*2024年3月29日 17:14σ(・∀・)ノ


「おーい。鯉……」
「馬鹿すったれ! 黙れ!」
「えぇ? ……っわ!」
 バッと扉が開いたと思えば、吸い込むように中に引っ張られた。そうして後ろ手で扉を閉めた鯉登は、小さいながらも怒気のこもった声で杉元を叱った。
「遅いッ! この時間はもう誰も起きとらんのを知らんのか!」
「ンなこと知る訳ね〜だろアホ!」
 鯉登はギッと杉元を睨んだが、これからのことを考えたかギュッと唇を引き結んだ。そして杉元の服の裾を引き、敷いてある布団に促した。杉元は促されるまま布団に座る。暗い部屋、火鉢の灯りだけがお互いを照らしている。
 鯉登は杉元の前に座ると、神妙な顔で杉元を見つめた。まるで切腹する前のようだと思った。
「勃ちそうか?」
「勃つわけなくない?」
「貴様……ッ! この半日一体何をしていた!」
「だからさぁ、そもそも鯉登を抱くっつっても、俺そういう目でお前のこと見たことねーし……そういうお前は勃つのかよ。俺で」
「ああ。それは問題ない。私は勃たせる必要はないから」
「はい?」
「知らんのか? 同性同士で、片方はまらを使わんでいいのだ」
 正しく刻まれていた心臓のリズムがズレる。
 ……杉元は、鯉登が「抱け」と言っていても、その行為に現実味がなくあまり真剣に考えていなかった。そういえばそうだ。男同士で情を交わす場合、使うのは片方の陰茎と、もう片方の尻の穴――
「待ってそれって俺でいいの? どっちに挿れるかって相談して決めるもんじゃない?」
「お前なぁ。そんな悠長なこと言っていられるのか? お前はどうせ痛い痛いとのたまい何もできんだろうから、万が一失敗でもしたらかなわん。私は一刻も早く明日に進みたいのだ! 成功率が高い方法を選ぶのは当然だろう」
「あ、そう」
「だから、勃つか?」
「お前ねぇ……」
 だいぶご無沙汰ではある。あるけれど、陰茎だけを欲する男を目の前にして勃つのかと言うと、話はだいぶ変わってくる。交わすのが情でないと思うとなんとなく気乗りはしない。
 まだ本気では信じていないが、鯉登の気迫に流されている自覚はある。万が一鯉登を抱いても、まさか言いふらされたりはしないだろう。鯉登はそういう人間ではない。
 仕方なく浴衣の前を広げた。下帯をずらして陰茎に触れてみるが、ふにゃふにゃとやわらかくて硬くなる兆しすらない。こんなにやわらかいと勃起するかどうかすら怪しく思えてくる。
「ちなみに、私の方の準備は万端だからな」
「はい?」
「あとはお前だけだ」
「えっ。準備って何? 見せて」
「あ? 嫌だが……」
「やらしい気持ちになるかもしんないし」
「ほう…?」
「頑張ったんだろ? 成果見してよ」
「フン……」
 褒められるのは満更でもないらしい。照れたようにも誇らしいようにも頬を小さく持ち上げている。
 布団の上、杉元に背を向けた鯉登は膝立ちになる。そうして浴衣の裾をめくる。少し尻を突き出すようにして下帯を見せてくる。
 ゆらゆらと火鉢の灯りが揺れている。鯉登の身体が暖色に照らされる。
 下帯をずらした鯉登は、その後孔を躊躇いなく見せた。全く恥じらいもなければ妖艶でもない。しかしここで艶めかしい仕草をされても杉元は興覚めしてしまったかもしれなかった。
「うふふ。本当にがんばったんだ。おぼろげな記憶を手繰り寄せて、一人でここまで準備したんだぞ!」
「記憶? なに昔もやってたの?」
「違う! ほら、私の郷里は男色が盛んだったからな。やり方とか、嫌でも耳に入る……お前もいつか準備が必要になるから覚えておけと言われたものだ」
「へえ……」
 ぎゅっと持ち上がった尻と、その間にあるつつましい孔。
「準備ってどうやってすんの?」
