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DJD長文

5人がまず目にしたのは、一面の瓦礫の山だった。 溶けた金属と、焼けたゴムの臭い。 そしてその中に混じって鼻を刺す死臭。 職業柄、死の臭いに塗れて生きる彼らではあるが、それでもやはり、目の前の光景には言葉を失わざるを得なかった。

「……ひっでぇ」

テサラスが近場に転がる死体を掴み上げ、ぽつりと呟いた。 普段自分がしていることは棚に上げた発言ではあるが、実際のところ、そこで行われた破壊活動は、誰が見ても徹底されたものではあった。 原型を留めたものは一つもなく、襲撃者の悪意――機械生命体への憎悪にも近いその感情が嫌というほど伝わってくる惨状である。 テサラスはその骸を普段裏切者を扱うように乱雑にはせず、そっと地面に下ろしてやった。

「ここからのSOSをキャッチしたのはついさっきのことじゃなかったか?」

しかめっ面で腕組みをしながら、ヘレックスは首を回して辺りを見回す。

「襲撃が始まってすぐのものとは限らないよ、ヘレックス。ちゃんとした通信を受け取ったんじゃないんだし……ホント、緊急時の打電みたいな信号だったからさ。 随分旧式の信号だったし、宇宙空間を伝わるのにも随分時間がかかるタイプだと思うよ」

ケイオンの言葉に、隣に立つヴォスが考え込むように唸り声を上げ、ブツブツと聞き取れない言葉を呟いた。

「あぁ、そうだなヴォス。生き残りがいるという可能性はほとんどないだろう」

ヴォスの言葉に、ターンが低い声で答えた。 仮面の奥の表情は見てとれないが、細められた眼光から、怒りと憐み、そしてDJDのリーダーには珍しく、悲しみの感情が漏れ出ている。

「奴らの反機械生命体的思考は驚くほどに根強い――生き残りなど、一人も許しはしないだろう。 本当に……本当に悲惨なものだ」

「でも……もしかしたら、ひょっとしたらってことがあるかもしれない」

「仮に我々が奴らの立場だとしたら?」

「それは……」

ターンの言葉に、ヘレックスは口ごもる。

「しかし、そう……ヘレックスの言う通りでもある。 わずかでも可能性があるのなら、それに手を伸ばさねばなるまい――ケイオン」

「分かってるよ、さっきから生体信号の捜索は行ってる。 けど、やっぱり絶望的かもね……少なくとも僕が探知できる範囲では」

そういって、ケイオンは肩を竦めた。 そして、しゃがみこむと、自分の傍に寄り添うように控えたペットの頭を両手でわしわしと撫でる。

「あとはペット、君の鼻が頼りなんだからね。 頼むよ」

その言葉に応えるように、ペットは短く吠える。 ケイオンが立ち上がると、ペットは鼻を鳴らしながら辺りを嗅ぎ回り始めた。

「しかし、ペットの鼻なんてアテになるのか? スパークイーターだとはいえ、弱ったスパークまで嗅ぎ分けられるわけじゃないだろ」

足元をちょろちょろと動くペットを見下ろしながら、テサラスは怪訝な顔をする。

「少なくとも僕よりはスパークの位置に対して敏感だよ。 最近ろくにご馳走食べてないから尚更ね。 見つけてすぐに襲い掛かりはしないと思うけど」

「おい、シャレにならんぞ」

「大丈夫、その辺はヘレックスよりは――っとっとっと」

ぐい、と鎖に引きずられ、ケイオンはよろめく。 ペットは主人のほうを見てひと鳴きすると、背を向けてぐいぐいと鎖を引っ張り始めた。

「何か見つけたのか?」

「かもしれない」

ターンの問いにそう答えると、ケイオンは手にした鎖を握りなおすと、ペットの向かう方へと足を向け、残りの4人もそれに続く。 武器の残骸や銃弾、ごろごろと転がる死体の山をかき分け、ペットは前へ前へと進んでいく。 そして、数ある瓦礫の山の一つの前で歩みを止めると、ペットは腰を据え、また主人のほうを向いてひと鳴きした。

「ここでいいのか? 何もないように見えるが」

ヘレックスが腕組みをしたまま、やれやれと大きな腕を振ってみせる。 ケイオンはペットの頭を一撫ですると、しゃがんみこんで地面を調べ始めた。

「……ここ、下が空洞になってるね」

その言葉に、ヴォスもしゃがみこみ辺りをあれこれと調べ始める。 しばらくした後、ヴォスは驚きと歓喜の入り混じったような声をあげ、ちょいちょいと他の4人に手招きしてみせた。 ヴォスが示す先には、死体に隠れるような形で無骨で大きな取っ手が地面から生えていた。

「この下の空洞……シェルターか何かなのか?」

「おそらく。 随分分厚い扉で蓋がしてあるみたいだから内部の状況は分からないけど、この有様で無事破られずにすんでるんだから、結構丈夫な作りだろうね」

ヴォスが取っ手に手をかけ、持ち上げようとしてみる。 しかし、メンバーの中でも最も細身なヴォスの力では扉はびくともせず、ヴォスは悔しそうに悪態をつく。

「どれ、貸してみろヴォス」

そう言うと、テサラスは肩から伸びるアームでヴォスをひょいと掴み上げた。 その扱いにじたばたと手足をばたつかせて抗議するヴォスを無視して、テサラスは大きな手でその取っ手を掴んだ。

「ふっ……ぬ!」

ギギィ、と地面の一部が浮かび上がる。 できた空間にヘレックスが手をかけ、鈍く軋む音を立てながら、扉がゆっくりと開いていった。 扉の中は薄暗く、冷たく重い空気が流れている。 しかし、扉の外と違い荒らされた様子もなく、ただ埃をかぶっている以外は綺麗なものだった。

「……テェェサラァス! テス!」

静寂を破ったのは、まだテサラスのアームに掴まれたままのヴォスの憤怒の声だった。 ヴォスは自由の利く脚で、思い切りテサラスの後頭部を蹴り飛ばした。

「いって!」

テサラスは驚いてアームを開く。 突然身体が自由になり、ドシン、とヴォスはそのまま落下し尻もちをついた。 ヴォスは痛そうに腰をさすりながら立ち上がると、テサラスにツカツカと歩み寄り古代語でまくしたてるように喋りながらガンガンとテサラスの足を踏みつける。

「いてててて、そんなに怒ることないだろヴォス? おいターン! ヴォス止めてくれよ! なんて言ってるか分かんねぇよ!」

そんなテサラスの叫びはいざ知らず、ターンは先程口を開けたシェルターへとおもむろに足を踏み入れた。 冷たい空気が足に纏わりつく。 次いでケイオンとヘレックスが後に続く。

「暗いな……明かりは?」

「今捜してる。 多分もうジェネレーターの動力が切れちゃってるんだろうね……導線さえ見つかれば……あ、あったあった」

ケイオンがそう言うのと同時に、ジジジ、という発電音と共にシェルター内に明かりが点った。 それほど明るくはないが、シェルター内の様子を見渡せる程度には十分な明るさである。 明るくなって初めて、空の燃料缶や、エネルゴンの入っていたであろう容器が辺りに転がっているのが分かる。

「……誰かがここにいたのか?」

「そうだね、誰であれここにいたのは確かだよ。 これ」

ヘレックスがそちらに目を向けると、ケイオンが壁に備え付けられた通信機をカタカタといじっていた。

「今電力が供給されたから動き始めたけど、多分これが僕らの受け取った信号の発信源だよ。 ログを見ると、随分前のものみたいだ……それも何回も、あらゆる周波数でとにかく広範囲に救難信号を送ってたらしいね。 僕らが受け取ったのと同じパターンの信号を最後にログが途切れてるから、きっとそこでここの電力も切れたんだろうな」

「じゃ、いったい誰が?」

ヘレックスの疑問を遮るように、どかどかとテサラスがシェルターに駆け込んできた。 ヴォスはまたテサラスの肩のアームに掴まれ、ギャーギャーと何か罵り文句を吐きながらテサラスの身体を叩いている。 テサラスの後ろに続くように、ジャラジャラと鎖を引きずりながらペットもこちらに走り寄ってきた。

