スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

責任と信用



とある特定の存在へ向けた批判、中傷の言葉が飛び交う様を見て。

実際に被った人自身、その影響を受けた人間が
物事への抵抗や権限の提示を発信している場合と、

第三者が当事者への忠誠心をアピールする目的で一緒になって口論を盛り上げようとしている場合とが

今の私の目には目立って映っていた。


後者の目的は自身の権限の意思表示でも両者の和解でもない訳だから
状況把握への関心は揃ってとても薄い発言が明白にその特徴と思えた。


ところで、
とある人間が誰かの味方になる1つのやり方として他人へ実際に言葉の攻撃を向けたとして
その人間の責任の持ち方はどうだろうか。
もし自分がたった1人でその矛先と相向かい合った時、一体その人の何が悪いとどれ程まで言い潰すつもりなのだろうか?
どんな態度でいるつもりなのだろうか。

誰の味方をしようと、それはその人自身が決めた意思だ。その人が放った攻撃の重きはその人自身が背負うべき。
だから良く考えなくてはいけない。

自分1人残されて、不必要だった筈の所で気分悪くなる事があっても
或いは大事にしたかっものを失ってから後悔して「ごめんなさい」と言っても
その時はきっと遅い。

もし一度、核心的に信頼を失った人間は、
その後どんなに間違っていない事を主張しても
本当によっぽどの事がない限り一切信用されなくなる。

嫌いな人間が述べる正論はただの正論であって、もうそこに信用や信頼は生まれない。
続きを読む

感謝と謝罪󾮆

助けてください

誰か助けてください

人の中で孤独。


なかなか、「普通の」日本人の中ではやっていけない私は
やたら外人スタッフとばかり仲良くなる。
昔の職場ではミャンマー人とキッチンを組んだ。
その次はバングラデシュ人と。


その次、今の掛け持ちの旧職場の方ではベトナム兄さんと組んで、
彼が卒業してからは
直ぐに入れ違いで入って来たネパールちゃんと話すようになった。
今年二十歳の女の子だ。


まだ数回しか被っていないけれど
国の祭りの事とか
向こうでの食生活や気温やら
色々話してくれた。



暫く
私は新しい掛け持ち先に出勤する日が増えて、
先日久々に旧職場でそのネパールちゃんと被る日が来た。

しかし当日、彼女は休みだった。
体調不良だと聞いた。


聞けばここ暫く何かしらの病気で具合が悪かったらしい。


少し思う事があり、社員に訪ねてみた。
「彼女がベジタリアンだと知ってましたか?」


彼らは知らなかったようでたいそう驚いていた。
それもその筈、この店は和牛の希少部位を看板に扱う「肉屋」だから
賄いも当然肉の切れ端になる。

正しくは、絶対的に肉が食べられないベジタリアンではなく
好んで食べない、といった程度。
とは言っても、向こうの家庭では一切動物タンパクは摂取していなかったようだ。


そりゃ体調も崩すだろう。



ただここで見誤ってはいけないのが
彼女が身体に合わない肉を食ったから体調を崩したのでは
きっとないと言う事。


出された食事に何の文句もつけず
健気に仕事をする彼女だ。


これだけの回数出勤していて、
誰一人として彼女の本来を知らない。
しかも本当に大事なことを、誰も知らない。

自己開示の許されない環境。

これは苦しいよ。
本当に、人としての心身の機能が落ちる程に、痛くて苦しい。
孤独を感じる。


私が外人さんとしかなかなか仲良くなれないのは
私がグローバルに対応している訳じゃ決してない。


文化の違いがまず当たり前の精神でいるのに
皆同じが当然を疑わない人達の中に放り込まれて
そこで感じる孤独の共鳴なのかもしれないなぁと
最近思い至る。


こんな髪色で
こんな生い立ちで
こんな目線を持って



音楽をやっている人や、その他
自己開示の手段を持っている人は
こういう話はとても解ってくれる事だろうと思う。

そんな仲間の内から外に出れば
酷い孤独に押しつぶされそうになる。

<<prev next>>