螺旋状に突っ走って死にたいプロフィール
2014/3/13 Thu 10:00
10分で構想(四回目)

話題:自作小説

「異世界」

目を覚ますとそこはいつもの世界だった。昔いた異常な正常の世界だったんだ。


と、彼は暗くて狭い、この取り調べ室で述べた。


窓がなく、薄い灰色の正方形の壁でできた部屋にはどこにでもあるテーブルとパイプ椅子が二つ。
彼はその片方に座っていた。全身から漂う異様な雰囲気は狂人のようであるように感じる。彼は狂っているのだろうか。実は私達が狂っていて、彼はまごうことなく正常なのではないか。または、彼はまた「別の」正常なのではないか。
私達の正常は大多数の意見により築き上げられた常識という偏見の塊に沿っているに過ぎず、その常識が間違っている可能性については誰もがわざと意識していない。
なぜなら、ある程度の規範や指標がなければ人は生きていけないのだ。その指標を自らが違うと認めてしまえば、社会も精神も崩壊してしまうだろう。

そんなことを私が考えていると、彼はポツリポツリと語りだした。

私達の世界で私達の社会で私達の常識では凶行と呼ばれる行動に出たわけを。


彼は中肉中背で、髪の毛はぼさぼさで無精髭が生えている。
けして清潔感があるとは言えない容姿だ。
そして右手が包帯でグルグル巻きである。
彼の右手、肩から指先、にかけては複雑骨折と粉砕骨折のコラボレーションだ。さらに正確には彼にはもう、右手の指は一本も存在しない。
彼の凶行は、彼に満足をもたらしたかもしれないが、それなりに彼へ代償を要求したのだった。


しかしながら、彼の容姿で最も恐ろしい場所は目だ。
彼の目は虚ろではなく、血走ってもいず、狂気も宿してないなかった。
ごく普通の、しごくまともな、やや意志の強い、澄んだ目であった。
それが今の状況ではたいそう異常なのだ。
そんな目をした人間が、あんなことができるのであろうか。
誰もがそれを信じることができずにいた。
警察官も裁判官も検察官もマスコミも、医者である私も。


巷を騒がす異常な事件で、世間の話題は一局集中だ。

その被疑者の精神を分析して鑑定するために私は呼ばれた。
目の前の彼はその風体とは裏腹な目をしていた。
それが私には怖かった。

人は理解不能なものを怖がる。だから分析し、枠にはめて安心する。自分自身も枠にはめられて安心する。

異常な行動をする人間は異常な目をしているものだ。
だから、私は怖くない。
異常な目をした人間が異常な行動をするのは理解できるからだ。

しかし、正常な目をした人間が異常な行動をすることは理解ができない。

だから、私は怖い。


彼は語る。
彼がどうして、女性の心臓をえぐり出すに至ったのかを。
彼が体験したとてつもない経験を。

彼がいたという、今いるこの世界とはまた「別の」正常な世界の話を。


続く(のかしら)



コメント(0)




[前へ] [次へ]
[このブログを購読する]


このページのURL

[Topに戻る]

-エムブロ-