愛した女性の名前…









あの日は…
僕の21の誕生日だった。








今にも雪が降り出しそうな
灰色の雲が空一面を覆った
哀しそうな空が
僕の最後の一日を予感させた。







彼女の後をつけて行き
渋谷の片隅のラブホテルの
非常口の扉を
ゆっくりと開けると…






鉄の階段のすぐ下の踊り場に
男が頭から血を流し
仰向けに倒れていた。







そして…その男のすぐ傍に
彼女が震えながら座っていた。







彼女の顔は真っ青で…
土色の唇を噛み締めて…
震える手でめくれた
スカートの裾を握りしめ
僕を見てこう言った。








ーー殺しちゃった…





ーーアタシ…
人殺し…








僕は彼女を守るため
彼女の手をとり
立たせると





走って階段を駆け降り…
その場から逃げるように
少し離れた別のラブホテルに
駆け込んだ。







薄暗くいかがわしい部屋の
うすよごれたベッドに
彼女を座らせ…






彼女をきつく抱きしめ…







ーー逃げよう…
どこか遠い北国で…
やり直すんだよ…







ーーでも…







ーーアタシ…怖い…








ーーそんなの…
無理だよ…






ーー大丈夫だって…
ね…僕がずっとそばにいるから…






ーーいっぱいいっぱい
真っ白な雪が降る
北国の外れの小さな町で…
小さなアパートを借りて…
二人で…違う人間になって…
違う人生をつくるんだよ…







って…







僕が彼女についた
最後の嘘だった。








第2話出会い系(1)





僕は、君を愛した。




それでも僕は
君を殺してしまった。





僕は5人の人を殺めた。



一人目は父親…。
二人目は母親…。
三人目は…。
四人目は僕の人生の中で
唯一愛した君…。


そして、最後のひとりは


僕自身…。



人の『生きる意味』や
『生きる価値』を奪ってしまう
ことは、その人を『殺した』
のも同然…そんな気がして…





歪んだ愛の果てに残ったもの…

それは、






僕が君についた
最後の嘘だけだった…





HIROMI…
僕は最後まで君を愛していた。







ーー嘘……



嘘って…人はどうして
ついてしまうのか?





自分をよく見せたいから?


自分の弱さを隠したいから?


自分の大切なものを守りたいから?