「うん? どうやって? ……まずは竹筒を用意するだろう。まあ水鉄砲だな。ぬるま湯を入れて中を洗う。それを何回か繰り返して、中を綺麗にする。それから通和散を使ってぬめらすんだが……そもそも、尻の入り口は締まっているから、まらが入る大きさに開くように広げておく必要がある」
「えっ。何か使って広げんの?」
「本当は張り型でも使えればよかったんだが……あいにく、その準備はできなかった。仕方なく指でやったが、十分お前のが受け入れられるくらいには広がったんじゃないか?」
「へぇ〜……」
「だから私の方の準備は万端だ。あとはお前が――……ひッ!」
 勃った。
 鯉登の肩を掴む。こちらに背を向けながら指で広げている孔に陰茎を擦りつける。にち、とぬかるんだ感触がある。これが通和散か、とさきほどの会話を復習するように思った。
 孔に先端を擦りつけるたび、鯉登の身体がビクッと跳ねた。怖がっている。それでも自分の宿命を受け入れているのか、拒否する仕草はない。
「……つーか鯉登さぁ……聯隊旗手はいいのかよ」
「――〜〜〜ッうるさい! それは、……聯隊旗手は私の夢だが……それは一番の夢ではない。私は何よりも中尉殿のお役に立ちたいのだ! こんなところで足踏みばかりしていては、聯隊旗手どころかお役に立つことすら叶わん。……それならば、聯隊旗手の夢は捨てるまでだ」
 理性の糸が千切れている感覚がある。
 今、一人の若者が夢を断ち切ろうとしている瞬間に立ち会っており、その瞬間を決めるのは自分である。そのほの暗い色の恍惚は驚くほど興奮を煽った。
「へぇー……じゃあ俺がぶち壊しちゃうんだね。お前の夢」
 そう言って、鯉登の小さな孔に陰茎をねじ込んだ。抵抗が強いだろうと思っていた孔の中に、ぬめりを借りてずるんと奥まで入っていく。入口に陰茎を絞られる。ただ彼が洗ったという中はぬめって温かいだけで絞られるような感覚は少なかった。絞られはしないけれど、粘膜がぴったりと陰茎にまとわりつく。不思議な感覚だったが、それでも気持ちいいことに変わりはなかった。
 一方、鯉登は貫かれた衝撃で背を反らし、膝が震えた。膝立ちの姿勢を保っていられなくなり、両腕を布団についた。後背位の体勢になる。杉元は肩を掴んでいた手で鯉登の腰を掴む。がっしりと骨の張った腰だった。
 尻を隠す浴衣をめくりあげる。豊満な尻が目に入る。鯉登が準備した≠ニいう孔は、杉元の陰茎を飲み込みぎちぎちに広がっていた。後ろからだと繋がっているのがよく見える。ばかみたいに興奮した。じっとりと汗が滲んでくる。
「血は出てない……痛い?」
「……痛くは、ない……違和感だけ、 ッあ゛」
「動いてもいい?」
「っもう動いてる、! っあ、あッ……んむ、ん、んっ」
「声出していーよ」
「……嫌だっ、萎えられたら叶わん…ッ」
「お前ねえ……」
 鯉登はそう危惧したけれど、杉元の方は萎える気がしなかった。
 最初はゆっくり、鯉登が痛がらないのがわかると少しずつ遠慮を消していった。
 皮膚同士が当たる音と、お互いの荒い呼吸が部屋に響く。
 どちらも服は着たままで、性交するためだけの場所だけ拓けているのが即物的で、まるで交尾をしているみたいで興奮を煽った。交尾。言い得ている。これは目的を果たすためのものであって、情を交わさない行為は繁殖のための交尾と何も変わらないのかもしれない。
「もう出そう……出していい?」
「っん、んん」
 くぐもっていてよく聞こえなかったが、小さく頷いたのが見えた。
 肌のぶつかる感覚が短くなる。射精のための動きに変わる。
「――…っは、ア、……ふ……」
 ぶるっと背筋が震えて、杉元は鯉登の中に精を吐き出した。
 思えば、かなり久しい行為だった。鯉登では勃たないと思っていたことが遠い昔のことのように感じた。
