台詞1つSS19

『台詞一つでショートショート』なお題バトンR




小説(ショートショート)用の、ちょっと特殊なお題バトンです。

文中のどこでも構わないので

「辛いとか悲しいとか苦しいとか、言わなくても察して欲しいって思うのは、ただの我儘だよ。」

を入れてショートショートを創作して下さい。ジャンルは問いません。口調等の細部は変えても構いません。



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潮風に髪を靡かせながら、雪華はゆっくりと隣を振り返る。
隣にはかつての自分の座乗艦である 「三笠」 がゆったりと、控えるように立っていた。
その顔は第一線を退いたからか、険しさはなく、どこかゆったりとした余裕を醸し出していた。

「辛いとか悲しいとか苦しいとか、言わなくても察して欲しいって思うのは、ただの我儘だよ。」

唐突に雪華は 「三笠」 に言った。雪華の言動がいつも唐突なせいか、 「三笠」 は別段気にした風もなく聞き返した。

「でも、俺たちは何となく分かりますよ。マスターが何を思っているか」

「ありがとう。でもね、人に対しては高望みなんだよ」

慈愛に満ちた笑みを向けたかと思うと、遠くを見るようにして悲しげに呟く。
「三笠」 には雪華が悲しむ理由が分からずにただ続きを待つ。

「人はね。口では何だかんだ分かるよって言っても、結局は言葉で伝えないと本当には信じられないの」

手摺を掴み、海に目を向け呟く雪華は寂しげに呟く。
それが自分に言った言葉か、 「三笠」 に言った言葉かは本人にも分かっていなかった。
ただ、艦に弱音など吐かずにきた自分が随分丸くなったものだと心境の変化に驚いていた。そして、その変化を嫌っていない自分にも。
弱音を言う気になったのは、艦が軍籍を外れ、現存する艦の中では一番付き合いが長いから自ずと嘘は気づかれる。
それならば、寄りかかってしまうのも悪くないかもしれない。
艦達は人間と違い、打算もなく傍に居てくれる。
普通の人間から見たら歪な関係も、人が艦に寄りかかる本来とは逆の関係も良いものだと思えたらきっとこのままでもいいだろう。
「三笠」 が何も言わずに支えてくれるので、雪華もまた、何も言わずに寄りかかり穏やかに時が過ぎて行く。