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I'll never forget her as long as I live.

梅吹と凛二朗




座長が殺され、俺と蘭悟が奥様に拾われたあの夜から、半年が経っていた。
編入した中学で、イイコちゃんな真面目優等生を演じる器用な蘭悟を鼻で笑い、喧嘩に明け暮れている俺は、只今自宅謹慎中だ。

蘭悟が後で口やかましく添削してくるであろう課題の反省文をしたためるための原稿用紙に、くわえた鉛筆の先で適当にミミズの這ったような線を書いていたが、それすらも馬鹿馬鹿しくなって、ぐしゃりと丸めて放り投げた。

「しょーもな」

思ってもいないことを書くなら、寝ていた方がましだ。
そう思ってごろんと畳に横になったとき、たんたんたん、と軽やかに廊下を走る足音が聞こえてきた。

やがてそれは俺と蘭悟の部屋の前で止まり、そのかわりに障子がぱん、と開いた。

「りんじろーっ」

そこには、幼稚園から帰ってきたばかりの、かわいいかわいい4才のご主人様。
軽く息を弾ませて、寝転がっている俺の胸の上にダイブしてくる。
ふんわりと子ども特有のあまい香りがして、ぎゅーっと抱き締めると坊ちゃんは嬉しそうに笑った。

あぁ、かわいい!俺の癒やし!

「んーっ、おかえり!なんやなんやーっ、廊下はしったらあかんって奥様に言われてるやろー?」

「きょうはおうちにりんじろうがいるっておかあさまにきいたんだもんっ」

「せやねーん、今日から一週間な、りんじろう学校お休みやねん」

「おねつがあるの?」

がばりと起き上がって、もみじみたいな小さな手のひらを俺の額と自分の額にぺとりとくっつけて尋ねてくる坊ちゃんに、きゅんと胸が弾む。

「俺ずっと謹慎でええわ...」

思わずそう小声で呟く。

「おねつ、わかんない」

「熱はあらへんから大丈夫やでー」

坊ちゃんは優しいなー、と頬ずりをすると、すべすべのほっぺたが肌に気持ちいい。
きゃー、と笑う坊ちゃんから顔を少しだけ離して、「んー」と唸りながら唇をつんと尖らせると、ちゅっとキスされる。
この瞬間が、今の俺にはたまらない癒しの時間なのだった。

「りんじろう、まつげながぁい」

そう言われ、こんなにかわいくて天然タラシで将来は大丈夫なのかと心配になる。

こんな風に俺と蘭悟で同じくらい甘やかすものだから、幹部の連中にはなんやかんやと言われるが、そんなことは気にしない。俺達は大旦那と奥様と坊ちゃんの命令しかきかないのだから。

「りんじろう、なにしてたの?」

「んー?俺なー、ちょっと学校でわるいことしてもうて、先生にごめんなさいのお手紙書いててん」

坊ちゃんとこつんと額を合わせて話しながら、投げ捨てた原稿用紙を腕を伸ばして坊ちゃんの死角からたぐり寄せる。
適当にシワを伸ばし、なんとか机の上に乗せた。

「かけた?」

「まーだ」

「じゃあかけたらあそんであそんでーっ」

「んー、今でもええでー」

坊ちゃんの脇腹を優しくつかんで軽く揺さぶってやると、きゃっきゃと楽しそうに笑う。
ひとしきりじゃれたあと、坊ちゃんは俺の膝の上にぽすんと座って鉛筆を手渡してきた。

「らんごにおこられちゃうから、ぼく、おてがみがおわるまでまってるね!」

「うー...ほな、頑張るわ...」

たしかに、あの口うるさい蘭悟が帰ってくるまでに書き終わらなければ面倒だし、なにより坊ちゃんにそう言われては断れず、鉛筆を受け取ってようやっと文章をしたため始めたのだった。





I'll never forget her as long as I live.

