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モノクロ28

『亜紀から連絡くれるの久しぶりだね、嬉しいよ。』

副会長、米沢瑞樹は爽やかとしか言いようのない笑顔で言った。

昨晩、『会えないか』と送ったメールにはすぐに『喜んで。』と返事が返って来た
てっきり米沢の家に呼ばれる事を覚悟していたが、男が指定して来たのは裏庭。
先日、米沢と生徒会長が揉めていた、例の場所だった。

白石は米沢を見据えて口を開いた。
『単刀直入に聞く。今度の会長選について、何か知ってるのか?』
米沢は笑顔を貼り付けたまま、首をかしげる。
『何か、って?例えば?』

白石はグッ、と言葉に詰まった。
賭博が行われそうになっている事は、まだ何の証拠も掴めていない。
裏付けのない情報を明かす訳にはいかない。

白石が考え込んでいると、米沢は堪え切れない、といった様子で笑い出した。

『…相変わらず素直だね。ごめん、苛めるつもりは無かったんだけど。』
クククク、と可笑しそうに笑いながら、米沢が言った。

『賭博の事について調べてるんだろ?』
『……!!』

米沢から出た言葉に思わず目を見開く。
やはり、賭博は本当だったのだ。

『悪いけど、この件に関して裏付けになるような証拠は持ってないよ。たぶん、この先いくら調べても出てこないだろうね。』
『…何で言い切れる?』

米沢は笑顔とは裏腹に全く笑っていない目で白石を見つめる。

『ここから先は有料。俺の出した条件を飲むなら話してあげる。話せる事に制限はあるけどね。でも、聞く価値はあると思うけど?』
どうする?と首をかしげる目の前の男に、夏だというのに、ゾクリとした寒気を感じる。

『…何が条件だ?』
白石が答えると、米沢は口を開いた。

『俺が話す事を、新聞にすること。』
『…!!』

『さっきも言ったけど、この件には裏付けがない。それでもこの内容を新聞にして、校内中に配信してほしい。』

それは…、そんな事をすれば、犯人の生徒を追い詰める事になってしまう。
そして、普通、新聞として記事にする前に、綿密な取材と事実確認を要する。
そうして、きちんと精査した情報だけを新聞として記事にする。
それをすっ飛ばして、とりあえず記事に起こせ、というのは考えられない事だった。
万が一情報に誤りがあった場合、新聞部の責任は甚大だろう。

米沢は続けた。
『犯人の個人名は明かさない。校内で賭博が行われている、という事実だけを書いてくれれば良い。』
『え?』
『新聞部に責任は取らせない。副会長の俺がそう証言した、と書いてくれれば良い。』

白石は米沢を見つめた。
今聞いた話では米沢にメリットが無いのでは?
どうして、そんなリスクを負ってまで…?
口にした訳でも無いのに、考えが通じたのか米沢は自嘲気味に笑った。

『…俺らしくない、って思ってる?
俺もそう思うよ。俺の目的はこの計画を止める事だ。止めるだけで良い。』

呟く米沢はどこか苦しそうに見えた。

白石は意を決して口を開いた。
本当は野戸に確認を取った方が良いのだろうが、今でなければいけない気がした。

『飲むよ、条件。だから話してくれ。』

モノクロ27

ドアの閉まる音が聞こえた瞬間、白石はその場に崩れ落ちた。

……ごめん、黒田。

黒田は、純粋に後輩として自分を心配してくれていただけだ。
その好意を、ただの先輩として受け取る事の出来ない自分。

黒田に何かをしてもらう度、黒田に優しくされる度。
黒田を独り占めしたいと、誰にも渡したくないと思ってしまう。
自分の想いが叶うなんて思ってない、なんて言い訳しながら、きっとどこかで期待していた。
いつか、黒田も自分の事を好きになってくれるんじゃないか、と思っていた。

……そんな事、ある訳ないのに。

だから、これ以上関わり合いたくない。
優しくされたくない。
期待したくない。

そんな自分勝手な理由で黒田を突き放した。
木村の為、なんて嘘だ。
ただ、自分が傷つく事から逃げたんだ。


白石は、携帯を取り出して、アドレス帳を開いた。
ある人物の名前を表示させる。

『米沢瑞樹』

米沢は、きっと賭博の件について何か知っているのだろう。
その情報を得たら、自分は部活を辞めよう。
元々部活引退まで残り少ない。
野戸も、きっと止めはしないだろう。