「……テサラス、いい加減ヴォスなんとかしなよ」

ケイオンは呆れ顔でそう言いながら、ペットの鎖を拾い上げる。

「だってこうでもしねぇとずっと蹴ってくるんだよ」

「ったく、仲直りくらいできないもんかね」

ヘレックスはやれやれと小さな腕で肩を竦めるようなジェスチャーをしながら、大きな腕でテサラスのアームからヴォスをつまみ上げ、そのまま肩車の要領で自分の肩の上に乗せた。 ヴォスはヘレックスの頭に顎を乗せ、足をぷらぷらとしながら不満そうな声をあげる。

「ヴォス、あんまりバタバタうるさいと俺もお前振り落とすからな、じっとしてろよ」

眉間にしわを寄せるヘレックスに、随分強引な仲裁だとケイオンは思わず苦笑する。

「で、そんなことよりリーダーは? 誰か見つかったのか?」

「ターン? あぁ、ターンは向こうの方に歩いてったと思うが……」

テサラスの問いに、ヘレックスはシェルターの奥を見やる。 いつの間に変形したのか、大型の戦車がキュラキュラと音を立てながらゆっくりと奥へと進んでいるのが見え、4人はその後を追い始めた。 進むごとに、足元に散らばっている燃料缶が徐々に新しいものへとなっていく。 そして4人がターンに追いつくその直前、戦車は重厚な機械音を立てながら立ち上がる。

「ターン、何か見つかったか?」

ヘレックスがターンの肩越しに覗き込むようにして聞く。 テサラスとケイオンもそれに倣い、ターンが見つめる先を見やる。

「……こいつは」

そこには一人、小柄なトランスフォーマーが横たわっていた。 オプティックの輝きはほとんど失われ、消えそうにチカチカと瞬いている。 外傷はほとんどないが、断続的な排気音は浅く、今にも途切れてしまいそうだった。 ターンは膝をつき、ゆっくりとその体躯に腕を伸ばすと、そっと抱えるように抱き寄せる。 仮面の隙間から見える赤い光がスッと細くなり、安堵したようにゆっくりと息を吐き出した。

「……ターン、感極まってるのはいいけど虫の息だよその人」

そういうと、ケイオンはターンの脇腹をコツンと叩く。 ヴォスはひょいとヘレックスの肩の上から飛び降り、ターンの腕の中のトランスフォーマーを覗きこみ、顔や身体などをチェックした後、ターンに向かって何かを告げた。

「あぁ、彼女のスパークも今や風前の灯だ……いつ消えてもおかしくない。 すぐにエネルギーを補給してやらないと」

「でもエネルギー補給できるほど体力も残ってないみたいたぞ?」

テサラスの言葉に、ケイオンはため息を一つつく。

「じゃあ僕がやるしかないか……ターン、その人ちょっと下ろして。……僕の電撃は殺すためのものであって、生かすためのものじゃないんだけどな……調整が難しいんだよ、殺さないようにするのって」

ターンはそっと彼女を地面に寝かせる。ケイオンはペットの鎖をヘレックスに手渡し、その横にそっと膝をついた。 胸部のタービンが音を立てて回りだし、肩のコイルにバチバチと稲妻が走る。 ケイオンと彼女を囲んでいた4人は、余計な巻き込まれを防ぐように一歩後ろに下がった。

「失敗するなよ?」

「黙ってて。 本当に神経使うんだから、これ」

ヘレックスの茶々に鋭く返すと、ケイオンは彼女の胸部に両手を当て、大きく息を吸い込む。 そして一瞬置いて、ケイオンの肩に纏わりつく電流が激しく光り、両手から彼女の身体に電気ショックが撃ち込まれる。 と、生気のなかった彼女のオプティックに、急に光が灯る。

「……ッ!ケホッ!コホッ!」

「上出来だケイオン。 誰か、応急用のエネルゴンを持ってないか」

むせ返る彼女を抱き起こしながら言うターンに、ヘレックスがそっと船から持ってきていた小型の流動型のエネルゴンのボトルを手渡した。 ターンはボトルの蓋を開けると、そっと彼女の口元に持っていく。

「さぁ、飲みたまえ。 つらいかもしれないが、無理にでもエネルギーを摂るべきだ」

ターンはボトルを傾け、彼女の口にエネルゴンを流し込む。 彼女はゆっくりとエネルゴンを飲み込み、徐々に排気音も安定し、深いものになっていく。

「なんとか助かったみたいだな」

「あぁ、しかしすぐにでも船に連れて帰るべきだろう。 適切な処置をせねば、この努力も無駄になってしまう」

そういうと、ターンは彼女を抱き上げ、シェルターの外へと歩みだす。 まだぐったりとしている彼女は、薄くオプティックに光をともしながら、口を開いた。

「わ、私……私は」

「心配しなくていい。 もう脅威は去った。 もっともそれが幸か不幸かは、お前次第だろうが――名前は?」

「に……ニッケル……私の名前は、ニッケル」

ターンの問いに、ニッケルはか細い声で答えた。

「そうか、ニッケル。 もう安心していい」

「……あ、アンタらは……? アンタらは、私達を壊しにきたんじゃないの……?」

「ふむ……我々が奴らのような知恵の回らない連中のように見えるか?」

ニッケルの質問に、ターンは愉快そうに喉の奥でクックッと笑い声を上げた。 ケイオンとペット、ヴォス、テサラス、ヘレックスの4人と1匹は、ターンと歩みを揃えるようにしてシェルターの外へと足を向ける。

「我々はDJD――ディセプティコンの正義を司り、世界をかの方の理想郷へ導く者だ」

Phycho-killer【1ほか】-その2

∫∫∫

それから何回か、浅い夢とあの黒い世界を行き来した。僕とジルは積み木を使って何かを作ったり、絵を描いたり、一緒に本を読んだり、と僕にしては珍しく、子供らしい他愛もない遊びをして過ごした。遊び道具に関しては、僕らが「欲しい」と思ったものはいつの間にかそこに現れている、というような感じに不自由しなかった。なにより驚いたのは、彼女がチェスのルールを知っていたことだろうか。あんな小さな子供(という僕はそれより小さな赤ん坊なわけだけれども)がチェスをするなんて、初めての体験だった。しかもなかなか強くて、普段皆とやるチェスより、格段面白いものだった。
相変わらずジルに対して、僕の力はまったくといっていいほど及ばない。髪の毛を持ち上げたり、身体を浮かび上がらせたりすることはできるのだけれど、彼女の存在をどうにかしようとすると、その力は突然掻き消えてしまう。
一方で現実のほうもあわただしい。どうやらグレートが帰ってこないらしく、なにやら不穏な雰囲気が漂っていた。途中でたまたまこちらに帰ってきたジェットが加わってグレートを探していて、結局数日後にひょっこり戻ってきたみたいだった。はっきりとは聞き取れなかったけれど、何か得体のしれないものがあるらしい。ジェットは別の用があるとかで、後は4人に任せてまたどこかへ行ってしまったようだ。
そして、僕が眠り始めてからしばらく経った。
もうすぐ昼の時間がやってくる。そのときこの世界は、ジルはどうなってしまうのだろうか?
「ねぇイワン、あなたには家族がいる?」
ジルは地面に座り込んで積み木を積みながら、僕にそう話しかけてきた。
「…いないよ」
僕はそう答えると、ジルは悲しそうに笑ってこちらを見る。
「嘘。あなたには家族よりもっと大切な人がいるんでしょう?」
「…わかるならわざわざ聞かないでほしいな」
僕はそうぶっきらぼうに言って、積み木をふわりと浮き上がらせてジルが作っていた積み木のお城のてっぺんに乗せる。
「いいわね。ワタシにはいないの」
「いない?父親と母親は死んだのかい?」
「いいえ。ワタシには最初からパパもママもいなかったのよ。そしてお友達も」
ジルが積み木のお城の一番下の積み木を一つ抜く。バランスを失ったお城は、とたんに音を立てて崩れ落ちてしまった。
「ワタシはあなたがうらやましいの。どうしてワタシとあなたはこんなにも違うのかしら?」
「…違うのは当たり前のことだよ」
僕は崩れた積み木の一つに手を触れる。まだ握力のないこの手では、やはり積み木を積み上げることはできない。僕は溜息をついて、崩れた積み木を一気に浮かび上がらせて、またもとの位置に戻す。崩れたお城は、一瞬にしてもとの形に戻った。
「違うからこそ、僕らは仲間になれたんだもの」
少し力を抜くと、また積み木は崩れそうになる。見れば、抜き取った積み木はまだジルの手の中だ。僕はハイハイしながらジルに近づくと、つかまり立ちでなんとかジルの積み木に手をかける。
「でもあまりにも違ったら、誰もお友達になってくれないわ」
ぽた、ぽた。手に水滴が落ちる。驚いてジルの顔をみれば、その大きく丸い目から涙があふれていた。
「パパもママもいないの。誰もお友達になってくれないの。そんな世界いらないわ」
涙が落ちて、ジルと僕の足元に大きな水溜りをつくっていく。その水に触れて、崩れかけのお城は一瞬で朽ちていった。絵本も、クレヨンも、スケッチブックも、人形の家も、何もかもが一瞬で塵に変わる。やがて足元の水溜りは床一面に広がって、海のようになってしまった。まるで不思議の国のアリスだ
「…そんなこと言わないでよ、ジル」
僕はそっとジルの手に触れる。ぼろぼろの顔をしたジルと目が合った。
「世界がいらないなんて言わないで。僕には、僕らにはこの世界が必要なんだよ。守るべきこの世界が」
「でも、でも守っても、まだワタシみたいに不幸な子がいるかもしれないのよ?」
「そうかもしれない。でも僕達は君みたいな子達にも、幸せになってもらえるように努力するよ」
「じゃあ、じゃあ」
ジルはしゃくりあげながら、僕にこう言ってきた。
「ワタシと、ワタシとお友達になってくれる?」