(なんや、珍しく真面目に書いとるやんけ)
(まあなー)






瓶に詰めた秘密

生徒会メンバー




今日は生徒会の会議だ。

いつもパソコンからの文書の送信で報告を済ませるセリンちゃんと、僕が定刻集合を強いていないネムくん(煉織さんには、甘やかすなといつも怒られている)を除いたメンバーが生徒会室に集まり、報告もそこそこにおしゃべりタイムが始まった。

僕はみんなの話を聞きながら、先程の報告をまとめていく。
この時間は今まで友達のいなかった僕にとって、とても心地よくて好きな時間だ。

そこへ、ガチャリとドアが開いた。

「っすー。遅れてすいませーん」

少し低めな、ネムくんの声。

「こんにちはネムくん。来て早々悪いんだけど、パソコンからセリンちゃんの報告書、プリントアウトしてくれる?」

「うぃーっす」

与えられた席にカバンを置き、メンバーと挨拶をかわしながら僕の机の上のパソコンへ向かう。

「よ、ネム!」

「どもっすー。あ、トキ先輩、それ」

「?」

トキくんのところで立ち止まったネムくんは、トキくんが読んでいたアメフト雑誌を見て1箇所を指さした。

「このモデル、すっげー美人だけどブラコンで有名じゃないっすか。その弟がウチの学校の生徒だって噂あるんすよねー」

ボキッと音を立ててシャーペンの芯が折れた。
嫌な予感がして、あくまでノートに向かったまま、視線だけをトキくんの持っている雑誌に向ける。

案の定、さまざまなアメフトの特集の合間に入っている広告ページが、暮廼さんがイメージキャラクターをつとめるもので。

...大丈夫、バレる訳が無い。
そう自分を落ち着かせながら、カチカチと折れた分のシャーペンの芯を押し出す。

「んー、俺そういうのあんまり詳しくないからなー。煉織とか羚ちん的にはすごいのか?」

「すっごいですようー!もしほんとなら、会ってみたいなーっ」

「でもこんなに綺麗な人の弟なら、よっぽど美少年なんじゃないの?絶対目立つから本当だったらすぐ話題になるわよ」

「じゃあ似てないんじゃない?俺の友だちも、お兄ちゃんとあんまり似てない子がいるよ」

煉織さんの横に座って、スケジュール帳をシールで彩っていたつじくんも話に参加した。

「穏嶺、あんたはどう思う?」

つじくんの向かいであり、羚ちんの隣の席でもある席で、羚ちんに自分の分のお菓子をあげていた穏嶺さんは、突然矛先を向けられてきょとんとした。
一応話だけは聞いていたのだろう、「そうですね、」と少しの間思案して、真面目な風紀委員長はひとつ考えが浮かんだようだった。

「もし顔は似ていないとしても、髪色は同じなんじゃないですか?」

そう言われた煉織さんをはじめとするみんなが、まずネムくんに視線を集中させた。
ネムくんの長い前髪が、驚きの振動でふらりと垂れる。

「いやいや、この話題始めたの俺っすから。それに、姉貴はいるけど、クールビューティーっつーよりふわふわ天然系なんで」

「えーっ、お姉ちゃんいるのー?!わたしも!お揃いだねっ」

「ふふーっ、羚ちん先輩お揃いっすね」

ぴょん、と跳ね上がってハイタッチをしにいった羚ちんのために屈みながら、ネムくんが笑う。(羚ちんは、ネムくんの大のお気に入りだ)

「じゃあ...」

遠慮がちに、つじくんが僕の方をちらりと見やった。
それにつられて、ネムくんから僕にたくさんの視線が移る。

「え、梅?」

「へっ!?」

こてん、と頭を傾けるトキくんと目が合った。僕としたことが、焦りで声が上ずってしまった。

「部分的すぎよ」

「んー、なんとなく雰囲気も似てるような気がしたんだけど...会長と、暮廼さん」

雑誌と僕を見比べるつじくんにどきりとする。

「まあ、万が一うちの学校に彼女の弟さんが在校しているとしても、この生徒会の人間というわけでもないでしょう」

なんとか平静を装ってにこりと微笑みながら言うと、みんなは「そっか、そうだよね、」という表情で破顔したのだった。

議論は終わり、それから話題はつじくんの始めたバイト先のことに移り、僕はホッと胸をなで下ろした。







瓶に詰めた秘密

(なんや坊ちゃん、えらい疲れた顔して!)
(うん...まあ...)






