パンケーキ


クーラーが壊れたぁー! (小説)
2023.9.12 18:17

話題:創作小説

「クーラーが、壊れたぁー!」

 突如響き渡った声が、部屋全体を震わせる。
不測の事態はこれまでもあったため――壊れただって!?などとは今更驚かない。
ただ、『くらくらちゃん』は椅子に腰かけたまま「それで?」と返した。
「カマキリも居たぁー!」
「居ない、居ない」
くらくらちゃんはそう言いながら目の前の『めいちゃん』を見つめる。

「カマキリは、嘘だけどぉ……クーラーはほんとに壊れたんだってぇー!」
「クーラーが壊れるのはよくある話だね」
「……うぅう。この暑いのに、役に立ってもらわないと困るよう」

薄暗い部屋に勢いよく光が差し込む。
単にめいちゃんがカーテンを開けたからだった。
「役に立つ、ね」
「んん?どうかした?」
「いや、こっちの話」

 『くらくらちゃん』は、皆の盾だ。
大人たちの代わりに炎天下に立つという役目を何年も続けている。
いくら化物だとしても、暑さは感じて居るというのに、みんなが暑いから代わりに立たねばならなかった。
焼けるのが当然なので、殆ど、病室に住んでいる。
『めいちゃん』は、『くらくらちゃん』が休んでいる間、町に大きく傘を広げていた。
だけど、めいちゃんがその中に入ることは許されず、交代で焼かれていた。

だけど、時々思う。
――私は本当に盾だろうか。
めいちゃんが焼けている間、私が燃やされれば。
「めいちゃん、」
「なにぃ?」
「……いや、なんでもない」
『くらくらちゃん』は言葉を飲み込み、立ち上がる。
「とにかくクーラーが無いなら涼む方法を考えようか、そうだなぁ……海にでも行ってみる?みんなでさ。まだ時間あるから」
「いいねぇ!」
そうして二人は部屋から出て行く。夏の思い出作りに出かけるのだ。
――こんな世界でも、夏は訪れるのだから。

「それで、何する?」
「えぇー……なんだろうね、とりあえず泳いでみたり?」
 「日焼けに沁みちゃうよ」
  めいちゃんが水着に着替えて浜辺で準備体操をする。
彼女はいつも元気だ。『くらくらちゃん』は釣られて、つい笑顔になってしまう。
「でも今日はちょっと人が多くないかい?いつもこんなもんだったっけ」
周りを見ればちらほらと数人が歩いている姿が見えた。
それも子供が多くて、みんな帽子を被っているから顔が見えなかった。
「あぁ、今日はね!ほら、ここらへんで夏祭りがあるから!」
めいちゃんが笑顔で答える。
「夏祭りって?」
「えっと、なんて言うんだっけ……お祭りが沢山あってー」
「うんうん」
「くじとかあったり?」
「なるほどねぇ」
「……そうだ、あと花火もあがるんだよ!」
そんな説明で『くらくらちゃん』は納得する。
今は夏だ。暑くて仕方ないけれど、夏の風物詩に変わりはない。


「へぇ、花火か。いいね」
「でしょー?じゃあさ、そのお祭りとやらに行ってみようよ!」
めいちゃんがそう提案し『くらくらちゃん』は頷いた。
「わかった、それじゃあちょっと行ってみようか」
そう言って歩き出す。海はもう少し先だ。
「うん!行こういこう!」
そうして二人は目的地にたどり着き、暫くの間浜辺で遊んだり海水浴をしてから帰路に着くことにした。
帰り道ではお祭りの音や
「花火、楽しみだね」
「そうだねー!」
そんな話をしながら帰った。



――その夜のこと。
お祭り騒ぎに疲れた『くらくらちゃん』は自室のベッドで横になっていた。
(……結局、なんで海に来たのか分からなかったな)
そんな益体のないことを考えながら目を閉じると、急に眠気に襲われたのだった。
――そうして、深夜に目が覚めたときだ。外から声が聞こえた。
それは誰かの悲鳴にも聞こえたし、泣き声にも聞こえたし、笑い声のようにも聞こえた。


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