先生でも、コンプレックスに思うことがあるんですね。
おそらくそう言った彼女には、悪気など一つもなくて純粋に物珍しさを含んだ意味で口にしたのだろう。
感情のどこかが欠落しているような宮田にも、人間らしい部分があるのだと。
冷静に考えればそうと分かるはずなのに、それを指摘された瞬間に宮田の手は美奈の首を絞めていた。
「せ、…んせ、」
のけぞる喉はあまりにも白く美しい。
この首元に何度も口付けたことが不意に思い出された。だが、すぐに意識の片隅にやられてしまう。
人を殺すときに、自分の気持ちは要らない。それはすでに染み付いた癖で。
昔から汚い仕事は、いつも自分が背負ってきた。
対して兄は、ただそこにいるだけで人からの期待と愛情を一身に受けてきた。
頭の中に響くあの声を救いたいと思っていても何もできない自分と、聞こえているくせに素知らぬふりをしてあんな女に幼子のようにすがる兄。
何もかもが違いすぎたのだ。
宮田はそんな兄が妬ましくて羨ましくて疎ましくてかわいそうだった。
代われるものなら代わりたい。
だけどこの村の風習がそれを許さない。
一生日陰の身として暮らす、それが宮田に与えられた人生であったから。
それに劣等感を抱いていると、美奈が気づいたのはいつなのだろうか。
だらりと力の抜けたしなやかな体が床に横たわる。
傍目から見れば、まだ生きているようにも見えるその体を横抱きにする。
腕の中でだんだんと体温を失っていく体に、宮田は医院の窓から外を見、ポツリとつぶやいた。
「今日は月がきれいだな。…ドライブに行こう。」
いつもよりも質量のある体をいとも簡単に抱き上げ、デスクから車のキーを取る。
必要なものはすべて車に積んであるはずだ。持っていくものは彼女だけでいい。
美奈の顔を見るとわずかに抵抗したためにか、はらりと前髪が白い顔にかかっていた。
それをまるで壊れ物でも扱うかのように、指ではらってやる。
まるで恋人にするようなしぐさだと、宮田は一人鼻で笑った。
美奈は聡明で子供のようにかわいらしく、それでいてしっかりと『女』だったのだ。
気づいていたとしても、何も知らないまま隣で無知な子供を演じていれば、このようなことにはならなかっただろうに。
車の後部座席に美奈を横たわらせながら、そういえば今日はと思い出す。
『儀式』の日、だが直接的に自分には関係のないことだ。
それよりも一刻も早く彼女を、月のよく見える場所へ連れいていかなければ。
最後にその首元に口付けをして、宮田は車のキーを回した。
価値観の相違なんてそんな些細な問題で
(だけどそれは決して触れてはいけない領域だった)
****
先生は、ちゃんと美奈さんを好きだったんだろうなーって妄想した結果がこれ。
病んでる宮田が好きだ。
まあこの後彼女は、埋めた穴から起き上がってたらこになっちゃうわけですけど。
title by.確かに恋だった