砂糖菓子でできた少年

畝琳とテオドール




テオさんは、この夜の都会の一部を握っている経営者だ。自身の経営する高級クラブは多岐に及び、そのどれもが成功している。

性格はいたって温厚。
その物腰のやわらかさと抜群の経営センスと多大なる財産、そして外国人特有の甘いマスクをもってしても、彼は独身だ。

なぜか。
答えは、彼がゲイだから。
もっと言えば自身の年齢の半分以下の子どもの、まあ、俗に言う恋人、がいる。それがボクだ。

「おさけ、ルームサービスで注文した方が種類が豊富ですし、あなたの口に合うものも多いじゃないんですか?」

テオさんが暮らし、ボクが居候している超のつく高級マンションから程近くにあるコンビニで、ボクは溜め息混じりにそう問うた。
時間は、日付がかわって少し経ったくらいか。




十数分前。
どうしてだか、突然「お酒、買いにコンビニに行くから、一緒に行こう」とテオさんに言われた。与えられている部屋で、明日の日曜日を挟んで月曜日に提出する生徒会への報告書を作成していたボクは虚をつかれた。

「ボクは未成年ですが」

「セリンにも、好きなものを買ってあげるから」

「間に合ってます」

「.......」

「.......」

沈黙。背後で捨てられた仔犬のような視線を投げかけてきているであろうテオさんが動く気配はない。
いつもなら「あまりしつこいと嫌いになりますよ、」と脅して追い払うところだけれど、夕食時にあすは休みなんだと随分浮かれていたテオさんのふにゃりとした笑顔を思い出して、ボクは重い腰を上げたのだった。




「...なにかルームサービスにないお酒があるんですか?」

膨大な種類のお酒の名前が連なるルームサービスのメニュー表を思い出しながら尋ねると、テオさんはばつが悪そうに視線を逸らした。

「うう、ん」

「は?」

「ない...」

「ちょっと意味が分からないんですが。用事もないのに、ボクの邪魔をしてまでこんな夜中にコンビニに連れてきたんですか?」

「......」

テオさんは、小さく、こくん、と頷いた。
まったく、冗談じゃない。
ボクらみたいに体格差も年齢差もある男二人がこの時間帯に連れ立って歩いているだけで、すれ違う人間には十中八九振り向かれるというのに。
ましてやテオさんは手まで繋いで来ようとしてくる。

「...セリンと、一緒に出かけたかったんだ」

一歩外に出ればバリバリの経営者のくせに、テオさんはボクといるときは本当に子供っぽく、甘えたで、そして面倒くさい。

「明日どこかへ行けばいいでしょう
。お互い休みなんですから」

「明日は、家で一日中セリンを独り占めしたい」

「......」

駄々をこねるようにボクの手を両手で握りながら、甘い視線が頭上から降ってくる。

テオさんの発した言葉を反芻して、あぁ、もう、と声にならない声が出た。

先程から何事かと店員がチラチラ見ているのもわかっていたので、ボクはその手を振り切ってコンビニを出た。

「セ、セリン、嘘をついてごめん、待って!」

後から駆け足で追いかけてきたテオさんは泣きそうな声でボクの肩をやんわりと掴んだ。
その手もさっと払い除けて、ボクはマンションへと走った。





「よるなら、手もつなげるとおもったんだ...」

「......」

ドアの向こうから、しょぼしょぼとした声がきこえる。

「セリン、機嫌を治して。セリンのかわいい顔が見られないのはとっても辛いよ...こっちに来て、愛を込めて謝らせて...だいすきだよ」

「信じられない...なんて恥ずかしい台詞を吐けるんだあの人は」

小声で呟いてハァ、と溜め息をひとつ。
別に嘘をつかれたことに怒っているわけじゃない。時間を無駄にされたことについても、まぁ、少ししか怒っているわけじゃない。(時間は有限ですから、)