 ふと、思っていた以上の力で鯉登の腰を掴んでいたことに気付く。あわてて力を緩め、孔の中に収めていた陰茎を抜いた。抜けた陰茎の後を追うようにドロッと精液が零れた。あ、と思う前に鯉登の膝は崩れ、彼の身体は布団の上に転がった。
「……鯉登、大丈夫? あのー、……ごめん、中に出した。手ぬぐいとかある?」
 下帯の中に陰茎をサッとしまい込んで尋ねる。声を聞くと、鯉登はけだるそうな目を開けて杉元を見た。
 布団の上に横たわる鯉登の姿は、今までのどの時よりも色っぽく見えた。
 着ていた浴衣は揺さぶられたことで着崩され、肩の位置も合っていなければ帯も緩んでいる。髪は汗で額に張りつき、体内にくすぶる熱を呼吸で逃がそうとしている。顔も体もほんのり赤ければ、尻の間からは白濁が重力に添って垂れている。
 この姿を前にして、目線が身体を撫でてしまうのは仕方ないことだ。それに合わせて、再び下帯を押し上げようとする陰茎の存在も。
「ああ。……大丈夫だ。あとは私がやっておくから」
「やっておくってお前……動けんの?」
「問題ない」
 そう言って鯉登は身体を起こそうとしたが、まだ力が入らなかったようで再び布団に伏した。
 甲斐甲斐しく世話を焼いてもよかったが、また挿入をしないとは言い切れなかったので、杉元はここで切り上げることにした。一度やってしまえばむしろ前のめりになってしまうなんて、そんな即物的な面が自分にあるとはまだ信じたくない。
「じゃあ置いてくけど……また明日な。明日が来んの楽しみだね」
 そう言うと鯉登は笑った。「ふふふ」と無邪気な声がした。無体を働かれたとは思えないほどやわらかくてあどけない笑みだった。鯉登の気持ちはもう、来たる明日に向いている。



 次の日。
 今日も谷垣は階段から落ちた。
「……う゛ぅ〜〜〜っ!」
 起床して食堂に行こうとした杉元は、廊下に出た途端鯉登に捕まり、鯉登の部屋に連れ込まれた。そして「谷垣が階段を滑ったぞ」と聞かされたのだ。そこで、杉元はまた【今日】を繰り返したのだと知った。そして【今日】、自分は寝坊したのだと言うことも。
 杉元はやっぱりあれが解決策じゃなかったよな、と思った。やはり性行為がこの謎を解く鍵ではない。
 しかし鯉登はそう思ってはいないらしい。悔しそうに眉間に皺をよせ、ボロボロと涙をこぼし、布団に伏し枕に唸り声を吸わせている。
「なあ。やっぱ違うんじゃねえの? 別の方法試そうぜ」
「そんなことはない! 絶対に、絶ッ対これが正解のはずなんだ……なにがいけないんだ……!」
「そうかい」
「貴様が……貴様だけだったよな?」
「……何が」
「私が気をやらなかったのがいけないのでは……?」
 杉元は頭を抱えそうになった。どうしてそうなる。
 しかし、七日間あらゆる手を尽くした最後の藁を掴んでいる状態であるなら、こういう発想になっても仕方ないのかもしれない。本人だってきっと藁だとわかっている。それでも、夢を諦めてまで掴んだ藁であるのなら、「違うのではないか」と思っても、もう引っ込みがつかないのだ。
「……いや? 両方が気をやるのって難しいんじゃないの? 知らないけど、男は出すもん出すからわかりやすいけど、女は演技できちゃうし」
「私は男だぞ。出してないのだからわかるだろうが」
 墓穴を掘っている気がする。何をどう言っても、鯉登は思いがけない方向に話の舵をきってしまう。
「えっ。じゃあ、何……? 第二弾あんの……?」
「今日も夜でいいか?」
「俺、夜までどうやって過ごしたらいいの?」
「昨日と同じように過ごしたらいいんじゃないか?」
 鯉登はこともなげにそう言った。何当たり前のことを、とでも言わんような言い方だった。