全てに正直に生きられれば
それが一番良い。





分かってはいてもできない人間もいる。




僕はそんな人間の中の一人だった。




最後まで…死の間際まで僕は
嘘をついてしまった。





でも僕が最後についた嘘は
君を守りたかったから…
最後まで君だけを愛していた。


それだけは本当なんだ。






全ての始まりは…
あの日
君が…僕についた嘘だった。





木漏れ日の中で
君は恥ずかしそうに
1枚の手紙を僕に渡すと
走り去ったっけ。




あれから、7年近く僕に
まとわりついて離れない
何気ない『嘘』で
全ては変わった…




僕の名前は、遠藤周…




ついこの前の2月で二十歳に
なってしまった。


僕のこの20年の人生って…
何だったんだろうと思う…





これといって、特別な
記念になるようなイベントもなく
人に自慢できるようなものもない。





ただ漫然と酸素を吸って
二酸化炭素を吐き出す…
それだけの20年。





内気で、ひきこもりで、
大人しくて、人前に出ると
一言も喋れない…
どうしようもない男。






こんな僕を好きになってくれる
女性などいるわけもなく…

青春らしい青春など…
無縁なわけで、窓の下の
どぶ川の濁った水に映る
自分の情けない顔を
見つめるだけの毎日。



でもそんな僕にも
嬉しかったことがある。


ただ一つだけ…僕の心の奥底に
ずっとしまってきた。






それは、中学2年の時に
一度だけコクられたこと。



しかもその子は、僕なんかには
全く似つかわしくもない
クラスのマドンナみたいな
光り輝いていた女の子だった…





彼女はいつも、校庭の端にある
大きな木の下でフルートを
吹いていたんだ。




彼女は少しだけ天然パーマで
長い髪を束ねたおさげが
愛おしかった。




勉強もできたし、大人しくて
それでいて誰からも好かれる
優しさを持っていた。






しかしそんな唯一の甘い思い出も
実はほろ苦い思い出でしかない。



彼女の告白は
僕をからかうためだけに仕組まれた
『嘘』だった訳で




その頃…
黒ブチの眼鏡をかけていて
『メガオ』と呼ばれていた僕に
友達との賭けで負けた彼女に
課せられた罰ゲームでしかなかった。



ただそれだけのことだった。




彼女達にしてみれば
それだけのちょっとした遊び
だったのかもしれないけど…


密かに彼女に憧れていた僕にとっては
ただでさえも
低い低い低空飛行を
続けていた僕を



地下100階ぐらいの
深さの闇の中へ
突き落とすような
できごとだった。





それ以来、僕は学校へ行く事も
なくなってしまっていた。




どうにか入れた高校も
ほとんど通うこともないまま
高1の終りにやめた。





それからは、毎日、毎日
家に閉じこもり
ただ携帯電話相手に
酸素と二酸化炭素の交換だけの
日々を過ごした。


携帯電話から流れて来る軽い『嘘』は
生きるための酸素で
僕の携帯から流れ出す『嘘』は
生きるために不必要なものを
吐き出す二酸化炭素だった。





ただ、あの時、彼女から
もらった手紙は今でも
まだ大事にとっている。



もうすでに黄ばんでしまっている
『あの手紙』…


それなのに未だに艶かしい手紙を…。




情けない男…だと自分でも
思うけど…仕方ない。






第3話出会い系(2)





そして18の春、僕は地元の
九州を離れ上京した。





東京に来て何をするという
わけでもなかった。




ただ東京に対する憧れと
その時東京の出版社に
就職していた
従兄弟のお兄ちゃんがいる
というだけの
簡単な理由だった。





ひょっとしたら彼女から
遠いところに行きたかった
だけなのかもしれない。






とにかく僕は生まれ育った
九州の熊本を離れ東京に来た。





そして従兄弟のお兄ちゃんの紹介で
小さなピザ屋でアルバイトを
するようになった。




今まで何をやっても
中途半端だった僕も
この仕事だけは
不思議と続いていた。





それまで唯一続いたことといえば
好きだった吹奏楽だけで
それ以外何をやっても
すぐに止めた。





続いても1ヶ月という
短さだった。




それがもう2年になろうとしている。





自分にしては記録更新の毎日だった。






719日目…
720日目…
733日目…

少しずつ記録は更新されていく。





その度に自分を取り戻している
ような気になっていた。





東京に来てからの僕の唯一の
楽しみと言えば、相変わらず
携帯の出会い系サイトで
見ず知らずの女の子と
会話する事ぐらいだった。





その瞬間だけは、違う自分を
演出できていた。





目の前にいない相手だったら
少しは違う自分になれていた。





ピザ屋の給料では4畳半の
壊れかけたアパートに
住むのが精々だったが



それでも食費を削ってでも…
他のもの全部を犠牲にしても
その出会い系だけは続けていた。





僕にとっては生きて行くための
酸素だったから。





薄暗い部屋の
擦り切れた畳に
裸電球しかない殺風景な部屋の中で


携帯の中だけは春の花が
咲き誇っている気がしていた。





これだってただ女の子のバイト…
お金稼ぎだけが目的で
メールしてくれていることも
分かっていた。




それでも、その時間だけは
少なくとも『メガオ』から
脱皮できていたのだった。





ーーチロリン…




いつものように見ず知らずの
誰かからメールが入る。





こんな僕に
メールしてくる人といえば
従兄弟のおにいちゃんか
バイト先の店長か
出会い系しかなかった。





「誰…




僕は軽い気持ちで
携帯を開けて見る。






メールは出会い系からのもの…。






☆☆☆☆☆☆☆☆

「夜中のプーさん
はじめまして!(^-^)/~
@HIROMIといいます!

今年の春から東京で働き始めました。
まだ友達もいないので、
よかったら仲良くしてくれませんか
返事待っています。」




@HIROMI…

ひろみ…




そのメールの送り主は
それまで僕が
何度忘れようとしても
忘れられなかった名前だった…




正直僕は思い切り固まっていた。




彼女…そうHIROMIは
僕が今までの20年の人生の中で
たった一人だけ好きになった
女性だった。






こんなことって…あるはずはない…
そうあるはずない…。





心の中で、そう祈っていた。
そう自分に言い聞かせた。





またあんな思いだけはしたくないと…
自己防衛をしてしまう
自分もいたりする。






第4話出会い系(3)