∫∫∫

突然、乱暴に浅い眠りの世界に引き出されてしまった。
すりガラスの向こう側には誰もいない。ただ誰もいない部屋に、僕だけが残されている。僕だけを残していくなんて無用心だ…いや、でもきっとギルモア博士がいるのだろう。
しかし、今の僕にはそんなことより気になることがあった。
妙に胸騒ぎがする。ジル。ジルはどうなったのだろう?あの世界に戻りたい。何かとんでもないことが起きている気がしてならないのだ。
 戻れ、戻れ。
僕は目を閉じてそう念じる。しかし、あの世界に自分の力で飛び込むことは難しい。このままだと、僕は彼女に答えを出さないまま目を覚ましてしまうかもしれない。
それだけは絶対に、嫌だった。
 戻れ!
次の瞬間、突然世界がぐるりと反転した。


「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
最初に飛び込んできた耳をつんざくような大きな悲鳴に、僕は思わずたじろいでしまった。
「ジル!ジル!」
僕は必死に彼女の名前を呼ぶ。ジルを中心にして、ものすごく強い念波が竜巻のようにうずまいている。その渦に巻き込まれて、涙の海はどこかにふきとんでしまった。さらにはチェス盤の床も、その勢いでべりべりとはがれてしまっている。
「来ないで、来ないで!見ないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
ジルの叫びは大きくなり、念波の勢いもさらに増す。自分の立つ地面に大きなヒビが入り、僕はあわてて空中に浮遊する。竜巻に飛ばされたタイルをよけながら、僕はジルのすぐそばまでなんとか移動する。
「ジル!僕だ!イワンだよ!」
「イワン?イワン!いや、こっちにきちゃ駄目!ワタシを見ないで!見ないでよおおおおおおお!!!!!!」
ヒュン、と大きなタイル片が頭に向かって飛んでくる。僕はとっさにそれを避ける。タイル片はものすごい勢いで後方に飛び去り、地平の彼方に消えた。
「ジルッ!」
僕は大声で名前を呼ぶ。いつものようにテレパシーを使った「声」なのに、本当に喉を使っているかのような気分になる。
「イヤなの、こんな姿に私は生まれたくなかったの!だからパパもママもワタシを嫌いになったの!だからパパもママもいらない!この世界もいらない!ワタシを嫌う世界なんて、ワタシを必要としてくれない世界なんて!」
その言葉に乗って、僕の頭に直接感情の波が押し寄せる。膨大な量の感情に、僕は頭を抑えてもがく。
頭が割れそうだ…僕の頭の容量を凌駕する、悲しみ、憎しみ、怒り…そして寂しさ。それと一緒に、ジルの記憶がまるで走馬灯のように駆け巡る。
何故彼女はこうなってしまったのか、その答えが、僕の頭の中に稲妻のようにきらめいた。
「っつあ?!」
飛んできたタイル片をもろに受け、全身に衝撃が走る。僕の小さな身体は吹き飛ばされてくるくると空中で回転する。
止めないと。僕はそう心に叩き込むと、身体を空中で立て直し、竜巻の真ん中で泣き叫ぶジルに向かって一直線に飛び込んだ。
タイル片が身体の真横を掠めていく。それだけで僕の薄い皮膚からは血がにじむ。当然だ。僕の身体はあくまでまだ人間なのだ。他の8人のように強くはない。いくら超能力が使えたところで、一人では何もできないのだ。
けれど、僕は彼女を救いたいと思った。
夢の中で出会った、なんの接点も無かった彼女を。
「ジルッ!」
僕はぎゅっ、とジルに抱きついた。
「…イワン…?」
急に、風の音がやんだ。あれほど殺意を持って飛んできていたタイル片は、その勢いを失い、静かに地面に崩れ落ちた。
「ジル、僕は君の正体を知ってる。でもね、僕はジルのことを嫌だと思ったことなんてなかったよ…少なくとも、この15日の間には」
ジルの両手が、ぼくの身体に触れる。
「僕は、君と友達だよ。今なったんじゃない。出会ったときから、ずっと君が好きだよ。」
「ほん…とうに?」
「僕は嘘はつかない」
それくらい君ならわかるだろう、と僕はそっとジルの頬に手を伸ばす。涙に濡れた頬が冷たい。
「…そうね、あなたに嘘は見えないわ」
ジルはふわりと笑顔を見せる。どこか悲しげで、寂しげで、今まで見たことない笑顔に、僕は困惑する。ジルなら、泣いた後もいつも満面の笑みをうかべるのが普通なのに。
「ありがとう、イワン。あなたのおかげで、最後にとても幸せになれたわ」
「最後?最後じゃないよ。これからも―」
ガコン、と黒い空にヒビが入る。そこから一筋の、まばゆい光がこの世界を照らした。
「いいえ、お別れなのよ、イワン。ワタシはもうおしまいなの」
その光は、スッとジルの身体を包み込む。そしてその光に導かれるように、ジルの身体は空中に浮かび上がる。僕の身体は逆に、地面に吸いつけられるように落ちていく。
「さよならイワン。また会えたら会いましょう?」
そう笑って、ジルは空を見上げ、満面の笑みを浮かべた。
「そこにいたのね!パパ、ママ!」

∫∫∫

「!!!!!」
僕は目を覚ました。
「あら、イワン。起きたのね?」
「本当だ。おはよう、イワン」
「おーおー、今更起きたのかイワン。遅かったな」
「おいおい、そういう言い方は良くないんじゃないか?」
フランソワーズとジョーは僕の乳母車を覗いていて、そしてグレートとピュンマはテーブルの椅子に座ってこちらを見ている。
「…おはよう、みんな」
「あら、元気がないわね。お腹がすいたの?」
「ううん、違うよ…いや、お腹は空いてるかな」
「もう、どっちなのよ!」
僕の変な返事に、フランソワーズが思わず笑い出す。つられて他の3人からも笑い声が上がる。
「…やめてよ皆」
「いやぁ、ごめんごめんイワン。そろそろ目が覚めると思ってたからミルクはもう作ってあるよ」
ジョーはミルクの入った哺乳瓶を軽く振ってみせる。フランソワーズはそれを受け取ると、僕を抱き上げる。
「イワンよぉ、お前さんもうちょっと早く起きてくれたら助かったんだけどなあ…ま、なんとかなったけどなー」
僕がミルクを飲んでいると、グレートは椅子の背もたれにあごを乗せてそうぼやく。
「ま、俺も同意だな…」
「何かあったのかい?」
「あぁ、お前が寝てる間にいろいろあったんだぜ、イワン」
ピュンマはそういって、この事件のいきさつを僕に話し始めた。

連続通り魔事件。
最近この付近で、謎の通り魔事件が発生していた。
犯人は不明。凶器も不明。鋭利な刃物で切ったような跡にも見えるが、調べてみると「切られた」というより「裂けた」ような傷跡の形状。被害者によっては首筋や腹など致命的な部位への傷もあり、最悪死に至ったケースもあった。

「で、私達が調査に乗り出したの」
「こういった小さな事件も、できれば力になりたいからね」
と、フランソワーズとジョー。
「んでまー、その被害が起きた地域の真ん中にこれまた怪しい森があってな?俺が偵察に行くことになったんだが…」
グレートは髪のない頭をかきながら複雑そうな表情をした。