 そうして肩を落としているように見える杉元を見兼ねたか、鯉登は景気づけるように杉元の背を叩いた。
「案ずるな! 私一人だけの時とは違って、答えはわかっているのだから気が楽じゃないか! 問題なのはその答えに至るまでの過程だ。どうやら神様は、そこを重視しているらしいからな!」
 体幹を揺さぶられた。鯉登は豪気に笑う。コイツの根はやっぱり九州だなと強く感じた。

 夜。
 外に転がる白石は、チカパシが声を上げる前に回収した。
 皆が寝静まったと思われる頃、鯉登の部屋の前まで行く。ノックをすると怪しまれるので、軽く扉を引っ掻いた。すると待ち構えていたらしい鯉登はスッと扉を開けた。
「私が昨日言ったことをちゃんと覚えていたのだな。飲み込みの早い男は好きだ」
 と、こちらの気持ちを気にせず感想を言った。
 布団の上に腰かける。
 昨晩(と言っていいのかは疑問ではある)は、鯉登を口車に乗せることで勃起まで至ることができたが、今日同じことをされたとしても一度目の衝撃には勝てないだろう。鯉登には悪いけれど勃つとは思えなかった。今日は二人が達するという目的を達成するより前に、性交自体叶わないかもしれない。
「そういやさあ」
「うん?」
「中を洗うって言ったじゃん。どこでやってんの?」
「風呂だな」
 鯉登は躊躇わず言った。
「風呂!? 誰か来たらどうすんの!?」
「来ない来ない。もう、誰がいつ来るかもわかっているんだから、鉢合わせる心配もないんだ。私が何度同じ日を繰り返してると思う? お前よりもずっと先輩なんだ」
「はぁ……そうですか」
「それに今日は張り型も手に入った。昨日よりずっと具合はいいと思うぞ」
 先ほどの不安は早急に打ち消された。勃った。
「なあ鯉登」
「うん?」
「今日は正面からシていい?」
「えっ……嫌だ」
「なんで?」
「それは……。……私の顔を見て、萎えられたら困るから」
 こんな会話を、お互いの顔をジッと見ながら続けるのは変な気がする。そんな気はするけれど、視線を逸らしてしまうとなんとなく本気っぽい気がする。
「こういう最中って、相手の顔見て興奮したりするじゃん」
「……そうなのか?」
「一般的には。別に俺は後ろからでもいいけど」
 鯉登はギュッと眉間に皺を寄せた。思案する、というよりは我慢を強いられているような表情だった。
 返事を待つうちに、鯉登は背後を確かめてから布団に寝そべった。そして不遜にも見える微妙な表情をして手招きをした。
 ししおどしが落ちるカン! という音が杉元の脳内に響いた。鯉登が照れているのだと勘付いたのだ。
「萎えそうになったら遠慮せず言え」
 鯉登はそう言った。
 杉元はなんだか笑いそうになった。そういえばコイツはまだ20歳そこそこだったなというのを今、何の気なしに思い出した。
 仰向けになった鯉登の、軽く立てていた足に触れる。腿を押すと、思った以上に簡単に開かれた。関節が柔らかい。手を離しても閉じようとしなかったので、杉元は下帯に手をやる。やはり、陰茎は下帯の中でしっかり膨張していた。ずらしてそれを取り出す。手のひらにずっしりと質量を感じた。先端がぬるついている気がする。
 開かせた腿をぐっと鯉登の胸側に押し、彼の下帯をずらした。昨日と同じ、慎ましい孔の入り口に陰茎の先をひたりと当てる。身体が強ばったのがわかる。そして、その強ばりを意識的にやわらげようとする鯉登のいじらしい配慮もわかった。肺胞ひとつひとつに空気を入れるようにしながら、大きく呼吸をしていた。
「……張り型ってどこで買ったの?」
「べつに……普通の、商店で買った」
「大通りにあるとこ?」
「そうだ。……でもな、普通には売っていないぞ。小僧に、張り型が欲しいのだがどこにあるのか、と尋ねる必要がある。そうしたらこっそり裏に連れていかれて、ようやっと張り型と対面できるのだ」
