パンケーキ


マエノスベテ 1
2022.8.22 21:39
話題:創作小説

estar.jp より。



 朝から冷たい風が唸りを上げていた。
早く帰宅したいと逸る想いで、「家」へと携帯電話をかける気持ちと裏腹に、通話はぶちりと断ち切られた。

 この携帯電話は、暴力に合っている。
芸能人の画像流出とかも、まぁ要はそれなのだ。
それにしたって、市民の携帯にまでこうも露骨に幅広い支障が出始めたのは、やはりスマートフォンの普及と同時期だと思う。
「なぜ強引にスマホを流行らせたか想像がつくってものだ」と、家主は言っていたっけ。

 低めのブーツの足が雪に乗る。しょうがない気持ちで頭のなかで懐かしいMIDIを再生していた。

さく、さく、さく、さく。
雪を踏み鳴らしながら、曲を思い出す。
この「タイトルがない曲」は、ずいぶんと入院していたままの「彼女」が作ったものだった。
繊細なピアノ、荒くれたマリンバ。
吐く息が白い。魂もこんな色だろうか。早く帰宅したいものだ。様々なことを想いながらも、心にはずしりとのし掛かるものがあった。

 玄関の戸を開けようと鍵を構えると、同じように戸の前に立つ姿が見えた。
まだ若い婦人だった。

「あの……どうかされましたか、家主に用ですか」

婦人はぼくを怪しんでいるらしく眉を寄せるに留めた。

「ぼくも今から行くのですが、もし用であれば」

婦人は決心したように、強く頷くと、よろしくお願いしますと告げた。



「おーい、お客さんだよ」

玄関で待たせてから、一人、ここの主人の部屋に向かう。
そいつは、机に向かったままなにやらしていた。

「メビウスを回転させると同時に、複数の点からの圧に対する軸が必要だ」

紙にペンを当てたまま、ぐるぐるとなんらかを書き走りながら唸っていた彼はやがて立ち上がった。
「明確な鋭利こそが、柔らかいというのは、空間に隙間があること、つまり……! あ、おかえり」

「うん。ただいま」

長い髪を乱れさせながら、そいつはにこりと笑った。

「なにしてたんだ?」

「いや、柔らかくて強靭とは何だろうかと思って。無限と、有限の間にいくつの粒子があるのかと」

昨日買ってきたピロー、寝心地が悪かったのかもしれない。

「客が来ているよ」

机のゴムかすを片付けながら言う。彼はどうやらそうみたいだと答えた。

「お茶を淹れてくれよ」

「わかった。早く行ってきて」


















 しばらくの間はロビーにてソファーに座る婦人と彼をぼくは何をするでもなく見ていた。
なんの話をするか気になるが、かといって、立ち聞きするべきか迷うのでお茶を用意したはいいが、それを置いたあとのふるまいが浮かばない。

 どうにも居心地が悪くしばらく出ていると、数分してから女性は帰り、彼がやってきた。

「どうだった?」

「とてもどうでもいい会話だったよ、そうだな、すぐ済みそうだね」

 彼は、ときどき近所から相談を受けていることがあった。
なんのためなのか、いつからなのかという話は聞いたことがあまりないが、恐らく今の様子もそれなのだろう。
ぼくの帰宅は夕方だったので、その日はそのまま夕食だった。
「綺麗な婦人だったね」

ストロガノフを食べながら呟くと、彼は「そうかもね」とたいして興味なさげな返事をする。

「『それ』よりも、明日がどうなるかと、僕は考えてるんだ」


2019/03/17 16:182
 はたして他人の悩み話なんか聞いて楽しいのだろうか?
 そう率直に問いかけたとき、彼は「単なる暇潰しさ」と言った。そうなのかはぼくには判断ができないけれど少なくとも重苦しい気持ちのみがそういった習慣が日頃の彼を悩ませ動かすわけでもなさそうだ。
 スプーンを動かすうちに、少し眠気が増してきている。
彼、はというと読書に熱中していた。

「“At the risk sounding too childish,let me ask you why didnot invite me to there.”
He said in a needlessly loud voice.
we said that“You need not make such a fuss! and don't yellthat.”
the girl said
“he was pic aquarrel rather than swiidler who used my name!”