問題は、この熱く、そして赤くなった頬だ。

「...セリン...」

「...もう、わかりましたから、リビングで紅茶でも選んでてください。報告書を書き終えたら淹れてあげます」

「!」

ぱぁ、とドアの外の空気が一気に軽くなったのがなんとなくわかる。ボクの倍以上の年の癖に、本当に単純な人だと思う。





元々終掛けだった報告書を仕上げ、伸びをして部屋を出る。
廊下の向こうにあるリビングのドアを開けると、家中の紅茶の缶を出してそわそわしているテオさんがいた。
ボクの顔を見るやいなや、紅茶の缶に一気に興味をなくして飛びついてくる。

「セリン!あぁ!許してくれなかったらどうしようかと...」

「...別に怒ってあなたを振り切ったわけじゃあないんです。ああやって出先で甘えたり所構わず変なことを言うのをやめて欲しいだけです」

「どうして...?俺はいつだってどこだってセリンを愛したいし愛されたいよ」

「いや、だから、そういうのをやめろって言ってるんです」

「んー、でもいまは家の中だよ...」

ぎゅう、と腕の力を強められて、体が圧迫される。すりすりと髪に頬ずりまでされて、そのあと顔中にキスが降ってくる。

「...ハァ」

「俺だけのセリン...世界一愛してるよ」

「あぁそうですか...」

もうこうなったこの面倒くさいおじさんには何を言っても無駄だ。
げんなりしながら、抱きついて離れないテオさんを引きずりつつ散らかった紅茶の缶を片付ける。

「...あの、邪魔なんでソファに腰掛けててください」

「じゃあ、セリンからキスして?」

「...」

抵抗しても聞かないのは分かっているので、大人しく身体を反転させて、身長差を縮めるため屈んだテオさんに口づける。
さっさとテオさんの腕の中から抜け出そうとしたのだけれど、それよりも先に顎を掴まれて舌を割り込まれた。

「ちょっ、んぅ」

下の歯と歯茎の境を舌先でつつかれ、びくりと肩が跳ねる。

「は、んっ」

怯んだ隙に舌をつかまえられて、ぢゅっと強く吸い付かれると、目の前がチカチカした。

「んッ、ふ、んむぅ、」

漏れる吐息ごと唇を貪られて、たまらず背後のテーブルに手をつく。
ちゅ、ちゅ、と口の端から端までついばむように唇を愛撫をしたあと、再び歯列をなぞる舌に蹂躙される。

そうして何度も何度も角度を変えてボクの口内を散々弄んだテオさんは漸く唇を離した。

「ん...」

うっとりとしながら自身の唇を舐めるテオさんの頬を思い切り抓る。

「いっ、いひゃいっ」

「あんまりボクの邪魔をすると明日構ってあげませんよ」

「だ、だって...」

「おすわり」

言い訳を紡ごうとするのを遮ってソファを指さす。
さすがにこれ以上調子に乗るといけないと思ったのか、テオさんは大人しくソファに腰掛けたのだった。

「まったく、手の焼ける」

ティーカップを取り出しながら、ボクはまだ少し整わない息を大きく吐き出した。





砂糖菓子でできた少年

(舌先で溶かして甘やかして)






メレンゲの岬より愛をこめて

蓬禪と雪彦




「...あれ、」

日曜日。
大学時代の友人とランチをして帰ってくると、玄関には若の靴。

「若ー?」

合鍵は渡してあるので俺がいない間に俺の家に若が来ていることは珍しくない。
そのまま上がってリビングに脚を踏み入れると、若にしては珍しく荷物と上着がごちゃりと散らかっていた。

「いない」

いつもならミニテーブルでパソコンを広げてレポートを書いたり仕事をしたりしているのだけれど、リビングは荷物以外もぬけの殻だ。

「おかしいなぁ」

そう思って寝室のドアを開けると、俺のベッドが人型の山を成していた。
床に落ちていたネクタイを拾って、眠っている若の顔をそっと覗き込む。

「若...?具合でも悪いのかな」

そう思って額を覆っている前髪を掻き分けて熱を測ってみたけれど、特にあついわけでもない。
むしろ、ぐっすりと眠っているだけ、という印象だ。

「寝顔はかわいいんだよねぇー」

良く分からないけれど、病気というわけではなさそうだ。
安心すると今度は若の寝顔がかわいくて、ふふ、と笑みが溢れる。
つんつん、とほっぺたをつつくと、怪訝そうに一瞬眉を顰めただけで、すぐ深い眠りに戻ったようだった。

