もう終わりにしよう



星の綺麗な夜だった。新月の夜だった。
君との長電話を終えたあと、カメラを片手に僕が向かった先はあのビルの最上階。本当は立ち入り禁止なのだけれど、非常階段からいけば問題はない。足早に路地裏に回って、ひょいっと格子を飛び越えれば、その先にあるのは自由。誰にも邪魔されない、気を使うこともない、誰もいない世界。僕はこの世界がたまらなく好きだった。膝をついて倒れても、僕を笑う人などいないのだから。あるのはただただ満天の星空のみ。あと数段をのぼればまたそんな夢をみられる。そう思うと急がずにはいられなかった。
オリオン座を見つけた僕は、カメラを向け、シャッターをきった。流星群でもやってきそうな、綺麗な空。画面の中に写る記憶のワンシーン。僕はたまに、写真を見ていると寂しいような哀しいような、なんとも言えない気持ちになる。横を通りすぎるカップル達をみてどうしようもなく空が嫌いになるときがある。お前は僕を見ていつも笑っているのかと。大概その日は雨で、地面に自分自身が映し出されていた。それを見るとどうしようもなく惨めな気持ちになるのだ。

下を見やると自動車が行き交うネオンの街が映った。人があんなにも小さく見える。僕は苦笑した。自分を嘲笑う人々はあんなに小さくて脆いものなのかと。自分を苦しめる街はこんなに汚れてしまっているのかと。僕はそこへ無抵抗のまま堕ちていくしかないのだろうか。手すりに手をかけた。手首から流れ出ている血がレンズに付いて、最後にと撮った写真は汚れてしまった。その写真は今まで撮ったどんな写真よりも綺麗な気がした。自分でも不思議だった。心拍数が上がる。空へ落ちかけたとき、ふと君を思い出した。ありがとうと言えば照れくさそうに口をつぼめて笑った君を。君を思い出にしたくなくてずっとシャッターをきれないでいた。許されるのならもう一度抱きしめたかった。視界が滲んだ。そんな僕を現実に引き戻すかのように、後ろで乱れた吐息が聞こえた。誰もいない世界に澄んだ声が聞こえた。僕の名を呼んでいる。空まで、あと三センチ。

振り向いた僕は誤魔化したように笑って、最後の瞼のシャッターをきった。


12/03/03 22:40
コメント(0)  無いものねだり








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