「あっ、いらっしゃい。どうぞ」
「では、邪魔するぞ」
今日は俺の部屋でリン君と遊ぶ約束をしていた。リン君とは酒の現場で知り合ったということもあって初回からやらかしてしまったのだけど、こうしてまた会ってくれるだなんて海のように広い心を持った超絶善人だと思う。星大の人だし、頭もよくて人間も出来ているとか完璧超人か。
足の踏み場もなかった部屋も何となく片付けた。DVDや本も見やすいように定位置にしまった。それだけやってあればあとはどうにでもならないかな。俺にとって片付けとは台本やレポートなどの執筆状態にないときにしか出来ないことだから。
朝霞先輩から誘われて始めたカバンの吊り札を付け替える仕事は佳境を迎えていて、もうすぐ最後のカラーに入るとか入らないとかいう話がチラリと聞こえても来ていた。だけど、現場はあまりの緊張感に包まれていた。
いつもなら作業小屋に常駐しているのはアルバイトの大石先輩なんだけど、今日は社員の塩見さんなんだ。大石先輩が優しくてほわほわ〜っとした感じだとすれば、塩見さんはとにかく厳しい。学生は別にいつも通り作業をするだけだけど、主婦の皆さんの様子が全然違う。
いや、確かにいつも人材派遣会社から来ている主婦の皆さんはお喋りの方に夢中になっていて塩見さんから雷を落とされてはいる。だけど今日は特にお小言を言われたワケでもなく、雷が落ちたワケでもないのになんだろうこの圧みたいな物は。そういう人を近場で誰か知ってるなあと思ったら、ああ、うん。言わないでおこう。
「ごほっごほっ、ごほん」
「大丈夫か、雄平」
裕貴からのこの質問には、大丈夫ではないと手を振る。とうとう俺もインフルエンザをもらってしまったようで、病院から帰って来たところに裕貴が見舞いに来てくれた。裕貴は年末年始にインフルをやったらしく、今シーズンはまあ大丈夫じゃないかということらしい。
病院で薬はもらってきたけど、熱はまだあるし咳もなかなか止まらない。マスクをしてベッドの中に。ここから1週間は大人しくしていないといけないのが何とも辛い。一応、外に出なくても生活出来るだけの食材などは裕貴に買って来てもらったけど。
1人暮らしでインフルに限らず寝込むレベルの病気をやるといろいろ生活が成り立たなくなって大変なんだ。俺は基本的に頑丈な方で、病気なんかはあまりやらない方ではある。だけど今回のインフルに関してはもらってくる心当たりがあった。
先週でテストが一段落し、今日は予備日となっているがこれで一応春休みになる。ここからはバイト漬けになる奴から実家に帰る奴までいろいろいるだろうから、最低限の人数を集めて今後の予定の確認をするMBCCの特別活動日に設定した。
とうの昔に代替わりして2年の代になっているが、3年が前に立って仕切らなければならないイベントもある。それが4年生追いコンになる。卒業式の日にある卒コンは2年が幹事を担当するが、追いコンは代々3年が担当する流れらしい。
「4年生追いコンは来月15日の金曜日に設定してある。場所は豊葦市駅前の623(むつみ)で4500円コース。4年の負担はなしだから、2・3年は6000円で。差額はサークル費から捻出する」
「さすが、高ピー先輩の手際が良すぎますよねー」
「この時期はどこも追いコンだからな。さっさと予約しとかねえと入れなくなる」
「あーもうノサカホンマ嘘吐きやわ!」
「うるさいな」
「何やの、前にノサカ補講出たらそれ1回でテストバッチリみたいなことゆーたやん! 全然やったやん今日の補講! 普通に授業して課題やっただけやん!」
今日はテスト前最後の土曜日で、俺とヒロの履修している授業の補講が設定されていた。土曜にある補講なんて正直出席者もそうそう多くない。だけど俺は元々補講もちゃんと受けている方だから今回もしっかりと受けていた。
問題は目の前でラーメンを食べながら俺に文句を垂れ散らかすヒロだ。日頃の授業すらまともに出ていない奴が補講なんかに出ようとするはずもなく、今日の補講に出てきたのも俺に引き摺って来られての渋々だ。