グレートが偵察に出て、数日間連絡がとれなくなってしまった。総出で捜索して見つけられなかったのに、数日後ひょっこり戻ってきた。それは、僕もすりガラスの向こうから見ていた。
しかし、グレートいわく「夕飯までに戻ってきたつもりだった」のだという。

「つまり、自分の体感時間と実際の時間がずれていた、そういうことかい?」
僕がそう聞くと、グレートはいっそう難しい顔をする。
「いや、そうじゃなかった。あの森に入ってすぐにカラスからこの姿に戻ったんだ。それで一人でいろいろ調べてたんだが、何も見つけられなくてな。空の色が赤くなってきたなーと思って戻ってきたら、何、俺が出てから二日も三日も経ってたんだ」
「探索に夢中で気づかなかった…とかは?」
「それはないと思うがなぁ」
ピュンマにそう聞かれ、グレートは神妙な面持ちで言う。グレートの言うとおりなら、あの森の中と外で、時間の流れ方が違うのだということになる。だが、それは本来の科学の力じゃなせない業である。

なんにせよ、あの森に何かがあるとわかった戦士たちは、毎日その森を見張るようにした。
その森は見た目はただの森だが、近づくとなんともいえない雰囲気が漂っており、木は少ないのに妙に薄暗く、陰鬱な気持ちにさせる森だった。
その森には少し前、ナントカという金持ち夫婦が住んでいたらしいのだが、ある日その二人は事故で死んでしまい、それ以来その森は手を入れられることもなく放置されていたのだという。
その頃通り魔事件は、息を潜めたようにやんでいた。しかし、人々の心は不安と恐怖でささくれて、おびえて暮らす毎日だった。
そして、昨日。
その森に異変が起こった。

「森のど真ん中に、それはでかい屋敷が出現したのさ!」
「そう、そしてそこに向かって伸びる細い道もね」

4人はその道をとおり、屋敷の中へと侵入した。なんの変哲もない洋館で、特に怪しいところはなかった。
そこで、フランソワーズが透視能力で屋敷全体を覗こうとした瞬間だった。

「突然、強力な念波に襲われたの。孤独感、悲しみ、怒り、憎しみ…そして強い拒絶の心。そんな感情が私達の頭に突然広がって…」
目を瞑り、唇を噛むフランソワーズ。よほど怖かったのだろうか、表情がみるみるうちにこわばっていく。そんなフランソワーズを勇気付けるようにジョーが肩を抱き、続きを代わりに話し始める。
「とにかく、相手は強力だった…僕達は身動きもとれず、ただ苦しむことしかできなかった」
「つまり、相手は僕と同じエスパーだったの?」
「わからない。たぶんそうなんじゃないかな…何せ僕らは何もできなかったんだ。僕が加速装置で意識をずらしても、それでもその力は僕を蝕んできた…でもしばらくして、突然その念がフッと消えたんだ」

その力から解放され、ジョーはすぐに三人を助け起こした。しばらく様子をみていたが、それ以上なんの異変も起こらない。そしてフランソワーズの透視から、その屋敷に地下室があるのがわかり、四人はそこへと降りた。

「そして、そこには…」
ジョーはそこで口をつぐむ。悲しそうに目を伏せ、頭をふるジョーに、グレートは仕方ないと肩を叩く。
「窓もない、明かりもない。そんな部屋にいくつか置かれた女児向けのおもちゃ。そしてそれと一緒に、椅子に座った老婆の死体がそこにはあった。…ぞっとしない話だろ?」
フゥ、と溜息をつき、こちらを見て片眉を上げるグレート。
「おそらくここが事件の鍵を握る…そう思って、俺達はその部屋を捜索した。でも、結局怪しいものは何も見つからなかったんだ」
ピュンマは腕を組み、眉間にしわをよせて得心いかないとばかりに言う。
「だが、あそこには何かがあったんだと思う。あんな地下に老婆とおもちゃ、どうにも普通のこととは思えないんだ」
「だよなぁ、だってよ、こんな日本だってのに、そのばあさん外国人だったんだぜ?」
「…外国人?」
僕は一人、思い当たる人物が頭に浮かぶ。
「あぁ、色はもう落ちてたが、髪は元は金色だったろうぜ。目は青色で、綺麗なドレス、わりと整った顔立ちだった…たぶん若い頃は美人だったんじゃねぇの?まぁ、我輩には死体とか老婆とかそういう趣味はないがなぁ…」
金髪、碧眼、綺麗なドレスを着た女性、それは、それはまるで―。
「…それはたぶん、老婆じゃないよ」
僕はぽつり、とつぶやく。
「は?何いってるんだイワン。ありゃどうみても…」
「彼女に名前はない。ゆえに世間には認められていない存在。年齢は…きっと5歳から6歳とかかな…彼女はジル。きっと、この事件の犯人だよ」

∫∫∫

森の中に佇む、人気のない廃墟。その地下に隠された真っ暗な子供部屋。アスファルトで塗り固められた無機質な部屋の壁には、クレヨンで意味の分からない落書きが一面に施されている。足元に散らばっているのは、積み木や人形の家、ままごとセット、クレヨンとスケッチブック、そして絵本。あの夢の中に見たものと、汚れ具合や壊れ具合を除けば全く同じだ。
「なぁイワン、俺はまだ信じられんぞ?あの女がまだ子供?どうみてもしわくちゃの婆さんだったぞ?」
「そうだね、見た目はそうだったんだろう」
納得できないとばかりに腕を組んで壁にもたれるグレートに、僕はフランソワーズの腕に抱かれたまま溜息をつく
「ジルは生まれたときから、両親に疎外されて生きてきた。本来なら純粋な日本人なんだろうけど、突然変異したその体色は両親を混乱させるのに十分だったと思う」
ジョーは悲しげに目を伏せる。きっとハーフであると蔑まれた経験があるだけ、この苦しみを理解できるのだろう。
人間は、自分とよく似たものを生理的に拒絶する。また、ある一定のパターンの中に違うパターンのものが出てきたときもそれを嫌がる性質がある。僕たちサイボーグが人間に受け入れられないのも同じ。彼女も同じだったのだろう。
「他人と接触できず、あるのは家族との最低限の会話。けど、彼女はその閉鎖世界のなかで不思議な力に目覚めた。そして、彼女への感情は『疎外感』から『忌憚』になってしまった。そして彼女は、彼女を生んだ実の両親によって、この地下室に閉じ込められた」
「…まるで知ってるようにいうんだね、イワン」
「…知ってるんじゃないよ、分るんだよ」
ジョーの言葉に、僕はいつもどおりそう答える。
「彼女の孤独感はますますその力を助長することになり、ますます家族から忌み嫌われた。名前もなく、愛もないその生活は、さらに彼女の心を蝕み、消耗させていった。そしてあるとき、彼女はその力で両親を殺してしまった…勿論、表向きは事故となっているけれど。そして一人になった彼女は、やがて世界自体を否定するようになってしまった」
そして、今回の通り魔事件が起きたんだろうね、と僕はちらりと部屋の真ん中にぽつりと置かれた椅子を見ながら呟く。
「じゃあ、何故あんな姿に?」
「きっとその力の反動だよ。超能力は精神の力だ。それを使えば使うほど、精神はエネルギーを消耗し、それが身体に反映される。僕は逆に歳を取らない訳だけれど…超能力なんて僕でも解明できた技術じゃないんだから、詳しい事は言えない。データ不足だ」
ピュンマの質問に答える僕の言葉に、フランソワーズが僕を抱きしめる腕に力がこもる。彼女の心から、憐憫、同情、悲しみ…そんな感情がまるで洪水のようにあふれて、僕の心の中に流れ込んでくる。
僕には知識はあるけれど、まだ感情は完成したものではない。こうやって皆からの刺激を受け、僕の心は少しずつ成長していくのだろう。でも、ジルは違った。一人でこの椅子に座りながら、ジルはずっと外の世界を憎み続けていたのだろう。そしてその思いが彼女の力となり、外の人々を傷つけていった。
そのまま1人で、孤独に生き、優しさを、愛を、絆を知らず生きた彼女。そんな彼女を生み出してしまった世界は、果たして平和と言えるのだろうか?
ただ戦争が無くなって、世の中から武器がなくなっても、こういう小さな人々まで救えたことにはなるのだろうか?
分からない。僕には。
「…そうならば、イワン」
ジョーが口を開く。
「一つだけ、気になる事があるんだ」
「なんだい?」
「彼女はずっと1人で、生きている中で楽しいと感じた事は一つもなかった。そういうことだよね」
「…そうだよ」
「でも彼女―君の言うところのジルはね」
ジョーが顔を上げ、僕の目をまっすぐ見ながら言った。
「笑っていたんだ」
僕はジョーの言葉に、思わず目を見開いた。
「最期に幸せそうに、笑顔を顔に貼り付けたまま、死んでいた」
「…そう」
きっと幸せな夢でも最期に見てたんだよ、と僕は床に落ちているスケッチブックを見る。そこには金髪の女の子と、小さな赤ん坊が一緒に遊んでいる絵。
「…さぁ、謎も解けたところで、僕達も帰ろうか」
救えるかどうかじゃない。僕達が救えばいい。そんな思いを胸に抱きながら、僕達は暖かい僕らの家へと向かった。

