アモさんと会わない日が2ヶ月を超えた先々月、一度「このままなら別れた方が良いと思う」と私から告げた。貴方はこれに同意しつつ、決定的な結論に至らないまま有耶無耶にして雲隠れ。

 そして去る13日。
 逢瀬も電話も避けている貴方に「別れよう」と私から告げた。しかもメールで。貴方はこれに同意して、「今までありがとう。迷惑ばかり掛けてごめんね」という私に「そんなことを言うな」としながら、引き留めることは一切しなかった。

 涙が止まらなかった。

 本音を言えば別れたくなかった。
 これほどまでに私が執着することもないだろうと、そう思えるほどに好きだった。だけど、あからさまに私を避ける貴方の様子から、別れ以外の選択肢は残されていないのだと気が付いていた。
 周囲からは「それは付き合っていないも同然」「別れるべき」と再三言われていたし、「そろそろ俺にしたら?」とアプローチしてくる者もいた。

 別れて正解だと理解していた。
 だけど辛くて、苦しくて、泣き明かした私は耐えきれず貴方に電話をかけてしまう。無様にも復縁を請う私に、貴方はこう告げた。

「正直、お前との将来が見えなくなった。付き合い出した頃は本当に好きで、結婚するかもしれないとも思った。だけど、大事な仕事の前日でどうしても会えないと言ったのに泣かれたときは“俺のことを考えてはくれないのか”と感じたし、お前の我儘に我慢していけるか考えざるを得なかった。もちろん、お前だけに非があるわけじゃない。泣くくらい寂しい思いをさせて辛くさせた俺も悪い。だからこそ、このままお互いに我慢し続けて行ったら、いずれどちらかが爆発するのは明らかだし、もし仮に結婚したとしても現状のままなら上手く行かないと思う。だから別れようと思った。だけど、俺から好きだ、付き合おうって言っておいて振るのは失礼だと思ったから、お前から振られるように距離を置いてきた」

 こんな話を、彼の内情を吐露された私は返す言葉がなかった。正論だったことも然り、加えて少し面食らってしまったのだ。正直、彼が先を見据えて、私との結婚を視野に入れながら交際しているなんて微塵も感じていなかった。
 涙に噎ぶ私に「お前は? お前はどうしたい?」と彼が訊く。私が別れたくない理由は感情論でしかない。彼が私の元を去っていくことが堪らなく嫌なだけ。それだけだった。

「将来のことは、わからない。だけど、貴方が別れたいと思ってることも、私に振らせようとしてたことも知ってた。だから別れようと決めたのだけど、いざ貴方が離れていくと……、だめだ。辛い」

 如何にも刹那主義で、幼稚だと思う。未練がましく、惨めで、どうしようもないと思う。

「アモさんは、もう嫌?」
「……嫌っていうか、うん、お前の我儘なところは嫌かな」
「別れたい?」
「……別れた方が良いと思う。だって、今はもう付き合ってないようなものだったろ? 別れても生活は変わらないんじゃない?」
「そうだね。今ですら辛かったけど、だから別れた方が良いって私も思ったけど、実際に別れて、貴方が離れて行くって実感したら耐えられなかった」
「そっか。じゃあ、どうしようか? 保留にする?」

 “保留”は延命措置でしかない。平気で1ヶ月も会わないような、連絡も取り合わないような、別れ話をしていないから付き合っている“はず”という関係をズルズル続けていくなんて、それはただの先延ばし。結末はわかりきっている。

「お前は何が嫌なの?」
「会えないこと」
「そっか。じゃあ、俺が言ったところを直せる? 今のままじゃ、本当に付き合ってはいけないよ?」
「うん」

 受話器の向こうから聴こえる、息を吐く細い音。嗚呼、煙草を吸っているのか。それは手持ち無沙汰だから? それとも苛ついているから?

「あとさあ、今まで一度もお前から“好き”って言われたことないんだけど。だから言えってわけじゃないけど。」
「うん……緊張して言えない」
「緊張って何だよ」

 不機嫌なとき特有の低い声が私の鼓膜を震わせたものの、つい苦笑してしまう私。いくら鈍感な貴方でも、恋人から“好き”と言われていないことは気にしていたらしい。
 私の愛情表現といえば、貴方に「好き?」と訊ねられて頷く程度で、その通り自らそのワードを発したことはただの一度もなかった。これは貴方に限った話ではなく、これまで付き合って来た男性全員に告げたことがなかった。大半が告白されたから付き合ったという、私が何の感情も抱いていない彼氏だったが故もあるけれど、だけども、だからこそ、言い慣れていない言葉を意地っ張りな私が吐くには勇気が要るわけで。
 ──なんて言い訳ができるわけもなく。

「とりあえずさ、もう一度ちゃんと付き合っていくなら今日はお互いの嫌なところ知ろうよ。まずはお前から俺の嫌なところ言ってごらん?」
「………、ない。」
「え!?」

 予想だにしない返答に素っ頓狂な声を上げるアモさん。声のトーンが変わって安心する私。

「ないの?」
「ない。例えば?」
「例えばって、それはたくさん……」
「ない。」
「一つも? そんなわけないだろ」

 アモさんは決して完全無欠な超人ではない。それこそ容姿は全く微塵もタイプではないし、私が無精髭の生えている男性に魅力を感じると言っても剃ってしまうし、短気だし、図太いし、ズボラだし、記念日を知らないし、連絡もマメではないし、お店のドアを開けてくれないどころかさっさと入店して閉めてしまうし、椅子とソファのテーブル席で迷わずソファに座ってしまうし、若い女の子が大好きで擦れ違う女子高生を目で追ってしまうし、イビキは途轍もなく煩い。

「……強いて言えば、ズボラなところ。連絡とか、マメじゃないところ。電話も折り返してくれないところ。あと、鈍感。」
「嗚呼それは……、うん。あとは?」
「短気なところ。」
「短気? そうか、やっぱり?」
「そう。不機嫌だとすぐわかる。だけど、ぜんぶ大したことじゃない」
「そうか? 大したことだろ」
「全然。アモさんは? アモさんは嫌なところないの?」
「まあ、その、さっきも言ったけど我儘なところ。よく“私がこうするって言ったらこうする”みたいに、自分が決めたら俺の都合と関係なく曲げないところとか」
「直した。」
「この間ね。気付いたよ。でも、あのときはもう別れようと思ってたから。これから直すんだよね?」
「うん。あとは?」
「まあ、あとはアレだな、デレないところ。前も言ったけど、もっとデレたり甘えたりしてほしいかな」
「デレてる。」
「いや、デレてない。どこがデレてるの?」
「結構デレてる。鈍感。」
「わからねえよ。例えば何?」
「構えって言うでしょ」
「アレでデレてるの? 構ってほしいの?」
「うん。そう言ってる」
「お前、それはそうだけど、お前は“構え”って命令口調じゃねえか。そんな上から目線じゃなくて、何かもっとこう、可愛く言えないの? “構って”って言われれば、俺も構ってやるけど」
「お前こそ上から目線。」
「いや、違う。俺はお前の要望に応えてあげてるだけだから。ほら、言ってみな」
「言ったら構うの?」
「うん」
「じゃあ、構って」
「……可愛い」
「……言ったって構ってくれない」
「いや、構ってる。今、構ってる。何? 会いたいの?」
「………、うん」

 ──そんなわけで。
復縁することができました。


ではでは。
安堵したのも束の間、早速アモさんが音信不通になって不安なAkashiでした(^O^)/