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5人がまず目にしたのは、一面の瓦礫の山だった。 溶けた金属と、焼けたゴムの臭い。 そしてその中に混じって鼻を刺す死臭。 職業柄、死の臭いに塗れて生きる彼らではあるが、それでもやはり、目の前の光景には言葉を失わざるを得なかった。
「……ひっでぇ」
テサラスが近場に転がる死体を掴み上げ、ぽつりと呟いた。 普段自分がしていることは棚に上げた発言ではあるが、実際のところ、そこで行われた破壊活動は、誰が見ても徹底されたものではあった。 原型を留めたものは一つもなく、襲撃者の悪意――機械生命体への憎悪にも近いその感情が嫌というほど伝わってくる惨状である。 テサラスはその骸を普段裏切者を扱うように乱雑にはせず、そっと地面に下ろしてやった。
「ここからのSOSをキャッチしたのはついさっきのことじゃなかったか?」
しかめっ面で腕組みをしながら、ヘレックスは首を回して辺りを見回す。
「襲撃が始まってすぐのものとは限らないよ、ヘレックス。ちゃんとした通信を受け取ったんじゃないんだし……ホント、緊急時の打電みたいな信号だったからさ。 随分旧式の信号だったし、宇宙空間を伝わるのにも随分時間がかかるタイプだと思うよ」
ケイオンの言葉に、隣に立つヴォスが考え込むように唸り声を上げ、ブツブツと聞き取れない言葉を呟いた。
「あぁ、そうだなヴォス。生き残りがいるという可能性はほとんどないだろう」
ヴォスの言葉に、ターンが低い声で答えた。 仮面の奥の表情は見てとれないが、細められた眼光から、怒りと憐み、そしてDJDのリーダーには珍しく、悲しみの感情が漏れ出ている。
「奴らの反機械生命体的思考は驚くほどに根強い――生き残りなど、一人も許しはしないだろう。 本当に……本当に悲惨なものだ」
「でも……もしかしたら、ひょっとしたらってことがあるかもしれない」
「仮に我々が奴らの立場だとしたら?」
「それは……」
ターンの言葉に、ヘレックスは口ごもる。
「しかし、そう……ヘレックスの言う通りでもある。 わずかでも可能性があるのなら、それに手を伸ばさねばなるまい――ケイオン」
「分かってるよ、さっきから生体信号の捜索は行ってる。 けど、やっぱり絶望的かもね……少なくとも僕が探知できる範囲では」
そういって、ケイオンは肩を竦めた。 そして、しゃがみこむと、自分の傍に寄り添うように控えたペットの頭を両手でわしわしと撫でる。
「あとはペット、君の鼻が頼りなんだからね。 頼むよ」
その言葉に応えるように、ペットは短く吠える。 ケイオンが立ち上がると、ペットは鼻を鳴らしながら辺りを嗅ぎ回り始めた。
「しかし、ペットの鼻なんてアテになるのか? スパークイーターだとはいえ、弱ったスパークまで嗅ぎ分けられるわけじゃないだろ」
足元をちょろちょろと動くペットを見下ろしながら、テサラスは怪訝な顔をする。
「少なくとも僕よりはスパークの位置に対して敏感だよ。 最近ろくにご馳走食べてないから尚更ね。 見つけてすぐに襲い掛かりはしないと思うけど」
「おい、シャレにならんぞ」
「大丈夫、その辺はヘレックスよりは――っとっとっと」
ぐい、と鎖に引きずられ、ケイオンはよろめく。 ペットは主人のほうを見てひと鳴きすると、背を向けてぐいぐいと鎖を引っ張り始めた。
「何か見つけたのか?」
「かもしれない」
ターンの問いにそう答えると、ケイオンは手にした鎖を握りなおすと、ペットの向かう方へと足を向け、残りの4人もそれに続く。 武器の残骸や銃弾、ごろごろと転がる死体の山をかき分け、ペットは前へ前へと進んでいく。 そして、数ある瓦礫の山の一つの前で歩みを止めると、ペットは腰を据え、また主人のほうを向いてひと鳴きした。
「ここでいいのか? 何もないように見えるが」
ヘレックスが腕組みをしたまま、やれやれと大きな腕を振ってみせる。 ケイオンはペットの頭を一撫ですると、しゃがんみこんで地面を調べ始めた。
「……ここ、下が空洞になってるね」
その言葉に、ヴォスもしゃがみこみ辺りをあれこれと調べ始める。 しばらくした後、ヴォスは驚きと歓喜の入り混じったような声をあげ、ちょいちょいと他の4人に手招きしてみせた。 ヴォスが示す先には、死体に隠れるような形で無骨で大きな取っ手が地面から生えていた。
