神域第三大戦 カオス・ジェネシス126

「――下がれッッッ!」
ルーの怒声に、四者は各々ほぼ反射的に動いた。直後、毒々しい赤い雷が落ち、タラニスの紋章が悶絶するようにバチバチと火花を散らした。
「……。無粋な邪魔はしない、という約定を立てたと思ったんだが。あぁ、まさか“無粋”が通じんとは、そこまでは流石に想定していなかったなぁ」
ルーは不測の事態が発生したと判断し、バロールを弾くと直ぐ様タラニスの隣へと瞬時に移動した。バロールもバロールで予定外の出来事であったらしい、ルーを追うことはせず、億劫そうに声の発生源である上空を見上げた。
「随分な語り口じゃないか。これだけ時間をかけて、まだ仕留められないなんて。僕の方が想定していなかったよ」
―それの造形は、布に覆われ測ることはできなかった。どうやら人形に近い形はしているようで、特徴的な様相は人間のそれに近い。
ローブを纏ったかのようなそれはゆっくりと降下してきて、件の白い樹の上に降り立った。そっと撫でるように樹の枝に触れ、不愉快そうにその身を揺らす。
「……おまけに、全く育っていないではないか。約定を果たしていないのはそちらでは?」
「おいおい、貴様と一緒にしないでくれ。ちゃあんと育てているぜ?それが貴様に観測できるかどうかは、また別の話だがな?」
「はぁ?」
「…………、…………………」
和気藹々といった空気で、だが皮肉の応酬を交わす両者に、ルーは何か思い立ったように眉根を潜めた。だがすぐにそんな表情を消し、がしり、とマーリンの後ろ髪を引っ付かんだ。
「あいたたた、」
「ドルイド。あれと視線を合わせるなよ」
「…?あれも魔眼を持つと?」
「認識してはならない類いだ、と言っている。見ながら無視しろ」
「難しいことを言うな貴方は!」
「………まぁ、会話からして、あれがバロールを復活させた黒幕のようだしな…」
ルーはマーリンにそう伝えかける。勿論それは、サーヴァント3騎に対して向けられた言葉だ。

認識してはならない。端的な言葉は難解な内容を要求しており、それが事態の深刻さを物語っていた。

ぽつり、と言葉を漏らしたタラニスも、どこからか修復された緑のマントを取りだし、顔を隠すように目深く纏った。向こうからも認識されない方がよい、ということなのだろう。サーヴァントの面々も、それに倣ってみな各々のフードを被る。
そこで、は、と、クー・フーリンはあることを思い出した。外なる神の存在を知った後、その対処を申し出て離脱したダグザのことだ。
「………それより、ダグザ神はどうしたんだ。あれが来るかもしれないからって、離れて待機していたはずだ。まさか……」
ダグザほどの神が早々見逃すとは考えられない。だが実際に、外なる神とおぼしきものがここに来ている。と、いうことは。
「我が御霊、ダグザ翁は無事か?」
「死んではいない」
「……………」
クー・フーリンの言葉には答えないだろうと察したタラニスが端的に言葉をまとめてルーに問いかけると、ルーもまた端的に、それだけ返した。死んではいないが、無事とも言いがたい、という状況であるということだろうか。ルーの言葉が意味するところに、面々はわずかに唾を飲む。
一方で、バロールとそれの罵り合いは続いていた。
「僕がお前を甦らせたのは生育の為だけだ。その過程での戦闘は自由にしろとはいったが、蔑ろにしたならば相応の罰を与える」
「おーおー、おっそろしいこって。ハハァ、やれるもんならやってみろ、クソガキ」
「…成程、ご老体には立場の違いというものが分かっていないようだ」
ピリッ、とした空気が走る。ローブの、人間でいう腕の部分が持ち上がり、毒々しい赤い光を放つ。小さな球体になったそれは、目にも止まらぬ速さでバロールの元へ飛んでいき―――

―――何も、起きなかった。

「…………は?」
「なんだ、口先ばかりでしねぇのか?なら、俺様からも無粋なクソガキに罰ってやつをくれてやろうか!」
「!」
影は呆然としたように動きを止める。そしてそんなことをしている間に、蛇が這うがごときの動きで空をしなったバロールの多節鞭がそれを絡めとり、地面へと叩きつけた。
「この…っ」
「いいから黙って、決着がつくまで見ていろ。そうすれば必然的に分かる。それとも貴様から消してやろうか?」
「…貴様」
「いいんだぜ?俺様は別に構わねぇよ。まぁ、その間にうっかりあれを折っちまうかもしれねぇが」
「………………ふん、いいだろう」
存外それは、バロールの言葉にあっさりと承諾を返した。ダグザとは戦っているであろうから、そのダメージがあるのかもしれない。
とにもかくにも、相手は一旦大人しく引き下がった。バロールは呆れたように肩を竦めると、すぐに顔に笑みを浮かべてルーへと向き直った。
「…さて、決着をつけるとするか!」
「………異論はないな」
ぶわり、両者から膨大な魔力が放たれる。バロールは魔眼の左目に手を添え、目に見えてわかるほどに魔眼に魔力を集中し始めた。一方のルーも、槍の穂先を下に向け、放った魔力をすべてその切っ先へと集中させている。
「宝具―!!」
―延々と打ち合いをし続けていてもキリがないことは、この一時間で証明された。ならば、必殺の技をもってその雌雄を決する、ということか。
魔力の引き起こす風に吹き飛ばされそうになりながらも、タラニスと3騎はルーから僅かに距離を取り、衝撃に備えた。