これを読んでいる頃には、私はこの世に別れを告げているでしょう。何故、最後の手紙の出だしはこれが定番なのでしょう(笑) こういうのは好きではないのですが、貴方が決まりは守るべきだと言っていたので、たまには従ってみようかと思います。

 貴方に出会った時のことはよく覚えています。同じ考えの人がいた安堵とこんな考え方は間違いだという理性。私は否定しか言葉にはしませんでした。今更ですが書いておきます。私と貴方は漸近線だったのでしょう。貴方が私をどう感じていたかはわかりませんが。

 自ら消えていく身として、疑問に思うことがあります。
『自殺に理由は必要か?』ということです。どうも世の大半の人は何かしらのきっかけがあってこのような結論に至るようです。私は、ふとした瞬間に呼吸をするのと同じくらい、当たり前に死というものが頭に現れました。そして、頭から離れなくなりました。普段は息を潜めていた死が発作的にきても、私は震えることしかできません。この欲求に抗う術を私は持っていなくて、結果として耐えられなくなってしまいました。ので、「どうして死んでしまったのか」なんて考えないでください。

 以前、貴方を「死にたがりな生きたがり」と評したことがあったのを覚えていますか?
人の心にはそれぞれ器があるらしいです。その器から溢れた感情が悲しみとなり、涙となるそうです。貴方の器は大きいはずです。だから、まだ泣くことがないだけです。どうか自分を大切に。それではお先に失礼。ありがとう。そしてごめんね。



黄ばんだ便箋を折りたたむと、私はひとつ深呼吸をして部屋を出た。写真の中で無理矢理笑っている彼女は、私の愛用したカッターでこの世と境界線を引いた。親身に話を聞いてはいつも私を否定していた彼女は一体何を知ってしまったのだろう。私の言葉が、行動が、確実に追い込んでいつの間にか残っていた「生きたがり」さえも殺してしまった。そして、私は未だに醜くこの世にへばりついている。あの頃の彼女と同じように、白い白衣を着て誰かを否定しながら。
「先生」
 もうすぐ時間だ。そのうち私も同じように静かに消えていくのだろう。くたびれたポケットからひとつの悲しみを取り出してみる。手紙と同じように色褪せたそれは忘れものなのかもしれない。彼女の残した赤いペンで手首に線を引いて、私は患者の元へ向かった。