佐助と幸村
死ねた?
それは一年前のこと。
「ただいま」
そういいながら俺はテーブルの上に、あるカードを置いた。
「おかえり〜」
佐助は夕食の準備をしている。テーブルの上にあるそれにはもちろん気付いていない。
テレビの電源を入れニュースを観はじめる。
暫くして夕食の用意を終えた佐助がリビングにやって来た。
「何そのカード?」
気付いたようだ。
「ドナーカード」
俺はそういいながら佐助にカードを渡して見せた。
「何さいきなり」
「いきなりって前から持ちたいって言ってただろう。学校にあったから貰ってきた。ここにサインしてくれ」
「…」
何を黙っているのだろう。サインするだけではないか。
「…サインはしない」
「…へ?何故だ?」
まさかしないなんて言われると思ってなかったから、つい間抜けな声をあげてしまった。
「えーと、それは臓器提供に同意してくれないってことか?」
「そうだよ」
「何故だ、前俺がドナーカード持ちたいって言った時は賛成していたではないか」
なんで今更。
「…サインがなくても平気だが。実際脳死状態になった時は家族の同意がなきゃ臓器提供できないっていっただろう」
「旦那が死ぬことなんて考えたくない」
震えた声
「いや別に自殺するわけではないのだし。すぐに死ぬって決まっているわけでもないだろう。
もしも事故にあって…もしもだぞ?事故にあって脳死になったら。治る見込みがないのなら、ドナーとして誰かの命の為に自分の臓器が使われた方がいいに決まっているではないか。
それに俺の身体なのだから俺の意志を尊重してくれないのか」
「……」
何かを耐えるような辛そうな顔をしている。
やばい。
まさかこういう展開になるとは。
「…わかった。サインはしてくれなくていい。
だがこれだけは言っておく。俺の意志は変わらない。俺がもし脳死になったら同意してほしい。それが俺からの願いだ」
そう言って俺は部屋から出ていった。
父と兄は反対しなかった。
兄がサインしようかと行ってくれたけど断った。
時間がたてば佐助も俺の気持ちを分かってくれるだろう。
次の日には何事も無かったかのように接してくる佐助。
言い合いになっても次の日にはいつもそうだ。
そんな佐助に腹がたつこともあったけど今回は助かった。
どう接すればいいかわからなかったから。
それから一年後。
ドナーカードを持っているからといって特に何が変わるわけでもない。
これからやりたいこともいっぱいあるしお館様の道場での鍛錬や学校の課題などやるべき事が盛り沢山だ。
自分が死ぬかもなんて考えている時間もないくらいに。
だけど。
人生何が起こるか本当に分からない。
まさか本当に事故にあうなんて。
歩道を歩いていた時凄いブレーキの音が聞こえたのは覚えている。
音がする方を向いたら車が猛スピードで自分に向かっていて。
その後の記憶がない。
気付いたら俺は病院にいて、ベッドで寝ている自分を見ていた。
身体にはチューブがいっぱい取り付けられている。
…そうか、これが幽体離脱というものか。
本当にこんなことがあるんだな。
ドアをすり抜けると廊下にはお館様、佐助、兄が医師と何かを話している。
よく聞こえない。
でも微かに脳がどうとか臓器移植という言葉が聞こえた。
ああ、俺はもう助からないのか。
俺は多分脳死状態…なのだろう。
まだやりたいこともいっぱいあったんだけどな。
死にたくない!とか
なんで俺が!
とかいってパニックになると思ってたけと意外と自分落ち着いてるな、
なんてどうでもいい事を考えてると意識も朦朧としてきた。
…俺の身体、どうなるのだろう。
ドナーとして臓器提供できるのだろうか。
いくら元気な時に自分は脳死になったら臓器提供したいと言っていたって、実際脳死になったら自分の意志だけでは決められないなんて。
カードを持っていたって家族が承諾してくれなくては意味がない。
佐助は俺の気持ち分かってくれたかな。
見てみると佐助が泣きながら何か叫んでる。
兄も泣いてるけどそんな佐助を宥めているように見える。
兄の手には俺のドナーカードが握られていた。
そういえば兄上は俺が財布に入れてるのを知っていたっけ。
もう意識を保っていられない。
これで意識がなくなったら心臓止まるのを待つだけなのだろうな。
お館様、兄上、佐助…ごめんなさい。
今までありがとう。
最期に一つだけ、俺の願いを聞いてくれるといいな。
佐助……。
あなたは私の意志に同意してくれますか?
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