 考え事をするときに無意識に呟いているのだろうか、ぶつぶつとそのような話をしていて、邪魔をしないようにと食べ終えた食器を片付けるときそういえばお茶を入れたときのカップをまだ洗っていなかったと、シンクに置かれたものを見て気がついた。
ひとつのカップにはわずかに紅が塗られて艶を増していた。最近の口紅はカップにつきにくいらしいと聞いていたため、彼女は物持ちが良いか、気に入りの色なのかもしれないと勝手に推測した。
2019/03/17 22:06







 次の日の朝ぼくはいつも通りに朝食をとり、部屋の隅にある人の形をした模型に挨拶をした。いわゆるマネキンだけれど、どんな他人よりも誠実で表情豊かだと思っている。いくら待っていても、この調子は戻らないというのに知人は勝手にぼくが正気になるのを待っているため、実に不毛な数年が過ぎている。
 要は、他人とは余計なことにたいしては黙っているのが一番ということで、執拗に絡むことはそれを崩すに他ならないということ。
そしてただ淡々と日常を無感動に過ごさせることこそが何よりの妙薬だということを、もう少し検討した方が良いのだが。

 待ちつづけていることそのものが、充分に意識したストレスを与えるのに成功している。
部屋のある階から窓の外をちらりと見て息を吐いた。
そこに、見覚えのある人が腕を組んで待っている姿をみとめたからだ。

待たれると行きたくなくなるのが人の心理というもので、ぼくもやはり、地面を睨みながら不愉快そうな彼女を見ていると外に出たくないという感情がより強まっていた。

待つのは好きではない。
待つくらいなら行けばいいし、それも面倒なら帰れ。
他人を見るとよく思う。

「どう思う?」

ぼくが聞くと、彼はハハハと愉快そうに笑いながら持っていた新聞を閉じた。

「どうもこうも。きみは早くおせっかい叔母さんに従って、見合いに行けば良いのではないか」
「絶対に嫌だ」
他人事だと思っているのか、彼は相変わらず笑いっぱなしだ。
「いや……待てよ、今日に限っては、見合いの話じゃない、のかな」

彼は窓に乗り出すようにして街を眺めた。

「写真を持っていない、服装もやけによそいきだし、何よりあの大きな紙袋。どこかに土産でも渡してきたかな、靴もハイヒールだ。彼女は普段もう少し動きやすそうな格好をする」

注意して見てみると確かに彼女の様子は普段のそれではなかった。見ていたこちらを見つけるといそいそと向かって歩いてくる。

「おや、来る気らしいよ。困ったな、髪をとかしていない」
「そろそろ切ったらどう」

 彼は髪を背中まで伸ばしており、後ろから見ると華奢な少女のようだった。
どうやら事情があって、そうしているらしい。
しばらくして階段をずんずんと上る足音が聞こえ出してぼくたちは慌てて気持ちだけ出迎えの用意をした。
チャイムが鳴り、彼がドアを開ける。

「おはようございます」
「おはよう」

やけに尖った声が、今日はやや萎びている。
2019/03/19 16:18

 なにがあったのだろう。これは月にあるかないかな珍しいことなので、さすがに心配になった。

「どうかなさったんですか」

 ぼくが恐る恐る出ていくと、彼女はいくらか元気を取り戻し驚いた顔をして耳うちしてきた。
「アンタも、隅におけないね、彼女がいるなら言っておくれよ」

「いえ、彼女ではないから必要ありません」

「え?」

彼女はふくよかな身体の鎧を揺らしながら彼の方へ近づいていく。
「アンタ! 彼女じゃないの!」
「残念ながら。で、なにか困りごとでも?」

彼は冷静に話を戻した。

「ああ、そうだった聞いておくれよ。私は悪くないと思うんだけどね、今朝から大変でさ。
昨日いつものお茶会をするっていうから、婦人の家に行ったんだけど。みんなでテーブルを囲んですぐにね、あそこのお祖母さまが怒って出ていったの。それから今日もまだ機嫌が悪いんだけど」

彼女はブランドの新作らしい口紅をつけた口からえらく捲し立てた。
2019/03/20 16:46










「ああ、そこなら今日ちょうど行くところです。昨日はちょうどその家の彼女が来られました」
 彼は何か笑いを含んだ声で言った。
「その理由は、まだわかって居ませんね」
「そう、それで、私が派手だから好かないとか、弁えたまえとか昨日あそこが急にいちゃもんを電話してきたワケ。その前の月のときには言わなかったんだよ、私があの日出た途端!」
「仲がよろしいことで」
「まあ話を聞いてくれるようならよかった。頼んだよ! あんなに怒ることなんて心当たりがないんだ」