Phycho-killer【1ほか】-その1

眠る。
僕にとっての一日は、本来の時間での30日に匹敵する。赤ん坊である僕は、だいたい半日は眠っている。つまり、このうちの15日は眠っている。
しかし、だからといって外界から僕がシャットアウトされているわけではない。眠る僕の意識に、現実は様々な形で流れ込んでくる。普通の人間が「レム睡眠」と呼ばれる眠りをとっているとき、僕はその現実を断片的に捉え、夢としてビジョン化する。
では、「ノンレム睡眠」のときはどうなのだろう。実のところ、僕だって自分の脳の全てを把握しているわけではない。テレパシー、サイコキネシス、テレキネシス、テレポート…この能力は最初から使うことができたわけではない。仲間との関わりを通し、少しずつ手に入れたものだ。この力の限界は知ることができても、どのような仕組みで、というのは僕自身もはっきりとは分かっていないのだ。…話を戻そう。僕の「ノンレム睡眠」は、またこれも「夢」を見せてくれる。ただ「レム睡眠」のときと違い、もっと抽象的であやふやなものである。これが時たま「未来」を見せてくれたり、「過去」を見せてくれたりすることもあるのだが、そこに法則性を見出すことはできない。
今日は僕の、そんな夢の話をしたいと思う。
僕しかいないはずの精神世界、そこで出会った少女の話を。

∫∫∫

「あなた、あなたがイワンね!」

そんな声が聞こえた気がした。
僕は今、「レム睡眠」の夢の中にいる。どちらかといえば現実に近い、浅い夢の中だ。
「…だ…が…」
「しかし…は…であって…」
サイボーグ戦士たちの声が途切れ途切れに聞こえる。今日は感度が悪い。聞こえるときはもっと、鮮明なラジオを聴いているかのように聞こえるものなのだが。
「…に…は…」
「さっそく…ってみ…」
どうやらまた何か事件があったらしい。なにやら雰囲気がピリピリとしている。でも残念ながら今回の事件は力になれそうにない。僕が眠り始めたのは昨日。もう二週間ほどは、ただ眠り、普通の赤ん坊としてしかいられないからだ。
「…気をつ…もし…」
「大丈…フラン…」
どうやらジョーをフランソワーズが心配しているらしい。まったく、相変わらず仲がいい。二人を見守るのは、僕としてもなかなか面白いことなのだ。まぁ、今日の出動はあくまで調査目的であるらしく、すりガラスを張ったようなビジョンにうつる姿は、皆私服姿である。フランソワーズも心配性だなぁ、そう僕は肩をすくめた。勿論、肩をすくめるような筋肉はまだついてないから…あくまで気持ちだけである。
とぷん。
水がゆれる音がした。
どうやらレムとノンレムの交代時間らしい。ゆっくりと身体が水底に落ちていくような感覚に襲われ、僕はゆっくりと「意識」の目を閉じる。徐々に周りを囲むぼやけた現実の像が暗くなり、しばらくするとあたりは真っ黒に塗りつぶされる。どちらが上か、どちらが下なのか分からなくなってきた頃、自分の頭の方に一つの光が見えた。僕の身体はそちらに向かって、ゆっくりと泳ぎだす。光はどんどん大きくなって、僕はそこに吸い込まれるように落ちていった。
ふわふわ、ふわふわ。
僕は途中でくるりと宙返りを打って、落下する方向に足を向ける。別に上も下もないのだからそんな必要はない。だがなんとなく、自分の直感が「そうせよ」と命令する。こういうときは直感に従うべきだ。そういうことは今まで散々味わってきた。計算では予測できない未来だって、この世界には存在する。
「…っと」
足の先に地面のように硬い感触を感じ、僕はゆっくりとそこに降り立った。
ここはどこなんだろう、と僕はきょろきょろと辺りを見回す。濃い霧がかかったような世界は、どこを見ても真っ白だ。…もしこれが「予知」ならば、この先の僕達の戦いに関わる大切な事柄かもしれない。これが誰かの「過去」だとしたら、それはそれで相手を理解するのに重要になってくる。そう思って、僕は目を閉じて意識を集中させる。
霧よ、晴れろ。
「う、あ」
すると、突然突風が巻き起こった。あまりに強い風に、僕は思わず声をあげる。風は渦を巻いて、少しずつ世界が形を現していく。そしてもう一度目を開くと、先ほどとはまったく違う光景が広がっていた。
「…?」
床はチェス盤のように白黒のタイルで敷き詰められている。その床はどこまでもどこまでも続いていて、はるかかなたに地平線が見える。そこに接する空は黒く、どこを見ても星のひとつも見つからない。僕の周りには無数のおもちゃ…積み木、人形の家、ままごとセット、クレヨンとスケッチブック、絵本…と、幼児向けのものがたくさん散らばっている。
…ここはどこなんだろうか。少なくとも過去や未来ではない。だとしたら自分の精神世界なんだろうか?いや、ここに散らばっているおもちゃは全部女の子向けのものだ。ならばいったい…
「あら、意外と小さいのね」
突然後ろから声が聞こえ、僕はびくっと身体を震わせる。
「ねぇ、ワタシあなたの名前分かるわ。イワンでしょ?」
名前を呼ばれ、僕はふわりと身体を浮き上がらせて後ろに向き直る。
「…なんで僕の名前を知ってるの?」
「知ってるんじゃないわ、分かるの」
うふふ、とその人形のように綺麗な少女は青い目を細めて笑った。