とにかくは、彼女が
あの『HIROMI』
『新藤比呂美』で
ないことを確かめる
必要があった。





☆☆☆☆☆☆☆☆

「夜中のプーさんです 。
メールありがとうo(^o^)o

ヒロミちゃんってどこから来たの?
俺は九州だけど。」






心のどこかでは、
このメールの送り主が
彼女であればと願う反面
彼女でないことを
祈っていた。




どっちなんだ




正直…自分でもよく
分からないまま
返事が来た。





チロリン…






あまりの速さに正直
ためらってしまっている
自分がいる…。



恐る恐るメールを開き
「返信はこちらから」の
ボタンをクリックする。






☆☆☆☆☆☆☆☆

@HIROMIさんより

「えっホントですか
ビックリです

アタシも九州なんですよ。
嬉しかね〜
こんなところで会えるなんて…
運命だったりして


ごめんなさい。
一人で勝手に浮かれちゃって…。

でも東京に来て
ずっと寂しかったんです。
短大を出て、こっちに来て
誰も話す相手もなくって…


夜中のプーさんって
九州のどこですか
アタシは熊本なんです。
ホントに仲良くなれたら
いいなあd(^O^)b」





ーー九州…


ーー熊本…






まさか…健軍町…とか
言わないよな。




ーーこんな恐ろしい偶然なんて…




正直、戸惑っている。
もし、彼女だったら…


どうしていいのか分からない。


どう言っていいのか分からない。





最大限に焦ってしまっている。




でも、もし、これで…



なんて期待もしてしまっている
自分も情けない。




7年間ずっと忘れる事がなかった
彼女のこと。





携帯を握りしめる僕の手は
汗がじっとりとにじんでいた。






結局、僕はメールを返すことは
できなかった。




返事もしないまま
急いでバイトに行く。




というのもその日は、急な
休みの人が2人出てしまい
シフトが変わっていたからだった。





それもあるが
彼女に…
まだ分からないけど…
出会い系の彼女に何て返事を
していいのか…迷っていた
というのが正直な気持ち…。




このまま何もせずに無視して
終わった方がいいのか…
それとも…?




とにかく僕の心はコロコロと
あっちへ行ったり、こっちへ
来たりと繰り返していた。




急いでシャツを着て
ジーパン…靴を履き出かけた。


少しカビ臭くなった
ドアを開けると
最悪なことに今日は
雨が降ってた。



唯一持っていたおんぼろの傘も
この前の春の嵐で折れたまま…



しばらく悩んだが
意を決して濡れてバイト先へ
行くことにした。



バイト先は、僕のアパートから
30m位しか離れて
いなかったからだった…。






その頃、HIROMIは会社で
仕事をしていた。



雨が降る外を眺めながら
携帯をじっと見つめていた時
すぐ上の上司の榊主任に
呼ばれ急いで携帯を閉じる。




「おい新藤。」


「はい。何ですか


「これ、今月号の記事の
ラフ案だけど、この店まで
持って行ってくれるか


「はい
赤坂のケーキ屋さんですね


「そうだ。急ぐから宜しくな。」


「はい。」





そう言って比呂美は上着をとり
部屋を出て行く。




ドアを閉め上着を着ようとした時
上着のポケットから携帯が落ちた。




携帯を拾いあげながら
また比呂美は携帯を開け
確認してみる。





比呂美は「夜中のプーさん」のことが
気になって仕方がなかった。






ーーひょっとして…アタシ…
嫌われた…





そう言って、携帯を閉じ
急ぎ足で階段を降りていく。








ーーカラン…カラン…


「こんにちは
フリーペーパーのupsideですけど
店長さんはいらっしゃいますか


「ちょっと待ってて。
今、混んでるから。」


「お忙しい所、すみません。

外で待たせて頂きますので
お手空きになりましたら
お願いします。」


「はいいらっしゃいませ。
何に致しましょうか





比呂美の話など聞いては
いないような感じだった。




比呂美は、またかばんを抱え
入口の外で呼ばれるまで
立ったまま待っていた。




新米の入社仕立ての編集の
雑用係りでしかない自分を
まともに相手してくれる
クライアントなどいなかった。




それも仕方ないと諦めるが
やっぱりどこかでがっかり
しているのか溜息が出て来る。




「はあ〜あ…なんでかな。
仕方ないってことぐらい
分かってるけど…」







第5話出会い系(4)