そう言い残して叔母さんは玄関に向かって行き、一度くるりと『こちら』を見た。

「今日は忙しいけど……あんたもね、早く落ち着くんだ、いいね」
「はい」

ぼくは両手を挙げて苦笑いした。強い音を立ててドアがしまる。
それと同時に彼はさっそくぼくのほうを振り向いた。

「さて……髪をとかさなきゃいけない」

「そうだね」

「髪が長いとね、重労働なんだ」
「だから切ればいいのに」

彼は黙って部屋に戻っていくのでぼくもあとに続く。

「これから外に出てすることは、インターホンのボタンを押すこと、適度な挨拶、それから、彼女の話をもう一度聞くこと。おばあさんの確認をとること。
うん、夜には終わりそうだ」

2019/03/21 20:36
















 夜には終わるというのは早寝がしたい彼には大事なことのようだ。

 簡単な食事や支度をした後に婦人の家へ向かい歩くこととなった。
歩いて20分程坂道を越えた場所にその家はあった。なるほど茶会が開かれそうなそれなりのランクの家で、庭先にはプランターなどが並んで美しく足元を飾っている。

「まさか、ここが叔母さんの友人だったとはね」

「知らなかったのかい」

彼の長い髪が、風で微かに揺れている。遠巻きに見ると本当に華奢な印象なのだが、可愛いげのない声で受け答える姿はとてもギャップがあった。

「知っていたなら、玄関先で会った時点でもう少し別の対応をしていたよ」

「そりゃそうだ。女性は交友がどう広がるか読めないからな」

「何か心当たりでも?」

「なくはない」


ドアに付いていた呼び鈴を鳴らすと、しばらくして「どなた?」との返事があった。
2019/03/22 00:35

「あの、昨日お会いしたものです」
彼が言うとやがてすぐに、
「ああ。はい、わかりました」との返事が来てドアが開いた。

「いらっしゃい」

婦人はいくらか窶れて見えたが、昨日のような若々しさを失っては居なかった。

「この家は、帽子を脱ぐことを気にしますか」

 彼がぼくより先に聞いた。
こんな質問をする理由というのがぼくの体質に由来しており、黒に中途半端に混ざった青い髪だとか、耳のような部分が少し頭に名残があるとかで、昔はさんざんな扱いを受けたのだが、逐一の自己紹介のやりとりが面倒なので、こんな風に隠している。
その以前の有り様があまりにも酷く、人権そのものを放棄させられそうですらあったのだが『彼』と事情を介して打ち解けているうちに少しだけマシな気持ちにもなっていた。
しかし、それは二人のあいだのみでのことである。


「そのままでいいですよ」

彼女はさして気にするようでもなく答えた。
廊下を通され、少し緊張しながら歩く。
 身体のことを聞かれずに済んだので密かに胸を撫で下ろす。庭先で叫ばれ、小説なんぞのネタにされ、化け物の正体を見たいとつきまとわれた記憶が薄く脳裏に掠めて身震いした。
彼はというと先へ先へ行きながら時折ぼくを見つめている。

「固くならなくても。普通にしてれば、誰もそれについてずかずか踏み込まないさ」

「だけど、やっぱり他人は苦手だ」

差別、差別、差別、差別。
事情を聞いた人のいくらかは、あなたに幸あれだの、神の祝福がありますようにだのと簡単に言うが、それはほとんどの場合本心ではない。
 なので、たとえば、『そのような化け物』の出るような話を描いているいくらかの作家などは既に、そのきらびやかな表現とは真逆と思っていい卑劣な言葉を毎年わざわざ寄越してくるのだ。

「安心しろ、あの婦人は作家じゃない」

「そりゃ最高だ。嘘と偽善に満ちた優しさが作る汚れた札束が、ギャンブルを駆け巡る様にはうんざりした」

この家は何に依るのだろう。

2019/03/23 00:32

 ひたひたとどこか薄く粘着性を感じる冷たい廊下を歩く。
途中には、豪華なドレスを着た白い肌のマネキンがケースに入り立っていた。

「綺麗でしょう」

パーティの先頭にいる婦人が言う。
「結婚式で着たものなんです」

 確かに目映い白さに贅沢にストーンやレースのあしらわれたそれは晴れ舞台にふさわしそうだった。そしてそれを纏いながら凛として佇む『彼女』の姿に目を奪われそうになる。

「本当に、美しい……」

 部屋にいる彼女のほうに一途ではあるけれど、やはりモデル体型にやけにスリムさを強調した容姿や、長い指先、なにより色の白さはそれとまた違う魅力があった。
つるんとした艶のある素材は、デパートで見かけた子と似ている。