∫∫∫

気づいたらまたレム睡眠に戻っていた。
今の夢はなんだったんだろう、と僕は首をかしげる。何かの未来を暗示したものだったのだろうか?それとも自分が作り出した幻なのだろうか。
そう考えていると、すりガラスの向こうにジョーとフランソワーズ、それにグレートとピュンマの姿が映る。
「…は…った?」
「いえ…も…ないの…」
「…か…」
まだ事件は続いているらしい。本当なら今起きだして何か協力できたらいいのだけれど、そういうわけにもいかないのが僕の力の困ったところだ。
「…なら…の屋…し…」
「でも…幽…って…」
「…には…があって…」
「とにかく…7…かな」
「…ねぇ…ってき…」
そんなことを話しながら、グレートがでべそのスイッチを押す。ぐにゃりと輪郭がゆがみ、すとんとグレートが着ていた服が地面に落ちる。そしてその服の山がもぞもぞ動いたかと思うと、そこから黒い色をした何かが顔を出す。そして何か喋った後、開いている窓から飛び出していった。きっとカラスに変身したんだろう。調査に出るなら、どこにでもいるカラスはなかなか立ち回りが楽だ。
フランソワーズが心配そうにその窓を覗き込む。
「…さ…ートなら…」
「そうさ…つの…」
そんなフランソワーズの肩に、ジェットとピュンマが手をかける。心配しなくていい、そんなようなことを言っているに違いない。
それにしても、相変わらず音がはっきりと聞こえない。視界も確かに悪いが、聴覚はもっとおかしい。何かに干渉されている、そんなような感じだ。
とぷん。
また、水音が鳴った。
今度は突然すりガラスが割れるように崩れ、その向こうからまたあの黒い世界が顔を出した。
「…ねぇ、イワン」
気づくとまたあの少女が僕の横に立っていた。
「…なにかな」
僕は慎重に言葉を選んで答える。夢の中で誰かと会話をするなんて初めての体験だ。これから何が起こるか、わかったもんじゃない。
「あなた、どうして赤ん坊なの?」
「そりゃあ、僕は赤ん坊だもの」
勿論こういうこともできるけど、と僕は宙返りを打つ。その間に、自分が大人になった姿を想像する。年齢は…だいたいジョーと同じくらいの18歳くらい。そして少女を見下ろすくらいの姿に成長してみせる。…ここは僕の夢の世界だ。基本的には、僕はこの世界ならなんだってできるのだ。
「でもやっぱり自分の本来の姿が一番楽だよ」
そういって、今度は瞬きする一瞬のうちに赤ん坊に戻る。
「そうね、分かるわその気持ち」
うふふ、とその子は金髪の巻き毛を揺らして笑う。
「そういえば君の名前を教えてもらってないよ」
「あら、あなたなら分かるでしょう?」
そういわれ、僕は少し困ってしまった。実は先ほどから、この子の心を読もうと何度も試みている。しかし何故か、この子からはどんな感情も読み取ることができないのだ。やはりこれは僕の夢の中だからだろうか。でも、この子に、例えば「消えろ」と念じたところで、この子はただ笑顔を見せるだけだ。この少女は僕の夢の産物ではないのだろうか?
「そんな難しいことじゃなくってよ?」
その心を読んだかのように、彼女は僕に言う。
「実はねイワン。ワタシには名前がないの」
「名前がない?」
「ええ。名前がないのは存在していないのと同じこと。あなたでも、存在しないものを読み取ることはできないでしょう?」
僕は妙に納得してしまう。確かに僕でも、空気の心を読み取ることはできない。
「でもそれじゃあ不公平だね?」
「そうね。あなたに名前があるのにワタシに名前がないなんて」
「君をなんて呼んだらいいか分からないよ」
「じゃあ、あなたがつけてよ。ワタシの名前を」
そう言われ、僕は少し考え込む。何かに名前をつけるのは、ギルモア博士の専売特許だ。…まぁ、あの帆船に「イワンのばか」とつけたのは少し解せないけれど。
しばらくして、僕は顔をあげてその子を見る。
「…ジル、ってのはどうかな?」
「ジル?」
「うん。日本で言うなら『花子さん』かな。いわゆる『名無しの権兵衛』ってやつの女性版だね」
まぁ、と少女は手をあわせて顔をほころばせる。
「ステキね。じゃあワタシは今日からジルになるわ!」

飛翔論【93←2】

頭上に広がる青が、徐々にこちらに迫ってくる。生命の息吹の無い宇宙空間の冷たさが、摩擦の熱に溶かされていく。
腕の中で涙を流すジョーに、俺は心配ないさと笑ってみせる。
絶対にお前だけは死なせない。死なせてはいけないんだ。たとえ自分が犠牲になったとしても。そう心で呟いて、彼を抱く腕に力をこめる。きっと俺は死ぬ。でも自分が犠牲になれば、絶対にこいつは無事に地上に辿りつける。
…もうあれ以上、フランソワーズを悲しませないでくれよ、ジョー。アイツを守れるのは、お前しかいないんだから。
視界が炎で赤く染まっていく。身体の中の機械が悲鳴をあげる。でもこれでいいんだ、と自分に言い聞かせ、ボンベの中の酸素を肺一杯に吸い込んで、音の無い宇宙のなかで声高らかに叫んだ。
「ジョー!きみはどこにおちたい?」


