昔話をしましょう。
私がまだ、四歳か五歳だった頃のお話。
毎日が緩やかで、母という緊張すら曖昧で、生きていた事を確かに実感していた私は、暖かい風と暖かい地を愛した。
植物も、動物も、皆同じく愛した。
鮮血とは呼べないどす黒い血。
画面いっぱいに広がる残虐世界。
私という空虚に入り込んでくるそれ。
次第に芽を出す私。
脳に植え付けられた種子は、ドクリと脈打つブラマンジェを優しく侵し出す。
嗚呼、今日も、何て気持ちの良い日だろうか。
私ね、本当に本当に受け入れて貰いたいの。子供だから、優しく抱き締めて私の話を聞いて貰いたいの。母の事、過去の事、そして貴方への蕾の様な気持ちを。
多分、もしかしたら、恋しているだけなのだけれど、貴方の為に女になろうと思ってしまうの。貴方を待つのも、貴方を慰めるのも、貴方に抱かれるのも全て私にさせて欲しいの。今はまだ、待つのも慰めるのも出来る自信は無いの。だから修行しているのよ。女として。死ぬまで美しくあることだって大切な女の仕事。
幸いにも、貴方は私の体を好んで下さっているから、繋ぎ止めては置けるのです。
こんなにも切ない。
貴方の笑顔が、大好きなの。
誰が為に 女は 鳴く
乾いた体が水を欲するのと同じ様にあの方を欲し、指の先から脳の真ん中、柔らかく曖昧で敏感なそこまでじわりじわりと染み込みゆく。
何と気持ちよく侵すのだろうか。過去や苦痛、それら全てから解放され、只ひたすらに彼を貪る。こんなにも美味で、こんなにも危うい、果実だなんて陳腐な表現なんかではとうてい表しきれない、禁断の肉を心置きなく堪能出来得る、常人には少し理解しがたい感覚に、肌が粟立つのを抑える事が出来ない。
[愛しているかは分からない]
[だけれど私は、女として、貴方の夢を叶えたい]
[貴方は彼女を気にしなくなったと言うから]
[私は次第、次第に優しくなる貴方を]
[徐々に近くに感じてしまう]
愛ではない、只の肉欲かもしれない。然し誰にも阻害し得ない、本能的なこの肉欲に、私が侵される前に彼は私を侵してしまうのだ。
傷口に舌を這わす様に
私の全てを受け入れて欲しい
水に触れることで現実から乖離する私にとって、入浴とは儀式であり、侵しがたいもので有る。
長い髪は腰に絡み、神聖さを増させる。
彼は、今夜私に何をするであろうか。愛を語らぬ唇は女体を高ぶらせる為だけに有る様に、私を翻弄する。指の動きは緩やかで、確かめる様に確実に熱を残していく。
その瞳は、私を、見ているのでしょうか。
トラウマが性的魅力に直結してしまったこの私の、身体以外を彼は好んでくれて居るのであろうか。
嗚 呼
壊れてゆく
平穏と言う名の幸せが
嗚呼、でも貴方の存在は、何と緩やかで離し難いのだろうか。
愛でなくて良い
只、只、私で頭を一杯にしてしまいたいのだ。
彼の瞳に、彼女以外の女は映るのだろうか。
お前はその為に生まれたのか。そう思うほどに、歳を重ねるに連れて肉体は妖艶さを増し、顔は憎しみと悲しみとに汚れた無表情なだけだったものから、悪戯を知った子供の様な無邪気で残酷な表情を映す様になった。
腰を高く上げ男を待つその仕草にも、幼さと妖艶さが混じりあっていた。
母が、母は、私に何を植え付けたのだろうか。
殺してしまいたい。
母と唱えることすら違和感を覚える。
曲がりなりに愛してくれた。しかしそれだけでは許し得ない。
殺してやる
殺してやる
殺してやる