話題:読書の履歴書
タイトルは一冊の本の題名である。私が初めて読破したのが小学生の時。以降、著者は私の尊敬する人物となります。
そして、84年2月13日の交信を最後に消息を断ちます。
彼が帰って来る事はありませんでした。
そう故植村直己(享年43歳)。
前記事で都道府県バトンをやったのだが、兵庫県の部分は植村直己としました。その位、私は彼に憧れと敬意を抱いています。
そして、公子夫人の存在が素晴らしい。
私が公子夫人の魅力を最初に感じたのが、不幸にも故植村直己氏が遭難し、生還の可能性が無くなった時点での記者会見。
「冒険とは生きて帰ることと偉そうに語っていたので、少しだらしないんじゃないの?と言いたい。」
気丈に応える姿にこみ上げるものがありました。
その後、彼女は故人の遺志を継ぐべく、活動をします。
二人の活躍はネットで簡単に調べられます。暇な方は是非とも覗いてみて下さい。
二人とも幸せな人生だなと実感出来ますよ。
何時もコメントありがとうございます。
本当に素敵な奥様だと思います。
公子夫人は書道の先生もやられておりました。決して体が丈夫な方ではありません。それでも陽となり陰となり植村直己氏を支え続けました。
やはり、好きに生きる馬鹿な男を支えるには、強くて頭の良い女性でないと無理なのかもしれませんね。
コメントありがとうございます。
橋田幸子さん。是非とも調べてみたいと思います。
故人なった2人に共通していた、素晴らしい奥様がいたと言う事実。やはり、魅力ある男には魅力ある女性の支えがある。
長くはなかったかもしれません。それでも彼らの人生は間違いなく幸せだったと思います。
何時もコメントありがとうございます。
故植村直己氏はおっしゃる通りに社会人としては失格な人間でしょう。
ただ、社会の中で自分を殺して器用に生きるより、自分のしたい事に情熱を注ぎ込む姿は賞賛ですよね。
もし、あの方が生きていたのなら…現実を嘆くのか、それとも新たなる手法で夢を追い続けるのか…
きっと後者を選択し、社会に明るいニュースを提供し、一石を投じ続けてくれたと思います。
こんばんは。
奥様の聡明さには、本当に尊敬します。
私なら、取り乱し泣き言ばかり吐き出している事でしょう…。
不思議なもので、“安心”“安全”“安定”というものには目もくれず人生を冒険している男性には、この様な気丈な女性が後ろで支えていらっしゃる事が多いような気がします…。
又、石橋を叩いても渡らない事が多いタイプの私は、自分とは正反対に生きる植村さんのような方に、強い憧れと尊敬の念があります。
この記事ではじめて
植村直己夫人が素晴らしい方だったと知りました。
是非、調べてみます。
同じように夫の活動を理解し支えた方で
橋田幸子さんとダブってしまいました。
イラクで凶弾に倒れた橋田伸介さんの奥様です。
伸介さんが亡くなる直前まで爆撃で視力を失っているイラク人少年の治療を日本で
という遺志を継ぎ、日本へ招き治療をコーディネートなさったり、その後も基金を設立され「イラクへ子供病院を!」という活動をなさってらっしゃいます。
どちらも本当の意味での「内助の功」だったんでしょうね。
もし、存命中なら今の日本をどのように、見たかなと考えると、面白いものがあります。冒険するためのスポンサー探しで、日本経済の疲弊した環境の中で、どのように行動していくのか? そして、彼の熱意で夢を追う企業が後押しをしていく。それが、経済の活性化を推進してくれたらと思います。実業団チームが、続々と廃部に追い込まれていくなかで、一つの試金石になったかもしれません。