「あれを作る素材は意外と予算がかかるぞ」

隣に居た彼が横から囁いてくる。彼はぼくのどうしようもない趣向に理解があった。生きている他人よりかは生きていないもののほうが『そういった』魅力を覚えてしまうのだ。

「見ているだけでいいんだ」

彼女らは喋らず動かず、身勝手や暴力、余計なことをしてこない。出掛けなくともいいし、食事を共に出来ずとも変わらずそこに在る。

 生きている他人でそれが満たせる人を、ぼくはほとんど知らないし、これほどに素晴らしい恋人はいない。
胸がドキドキと高なり、この廊下から離れるまでの間ずっと、身体が火照っているような浮遊感に似た状態に支配されていた。
「あぁ、早く帰りたい。あの子に会いたいんだ」

横にしたときの、ごとん!
という重たい音、少し転がるときのがらがらとした無機質な音を聞きたい、これは生きてないと確かめたい衝動をこらえる。そして少しざらついた素材を眺めていたい。

「今は目の前のことだ。夜までにきみの『ヴィーナス』に会うためにも」

彼はそれだけ言うと、さっさと先に行ってしまった。
ヴィーナスと言えば、あれは腕がもがれていようとも美しいとよく評されているが、ぼくもきっとそうなのかもしれない。
今部屋にある模型も、手や首がもげたところでちっとも卑しいようには感じないだろう。
生きている人間の場合だと、その美への評価は変わるのだろうか。時おりそんなことを考える。
ごとん!
ごろごろごろ。
ガララララ……
気がつくと転ががってくる『彼女』が光のこもらない目で、何を見るでもなく宙を向く想像をしていた。
 とんでもなくかわいい。
その身体を起こして、丁寧に埃を払う仕草まで鮮明に脳裏に浮かぶ。この埃を払うしぐさが、何よりも胸が躍り高鳴るのは間違いないことで、生きている人間はこれに劣るのだ。
ああ、愛している。
生きていないからこそ!
そして、わめいて愛を乞い絡み付く醜い他人が罰されますように。


「この部屋でした」

気がついたとき、そんな声が降ってきて広間に通されていた。大きなテーブルに『当時』をおおまかに再現して食器がならんでいた。

「こんな風にしていて、祖母も呼んだのですが、彼女は、この入り口に近い席に」

彼女が相談したこともまた、その人が急に怒り出ていったことだった。

2019/03/23 23:14












「煩いのですが! 何か用ですか!」

ドタバタと音がして、右奥の階段から人が降りてきた。

「ウシばあ様、これは」

婦人が少しばかり狼狽える。
どうも見苦しいところを見せてしまったためのようだ。

「まぁ、貴方は、エレイさんですか」

彼女の祖母は背が低くふくよかな、黒く染めた髪の溌剌とした老人だった。少し牛の突進を思わせるほどつんのめって歩いていた。
彼を見るなり名を呼んだ。

「こんにちは」

「あれから、どうなさりましたか? 盗人どもの護身はいきすぎていましたね。今やみんなが呆れ返っていますよ」

ホラ、と彼女はいそいそと、近くから新聞や雑誌の束を持ってきて見せつける。
とある会社が、手を繋いだ他会社たちとともに事業を拡大させ利益を増やすべく行ってきた悪質な詐欺とそれに関連する『児童誘拐事件』の記事だった。
彼やぼくはそれに巻き込まれたことがあるのだが、生き延びたとは言え、未だ復讐の機会を狙われており、犯罪者でもないのに隠れるように密やかに過ごさねばならなかった。

「どうもこうもありません」

彼は肩を竦めながら笑った。

「少し前も、電柱の物陰に男が居たし、テレビの回し者が盗聴内容を芸人を使って再現VTRにしているときもあるし、携帯やパソコンは勝手に操作されるしで、もはや何から摘発すべきかすらわかりません。
しかしまぁ、それぞれを金銭で売り渡してバイトにしているのでしょうな。どこがどうなってるんだか。
ひとつひとつから足をどうのは僕らの仕事ではないので、今はただ苦笑いです」

「まーあ……今も苦労されているんですね!」

「えぇ。残念ながら」


あとで聞いた話、ウシさんは創作家な彼が作っていた『作品』を知っていたらしく、それで彼も知っていたらしい。
 ところでこの日のぼくは別のことを考えていた。
この祖母が、一見、想像よりも機嫌が良さそうに見えたからこれはもっと早く済みそうだ、と思ったのだ。しかしこういう予感は大抵が裏切られるものであるので、その場であえて機嫌の確認をとることもなかった。

「ここは、庭が綺麗ですね、植えた花や野草がとても調和して見えます」

 ぼくがぼんやりとしているうちに彼の会話は庭の話になっていた。ウシさんの趣味で、あちこちからもらった苗を集めて植えているそうだ。
2019/03/24 14:38
10
「フラワーアレンジもしているんですよ!」

