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4:09の亡霊


ゆっくりと時間も物事も沈んでいくこの時間が好きです。この世でわたしはひとりぼっちじゃないかと錯覚して、勝手に感傷的な気分になるのも悪くはないと近頃思います。白んでいく空はどこまでも続いていくような気がする、というのは嘘かもしれないです。もしかしたらあと二キロ先でとつじょ分断されていて、皆ちょうど分断している境目にいないから、空は遠くのあの人の上でも同じだと信じているのかもしれない。
そんなくだらないことを考えつくこの時間は少なくともこんなくだらないものを書くための時間ではないことくらい、私自身も自覚しております。











触れてそうで触れていなかった学校の話をしましょう。

悩んだ結果、今年も詩歌を勉強することにしました。小説も書きたいのに最近は「このネタいいかもしれない」と思って終わることが多いです。思いついた勢いで書かないことが最大の失敗だとわかっているのですが、なかなか難しいです。元々飽き性な上に日本語が下手くそなので、なかなか上手く言葉が出てこないことも多くて自分に呆れています。それなのにボキャブラリーあるね、と勘違いしてくれる人が周りにはちらほらいるので相変わらず誤魔化すことは得意なんだなと実感している今日この頃です。

去年度散々「どうして先生のゼミは来年度開講しないのか。私は先生と一緒に勉強したいし詩歌をやりたいから開講してください」と駄々を捏ね続けた結果、先生が教務課と掛け合ってわざわざ開講してくださったらしいので期待に添えるように頑張りたいです。


一方で短歌の勉強を始めました。今までそれとなく書いたことはあれどもきちんと誰かに添削してもらったことなどがなかったので、今年から思い切ってやることにしました。ビギナーズラックで書いた短歌が先生の目に止まって「君は本当に初めて書いたのかい」「は、はい…」なんて会話が出来たのもいい思い出です。口が悪いのに加えて思ったことをすぐに言ってしまうので、何年も書いてきているらしい先輩などにも「個人的主観ですがこれは違うと思います」みたいなことを言ってしまち い、後から後悔することも増えました。でも間違ったことを言っている訳ではないのでそのまま堂々と発言して生きて行きたいと思っています。後悔するくらいなら言わなきゃいいのにな。












■嫌いなものを好きになるより 好きなものを嫌いになる方が、うんと難しいですよね。 05/26 03:21


どっちも同じくらい難しいのですが、ベクトルが違うので比べたいけど比べちゃいけない類のものじゃないかと最近思います。

好きなものを嫌いになるには一回行為を持たなきゃいけないじゃないですか。好きから嫌いになるのはどっちにしろ相手に興味があるんです。相手をちゃんと見ているから嫌いになれたり好きになれたりするんです。どこかが心に引っかかるほど惹かれる何かがあるってことなのではないでしょうか。



無理やり嫌いになっても、きっといつか反動で好きになってしまうんじゃないかと思って怯えています。出来るならそんな努力したくないけど人生何があるか分かりませんもの。

繰り返しの言葉になりますが、好きの対極は無関心で、嫌いの対極は好きだと思います。










きっとこんな時間に目が覚めたのは今は禁酒中で少し色々なことに神経質になっているからだと思います。

ゆっくりと溶け込んできた生活音できっと世界も起き始めるのでしょう。反比例するかのようにやってきた眠気に乗せて、おやすみなさい。
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