部活という共通点さえなくなれば、きっと黒田とは顔を合わせなくなる。

黒田、ごめん。

3年前と同じ、逃げる事しか出来ない自分を自嘲しながら、白石は米沢にメールを送った。

モノクロ26

『あぁ、疲れた…。』

誰もいない部屋に電気を付け、一人呟く。
あれから部活が始まると、また木村と黒田は出かけて行き、そのまま部活が終わるまで帰って来なかった。
選挙についての取材が忙しくなった頃から、そんな日がずっと続いている。

そして、日課になりつつあった黒田との夕飯も、無くなってしまっていた。
白石はといえば、いつものスーパーで惣菜を買い、それを晩ご飯にする毎日。
黒田が来るようになる前と同じような食生活を送っていた。

今日も同じように買い物を済ませ、アパートに着き、部屋に入る。
部屋のソファに腰を下ろし、白石は溜息を吐いた。

今まで平気だった筈なのに。
黒田が居ることが当たり前になってしまっていたのか、誰もいない部屋と冷たい弁当がどうしようもなく寂しかった。

…黒田は、木村と上手くいっているのだろうか。
毎日二人で過ごしている訳だし、きっと距離は近づいただろう。
黒田は意外に頼り甲斐があるし、木村だってそんな一面を知ったら、もしかしたら黒田の事を好きになるかもしれない。

そこまで考えた所で目の奥がツンと痛くなり、自嘲気味に笑う。
…黒田が木村を好きな事は、最初から分かっていた事じゃないか。
元々、自分が黒田とどうこうなりたいなんて望んでない。
それなのに、何で……。

考えていると、ブブブブ…と携帯のバイブ音が聞こえた。
慌てて画面を見ると、黒田からの着信だった。


『…もしもし?』
一体何の用だろう、と考えながら通話ボタンを押した。
『あっ、お疲れ様です。今、家ですか?』
聞こえる黒田の声、部活では少し話はしていたけど、ちゃんと会話するのは何だか久しぶりな気がする。

『家にいるけど、何かあったか?』
『良かった。今からそっち行っても良いですか?』
『はっ?え??』
突然の申し出に白石が混乱していると、じゃ今から行きますから!と言い切られ、電話が切れた。
ツーツーツー、と通話終了を告げる音が流れる。
なんなんだ、一体。

呆けていると、ピンポン、とインターホンが鳴った。
ガチャリ、とドアを開けると黒田が立っていた。

『…先輩、今ちゃんとドアスコープで確認してから出ました?ダメですよ、無防備に開けちゃ!』

相変わらずの黒田節に胸がキュッ、と締め付けられる。
『…相変わらず、母親みたいな奴だな。』
赤くなった顔を見られたくなくて、フイと顔を背ける。
やばい、どうしたらいい。
動悸が止まらない。

お邪魔します、と言いながら黒田が部屋に入ると、早速スーパーの弁当を発見された。
黒田は深い溜息をつく。

『やっぱり…。ずっと心配だったんですよ、先輩の食生活。
また、時間見つけて作りに来ますから。』

どこか楽しそうに笑う黒田に胸が締め付けられる。
またここに来てくれるようになる?
一緒に料理を作ったり、買い物したりできる?
嬉しい。
嬉しいけど、でも…。
部室で、木村を見つめていた黒田の横顔が頭を過る。