「...また俺のぬいぐるみ枕にしてるし」

高枕が好きらしい若は、俺の家に泊まるとき、いつもベッドサイドに置いてあるくまのぬいぐるみ(若がくれたもの)を枕の上に置いて眠る。
何度怒ってもやめてくれないのでちょっと諦めているのだけれど、だんだんぺしゃんとしてきている気がする。限定ものですっごく高いのに...。

きっと起きてくると「腹減った」か「コーヒー」だ。
そう思ってリビングと併設してあるキッチンに戻ると、携帯に着信が来ていた。

「豪さんだ」

急いでかけ直すと、3コールで繋がった。

「すみません、出られなくて」

『や、いーんだ、それより雪彦先生のとこにウチのボスはいるか?』

「あ、来てますよー。ぐっすり寝ちゃってますけど」

『やっぱりな。ほぼ不眠不休で昼間大学行って夜仕事しての繰り返しのあと、仕事のトラブルで大学から空港直行で海外いった帰りなんだ。寝かせてやってくれ』

「え...!?大丈夫だったんですか...!?」

『ああ、若の顔でなんとかその場はおさまった』

ホッと胸を撫で下ろすと、豪さんは部下ではなく「保護者」のような優しい声音でふ、と笑った。

『アイツはさ、自分ちで寝るよか雪彦先生んちで寝る方が落ち着くんだ』

「...?」

『ウチではいつだってびっくりするくらい眠りは浅いし、険しい顔して寝てるけど、雪彦先生の家じゃそうでもねぇんだろ?』

そう言われて、先ほど額を触ったりほっぺたをつついても起きなかったことを思い出した。

『ありがとうな、雪彦先生。だから、今はそのまま寝かせてやってくれ』

「わかりました、」

そうして電話を切ると、なんだかとても嬉しい気持ちになった。
俺も若の役に立っていると思うと、胸があたたかくなる。

「ミネストローネ作ってあげよう」

若は、ミネストローネがすきだ。
口では言わないけれど、周りが心配するほど少食な彼が唯一おかわりをするのが、俺の作ったミネストローネで。それを知った時もすっごくすっごく嬉しかった。




ミネストローネがちょうど頃合になってきたころ、その匂いに誘われたのか、若が起きてきた。

「...腹減った」

「おはよー。いま用意するから座って待っててー」

若があくび混じりに乱れた髪を耳にかけながら、ぽふんとソファに腰を下ろしたのを見届けて、出来上がったミネストローネをスープ皿に注ぐ。

「ねぇ若、最近寝てなかったんでしょ?お疲れさま。体調は大丈夫?」

「仕事とレポートが立て込んでたからな。体調はどうもねぇ」

「飛行機でも仕事してたの?」

「あぁ」

若が普通に大学生をしているところはあまり想像がつかないけれど、若のことだから、講義は講義でしっかり集中していたのだろう。
それから俺にはよくわからない仕事(きっと、神経を使うものも多いんだろうな、)をねる時間を削ってこなして、組の人の前ではしっかり「若頭」で気張っていたんだろうとも思う。

