二次小説(駄文)&BL注意。
※EXより前の時間設定です。
※全体的に樹把が可哀想な話です。←












「…ふざけんじゃねえよ、毎回毎回!」
 執筆を中断しがてら、汗を吸い込んで少し重く感じるヘアバンドを乱暴に外しながら、瑛里は受話器に向かって苛立ちを隠さずに噛み付いた。
「えー、冷たいぜ兄貴、明日一日だけじゃねーかよー」
 しかし、受話器の向こうから帰って来たのは何ともお気楽な声。
「………」
 余りの怒りに溜息すら出て来ない。瑛里が黙り込んだのを良い事に相手は延々と何事かを楽しそうに喋っていくが深く理解する気は元々無く、ぼんやりと喉が渇いたと思いながら冷蔵庫へと歩み出す。
「あー、でも、俺だって手ぶらじゃ行かねーよ、あのなんたらっていう限定エクレア買ってやる! 兄貴、家に篭もってばっかだから食った事ねーだろ?」
 ミネラルウォーターとビールのどちらを手に取るか迷う頭に、限定エクレア、という単語だけは鮮明に入って来て、瑛里は冷蔵庫を開けた姿勢で少し動きを止める。きっと、何とかという長ったらしい名前のパティスリーが東京駅の構内で一日限定200個のみを販売しているという、新聞やニュースで大人気のあれの事だろうが。
「残念だったな、昼頃ゲリラしに来た瀬口が大量に買って来た」
「げっ、マジで」
 告げた事に嘘はなく、冷蔵庫の一番下の段に鎮座している白いボックスの中にはそのご大層なエクレアが十個程詰まっている。実は大変な職権乱用をしているのではないかと心配になる位、冬馬は瑛里に会いに来る度に限定やら幻やらと余計な呼称が付いているスイーツを、コンビニで買ってきたかの如く軽い様子で置いていくのだ。正直、確かにそれらのスイーツは名の通り美味しいので、瑛里としてはちょっぴり楽しみにしていなくもなかったのだが。
「じゃ、何か別のモン買ってくわ」
「要らん」
「んー、ナンパした女の子のオススメって奴じゃ駄目?」
「要らねえっつってんだろ!」
 汗で湿って前髪の根元が額に張り付く感覚と耳元で喧しい弟の声が不快で、苛々と頭を掻き乱す。ドリンクはビールに即刻決定した。その間にもあれやこれやと話を展開されるのが鬱陶しく、瑛里は缶ビールのプルトップを開け数口飲み下す間、ダイニングテーブルの上に受話器を放り投げる事にする。
「明日、か…」
 冷えたビールが胃へと吸い込まれていく感覚に心地よさを覚えて溜息を吐き出すと、思わず一緒に考えている事が一言漏れてしまった。何故突然に明日を指定してくるのか。聞いていないことが丸分かりの筈なのに、途切れる事なくスピーカーから漏れ聞こえてくる弟の声に眉を顰める。樹把が泊まりに来ると言っている明日は、平日ではあるが久々に愁一がほぼ一日オフを取れる予定の日でもあった。特に何をしようと約束している訳ではないが、近日中に書き上げなければならない仕事も幸いなく、最近はお互い仕事の関係でオフが擦れ違ってばかりだったので、それなりに気にはしていたのだ。
「………」
 まさか、この自分が「何か」を期待しているとでもいうのか。
 明確な理由の分からない不機嫌さと共に、受話器を再び手にする。スピーカーの声はまだ続いていた。
「兎に角明日は…」
「それじゃ、そーゆー事で、夕飯は豚の生姜焼きなっ、じゃーな兄貴!」
「待て樹把、テメ…!」
 断りの言葉を伝えようとした矢先に、電話が一方的に切られる。虚しく耳元で響く電子音を聞きながら、瑛里は激しい怒りと脱力感を覚えて、受話器を机に乱暴に叩きつけた。
 彼がこの家をホテルか何かの様に扱うのが不愉快でも、遠くから来た以上未成年を夜遅くに追い返す事は流石に忍ばれて結局毎回いいように家を使われてしまうのだ。実に不本意極まりない。しかし、あの弟は来るなと言って諦める様な性格は残念ながらしていない。怒ったり摘み出したりするだけでは駄目なのだ。
(…じゃあ…来させないんじゃなくて、もう来たくないと思わせればいーんじゃねーか…?)
 突然の閃きに瑛里は怒りに寄せていた眉間の皺を消した。
 新作小説のプロットを立てている時より遙かに早く脳が回転する。結果を決めてしまえば、後は道筋などどうにでもなる。登場人物は既に揃っているのだ、こんなに簡単なシナリオ作りはない。
 ゆっくりとカレンダーを眺め、冷蔵庫を眺め、そして最後に受話器を眺めて、シナリオを作り終えた瑛里は愉快そうに笑みを浮かべたのだった。



Aへ続く(?)