『…俺より、木村に作ってあげた方が良いんじゃないか?』

意を決して口に出した。
黒田は驚いたように『え?』と目を見開いた。

どうか声の震えに黒田が気が付いていませんようにと願いながら、続ける。

『…心配かけて、ごめん。でも、これからは俺一人で大丈夫だから。』
そう言って、精一杯の笑顔を作った。

これ以上、一緒には居られない。
一緒に居たら居た分だけ、きっともっと黒田を好きになってしまうから。
それが怖くて仕方なかった。

黒田は『そうですよね…。』とポツリと呟いた。

『…俺、頼まれた訳でもないのに、迷惑でしたよね。すみません。』
困ったように笑う黒田に、違うそうじゃない、と言いたかったけど、上手く言葉が出てこなかった。


『先輩、もしかして好きな人出来ました?』
『はっ!?』

突然、流れをぶち切る質問に、白石は思い切り動揺した。
『…やっぱりいるんですよね?』
『いや、あの、えっと…。』

自分がこんなに嘘の下手な人間だとは思わなかった。
あわあわとあからさまに慌てる白石を見た黒田は、肯定と取ったようだった。

『…大事な人が出来たら教えて下さいって言ったのに。俺はそんなに信用できないですか?』
『いや、そういう訳じゃ…。』
『じゃあ、誰が好きなんですか?』

黒田は、白石の肩を掴み、真剣な眼差しで白石の顔を見つめた。
その視線が痛くて、顔に熱が集まる。
心臓がうるさい。

『…言えない。』
まさか、目の前にいるお前が好きなんだ、なんて言えない。絶対言えない。
白石は逃げるように顔を背けた。

黒田は小さく『…そうですか。』と呟いた。

『突然押しかけてすみませんでした。俺、そろそろ帰りますね。』
黒田がスッ、と立ち上がった。

『先輩、幸せになってくださいね。』
そう言って少し寂しそうに笑った黒田は、そのまま帰っていった。
バタン、と閉まるドアの音が、とても遠く聞こえた。

モノクロ25

次の日の放課後、部室のドアを開けるとまだ誰も来ていないようだった。
ムッ、とした熱気に、独特な本の匂いが混じって、何ともいえない篭った空気が立ち込めている。
白石は、いつも通り空気を換気する為、窓に手をかけた。

ふと窓越しに外を見ると、校舎の裏庭に二人の人影が見えた。
新聞部の部室は校舎の2階に位置していて、丁度、表からは見えにくい裏庭を見渡す事が出来る。
見ると、人影は米沢と生徒会長の白田の二人だった。
生徒会長は、慌てた様子で米沢に何かを訴えている。
何か、揉めてる…?
と、その瞬間、米沢が生徒会長を引き寄せ、抱き締めた。

『な……!?』
あまりの光景に、思わず窓から身を乗り出す。
あの男、まさか生徒会長にまで手を出していたのか?
白石が混乱していると、生徒会長は米沢を押し、腕から逃れて走り去ってしまった。
米沢は追いかける訳でもなく、ただ生徒会長の後ろ姿を眺めていた。

なんだ?修羅場か…?
目の前で繰り広げられた衝撃的な光景に、白石は窓から身を乗り出したまま固まってしまった。

『…先輩。』
後ろから声を掛けられ、振り返ると黒田が立っていた。
いつからいたんだろう。
全然気が付かなかった。

『おー、お疲れ。早かったな。』
白石が声を掛けると、黒田は目線を下に落として、小さく『…お疲れ様です。』と呟いた。
いつもより、元気が無いように見える。

何か声をかけよう、と白石が口を開いた瞬間、
『お疲れ〜っ!!』
ガラリ!と大きな音を立てて、勢いよく野戸が入ってきた。

『ちょ、見てこれ!凄くない!?』
キラキラした表情の野戸が首に掛かったストラップに付いた物を自慢気に掲げる。

『一眼レフ…?』
白石が呟くと、『そう!』と野戸は嬉しそうに頷いた。

『隣の家に住んでる幼馴染から拝借したんだよね〜!これで、合宿写真はバッチリだぜ!』
記者さながらにカメラを構えるポーズを取る。

『お前…新聞には適当なカメラ使う癖に。』
白石が溜め息をつくと、野戸はチッチッチッと人差し指を振った。
『新聞なんて、どうせそんな大きい写真載らないじゃん。学校の備品の奴で充分だよ。』

野戸は手の平をヒラヒラさせながら、カメラを構える。
『試し撮りするから!さっ、二人、寄って寄って!』

黒田と顔を見合わせて、仕方がない、とばかりにお互い一歩ずつ近寄る。
『遠い!もっと近寄って!』
野戸が言うので、もう一歩。
互いの距離は30センチくらいだ。

ふと、野戸がカメラを構えるのを止め、つかつかとこちらに歩いてきた。
無言で、黒田と白石の肩を両手でそれぞれ押す。
男二人がピッタリとくっつく形になった。

『ちょ、ここまで近くなくても…。』
『何か、よそよそしいんだよお前ら。はい、自然に笑ってー!』

白石の訴えを聞き入れる事なく、野戸はカメラを構える。
パシャリ。
シャッターが切られる音と一緒に野戸がカメラを下ろし、うーん…と呟く。

『なんっか、ぎこちないんだよなぁ…。』
『試し撮りなんだから、何でも良いだろ!』

まだ不服そうな野戸を無視して、白石は机に向かった。
…思えば、黒田とあんなに距離を縮めたのは久しぶりだ。
そういえば前、料理をしていた時に後ろから包み込まれたような体制になった事があったような…。

唐突に湧き出した恥ずかしい記憶に、勝手にカァアアと熱が集まる。
な、何を思い出してるんだ!!
思わず、頭を抱える。
黒田がこっちを見ているような気がしたけど、居たたまれなくなって、黒田を直視出来なかった。
忘れよう。作業に没頭しよう。
雑念を振り払うように、無理やり書類に目を向け始めた時、部室のドアがガラリ、と開いた。