「へぇ……大変だったね。どんなの選んだの?」
 鯉登はここで黙った。一番普通のやつ、とでも言うんだろうと思っていたので、会話が滞ったことに違和感があった。
 杉元はずっと、陰茎で擦るとにちにち音のする孔に目を落としていたが、鯉登が言葉に詰まったので目線を上げた。彼は眉間に皺を寄せて、言うか言うまいか悩んでいるようだった。張り型の大きさを言うのに、何を迷うことがある。そう思っていると、ついに鯉登が唇を開いた。いつもより声帯の震えが下回っているのではと思うほど声は細かった。
「昨日の、その……思い出して」
「うん?」
「わ、……私は、お前のが入れば、それでいいから、……お前のに似た大きさのものを」
 あとに続く言葉はほとんど口腔内で発音されたものだったので、杉元の耳には届かなかった。探したんだ、とか買ったんだ、とか、そんなことを言ったんじゃないだろうか。それも杉元の推測である。
 それでも、鯉登の言葉で耳が焦げ付いたかと思った。今日の往来、鯉登は商店で裏に通されながら、杉元の陰茎によく似た張り型を買ったのだ。昨晩胎の中に入れられた陰茎の大きさを思い出しながら。
 そこまで考えると、心臓は爆発しそうなほど強く拍動した。それは陰茎に直結して、しっかり硬さを増していく。
「昨日挿れられた俺のチンポ思い出して買い物したの? お前」
「……ん、んぅ」
「声抑えんなよ。買い物中、昨日まぐわったの思い出したんだ? 鯉登ってすげーすけべだったんだね」
「ッちが、……! 私は、早く明日になって欲しいから――」
「ちょっとは乗れよ、興奮するから。……俺のチンポ思い出して選んだんでしょ?」
「う゛うぅ……」
 孔がひくひくし始めたことに杉元は気付いていた。押し付けている陰茎は、まるで元からこの状態であったかのように固く、萎えそうになかった。
 鯉登は羞恥に顔を歪ませている。それすらも興奮の一助になった。
「……お前の、…杉元のチンポ思い出して、 ……ッ! 〜〜〜ああ、 っは、かは、」
「あー……やば……」
 少し勢いをつけてやれば、陰茎は簡単に鯉登の孔の中に引きずり込まれた。押し出すよりも引き込む動きをしていた。
 かち、と目の裏に光が飛ぶ。それは腰を打ち付けるたびに増えていくようだった。
 昨日よりもやわらかいだろうか。わからない。けれど、中があたかかくてぬるぬるしていて気持ちいいことはわかった。入口が締まるので、抽送するたび輪に絞られる。気を抜くとそのまま達してしまいそうだった。
 鯉登は揺さぶられて、腕で顔を隠している。このままではまた自分だけ達してしまう。杉元は慌てて鯉登の下帯に手を伸ばした。揺さぶりながら浴衣の裾を掻き分ける。
「あ! っま、待てッ、私が、私がするからっ」
「え? ……っふ。はは、鯉登勃ってんじゃん」
 指摘したつもりはなく、ただ目に見えた事実を言っただけだった。それなのに後ろがギュッと締まった。
 下帯の上からでもわかるほど、鯉登の陰茎はしっかりと勃起していた。
 杉元はなんだか笑えてきた。この事実がひどく官能的である気がして。
 鯉登は下帯に触れる杉元の手を急いで払いのけ、己の下帯をまさぐった。ずらして飛び出した陰茎を片腕で擦る。悔しそうに歯を食いしばっているが、その目は腕で隠している。そのおかげで、杉元は鯉登に非難されることなく鯉登の痴態を視界におさめることができた。
 鯉登少尉が、張り型で広げた肛門を杉元の陰茎で犯されながら勃起した陰茎を自分で慰めている。
 ほんの二日前まではこんなことになるなんて思ってもいなかったことが、現実になっている。
 ゾクと悪寒に似たものが全身を走った。射精の兆候は悪寒によく似ている。