ウシさんが誇らしく胸を張る。
「いろんなところに、種や苗をわけてもらったり、森や山に入って自然から分けてもらうこともあります。昔はよく山に登ったものですからね」

 分けてもらう、という部分を強調するので、彼はなんとも答えられず苦笑した。一応この辺りの森や山にも個人の所有があったりするためだったが、ウシさんが指差した方向は、ウシ家と違う領地だった。

「はは……綺麗な花や植物がたくさん咲いて居ますからね」

「自然の恵みをちょうだいすることで、私たちは生かされている。この素晴らしい毎日も、その賜物だということに私は常々感涙しています!」

「成る程。こうして飾られる花たちからも目が眩むばかりの自信と幸せな輝きがうかがえますな。ところでウシさんの家では茶会が開かれているとか」

彼がそう口にした瞬間、ウシさんの満ち足りる自信や、幸せな輝きが少し萎縮して、ムッと口の端が尖り、なにも言うまい!とばかりの不機嫌に変形したかのようだった。

「なんですか? ハーブティーの残りくらいしか出せませんが!
まだその話をするのなら、今日はそれでお引き取りください!」
形相が、挿し絵の牛鬼や般若のようになり、彼女は来た道を戻り階段をずんずんと進んで行こうと構えた。

「待ってください。
今朝叔母さんに会いましたがウシさんを心配していました。あなたが不機嫌になることを彼女が何かしたのですか」

2019/03/24 17:38
11
 ウシさんは目を釣り上げたが答えはしなかった。

「帰ってください!」

そう言ったきりで、ずしずしと足音を響かせ、二階へとひっこんでしまった。


 彼はそれに返事もせずに、部屋を見渡した。入り口に近い席、つまりぼくらの目の前に今見えている席自体になにか変わったところは、見受けられないような気がする。その部屋真っ直ぐの奥は台所に続いていた。

「こちらは見てもよろしいですか」
「ええ」

彼女が少し二階を心配しながらも頷く。
歩きながら、彼は「他の四人は」と参加者について聞いた。

「あら。なぜ、四人だと」

「当たっていましたか、
単なる簡単な推理ですよ。

あのお節介叔母さんは、容疑が自分以外に目が行かないことを気にする性格をしています。主催者について何かあるなら二度と行かないと答えて済むでしょうから。
あなたとウシさんと叔母さん以外に誰か居たのかなとまず思いました。
次に叔母さんが仲が良いと豪語する人を私は二人知っています。これはその一人のものですね」
部屋の壁にかけてあるブーケは石鹸で作られたバラだった。
日付はその茶会の日になっていた。

「彼女は最近石鹸を彫刻するのにハマっているとのことで」


2019/03/25 20:50

12
 彼が名を答えると彼女は、あと一人を先にと言った。

「あと一人は、近くのアパートに居ますが夜中に窓の下を見たらね、歩道から此処にあるのと同じケーキをお土産だと見せてくれました」

 そう言って、彼は台所のそばの棚の上に置かれた苺のたっぷりのったケーキを指差す。
意識するととたんに、この部屋だけやけに強く甘いにおいが漂っている気がしてきた。
それは近くの店にさりげなく売っていそうな上等の出来だった。
「どちらも当たっている、と思います!」

彼女も頷いている。

「石鹸のかた、特に親切に来てくださる方です」

「そうですね。僕もそう感じます。
他あと二人もおおよそ同じような土産を頂いたのではないですかな」

ぼくはふと思い出した。
香水などをあまりつけないおせっかい叔母さんが少し前に微かに花の香りを纏っていたこと。
「花だ、そうでしょう?」

「ええ、茶会のときに、自室につかう装飾品を作りすぎてしまったのでお裾分けいたしました」

「なるほど、いいですね」

彼は頷きながらふとぼくを見た。

「何か?」

顔を近づけると彼は小さく囁いた。

「甘いものが食べたいのかな。目がキラキラしている」

「少し」

ハハハと、彼は愉快そうに笑った。
「少しねぇ。帰ったら何か買いに行こう」

夜になると耳が生えやすくなるので、なるべくなら夜中にならないうちが最適だった。
帽子があるとはいえ、用心してしすぎなことはない。

「リボンや鋏が置いてありますね。教室など開かれてるのですか?」
ぼくが考え事をする傍らで飾ってあるものを見渡しながら彼が聞いている。彼女は祖母がたまに、と答えていた。

「予算を持ちよって、親しい人だけです」
基本的にはシンクやコンロなどがあるが、白い壁にもまたあちこち収納用の棚があり、いろいろなものが溢れていて見ていても豊かな暮らしがうかがえる。

2019/03/26 20:37


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