『お疲れ様ですー…って野戸部長!何ですか、それ?』
野戸のカメラを指差して、木村が声をあげた。

『良いだろう!合宿用に調達した!』
『どんだけ合宿に気合入れてるんですか!』
『俺はいつでも本気だ。』
『万年遅刻魔の人が!?』

アハハハ、と可笑しそうに笑う木村は楽しそうで、こんな表情をする事もあるんだな…と思った。
ふと、黒田に目をやると、静かに木村の方を見ていた。
その目が少し悲しそうに見えて、ズキリ、と胸が痛む。

やっぱり、木村の事、好きなんだよな。
分かりきっている事なのに、今更傷付いてどうする。
色々な感情を飲み込んで、目の前の書類に目を落とした。

モノクロ24

あれから、黒田と木村は校内外に広く調査しているようで、少し部室に顔を出し、そのまま帰ってこない、という日が多くなった。
それでも、中々有益な情報を得られないようだった。

部長の野戸が溜息をつく。
『毎年何かしらやる奴いるけど、賭博はヤベーよなぁ。何考えてんだか…。』
ガシガシと頭を掻きながら、野戸は項垂れた。
『知ってそうな生徒にそれとなく聞き込みしてるんですけど、絶対に口を割らないんです…。何かに怯えてるみたいで。』
疲れた表情をしていた木村は、キリッと姿勢を正し、
『とりあえず、今日もまた聞き込み行ってきます!ね、黒田君!』
ニッコリと黒田に笑いかけた。
黒田の表情が引きつっている。

『あんまり無茶はするなよ。危険に巻き込まれる前に退け。いいな?』
野戸は真剣な目で黒田と木村を見た。
二人は、野戸につられて神妙面持ちで頷いた。

『それにしても、この事件のせいでやたら忙しくなっちゃったなぁ。俺ら、もう引退だってのに。』
野戸は面倒臭そうに言った。
この学校の新聞部は、3年生は夏休みで引退。
後は2年生に引き継ぐ事になっている。
つまり、3年の野戸と白石は夏休み終了と共に引退、という暗黙の了解になっていた。

『なーんか、部活最後の思い出がコレって嫌だな。…あ、そうだ。』
野戸は名案を思いついた、とでも言うように、パン!と手を叩いた。
『合宿しよう、合宿!1泊2日、場所は、隣山の宿泊施設借りてさ。どうよ?』
野戸はキラキラした笑顔で言った。
白石はハァ…と溜息をついた。
『お前、単にアウトドアしたいだけだろ。』
白石の言葉に、野戸は全力で
『うん!!!』
と親指を立てた。
『良いんじゃないですか。楽しそうだし。』
黒田も賛成、と言うように手を挙げた。
1年生もチラホラと手を挙げている。
『まぁ、息抜きも兼ねて、良いかもですね。』
紅一点の木村の言葉で、野戸は
『決まりだな。』とニヤリと笑った。
『よーし!お前ら、バーベキューやるから心しとけよ!あと、キャンプファイアーも、肝試しも…』
意気揚々と計画を語る野戸に白石は『マジに遊んでばっかじゃねーか!』と突っ込みを入れた。


その後、木村と黒田は調査に出かけて行き、そのまま部活終了の時間になっても帰って来なかった。
…まだ、二人で一緒にいるのだろうか。
少し痛む胸を無視して、白石は部室の戸締りを始めた。
『アッキー、』
と、後ろから野戸に話しかけられた。
『何かさ、最近、無理してない?』
真剣な顔で野戸は言った。
驚いた。
普段通りに振る舞うよう努めていたつもりだったのに、態度に出てしまっていたのか。
考えているのが、顔に出ていたのか、野戸は
『多分俺しか気づいてないよ。ほら、付き合い長いしさぁ。』
と言って、少し笑った。
そのあと真剣な顔をして、
『何かあったら、いつでも話聞くから。ってこれ、前にアッキーが言ってくれたんだけど。』
野戸は続けた。
『俺も同じ気持ちだよ。言いたくなければ無理に言わなくて良いし、吐き出したくなったら、どんな話でも聞くからさ。』
ポン、と白石の肩を叩いて野戸は笑った。
『とりあえず、合宿楽しもうぜ!』
やるぞー!と一人盛り上がっている野戸を横目に、白石は笑った。
『ありがとな。』
白石が言うと、野戸は『良いって事よ!』と笑った。

心が少し、軽くなった気がした。

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