比呂美は、さっきのメールの相手
『夜中のプーさん』のことが
気になって仕方がなかった。




九州ってことを言った途端に
返事が来なくなってしまったことが
かなり気になっていた。




待たされている間
特にすることもない比呂美は
携帯を取り出し
何度も開いては閉じた。




その度に携帯ストラップが揺れる。





中1の修学旅行先で買った
『くまのプーさん』の
ストラップが…。





結局は1時間半近く待たされ
呼ばれた頃にはスカートも
横殴りの雨で上から下まで
濡れてしまっていた。






「upsideさん、お待たせして
すみませんでしたね。
さ、入って下さい」


「こちらこそすみませんでした。
お忙しい時にお伺いして」


「来月号の記事できたの?」


「はい、その校正をお願いしたくて
お伺いしました。

これなんですけど…
どうでしょうか」






「ん…なかなかいいわね。
よく出来てる。
特にこのケーキの写真とか
いい色出てるし。

うん…記事の内容も…
これでいいわよ。」


「ありがとうございました。
それでは、これで進めさせて
いただきます」


「じゃお願いね」


「いえ、こちらこそ…
今後とも宜しくお願いします」


「あっ、ちょっと待って。
待たせたお詫びに
これ持って行って。
うちの今度の新作の
ケーキだから。
みなさんで食べて下さいな」


「美味しそう!…ですね。
編集長も喜びます…きっと!」





比呂美は少しだけ
嬉しくなっていた。




別に自分が何をしたわけでもなく
自分の仕事が
認められた訳でもないのに



誰一人、友達もいない
この東京で優しくされて…
それが嬉しかった。






会社がある恵比寿で地下鉄を降り
階段を駆け上がる。




外へ出るとすでに雨は
上がっていた。





「あ…やんでる」






比呂美は小走りで
信号を渡り、角を右に曲がる。




角を曲がると
会社までは200m位。




ちょうどその時
シュウがピザ屋のバイクで
配達に向かっていた。




あと、30秒も遅ければ
ふいの再会が
待っていたのかもしれないが
その時は二人ともそのことに
気付く事はなかった。






「ただいま戻りました!」


「編集長!…これ…
パティシエ・スズキの店長さんから
頂きものです。
皆さんで食べて下さい
とのことでした」


「あ…そう。そこ置いといて。
おい!谷川!この記事は何だ。
全然お店の良さなんて
出てないだろ!馬鹿野郎!
すぐに書き直せ!」


「はい!すみません!」





喜んでもらえると思って
差し出したケーキも
何かの原稿の下敷きに
されてしまった。






ーー折角あの店長さんがくれたのに…




比呂美が落胆していると…
後ろから声がした。




「新藤、気にするな」


「あ…榊さん」


「編集長、甘いもの嫌いだから。
それよりどうだった。記事は?」


「誉められました。
これでお願いしますって。
それとこの写真は
よく撮れてるって
言われてました」


「そうか、じゃ、これ
社内校正にまわしといて。
それにしても新藤は
あそこの店長に
好かれてんじゃないか?
あの店長が手土産を
くれるなんて初めてだぞ」


「そうなんですか?」






その頃、僕は
彼女が本当にこの東京に
いるなんて知りもせずに
いつものように
ただ忙しく働いていた。






その日、僕が部屋に帰ったのは
夜9時を過ぎていた。




部屋に戻り
お湯を湧かし
帰りに買って来た
カップラーメンに
お湯を注ぐ。




そしてまたいつものように
蓋がわりに
傍にあった古びた単行本を
上にのせる。




そして、携帯を取り出して
日課になっている
メールのチェックをする。







同じ頃、比呂美も
1LDKの部屋に戻り
ベッドの前に座り
窓から外をぼんやりと
眺めていた。




プーさんストラップを
触りながら
携帯を手から
離すことはなかった。




東京に来て、もう2ヶ月に
なろうとしていても
寂しさは日、1日と増して行った。





僕はカップラーメンを
すすりながら
携帯の画面を眺めていた。




部屋にはテレビも
CDラジカセとかはもちろん
洗濯機さえもない



そんな殺風景な畳の部屋で
ラーメンをすすりながら
出会い系の女の子と会話する。




それは、これまでの2年間
何ら変わりはない風景だけど…
今日は初めてこの風景に
花が添えられた。




そんな気がしていたのは確かだった。




まだ、昼のメールの主が
あの『比呂美』ちゃんか
どうかは分からなかったけど
少しだけ…
そうほんの少しだけ
自分の青春に春が
近付いたのかもしれない…




そんな期待を…
数百万分の一の確率で
期待している自分がいた。



そんな自分がラーメンを
食べていた。





一方…比呂美は




ーーやっぱり…
嫌われたのかな…アタシ





他の相手からは
何通かメールが来ていたが
どれもこれも割切りとか…
まだバージンの比呂美には
分からない世界の
言葉の羅列でしかない
メールに関心を示す事はなかった。




ただ唯一『プーさん』だけが
気になっていた。





ーーこのストラップ…
中1の修学旅行で
シュウ君が買ってくれたやつ。




ーーシュウ君じゃ
なかったのかな…あれ?





ーー佐織の話では
シュウ君も東京に
いるっていってたけど




ーーやっぱり、アタシのこと
恨んでるよね…





ーー当然だよね…
アタシ…シュウ君に
あんな酷いことしちゃったし




ーー恨むよね…普通…





「ごめん…シュウくん」




「あんなひどい嘘ついて…
でも…あれ…」





その時、メールの着メロが
無機質な部屋に鳴り響いた。




どきっとして
比呂美はすぐに
メールを開いてみた。






送り主は…


ーー『夜中のプーさん』






思わず、比呂美は座布団の上に
正座していた。




嬉しかった。




1日中ずっと待ちわびた
恋人からのメールのように…







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