「っは、イきそ……鯉登は?」
「私は、いいッ……自分のことに、集中しておけ……っ」
 そんなかわいくないことを言うので、杉元は自分本位の揺さぶりに変えた。これまでが相手を慮っての行為であったかと言うと疑問だが、決して力任せではなかった。
 ばち、ばち、と皮膚がぶつかる。押し出されるように息を吐いて鯉登が喘ぐ。喘鳴のように苦しげな喘ぎだった。生意気な鯉登を支配しているように錯覚して、双嚢がせり上がる感覚に襲われる。
 鯉登の腿を押さえる手に力が入る。びりびりと神経が震えて、一番奥に精を放つように腰を押し付けた。
「ッ……っは、あー……」
 急に運動を止めたからか、それとも射精の余韻か、荒くなった息を整える。少しして呼吸が落ち着いてから鯉登の姿を見ると、自涜の手は止まっていた。浴衣が点々と汚れている気がする。手が動いていないということは鯉登も射精したということだろう。
 杉元は手を伸ばし、浴衣の色の濃くなっている部分に触れた。思った通りそこは濡れていた。
「すげー……」
 そう感心していると、下にいる鯉登が身じろいだ。言葉ではなくて行動で何かを伝えようとするような動き。杉元が意図を察さずジッと見ていると、ついに鯉登は怒った。
「……退かんか! 重いし……いつまでも何か挟まっているような気がして気が散る!」
「気が散るって何から? まだ挟まってるのは事実なんだけど」
 確かに、孔に吸い込まれるような感覚だったのが、今度はぎゅうぎゅうと押し出されるような感覚に変わっていた。昨晩と違って、ゆっくり抜き出してやる。そうすると鯉登の身体は小さく跳ねた。今回気付いたことだが、どうやら胎の中には陰茎で触れるとかなり良い場所があるらしい。
「手ぬぐいどこにある?」
 と尋ねると、鯉登は一瞬逡巡してから指をさした。昨晩は片付けを一人でしたが、今回は自分が射精していることもあり億劫らしい。
 杉元は陰茎を下帯にしまってから、手ぬぐいで飛び散った鯉登の精子を拭った。それでも、大半は浴衣に吸い込まれている。
「浴衣についてる。洗わねえと……」
「……問題ない。持ち物も元に戻るのだ」
「え。そうなの。……でも明日が普通に来たら、このままになっちゃうんじゃないの」
「それはわからん。明日に行ったことがないからな……。でも繰り返している間、宵越しの銭は持てなかった。持ち物も身体も全部、今日の初めに戻ってしまうんだ。怪我をしても元通りだ」
「へぇ〜……んじゃ、明日が来てもそれが今日の続きかはわかんないんだ」
「ああ。私は、同じ日を繰り返す前の……本当の【今日】を踏まえて明日になるのだと思っている。繰り返している【今日】は偽物だ。繰り返している方がおかしいのだから」
 今日とか明日とか、本当だとか偽物だとか言うので混乱してくる。
 とりあえず、繰り返している日々は【明日】に持ち越されないだろう、と鯉登は考えているらしい。万が一今日の性交で神様を満足させることができたとしても、その余韻を誰にも感じさせず【明日】に行けることができるのではないか、と。
 どうにもわかりにくいが、どれだけ粗相しても何も明日に持ち越されないのならそれは願ったり叶ったりだ。
「あと俺ができることある?」
「……なにもない」
 鯉登は布団に横たわったままそう言った。
 杉元は意識して、あまり鯉登の方を見ないようにしていた。そうでないとどうにかなってしまいそうだったので。
「じゃまた明日。……何かあったら呼んで」
 横たわったまま、腕だけあげて鯉登は手を振った。それがまたな、なのかもう行け、なのかはわからなかった。




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