「...おいしい?」

「...ン」

小さくうなづいてくれたことが嬉しくて、えへへ、と思わず声が出た。

「若は俺のミネストローネだいすきだもんねー、」

「うるせぇ」

そう言いながらも空になったスープ皿を突き出してくるから笑ってしまう。(これ、おかわりの合図)
上機嫌でおかわりを注ぎながら、まだ少し眠そうな若に声をかける。

「今日泊まってくの?」

「そうする。で、5時に起こせ」

「えー...5時ー?俺起きられるかなー...若用の目覚まし買わなきゃね」

「俺の目覚ましはてめぇだろ。機械はうるせぇだけだ、いらねぇ」

「はいはい、俺のモーニングコールじゃないと嫌なんだよね、仕方ないなぁ」

「あぁ?誰もンなこと」

「はい、どーぞ!」

「...」

こんなやりとりなら慣れたものだ。ああいえばこういう口は塞いでしまうのが一番手っ取り早い。

「それにしても、若、俺がほっぺたつんつんってしても全然起きなかったよ」

「人が寝てるときに余計なことすんじゃねぇ」

「ほんとによく寝てたんだもん」

「......」

「...若?」

「...てめぇの匂いは、落ち着く」

「へっ」

あまりにもびっくりして、変な声が出てしまった。
当の本人は素知らぬ顔でミネストローネを口に運んでいるし、ああ、調子狂うなぁ、もう。

でも今日は、俺が若にとって特別なんだなと実感できて、すっごく幸せな日になった。





メレンゲの岬より愛をこめて

(いつだって君の味方)






アンビリカルコード

漆瀬と禎韻さん




「...2回目は、ねーな...」

「ないねぇ...」

夕焼けに染まる教室で若さゆえの好奇心と興奮とに呑まれて親友と興じた一度の戯れは、お互い甘いだけのものではなかったようで。
情事後の疲れた身体に鞭を打って着衣の乱れを直す。

「なによりケツいってぇしな」

「せますぎると辛いね」

「俺もお前も、掘られんの向いてねーわ」

「あはは、」

カチャカチャとベルトの金具を留めながら、禎韻がいたずらっぽく笑う。
確かに、まだ覆い被さるならしていることは女の子相手と同じなのでなんとか達することもできたけれど、女の子のポジションでセックスをするというのは実に痛みのつきまとうものだった。

「でも、禎韻がゾクっとしてる顔、エッチでかわいかったよ」

「うっせーよ」

「あでっ」

少し笑いながら言うとぺち、と頭をはたかれた。(いまのはホントのことだったんだけどなぁ、)

「それでぎりぎりイけた気がする」

「あーそうかよ...良かったな俺が美人で」

「いひゃいよーっ」

頬をぐにぐにと抓られる。あんまりこういうこと言わないから、照れてるのかな...。



制服をすべて着直して、すっかり日の暮れてしまった空を見上げてから、禎韻は教卓の上や床に散らかるコンドームとティッシュをげんなりと見つめて溜め息をつく。

「なー漆瀬、コレどうする?ゴミ箱に捨て帰ってもいーかな」

「うーん、明日になったら臭うんじゃない...?変に見つかったら恥ずかしいよ」

「誰も俺とお前が使ったやつだとは思わねーだろうけど...ま、肩身の狭い思いすんのもアレだしな」

「そうだね、」

ゴミも溜まっていたので、袋ごと焼却炉に捨てて帰ることにした。

禎韻がゴミ袋の口を縛っている間に、新しいゴミ袋に取り換える。

「あー、なんとかイこうとして無駄に体力使った気がする」

「俺も。女の子とするときの倍くらい疲れちゃった」

「腹減ったしコンビニでなんか買って帰ろうぜ」

「うん!」

俺たちはゴミ袋を持って、電気を消して、教室を後にした。




「うお、さみーな!」

「汗かいたから余計冷えるねぇ」

「んー」

学校を出て、コンビニに向かう。
まるで今まで夢中で遊んでいたみたいな会話だけれど、俺たちがしていたのは男同士の、親友同士でのセックスだ。
それも、懲りるくらいの。
だのに、特に気まずくなるわけでもなく、たださっきの情事の感想なんかを言い合っていることが不思議だった。

「肉まんとピザまんどっちにすっかなー」

「俺はなんにしようかなー」

「ソフトクリーム食えよ」

「俺もあったかいのがいいんだけど!」

「ダーメ。俺のいうことは絶対」

「やだよー禎韻はそれ許すと暴君になるじゃんー!」

「はは、」

二人でこうして笑い合うと、イレギュラーだった放課後も何でもない一日の終わりに早変わりした。
親友としてお互いの隣の居心地がいい事を無意識に分かっているからだろうな、と禎韻の笑顔を見ながら思ったのだった。





アンビリカルコード

(こいつはこの抹茶ソフトってやつで)
(ちょっと、禎韻ってば!)






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