……………
…………




「っは!?」
肺に新鮮な空気が流れ込み、意識が急浮上する。突然眼球に差し込む強烈な光の洪水に、思わず目を細める。目をずっと閉じていたから、急な明るさの変化に対応できないのだ。しばらくすると光は弱まり、徐々にギルモア研究所の見覚えのある天井が目に映った。
「…ジェット?ジェット!気がついたのか!」
仲間の声に名前を呼ばれ、ジェットはそちらに首を動かす。真横になった視界の端で、ピュンマが泣きそうな顔で笑っていた。
「…ピュンマ?」
「よかった…よかった!待ってろ、みんなを呼んでくる!おーい!みんなー!ジェットが目を覚ましたぞー!」
ピュンマはドアを開け、研究所、そしてそこに繋がって建つジョーの家全体に響くような大声で叫ぶ。耳にキーンとくるよな大音量に顔をしかめ、ジェットはぼやくように言う。
「ピュンマ、お前少しは加減しろよ…っていうか脳波無線を使ったらいいんじゃないのか?」
「…あぁ、それもそうか。悪い悪い…ついうれしくてね、何せかれこれ何日も眠りっぱなしだったからさ…!」
照れたように笑うピュンマ。しょうがねぇやつだと溜息をついた瞬間、
『あいやぁー、本当アルか!』
『そりゃめでたい!今日は全快パーティか?!』
『おいおい、それはまだ早いだろ』
と、今度は無線装置にいっせいに声がなだれ込み、思わずうめきをあげる。
『…お前ら、無線を使うのはいいけどいっぺんに話すなよ…あと無線じゃなくて直接言え』
『わかってるアル!今ご飯作ってるとこだけどちょいと火止めて飛んでくアル!』
『俺もすぐにいく。待ってろ!』
『では我輩も…っとっとぉ?!熱ッ!』
『グレート、お前紅茶でも飲んでたのか?気をつけろよ!』
騒々しい無線機に、思わず頬がほころぶ。久しぶりに聞いた仲間の声に、また平穏な日常が訪れたのだとほっと胸をなでおろす。と、
「それだけいえりゃあ、十分元気みたいだな?」
ぱんぱん、と頭を硬い手で叩かれた。首を回しそちらを見れば、ハインリヒがベッドの脇に置かれた椅子に座ってこちらをのぞきこんでいた。
「…おはよう、あとはおかえりだな」
「…ただいま」
フッと笑うハインリヒに、つられてジェットもニッと笑う。まだ身体は痛むが、笑顔を浮かべられるくらいには回復している。
「ったく、一時は本当にどうなるかと思ったぜ。目が覚めたら001に礼を言えよ?」
「001?」
「ああ、お前さんと009が大気圏に突入した直後にアイツがテレキネシスを使ってな。二人の身体が燃え尽きる前に地上まで運んでくれたのさ」
「ま、おかげでイワンはずっと眠りっぱなしだけどね」
ピュンマはハインリヒにつけくわえるように言う。それはそうだろう。総統からの攻撃を阻み、ヨミから全員を『抱えて』脱出、さらにジョーを総統の内部へと送り込んだのだ。それだけでもイワンの精神力には大きな負担をかけたに違いないのに、最後にもう一度こんな大仕事だ。もう数ヶ月は起きられないかもしれない。
「…あいやぁー!けっこうジェットも大丈夫そうアルことネ!本当に今夜は全快パーティになるアル!」
そんな声と共に入ってきたのは張々湖だ。それに続いてグレート、そしてジェロニモも部屋に顔を覗かせた。
「いやー、まったく奇跡だねこりゃ!もう二度と目を覚まさねぇんじゃねぇかと心配してたんだぞ?」
「そうだな、イワンの助けがあったとはいえここに来たときにはもう瀕死の状態だったからな」
口々に言う仲間達を見回し、ジェットはヨミでの戦いを思い出す。自分だけじゃない、皆が同じくらいに深い傷を負っていたはずだ。
「…お前ら、身体は大丈夫なのか?」
「大丈夫も大丈夫!ちーとも問題ないアル!これもギルモア博士のおかげアルね!」
張々湖は胸を張ってそう答える。得意げな鼻から一筋、小さな炎が上がる。
「おいおいジェット、人の心配してるのか?お前が一番重症だったんだぞ?」
「そもそも、あれからけっこう経ってるしな。お前どんだけ寝てたかわかってるのか?」
そういって苦笑するピュンマとグレート。元気そうな仲間の様子にほっとした表情を浮かべるジェット。しかしすぐに、ハッと目を見開いて上体を起こした。
「そうだ、ジョー!ジョーはどうしたんだ!アイツ…アイツは無事なのか…ッ」
身体の痛みに顔をしかめるジェット。
「おいおい、無理しなさんな!まだ身体は治ってないんだからな!」
ジェットの肩をつかんで無理やり寝かせようとするハインリヒの腕を、ジェットは乱暴に払う。
「俺なんかはいい!ジョーはどうしたんだよ!」
「ジョーなら無事だよ。君より先に目を覚ましてる」
「だーから、さっきピュンマ言ったアル!ジェットが一番重症だったアル!」
「そういう大人は一番軽症だったけどなー!」
「何言うアルか!グレートだってかなり傷浅かったアルことヨ!」
「なっなにゅをぉぉ〜!!俺はちゃんと賢く戦ってたの!隠れてた大人とは違うんだよぉ!」
「はへぇ?!わて逃げたり隠れたりしてないコトよ!そーゆーグレートはんこそ、変身して隠れてたんとちがうアルか!」
「おいお前ら、いい加減にしとけ」
いつものように喧嘩を始める張々湖とグレートを、ハインリヒは呆れたような声で叱る。ジェロニモも同感なのか、二人の間にすっと手を伸ばし、ぐいっと突き合わせた頭を引き離す。
「わっとと…あいた!」
「アルルル…」
その勢いで張々湖とグレートはバランスを崩し、すてんとしりもちをつく。
「喧嘩はよくない」
「ケッ!わかってらー!」
「ちょっとした冗談アルよ!」
「…ジェットがジョーの身体をかばうように落ちてたんだ。ジョーは君より火傷が浅くてすんだんだよ」
そんな漫才は置いておいて、とピュンマはジェットにそう説明する。
「そもそも耐久性能は君よりジョーのほうが上だからね」
「…ジョーはどうしてる?」
「お前と同じでまだベッドの上さ。アイツはヨミでの傷に加えて総統との戦いもあったからな…今はフランソワーズが看病してる」
ハインリヒの説明に、ジェットはホッと溜息をつく。
「…そうか、そりゃよかった」
「そうだ、だから安心して休んでろ。ギルモア博士が直してくれたとはいえ、まだ完全には回復していないんだ。体力だってかなり消耗してるはずだぜ?」
確かにまだ身体は重たい。全身の痛みは、まだ各所に治療の終わっていないパーツがあるからだろう。普通の人間と違い、サイボーグの身体は傷がついても自己回復しないのがつらいところだ。
「…あー、安心したらまた眠くなってきたぜ」
ふああ、とジェットは欠伸を一つ。
「…また飯になったら起こしてくれよ」
次に起きたときには、少しは体力も回復しているだろう。それに張々湖の飯があるとなれば、元気ももりもり沸いてくるというものだ。そう考えて、おやすみ、とジェットはベッドにぼすっと倒れこんだ。
「…おい、それは待てジェット」
ハインリヒの低い声に、ジェットはぱちっと目を開ける。それから不機嫌そうにハインリヒのほうに目をむけ、面倒くさそうな声をあげる。
「…なんだよ、ケガ人は寝てたほうがいいんじゃねぇのか?」
「まぁそれもそうだがよ、ジェット」
「じゃあ寝かせろ。おやすみ」
「だから、少し話があるんだ」
「…」
ちらりと他の仲間のほうを向けると、全員こちらをものいいたげな目で見ている。…これじゃあ話を聞けと強要されているようなものだ。ジェットは小さく舌打ちすると、ハインリヒのほうに向き直る。
「…いいよ、聞いてやるぜ」
「そうか。それならありがたい」
そういいながらハインリヒは椅子から立ち上がる。
「じゃぁまずは…」
ぐっ、と右手を握り締めると、
「歯を食いしばれ」
バキッ。
拳が風を切る音とともに、金属が頬にめり込む痛々しい音があがった。
「ッ?!」
「!」
「な!」
「アル?!」
「ハインリヒ?!」
これは見ていた4人も予想していなかったらしく、全員が驚きの声をあげる。すぐにジェロニモの大きな手が飛んできて、とハインリヒの右腕をつかむ。ハインリヒは大きく息を吸い込んで、荒れた呼吸を整える。それからジェロニモの手にそっと左手を重ね、顔を見上げて小さく謝罪の言葉を漏らす。
「…すまん、もう大丈夫だ、もう殴らない」
「駄目だ、信用できない」
「…俺を信じてくれ」
「…」
ジェロニモはそっとハインリヒの腕を離す。服の上からでも分かるくらいに凹んだ腕を見て、ハインリヒは、
「力をいれすぎだ、ジェロニモ」
と苦笑する。博士になんて言えばいいんだ、と嘆きの声をあげる。…まぁ、さすがに「喧嘩をした」とはいいづらいものである。
「…なんのつもりだよ、004」
ケガ人を殴るなんていい度胸じゃねぇか、とジェットは身体を起こす。身体は痛むが、それより今殴られたことへの怒りがそれを押さえ込む。鋭い目で睨むジェットに、ハインリヒは視線を戻す。
「別に。これはここにいる皆の代弁だ」
「は?ふざけんじゃねぇよ。全員が俺を殴りたいなんて思ってるわけねーだろ」
「そうだな、そうだろう。でも全員がお前に対して何かしらの感情をいだいているのは確かだ」
ぎらり、とハインリヒの目がジェットを睨む。そこに湛えられた怒りの炎に、ぐっとジェットは身じろぎする。他の4人はそこまで強くはないとはいえ、ひしひしと怒りとも悲しみともいえない感情が伝わってくる。
「一つ聞こう、002」
「…なんだよ」
「お前、死ぬ気だったな」
「…な」
なんでそれを、と言いかけた言葉をぐっと飲み込むジェット。
「…なんでそんなこと言うんだよ」
「図星だな」
「…そんなこと俺が考えてたなんて保証はないだろ!そんなのお前の勝手な妄想だ!」
「そうか?じゃあお前が考えていたことを全部教えてやる」
「あぁ言ってみろ!言えるもんならな!」
「…お前の考えてることなんざすぐ分かるさ」
ハインリヒはそう溜息混じりに言う。黙って天井を見上げ、間をおいてからハインリヒはジェットを横目で見ながら話し始めた。
「お前、フランソワーズのことが好きだったんだろう?」
ウッ、とジェットは言葉を詰まらせた。
「そ、そりゃあお前らだって…仲間として、みんな003のことが好きだろ?」
「ああ、そうだな。だがそうじゃない…俺はそんな意味でなんて言っていない」
揃いも揃っておんなじような答え方しやがって、とハインリヒは頭を振る。
「最初は庇護感情、そして次は恋愛感情だ。それでずっと、何年も思い続けてきた」
「…」
「違うか?違うなら違うと言え。今すぐ俺は黙ってやる」
「…いいよ、続けろよ」
ジェットはうつむいて続きを促す。シーツを握る手に力をこめるのをハインリヒはちらりと見、そしてまた口を開く。
「そりゃあそうだ、初めての仲間、歳は近い、しかもかなりの美人だ。惚れないほうがおかしいだろう…だがお前は自分と003はつりあわないと考えた」
そう言ってから、ハインリヒは口をつぐむ。そしてちらりとジェットの目を見て、また続きを話し出す。
「…お前を悪く言うつもりはない。だが荒んだ世界で育ったお前と、改造されるまで幸せに生きてきた003だ。俺がお前なら、俺だってそう考えるさ…。お前はフランソワーズをあきらめていた…だが、そこにジ009が、似たような境遇を持つジョーが現れたんだ。そしてフランソワーズは、そんなジョーを選んだ」
「…ああ」
アメリカのスラムに育ったストリートギャング、そしてハーフと蔑まれ育った孤児。生まれも時代も、それを取り巻く環境は違えど、一般的な視点から見たらそれは大差ない。どちらにしても、大抵の人はそれを疎い、関わろうとはしない。そう考えれば、ジェットとジョーには何も差はないのだ。
「最初は嫉妬しただろう。今までずっとそばにいた自分ではなく、突然現れた、しかも自分より経験が浅い奴に奪われたんだ。しかも経験は浅いわりに強く、そして自分の加速装置よりより優れた力を持っている…典型的な形だ。でもその思いは、次第に今までに培った友情、仲間意識、そういった絆に打ち消されていった。次第にお前の恋愛感情は、兄弟愛に似た感情に変わっていった…フランソワーズの恋を、ぜひとも成就させたいという気持ち、そしてジョーを、自分に似たジョーを弟のように感じる心だ」
「…見てきたことみたいに言うじゃねぇか」
「あぁそうだ。お前とは長いからな。何年お前らと一緒にいたと思ってる」
フン、と鼻を鳴らすハインリヒ。
「だがジョーは、何かと他の女をかばったり、守ったりすることが多い。しかも自分の身を犠牲にしてまでも。その度に悲しむフランソワーズをお前は見てきた。そして今回の地下帝国での戦いも、それは例外じゃなかった。ヘレンばかり気にかけるジョーにやきもちを焼くフランソワーズを、お前は見ていた」
「お前はフランソワーズをなんとか慰めようとしていた。そう俺にもみえた」
「あの時に限らず、お前はいつもフランソワーズを慰めようとしてたもんな」
ジェロニモが相槌を打つ。そこにグレートも横から口を出す。
「ああ…きっとそこでお前もまたあの恋愛感情が戻ってたんだろう。あそこまでフランソワーズに思われているのに気づかない、そんなジョーへの嫉妬の心だ」
ジェットはシーツから手を離し、自分の手のひらを眺める。砂金をつかんだ感触、そして手を払われたときの感触が、今でもここに残っている。
厳密に言えば、それはきっとあのミュータント達と戦ったときからだろう。あの時浜辺で一人ジョーを待つフランソワーズ。その姿に、フランソワーズを悲しませるジョーへの怒りと、そこまでフランソワーズに想われるジョーへの嫉妬心が芽生えたのだ。
ぐっとその手を握り締めるジェットに、ハインリヒはまた続ける。
「でも、最後にあの海の上で悲しむフランソワーズを見て、その嫉妬の心も消え去った。あれほどの仕打ちを受けてもまだジョーを愛するフランソワーズの心に、お前の心が感化されたんだろうな。大切な人が、大切なものを失い悲しんでいる。お前にはそれが、どうしても耐えられなかったんだ」
ジョーの名前を呼び、涙をながすフランソワーズ。あそこにいた9人の中で、もっとも悲しみにくれていたのが、フランソワーズだった。
「ジョーを助けるために、お前は飛び出した。勿論『大切な仲間だから』という気持ちでだったんだろう。でも心の奥底でお前は、フランソワーズのためにジョーを助けたいと思ったんじゃないか?」
「…そうだな」
ジェットは力なく笑い、そう答える。
「そうかもしれない…いやきっとそうだ。今まで俺は、003を守ってやりたいと思っていた。もちろん、お前らもだ。だけど皆を、そしてフランソワーズを守ってやれるのは、ジョーだけだった。」
「…ジェット」
「もし燃料が生きてれば、俺もアイツも無事に帰ってくるつもりだったさ。でも重力圏を脱出する途中で燃料がもう底をつきかけて気づいた。俺はもう戻れない。俺の装甲じゃ、たとえ俺一人でも帰ってくることはできないってな。だから、どうせ死ぬのなら、せめてジョーを助けて死のうと思ったのさ」
でもまぁこのザマさ、とジェットはうつむいてわざとらしく肩をすくめる。結局、ジェットもジョーも助かった。ジェットのあの行動は、なんの意味もない無駄なあがきに終わってしまったのだ。
「…なぁジェット」
「…なんだよ、お前の言うとおり、俺は死ぬ気だった。むしろ死ぬつもりだった。それであってるよ」
そう言うジェットの頬を、ハインリヒは両手ではさみ無理やり顔を上げさせる。
「お前が飛び出していった後、俺はフランソワーズを慰めながら、お前が死ぬ気だってことはすぐ分かった。でもな、ジェット。あそこでお前が死んでジョーが助かったとしても、フランソワーズは喜ばなかったと思う…むしろ悲しむだろうな、自分に責任を感じてな」
「…実はさ、ジェット」
ピュンマはそう話に入り込む。
「ジョーが目を覚ましたのにお前が目を覚まさなくて一番苦しんでいたのはフランソワーズ、彼女なんだぜ」
「…え?」
ピュンマの言葉に、ジェットは顔を上げて目を見開く。
「そうだ、ジェット。フランソワーズはここのところずっと食事もろくにとらず、泣いてばかりいた。怪我人であるジョーに心配されるくらいにな」
「そーアル。わての料理も食べられなかったことアルよ!」
「すっかり痩せちまってな…まぁ俺達には原子炉があるから死にはしないがよ、見てて気の毒だったんだぜ」
三人が口々に言う言葉を、信じられないといった表情で聞くジェット。
「…そんな」
俺のせいで?とジェットは絶句する。ハインリヒはそんなジェットをなだめるように、ぽんと肩に手を置く。
「お前に悪気がなかったってことは、フランソワーズも十分承知してるさ。でもな、お前をくだらない嫉妬に付き合わせたばっかりに、っていつも言ってたぜ。何故あんな無茶なことをさせてしまったんだろう、ってな」
いいか、とハインリヒはジェットの目をまっすぐに見つめる。
「俺達全員、誰にも命を無駄にしてほしくはないんだ。フランソワーズだけじゃない。俺も、イワンも、ジェロニモも、張々湖も、グレートも、ピュンマも、皆が皆そう思っている」
その言葉に、4人はコクコクと首を振る。
「いいか、ジェット。頼むから無茶はしないでくれ。あの時お前が死んで、ジョーまで助からなかったら、いったい誰がフランソワーズを守れるって言うんだ?」
「…ハインリヒ…」
すまん、とジェットはぽつりとつぶやく。
「謝る相手は俺じゃない、フランソワーズだ。あれ以上、アイツを悲しませるんじゃない。そのときはお前であっても、俺達が承知しないさ」
「…すまん…本当に…!」
目にきらりと涙を浮かべるジェットの頭に、ハインリヒはぽんと手を乗せる。
「泣くことはないさ、それにな、お前には感謝もしなきゃいけない…009を、ジョーを助けてくれてありがとうな、ジェット」
そう言ってハインリヒは、口元を緩めて笑顔を見せる。
「そうさ、お前がいなきゃジョーは助からなかっただろうなぁ」
「ジェットの残り少ない燃料が、少しだけ落下の速度を緩めてくれたからね」
「それにイワンが力使ったのも、きっとジェットの姿を見てのことアルね!」
「元々助けるつもりだったのか、本当に犠牲にするつもりだったのか…それはいまでは分からないがな」
「起きてもそれをたずねる勇気もないしな」
ははは、と笑う5人に、つられてジェットも涙をぬぐって笑う。
「…ありがとう、みんな」
「ありがとうもありがとうも、当たり前のことアル!…さーて、今日はご馳走作るアルよ〜!007!あんたも手伝うヨロシ!」
「へぇへぇ!ま、今回は俺も喜んで手伝わせてもらうぜ!」
「そういうことなら俺も手伝うぜ?じゃがいも剥くくらいならできるからな!」
「それなら俺達も手伝うよ、なぁ005?」
「そうだな。まずたくさんの食料が要るだろうからな…安心して寝てろ、ジェット」
あーだこーだと晩餐会のうちあわせをしながら、5人は部屋から出て行った。その騒ぎが十分遠くに行ったのを確認して、ジェットはそっと脳波無線のスイッチを入れる。
『…すまなかった、フランソワーズ』
そう一言言うと、また無線のスイッチを切る。そしてベッドの中にもぐりこむと、そっと目を閉じた。