「この下の空洞……シェルターか何かなのか?」
「おそらく。 随分分厚い扉で蓋がしてあるみたいだから内部の状況は分からないけど、この有様で無事破られずにすんでるんだから、結構丈夫な作りだろうね」
ヴォスが取っ手に手をかけ、持ち上げようとしてみる。 しかし、メンバーの中でも最も細身なヴォスの力では扉はびくともせず、ヴォスは悔しそうに悪態をつく。
「どれ、貸してみろヴォス」
そう言うと、テサラスは肩から伸びるアームでヴォスをひょいと掴み上げた。 その扱いにじたばたと手足をばたつかせて抗議するヴォスを無視して、テサラスは大きな手でその取っ手を掴んだ。
「ふっ……ぬ!」
ギギィ、と地面の一部が浮かび上がる。 できた空間にヘレックスが手をかけ、鈍く軋む音を立てながら、扉がゆっくりと開いていった。 扉の中は薄暗く、冷たく重い空気が流れている。 しかし、扉の外と違い荒らされた様子もなく、ただ埃をかぶっている以外は綺麗なものだった。
「……テェェサラァス! テス!」
静寂を破ったのは、まだテサラスのアームに掴まれたままのヴォスの憤怒の声だった。 ヴォスは自由の利く脚で、思い切りテサラスの後頭部を蹴り飛ばした。
「いって!」
テサラスは驚いてアームを開く。 突然身体が自由になり、ドシン、とヴォスはそのまま落下し尻もちをついた。 ヴォスは痛そうに腰をさすりながら立ち上がると、テサラスにツカツカと歩み寄り古代語でまくしたてるように喋りながらガンガンとテサラスの足を踏みつける。
「いてててて、そんなに怒ることないだろヴォス? おいターン! ヴォス止めてくれよ! なんて言ってるか分かんねぇよ!」
そんなテサラスの叫びはいざ知らず、ターンは先程口を開けたシェルターへとおもむろに足を踏み入れた。 冷たい空気が足に纏わりつく。 次いでケイオンとヘレックスが後に続く。
「暗いな……明かりは?」
「今捜してる。 多分もうジェネレーターの動力が切れちゃってるんだろうね……導線さえ見つかれば……あ、あったあった」
ケイオンがそう言うのと同時に、ジジジ、という発電音と共にシェルター内に明かりが点った。 それほど明るくはないが、シェルター内の様子を見渡せる程度には十分な明るさである。 明るくなって初めて、空の燃料缶や、エネルゴンの入っていたであろう容器が辺りに転がっているのが分かる。
「……誰かがここにいたのか?」
「そうだね、誰であれここにいたのは確かだよ。 これ」
ヘレックスがそちらに目を向けると、ケイオンが壁に備え付けられた通信機をカタカタといじっていた。
「今電力が供給されたから動き始めたけど、多分これが僕らの受け取った信号の発信源だよ。 ログを見ると、随分前のものみたいだ……それも何回も、あらゆる周波数でとにかく広範囲に救難信号を送ってたらしいね。 僕らが受け取ったのと同じパターンの信号を最後にログが途切れてるから、きっとそこでここの電力も切れたんだろうな」
「じゃ、いったい誰が?」
ヘレックスの疑問を遮るように、どかどかとテサラスがシェルターに駆け込んできた。 ヴォスはまたテサラスの肩のアームに掴まれ、ギャーギャーと何か罵り文句を吐きながらテサラスの身体を叩いている。 テサラスの後ろに続くように、ジャラジャラと鎖を引きずりながらペットもこちらに走り寄ってきた。
「……テサラス、いい加減ヴォスなんとかしなよ」
ケイオンは呆れ顔でそう言いながら、ペットの鎖を拾い上げる。
「だってこうでもしねぇとずっと蹴ってくるんだよ」
「ったく、仲直りくらいできないもんかね」
ヘレックスはやれやれと小さな腕で肩を竦めるようなジェスチャーをしながら、大きな腕でテサラスのアームからヴォスをつまみ上げ、そのまま肩車の要領で自分の肩の上に乗せた。 ヴォスはヘレックスの頭に顎を乗せ、足をぷらぷらとしながら不満そうな声をあげる。
「ヴォス、あんまりバタバタうるさいと俺もお前振り落とすからな、じっとしてろよ」
眉間にしわを寄せるヘレックスに、随分強引な仲裁だとケイオンは思わず苦笑する。
「で、そんなことよりリーダーは? 誰か見つかったのか?」
「ターン? あぁ、ターンは向こうの方に歩いてったと思うが……」