『私もごめんなさい、ジェット』



その言葉は、もう寝息をたてるジェットには聞こえなかった。

【TF×DX3】ロディマスコンボイ【キャラデータ】

ロディマスコンボイ(総司令官/高校生)
シンドローム[サラマンダー/ソラリス]
肉体→3<回避>1 <運転:四輪>2
感覚→1<知覚>2
精神→4<RC>4 <意志>1
社会→4<情報:噂話>1
ライフパス
出自→安定した家庭
経験→大きな転機
邂逅→いいひと
覚醒→感染(侵蝕値14)
衝動→憎悪(侵蝕値18)
=基本侵蝕値:32
ロイス
1、コンボイ司令官(P■:尊敬 N□:嫉妬)
2、ダニエル(P■:友情 N□:隔意)
3、D:賢者の石
エフェクト
《リザレクト》1
《ワーディング》1
《コンセントレイト:サラマンダー》2
《アクセル》2
《プラズマカノン》2
《茨の輪》1
《炎の加護》1
HP:30
行動値:6
戦闘移動:11
全力移動:22
武器:素手
防具:防弾防刃ジャケット
一般アイテム:なし
財産P:2


どっちかっつーとロディマスっていうよりホットロッド。
あえてワークスを高校生にしてみた。ホットロッドはまだ幼い感じがするしね。
経験の「大きな転機」、覚醒の「感染」→ムービー。賢者の石=マトリクスで。
戦法は《アクセル》+《炎の加護》→《プラズマカノン》+《茨の輪》。何故か行動値が鬼のように低く…あれ?もしかしてこれ使えないパターンですかね…?
経験入ったら《禁息》《極大消滅波》《流血の胞子》…あまり氷エフェクトは使わない方向で。

ロディマス・ウルトラマグナス・サイクロナスを仮想PCにしてジャーム作ってみようかな…
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