テサラスの問いに、ヘレックスはシェルターの奥を見やる。 いつの間に変形したのか、大型の戦車がキュラキュラと音を立てながらゆっくりと奥へと進んでいるのが見え、4人はその後を追い始めた。 進むごとに、足元に散らばっている燃料缶が徐々に新しいものへとなっていく。 そして4人がターンに追いつくその直前、戦車は重厚な機械音を立てながら立ち上がる。
「ターン、何か見つかったか?」
ヘレックスがターンの肩越しに覗き込むようにして聞く。 テサラスとケイオンもそれに倣い、ターンが見つめる先を見やる。
「……こいつは」
そこには一人、小柄なトランスフォーマーが横たわっていた。 オプティックの輝きはほとんど失われ、消えそうにチカチカと瞬いている。 外傷はほとんどないが、断続的な排気音は浅く、今にも途切れてしまいそうだった。 ターンは膝をつき、ゆっくりとその体躯に腕を伸ばすと、そっと抱えるように抱き寄せる。 仮面の隙間から見える赤い光がスッと細くなり、安堵したようにゆっくりと息を吐き出した。
「……ターン、感極まってるのはいいけど虫の息だよその人」
そういうと、ケイオンはターンの脇腹をコツンと叩く。 ヴォスはひょいとヘレックスの肩の上から飛び降り、ターンの腕の中のトランスフォーマーを覗きこみ、顔や身体などをチェックした後、ターンに向かって何かを告げた。
「あぁ、彼女のスパークも今や風前の灯だ……いつ消えてもおかしくない。 すぐにエネルギーを補給してやらないと」
「でもエネルギー補給できるほど体力も残ってないみたいたぞ?」
テサラスの言葉に、ケイオンはため息を一つつく。
「じゃあ僕がやるしかないか……ターン、その人ちょっと下ろして。……僕の電撃は殺すためのものであって、生かすためのものじゃないんだけどな……調整が難しいんだよ、殺さないようにするのって」
ターンはそっと彼女を地面に寝かせる。ケイオンはペットの鎖をヘレックスに手渡し、その横にそっと膝をついた。 胸部のタービンが音を立てて回りだし、肩のコイルにバチバチと稲妻が走る。 ケイオンと彼女を囲んでいた4人は、余計な巻き込まれを防ぐように一歩後ろに下がった。
「失敗するなよ?」
「黙ってて。 本当に神経使うんだから、これ」
ヘレックスの茶々に鋭く返すと、ケイオンは彼女の胸部に両手を当て、大きく息を吸い込む。 そして一瞬置いて、ケイオンの肩に纏わりつく電流が激しく光り、両手から彼女の身体に電気ショックが撃ち込まれる。 と、生気のなかった彼女のオプティックに、急に光が灯る。
「……ッ!ケホッ!コホッ!」
「上出来だケイオン。 誰か、応急用のエネルゴンを持ってないか」
むせ返る彼女を抱き起こしながら言うターンに、ヘレックスがそっと船から持ってきていた小型の流動型のエネルゴンのボトルを手渡した。 ターンはボトルの蓋を開けると、そっと彼女の口元に持っていく。
「さぁ、飲みたまえ。 つらいかもしれないが、無理にでもエネルギーを摂るべきだ」
ターンはボトルを傾け、彼女の口にエネルゴンを流し込む。 彼女はゆっくりとエネルゴンを飲み込み、徐々に排気音も安定し、深いものになっていく。
「なんとか助かったみたいだな」
「あぁ、しかしすぐにでも船に連れて帰るべきだろう。 適切な処置をせねば、この努力も無駄になってしまう」
そういうと、ターンは彼女を抱き上げ、シェルターの外へと歩みだす。 まだぐったりとしている彼女は、薄くオプティックに光をともしながら、口を開いた。
「わ、私……私は」
「心配しなくていい。 もう脅威は去った。 もっともそれが幸か不幸かは、お前次第だろうが――名前は?」
「に……ニッケル……私の名前は、ニッケル」
ターンの問いに、ニッケルはか細い声で答えた。
「そうか、ニッケル。 もう安心していい」
「……あ、アンタらは……? アンタらは、私達を壊しにきたんじゃないの……?」
「ふむ……我々が奴らのような知恵の回らない連中のように見えるか?」
ニッケルの質問に、ターンは愉快そうに喉の奥でクックッと笑い声を上げた。 ケイオンとペット、ヴォス、テサラス、ヘレックスの4人と1匹は、ターンと歩みを揃えるようにしてシェルターの外へと足を向ける。
「我々はDJD――ディセプティコンの正義を司り、世界をかの方の理想郷へ導く者だ」
∫∫∫
眠る。
頭上に広がる青が、徐々にこちらに迫ってくる。生命の息吹の無い宇宙空間の冷たさが、摩擦の熱に溶かされていく。
ロディマスコンボイ(総司令官/高校生)